執事体験
……とうとう入ってしまった。
文化祭初日、校内随一の注目を誇る模擬店に特攻した絢爛高校二年四組所属、戸澤かなはドキドキする胸を押さえ指名をした執事を待つ。
かなが誰よりも先に喫茶店に辿り着いたのは、クラスのみんなの協力があったからである。その見返りとしっかりとした情報を持ちかえる必要があるのだが。正直、清明の方と迷いはしたがクラスのみんなに宣言していた通り、この一年一組の喫茶店へ入った。
やはり男子王を間近に見たいという欲求があったのは否定しない。だからこそ、なにかと出費が多い女子高生が千五百ジェニーという大金を払って彼を指名をしたのだ。あくまで指名なので別途飲食代が掛かるのが涙目である。
しかし一抹の不安は拭えない。こう言った場合地雷と呼ばれる悪対応をされることが多いと本で読んだことがあるからだ。秦野琥珀に関しては非常に良い噂しか聞こえてこないのだが、それがまた作られた噂に感じられるのも不安の一つだ。
……大丈夫。もし地雷だったとしても勉強代だと思えば高くない。……いや高いけど。
いや違う、高くない高くない。これで私は大人へ一歩近づくんだ。
かなは実際にはかなりの痛手だと思っているが、暗示をかけるかのように自分にそう言い聞かせる。
「おかえりなさいませお嬢様」
「はうぁ!」
かなが自分に言い聞かせているうちに、指名した秦野琥珀が近くにきていた。あまりに集中していたので変な声が出てしまった。もしかしたらこの出会いから恋が始まるかも知れないのに、これは失態である。
かなは取り繕うように咳払いをすると、迎えにきた秦野琥珀に返事を返す。
「よろしゅく……」
そして盛大に噛む。
「どうやら乾燥しているようね。エスコートよろしくお願いするわ」
「かしこまりました。空調に関しては係の者に伝えておきます」
「ええお願いするわ」
よし! 取り繕えた。かなは心中でガッツポーズをした。これで私の印象は噛んだ先輩から、ちょっと乾燥に弱い優雅な先輩になったはずだ。
かなはそっと琥珀の表情を伺うが、琥珀は柔らかな笑顔でかなを見ているだけだ。しかしその優しい視線を見てしまうと……
……はぁ、好きだ。
ハッ! 私は何を思った。いや違う私は微笑まれただけで恋に落ちるチョロい女じゃない!
かなが心中で葛藤していると琥珀から声を掛けられる。
「お嬢様、よろしければお荷物をお持ちいたします」
「へっ? 荷物?」
「はい。お嬢様に僅かだとはいえ負担がかかるのは執事として看過できません。どうか私にお嬢様のお荷物を運ぶ名誉を頂けないでしょうか?」
「わ、わかったわ。その……あなたに私の荷物を運ばせてあげる」
「ありがとうございます。お嬢様」
そう言うと琥珀は差し出された荷物を丁寧に受け取った。
「それではお席へ案内いたします」
「お、お願いするわ」
ではこちらへ。と言う琥珀の後についていくかなは思った。めちゃめちゃ楽しい! と。
まるで自分がお嬢様になったかのような感覚に陥る。それもこの美少年に好意を寄せられているお嬢様にだ!
かなとて一般的に見れば裕福な家庭に育っているが、それでもお嬢様と呼ばれるほどではないし、男子からこんな対応されたことがない。
初めての体験にワクワクが止まらない。
「こちらへどうぞ」
そう言われ案内された席は、柔らかそうなソファーとシックなテーブルが用意されていた。
ソファーに腰掛けるとしっかりと体を受け止めてくれ、その柔らかさは緊張していたかなをほぐしてくれるようだ。
「お嬢様、お飲み物は何に致しましょう?」
琥珀は膝をつき、メニューをかなに渡してくる。
「そうね。何にしようかしら……」
かなは注文に悩んでいるような顔をしているが、その心の中では雄叫びをあげてた。
うゎい! 私、男子王に膝つかせてるよ! 私に見上げさせないようにするなんて、なかなか出来た執事だ!
もうこの頃になると、かなの頭の中から先ほどの高い指名料は消えていた。
「では、このオススメの紅茶とケーキのセットにするわ」
「かしこまりました」
「二つお願い」
「お二つ……ですか?」
「ええ、あなたも休憩しなさい。私の横でね」
かなは入り口で聞いたシステムを思い出したのだ。であれば一緒にお茶もO Kだろうと。幸いセットの値段は極一般的な喫茶店のものと変わらなかった。何故か一万ジェニーを超える紅茶もあったが、それは見なかったことにした。
「お嬢様……」
「へぅわ!」
琥珀はカナの言葉を聞くと、ソッとかなの手を取り、両手で優しく包んだ。
その行動に、何が起こった! と内心で暴れているかなに向かって琥珀は言う。
「お嬢様の格別な配慮痛み入ります」
「え、ええ」
「では準備をしてまいります。しばしお待ちください」
そう言って、琥珀は離れて行った。
そして残ったかなは、包まれた手を胸に抱くようにして去っていった琥珀の姿を追った。
……ハッ! い、いけない。もう少しで追加注文で一杯、万越えの紅茶を頼むところだったわ。
でも仕方が無いのではないか? 普通のケーキセットであんなに喜んでくれるのだから、もっと高いものだったらどんな反応をしてくれるというのか!? 主人にこんな思いを抱かせるとは恐ろしい執事だ。
そう言えば他の執事はどんな子がいるのかな?
かなは今まで周囲を気にする余裕が無かったが琥珀が場を離れたため、余裕を取り戻し他の執事を観察した。
ちょうど接客中の組が近くにいたのでソッと注目する。
「これがメニュー表だ。ちなみに僕はこれが食べたかったりするぞ!」
「じゃ、じゃあそれで」
「数はどうする?」
「数?」
「うん。僕の分も一緒に頼んでくれたら横に座って、お世話しながら食べさせてあげるぞ!」
「えと……じゃあ二つで」
「わかった。ちょっと待ってて!」
そう言うとその執事はバッと頭を下げ、去って行った。
かなは思った。なんてフレンドリーな執事だろうと。




