執事の心得
「さて……」
我が一組の文化祭での催し物が執事喫茶に決まった。
そしてその流れで大口を叩いてしまった手前、俺も頑張らなくてはいけなくなった。
……何故あんなことを言ってしまったのか冷静になってみると、かなり恥ずかしいのだが、口にしてしまったものはもう戻せない。
だから俺はホームルームが終わると図書館に直行し、この本を手に入れてきた。
『執事の心得』
この本が執筆されたのは数百年前と言われているが、現代まで現在まで脈々と出版されている偉大な一冊らしい。
という訳で早速その内容を確認していこう。
昔の職業執事は一体どのような気持ちで仕事に取り組んでいたのだろうか?
俺は最初のページを開いてみる。その最初のページにはただ一行のみがあった。
『耐えなさい。さすれば道は開かれる』
……なるほど、深い言葉である。これは前世のことわざである石の上にも三年と同じような意味なのだろう。
つまりは、辛いことがあっても耐えて頑張れば成功するという教えなのだろう。この事から察するにやはり執事の仕事と言うのは非常に厳しいものなのだと思う。
おそらく作者であるこの人物も、辛い目にあってきたが、耐え忍んで一流の執事になったのだろう。
俺はこの人物にささやかな尊敬の念を抱き、読み進めていく。
……どうやらこの本は日記形式で書かれており、読んでいくと深く作者に対して感情移入しやすい書き方がされている。
どうやらこの作者は最初、執事になろうなどという気持ちは全くなかったらしいが、散財で借金をしてしまい、それをチャラにするために執事として仕えることになったらしい。
最初の方はその境遇に対しての恨み辛みがこれでもかとかかれている。
『許せない! 本当ならお金を使ってくれてありがとうございます! と頭下げるのが正道だろうに、やつらは借用書を盾に契約の履行を求めてきた。許せない』
……どう考えてもヤバイ人だ。こんな人が一分野とは言えども歴史に名を残した事が驚きだ。
こうしてこの作者は借金のために、執事の養成学校に入れられることになる。この辺りから作者は先ほどの傲慢な態度が鳴りを潜め、弱音を漏らして行くこととなる。
どうやら作者と共に執事教育を受ける者は他にもいるのだが、彼らは作者とは違い、執事の家系らしく全く彼とは意見が合わないと書かれている。
『何故だ何故、俺がこんな目にあわないと駄目なんだ……働くのは女の仕事だろう……』
なるほど……後に立派になる人物でも、直ぐには性根が治ることはないのだとよく分かる一文だ。
俺はこの辺りで、段々とまともになって行くのだと思っていたのだが、そんなこともなく彼は学校を卒業していくこととなる。
取り敢えず、拙いながら仕事はこなせるようになったらしいが、その性根は腐ったままなのが、本を通して理解できる。
『許せないあの女。俺に対して命令しやがって……』
執事として仕えることとなった最初の日の感想だ。これがどう変わっていくのか楽しみだ。俺は思っていたよりも物語として楽しめているこの本を読み進めていく。最初はハウトゥー本や自己啓発本のようなものだと思っていただけに、良い意味で予想を裏切られた。
『今日も居丈高に命令された。屈辱だ。でもなにか……』
おお、ようやく意識の変化が起こってきたのか? なるほど、仕えるうちに忠義心が生まれてきたと言うことか。
『今日は仕事が遅いと罵られた……なかなか……』
『当主様に淹れるお茶を溢してしまった。お尻を蹴られた。……何故だろう?』
『お嬢様のお友達に紹介された。見ず知らずのガキに頭を下げている状況に心が熱くなってくる』
…………?
何か俺が考えている方向とは違う方へ作者は進んでいないだろうか? そんな疑問を抱えながら俺はさらに読み進める。
『段々と仕事ができるようになってきた。当主様からもお褒めの声を頂いた』
お、成長しているじゃないか。
『しかし全く嬉しくない。そんな優しい目はいらない。もっと家畜を見る蔑んだ目を向けてこい』
……えっ?
『……とは言え理解はした。常に罵倒されるよりも、たまの失敗で向けられる冷たい目の方が興奮する。明日からな仕事は完璧にこなし、我慢が出来なくなったら手を抜こう。……そうすればあの極寒の目で俺を……。今から楽しみだ』
…………。
俺は先ほど感じていた楽しみが消え去るのを自覚しながら、ページを捲っていき。そして読み終え本を閉じた。
そした無意識に呟いた。
「執事の心得じゃなくて、Mへの道じゃねぇか……」
……取り敢えず明日、福島にでも薦めて見よう。もしかしたらアイツ等にはなにか参考になるかも知れない。
後は白銀生徒会長にも紹介しておこう。これで平等だ。
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