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托卵されたのですってね? それはお気の毒に。  作者: Mel


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01 獅子穴に入らずんば虎子を得ず

「母さん。……ここが、本当に俺の家なのか?」


 ぽかんと口を開けたまま、息子のライオネルが屋敷を見上げている。圧倒されているのだろう。これまで身を寄せていた教会とは比べるまでもなく立派なお屋敷だから。少なくとも、見た目だけは。


「ええ、そうよ。……十五年も黙っていてごめんなさいね。あなたはライオネル・レオバルト。この屋敷を正しく受け継ぐ人よ」


 十五歳になった息子はとっくに私の背丈を追い越している。もう誰かに唆されるような幼子ではない。自らの足で立ち、自らの頭で判断し、この国では正式に家督を継ぐこともできる年齢だ。

 だからレオバルト家に仕える老家令から帰還を促す手紙が届いたとき、これで逃げ隠れする日々もおしまいだと思った。

 成長したこの子を相応しい場所へ戻すために、機は熟したのだと。


「リオーネ様、ライオネル様。ご帰還を心より歓迎いたします。……ルパート様がお待ちです」


 出迎えの老家令に促され、屋敷の門をくぐる。

 隣を歩くライオネルは、少しだけ緊張した面持ちで周囲を見渡していた。


 

 ——そう、私はかつてレオバルト家から逃げ出した。

 お腹に宿したこの子を、誰にも奪われないために。



 *

 

 

「……縁談、ですか」


 朝食の席で父に切り出された私は、ナイフを動かす手を止めて首を横に傾けた。


「また破談になってしまうかもしれません。それでもよろしいのでしょうか」

「相手はレオバルト家だ。今度こそ少しは大人しくできんのか?」

「レオバルト家だって? 相手は本当にリオーネで良いと言っているのですか?」


 横から兄が口を挟んでくる。その含みを持った言い回しに思うところはありながらも、お相手の家の名前を聞いた私の胸は高鳴っていた。

 だって、武人を多く輩出し、先の大戦でも獅子奮迅の活躍を見せたあのレオバルト家ですもの。先日破談となったシャトー家とは格が違い過ぎる。

 

 記憶に鮮明に残るのは、凱旋を祝う戦勝パレードの先頭を進むご当主様と、そのすぐ後ろで獅子を象ったレオバルト家の旗を掲げるルパート様のお姿。

 歓声の中でも揺るがずに、前を見据えるその横顔は誰よりも凛々しくて、雄々しくて。縁続きになれるのであれば願ってもない話だった。


「お父様。その縁談、是非ともお受けくださいませ」

「乗り気なようで結構だが、皇命だ。もとより断るという選択はない。先の大戦も一段落した今、レオバルトを立て直すために我が家との縁を結ばせるおつもりなのだろう」

「当主は戦傷で療養中でしたっけ。確かに、戦が終わってからのレオバルトは景気のいい話を聞きませんね」

 

 表向きは嫡男のルパート様が家を盛り立てているそうだが、戦が終わってからはその名もほとんど聞かなくなっている。

 ティグリス家も帝国内では名家に数えられるが、古くから武門として帝室を支えてきたレオバルト家には及ばない。その両家を結びつけたのは、戦後の資金繰りに苦しむレオバルト家をティグリスの財で支えよ、という皇帝陛下の思惑なのだろう。


「……お前には家に留まり、兄を支えて欲しかったのだがな」


 父は先の破談を機に私を嫁がせることを半ば諦め、兄の支えになるようにと随分と鍛え上げてくれた。だからこそ手放すのが惜しいのか、渋面を浮かべている。


「いいではありませんか。レオバルトと縁が持てるのはティグリスにとっても悪いことじゃありませんよ。もちろんリオーネにとっても、なぁ?」

「かつての帝国の剣と称されたレオバルト家であれば、な。だがあそこでは今、当主名代として夫人のマルグリッドが実権を握っていると聞く。……もしも侮られることがあれば、その牙を遠慮なく突き立てるといい」

「もう、お父様ったら。そんな物騒な真似はいたしませんよ」


 この縁談に最後まで渋い反応を示していた父は、嫁入り道具の一つとして一本の懐刀を私に持たせた。ティグリス家の象徴である虎の紋が刻まれた懐刀を。文官の血筋のくせに妙に血の気の多い人だ。


「ティグリスの人間ならばそのくらいの覚悟でいろということだ。安易に戻れると思って嫁ぐな。だが、ティグリスの血に恥じるような真似だけはするな。分かったな、リオーネ」

「分かっております。私の身にも、虎の血が流れているのですから」

「その血の気の多さのせいで破談になったこと、忘れんなよ」

 

 失礼ね。私は相応のお返しをして差し上げただけのことよ。婚前から身体を求めてきて、断られた腹いせにあることないこと吹聴したのは向こうなのだから。

 

 侮られてはならぬ。奪われてはならぬ。狙いを定めた獲物は、自らの力で狩りとるべし。

 

 我が家に代々伝わる物騒な家訓に従ったまでだ。

 私は改めて、その言葉を胸へ刻んだ。

 

 

 ——そんなやり取りを経て、長い旅路の末に私はレオバルト家の屋敷へ到着した。

 

 ラムゼイと名乗った家令は、私を出迎えると形式どおりに頭を下げる。その声にも表情にも、新しい女主人を歓迎する様子は欠片もなかった。

 

 騎士の甲冑が飾られた長い廊下を渡り、大広間へと案内される。

 待っていたのは、扇子の奥から私を値踏みするように眺める義母——マルグリッド様と、その隣で杯を傾けるルパート様。

 そして、もう一人。まるでこの家の主であるかのように、暖炉に近い上座へ腰を下ろしている男がいた。ご当主様であるレオニード様とは、まるで風貌の異なる男が。


「あなたはもうティグリス家の人間ではないのです。ですが、レオバルトの嫁と認めた覚えもありません。せいぜい努力することですね」


 顔を合わせるなり、義母は私にそう言い放った。

 なるほど、まずはこの家での私の立場というものを叩き込むつもりらしい。そう理解する間にも、持参した宝石箱と証書が卓上へ並べられていく。


「こちらはレオバルト家で管理します。嫁いだ娘に実家の財産は不要でしょう」


 父が私のために用意してくれた持参金。帝都にある屋敷といくつかの農地。戦後の混乱で疲弊したレオバルト家の財政を立て直すには十分な額がある。

 本来であれば私が管理して然るべきものだ。思わずルパート様へ視線を向けると、彼は義母によく似た笑い方をしながらラムゼイにワインを注がせた。


「母上は当主名代だ。家のことは母上に任せておけばいい」


 正式な当主の座は、まだレオニード様にあったはずだけれど。

 レオニード様は戦傷のため療養中だとは聞いていた。でも新しい嫁を迎える場に姿を見せられないほど重い状態だとは思っていなかった。


「……承知いたしました。私はレオバルト家に嫁いだ身ですから。この家のために誠心誠意尽くします」


 私が頭を下げると、義母はようやく満足そうに笑った。


「素直な娘ではないか、マルグリッド」


 上座に座る男が口を開いた。年齢はレオニード様よりいくらか若いだろうか。細身の体に上等な衣服をまとい、指にはいくつもの宝石をはめている。

 ——なるほど。彼が義母の従弟であり、レオバルト家の財務を任されているというオズヴァルド・ヴェスパか。

 家の者に調べさせた情報によると、マルグリッドが嫁いだ頃からこの屋敷へ頻繁に出入りし、戦時中には財務を預かって家政を支えた男だという。

 

 だからといって、余所者である彼がこの場を支配するように振る舞っているのは違和感があるけれど——。


「リオーネだったね。噂どおり、美しい娘だ」


 無遠慮に手を取られる。挨拶にしては随分と長く、手袋越しに親指が私の手の甲をなぞった。


「恐れ入ります」


 払うように手を引く。オズヴァルドは咎めるどころか、面白そうに目を細めただけだった。


「……随分と男たらしだこと。ティグリスの娘はふしだらだという噂は本当だったみたいね」

「嫌ですわ。レオバルト家の奥方様ともあろう御方が、そんな噂に惑わされるなんてことありませんよね。……ご安心くださいませ。この身は貴きレオバルト家に捧げると誓っておりますから」

 

 はっきりと言い切った私に少し怯んだ様子の義母は、気を取り直したように机の上の小箱から虎目石を連ねた首飾りをつまみ上げた。


「これは随分と古そうね。ティグリスではこんなものを嫁入り道具に持たせるの?」

「ティグリス家に代々伝わるもので、亡き母も婚礼の日に身につけた品です。私の婚礼にもこれをと父が持たせてくれました」

「そう。それなら金庫へ入れておきましょう。紛失してはティグリス家に申し訳が立ちませんもの」


 そう言って、義母は扇子の奥で口端をつり上げた。

 ここで暴れても事態は悪くなるだけだ。皇命で結ばれた婚姻なのだから、まずはこの家での立場を固めるべきだろう。


「どれ、私にも見せてくれ」


 オズヴァルドは義母の手から首飾りを取り、宝石ではなく私の首元へ視線を落とした。


「なるほど。石そのものの価値も高いが、身につける者を選ぶ品らしい」


 品定めをするような眼差し。その視線から隠すように首元を押さえる。


「っ、早く金庫へ入れておきなさい! あなたもそんな肌の見える服を着るなんて、はしたないったらありゃしない! 格式高いレオバルトに相応しい装いを早く覚えることね!」

「かしこまりました。是非ともその装いについてご教示くださいませ。……ねぇ、あなた。それは私の部屋の金庫に預けてもらえないかしら」

「承りかねます。当主名代であるマルグリッド様のご命令でございます。この屋敷では、マルグリッド様に従っていただきます」


 ラムゼイは私の訴えに耳を貸さず、虎目石の首飾りを恭しく布へ包んだ。この男もあの女の手先なのだろう。手放しで歓迎されることはないと思っていたけれども、ここまで雑な扱いを受けるとも思わなかった。


「あの……レオニード様にもご挨拶申し上げたいのですが、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか」

「なりません。あの人は先の戦の後遺症で立ち上がることも難しい身。あなた如きに割く時間、あるわけもないでしょう?」


 そこまでお身体を悪くされていたなんて。思わず息を呑むと、オズヴァルドが薄く笑った。


「私でよければレオニード殿の代わりに用件を聞こう。戦にばかり出ていたあの方に代わって私はこの屋敷のことを任されている。この家についてはあの方よりも詳しいくらいかもしれないな」


 余計な申し出には無言で頭を下げる。ルパート様は父親が軽んじられていることにも気付いていないのか、「挙式のこともオズヴァルド殿に任せているから、万事問題はない」と優雅にワインを傾けた。

 


 まさか、あのレオバルト家の内情がこんな状態だったなんて。この有様をルパート様はいったいどうお考えなのかしら?

 これから同じ家を支えていく相手なのだ。まずはルパート様をもっとよく知るべきだろう。


 そう考えた私は、翌日から何度か食事を共にしたいと申し出た。領地のことや、今後この家をどのように盛り立てていくつもりなのかも聞いてみたかった。


「そのようなことは母上とオズヴァルド殿が考える。お前は余計な口を挟まず、跡取りを産むことだけ考えていればいい」


 返ってきたのはそれだけ。どうやらルパート様が私に求めているのはあくまでも跡取りのことだけで、この家の将来について話し合うつもりなどないらしい。

 

 ……いつかきっと、この家の一員として認めてもらえる日も来るでしょう。


 たとえば、そう。ルパート様も言っていたじゃない。

 レオバルト家の跡取りを産めば、きっと。

 

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― 新着の感想 ―
 口数の多いけどまだ直接的な暴力までは見せてないマルグリットさんは、今の段階ではグレーとして、財務と称した寄生の節ある挙動で更に宝石を己のものにしようとしてるオズヴァルドさんなどは、色々アウトかもしれ…
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