メイドの忠告
「お帰りなさいませ」
「……ただいま」
家に帰るといつも通りマリアが出迎えてくれる。
「? お疲れのご様子ですね。どうかされましたか?」
「いや、どうも無いんだけど……ちょっとクラスの様子が――」
おかしい、と言おうとしたがウチのクラスの男子は大概おかしいので言うのを止めておく。あれが男子の標準だ。常識人は俺だけだ。
「いや何でもない」
「……そうですか。ご用命と有らば仕留めますので遠慮無く仰って下さい」
このメイドはこの、コンクリートジャングルで何を仕留める気だろう? 恐ろしくて安易にお願い出来ない。
「琥珀様、お手紙が届いております」
「ん? ありがとう」
受け取った手紙には消印が無い。綺麗な装飾がされた封筒で乱雑に破ることに躊躇する。
「南方院様の方が琥珀様にと届けに参りました」
マリアはそう言いながら、ペーパーナイフを差し出してきた。
受け取ったペーパーナイフで封を開けて、手紙を読む。
『拝啓、清々しい初夏を迎え、木々の緑も日増しに深くなって参りました。健やかに過ごせていらっしゃると存じ上げます。先日お会いしてから幾日も経ち、貴方に会えない寂しさに私の心は千々に引き裂かれた様に感じております。日々思い浮かぶ光景は貴方と会えた学校の一室です。貴方がそこにいる事実だけで、あの何の変哲も無い部屋が天上の楽園へと変わり――』
……長い。ただただ長い。一度手紙から視線を上げ、疲れを取る様に目頭を揉み、再度視線を落とす。そして今度は手紙を最後から読んで見る。
「……うん」
「どのような内容で?」
「食事へのお誘い」
マリアの目が手紙を持っている、俺の手へ向けられる。
「……便箋が五枚程ありますが?」
「とてもバラエティに富み情熱的な心情が書かれてたよ」
「つまり不必要な事を長々と書かれていたと……」
はっきり言うな!
「しかし溢れでる想いを臆さず綴った事は評価に値すると愚行いたします」
……なるほど、引かれる事を覚悟の上でアプローチをかけてきた、そう言う事か。……うん、でも多分この人は天然で書いている気がする。
「琥珀様、お食事のお日にちは、いつでしょうか?」
「ん、えーと週末の八時の予定みたい。OKなら連絡をくれって」
「週末……」
まぁ、前に言ってたし取り敢えずOKしとくかな。と軽く考えていた俺に、マリアの硬質な声が掛けられた。
「場所はどちらで?」
「ホテル アルカディアって書いてある」
「琥珀様、差出人を始末しましょうか?」
「なんで!?」
「南方院 雅は琥珀様の貞操を狙ってます。おそらくですが、奴はこのデートで決める気です」
奴って……
「ホテル アルカディアと言えば南方院のグループが経営しているホテルであり、その格式は世界でも五つの指に入ります。この事からも奴の本気度がわかります」
マリアは真剣な表情で俺に訴えかける。
「プランはこうです。ホテルの高層、夜景が綺麗なレストランで、一流のシェフが作った料理に舌鼓を打ちながら、琥珀様の警戒を解きます」
……取り敢えずマリアの訴えを静かに聞いておく。今邪魔したら怒られそうだ。
「純情な琥珀様の事です。ロマンチックな夜景と雰囲気で南方院 雅の事を好ましく思う事でしょう。南方院はその隙を見逃しません。彼女は静かに言います。『スウィートを取っているんだ』琥珀様はその言葉に驚き、しかし恥ずかしげに首を縦に振ります」
俺チョロいな。
「これが雰囲気に流される、と言う事です」
表情は変わらないが何処と無く得意気に結論を言った。
「……た、多分大丈夫だと思うけど」
「成る程、逃げるのはプライドが許さない、そう言う事ですね? さすが誇り高い琥珀様です。しかし相手は四大貴族として様々な経験を積んだ海千山千です。薬には気を付けて下さい。後、催涙スプレーは持って行って下さい」
「あっ、はい」
マリアは俺の言葉に満足そうに頷いた。
「じゃあ着替えて来るよ」
「はい、今日の夕食は鯖の塩焼きと筑前煮です」
「渋い!」
◆◆◆◆◆
階段を上がっていく琥珀を見ながらマリアはポツリと呟いた。
「……しかし妙ですね」
何故、南方院の誘いがこうもスムーズに行われたのか? 琥珀様のクラスには東華院と西華宮がいた。琥珀様はその両家と仲が深い。何故、両家は南方院の誘いを許したのか。
「……組んだか?」
お互いが妨害し合うより、協力して琥珀様を落とす方が理にかなっている。
「まぁどちらでも良いでしょう」
結果的に琥珀様が幸せになれば良いのだ。仮に琥珀様が傷ついた際にはけじめを取らせれば良いのだ。マリアはそう結論付けた。




