理想を懸けし者達 ⑤
「優木ルナ……!」
何故、彼女が――。
「ッ⁉」
俺が優木ルナの方を振り向いている間に、アンサラーは両手を鳥の翼に変えて羽ばたき、不格好な軌道で何度も壁にぶつかりながらも飛び立っていた。
天井は開けている、そこから逃げるつもりか。
「逃がすかッ!」
撃ち落とすべく、俺は右腕をビーム砲をアンサラーへ向けるが――。
「駄目だっってぇ!」
「ウッ……!ッ⁉」
眩しい光を発して目の前に瞬間移動で現れた優木ルナに、発射寸前のビーム砲の砲身を斬り裂かれ、筒内で爆発が起こった。
「うわぁッ!!」
「ウグッ……!!」
ビーム砲は破損し、爆風によって視界がノイズで埋め尽くされる。
俺自身に外傷はないが、頭部カメラのノイズがすぐに治まらない。
「チィッ!」
理気力で補修する時間はない。
俺はマスクを投げ捨て、明瞭になった景色からアンサラーを捜す。
だが、頭上にはもうアンサラーの姿はなかった。
逃げられたか……!
「痛たた…………」
優木ルナは爆風で吹き飛び、額から血を流して倒れていた。
全く、余計な邪魔を……!
しかし構っている場合じゃない、すぐに奴の後を追わなくては。
理気力の尽き掛けていた奴のことだ、そう遠くには行けないはず。
すぐに見つけだして、今度こそ――!
「待ってッ!」
「ッ!」
優木ルナが俺の左足に飛び込み、鬱陶しくしがみついた。
「落ち着いて!アラタさん!!」
「ッ……邪魔だァッ!!」
「うっ……!」
左足を振るって彼女を離す。
しかし優木ルナは地面を滑って砂に塗れ、擦り傷が出来ようと構わずに、再び俺にしがみついて追うのを阻んだ。
「鬱陶しい……!何のつもりだッ⁉」
「殺しちゃ駄目だよ!殺したら……!!」
「ッ……!」
「アラタさん。本気で、あの子を殺すつもりだった……!」
「……それが戦いだ!覚悟もない奴がでしゃばるなッ!!」
「冷静になってよ!アラタさんらしくないじゃん!!」
「お前に、俺の何が分かる⁉」
「分かるよッ!」
「ッ⁉」
「そりゃあ……私達って、1回だけ一緒にイレイノムを倒しただけの仲だけどさ。いい人だって、ちゃんと知ってる」
「…………!」
「パパやママ、沢山の人を守る為にイレイノムと戦ってくれたし……ご飯や可愛い警備ロボットも用意してくれた。今回だって、クロちゃんとラスタさんを戦いから遠ざける為に、わざと私に強い口調で突き放したんでしょ……⁉」
「違う……!!」
「違わない!アラタさんはいい人なんだよ!!そんな人が、間違っても人を殺しちゃ……駄目だって…………!」
「ッ、五月蠅いッ!!」
「うぁッ……!」
しつこく掴んで離さない彼女を、全力で振り解いた。
優木ルナは地面を跳ね転げ、壁に背中から激突する。
「アラタ、さん……」
「理解者面しやがって……!そんなに俺を追わせたくないなら……代わりにお前からコアを奪ってやろうか⁉」
壁にもたれ掛かったままの優木ルナを、彼女の服の襟を掴んで持ち上げ、首に剣を当てた。
「本当のアラタさんに、戻って……!」
「黙れッ!!」
「うぅっ……!」
掴む襟を押し込み、もう1度彼女を壁面に叩きつけた。
何をやってるんだ、俺は。
気に入らない言葉1つで激昂し、初めから戦う意思のない女の子を無理矢理黙らせて。
「エルダーも引き連れずに……はっ、間抜けな奴だ。これ程、楽に狩れるカモはいないな!」
こんな下衆な言葉を吐くのが、本当の俺なのか?
違う、俺は――。
俺は――!
「アラタはさ、色んな人に優しいでしょ?そんでぇ……私にはも~っと優しくしてくれる!そんな所が…………大好き!!」
「アァッ……アァァァッ!」
「……?アラタさん?」
「クソォッ……!クソォォォォォッ!!」
アラタさんは突然凄く狼狽して、掴んでいた私の襟を離し、後退ってどこかへ飛んで行った。
剣も、この場に放り捨てて。
ルウ君を追い掛けて行ったようには、見えなかった。
「……………………」
取り乱して、涙を浮かべてた。
もしかしたら、アラタさんの心の内で、何かがひしめき合っていたのかも。
何が何でもコアを手に入れようと強く思っても、別の心がそれを止めてるんだ。
……もっと、知らないと。
アラタさんの心の奥底に秘めてるものを。
それが分かれば、アラタさんと戦わなくても済む方法が、絶対見つかるはずだから。
どこでもいい。
俺は適当な山の麓に突っ込んで着地し、アイゼン弐式を理気力に戻して外して共命理も解除し、土の上で蹲る。
「アラタ……?」
「今は1人にしてくれ……!」
「そこでは顔や服が汚れてしまいます。今、ベッドを――」
「いいから!1人にしてくれッ!!」
「………………」
「クッ、グゥゥ……ウゥゥゥゥゥッ…………!!」
不合理だ、俺は無意味なことをしている。
標的に逃げられた挙句、彼女からもコアを奪えず、何やってるんだ俺は。
「馬鹿か……俺はッ……!!」
誓ったのに、勝つと決めたのに!どうして止まった⁉
中途半端な思いで、何が出来るっていうんだよ!!
「ミオォ…………!」
暗い、闇の中。
柔らかな物体の感触が全身に伝わる。
さっきまで嫌になる程味わった、硬い地面じゃない。
身体も、だるけが重々しく乗っかっているが、動かせる。
目を開く。
「………………」
いたのは車内で、俺は後部座席のシートに倒れていた。
外は夕焼けの空の下、安穏とした沈黙の時を流している。
……コアはまだ、胸に付いている。
俺は、助かったのか。
「ッ!」
自分のことだけ、考えてどうする。
ラスタは⁉
俺はすぐに上半身を起こして辺りを探り――。
「……!」
俺の隣の席で、同様に倒れているラスタを見つけた。
消えていないことに安堵したが、素顔が巻かれた包帯で隠れている彼女の姿に愕然し、血の気が引いた。
……そうだよ。
あんなことになって、何もかも無事である訳がない。
「あっ、目ぇ覚めた?」
「ルナ……」
ドアが開き、ルナが顔を出した。
外から、俺が起きたのを確認したのか。
「大丈夫。ラスタさん、怪我は酷くて気を失ってるけど……命に別状はないから」
「そうか……ありがとう」
俺の毒も、ルナが治してくれたんだろう。
……自分が情けない。
ルナを頼むとおじさんに頼まれて早々、俺が彼女に世話を掛けてしまうなんて。
「あれから、どうなったんだ?」
「え~っとね……」
ルナから、俺が気を失った後の状況を聞いた。
パワードスーツを纏ったアラタがルウと戦い始め、ルナがその隙に俺達を瞬間移動させて治療。
戦いの結果はアラタが勝利し、ルウのエルダーであるエイドラは消滅する。
アラタはそのまま、ルウに止めを刺そうとするが――。
ルナが割り込んだことで失敗し、ルウは逃亡。
追い掛けようとするアラタだったが、ルナが止めている内に戦意を喪失させ、ルナの前から姿を消した、と。
「まぁ、私の見た限りだと……こんな感じかな?」
「そうだったのか……」
「アラタさんも多分迷ってると思うんだ。だから……次会ったら、2人で説得しよう?」
「……あぁ」
「あっ、そうそう!今、セリオスと夕飯作ってるんだけどさ……食べれそう?」
「うん……手伝おうか?」
「休んでていいって!じゃあ出来たら呼ぶから、ゆっくりしてね!!」
「色々、ごめん」
「気にしない、気にしない!!」
そう言ってルナはドアを閉めて、外での夕飯作りに行った。
「そこは、ありがとうでは……ないのですか?」
「ッ……起きてたのか?」
「今しがた、ですが…………」
包帯でくぐもったラスタの声が、胸を刺す。
「ちゃんと非がある時は、謝らないと気が済まないんだ……お前に怪我を負わせたことにも」
「いえ、これは……」
「警戒を怠った俺が、全部悪いんだ。ラスタ、本当にごめん」
「……………………」
思えばあの時、驕りがあった。
共命理で強くなって、上級イレイノムも倒せるようになって、いつの間にか心の内に驕りが出来ていたんだ。
例え相手が奇襲を掛けて来ても、ラスタが傍にいれば何とかなるだろう、って。
危機意識のない、楽観思考を抱いていた。
その結果が、彼女の重傷だ。
……大切な存在がいなくなることの辛さは、何より知っている。
知っているからこそ、最大限気を張らないといけなかったのに、俺は――!
「私は……これでよかったと、思っています」
「……え?」
それは、全く予想だにしていなかった言葉だった。
「何で…………」
「私はあの時、必死でした。クロムを守らないと、絶対に守らないと……って、頭がそれだけを張り叫んで、私を動かしていました。受けた傷も、流れる血も……自分がどうなろうと、関係なく」
「………………」
「Dエリアでのこと、覚えていますか?貴方が……自分の身体を顧みないで、住民達も襲うイレイノムに向かったことを」
「あぁ……」
「クロム。もう無理です、間に合いません…………!撤退を――」
「うるさいッ!!」
暴言、ラスタに吐いちゃってたな。
「あの時の私には、分かりませんでした……何故そこまで命を懸けられるのか。でも、同じ立場に立った今なら分かる。大切にしている存在の為……戦い続けた、貴方の心が」
「…………」
「貴方と同じ気持ちを、私も感じられた。バディとして、それが嬉しくて……私はよかったと、思うんです……クロム?」
「………………」
気づいた時にはもう、俺はラスタの手を取っていた。
綺麗で、俺を守り続けてくれた彼女の凛々しい左手を、俺の右手で。
……目の前にいる彼女のことを、余りに愛おしく思ってしまったから。
「痛く、ないか?」
「はい。出来れば、そのまま握っていてくれますか?今は、目が見えないので……」
「あぁ……ラスタが望むだけ、握る」
俺はもう、失いたくない。
この温もりも、この繋がりを。




