今を正す者 ①
無人となった村で1日を過ごし、翌日。
急いで栄養バーで食事を済ませてラスタと共に車で村を発ち、まだ生きているかもしれない別のコロニーを目指す。
本当なら墓を立てたすぐにでも向かいたかったが、ラスタに止められたのだ。
「ラスタも食べなよ、今は簡素な物しか用意出来ないけど」
「いえ、私に食事は必要ありません。それより生存者の集団というのは、確認された中でもいくつ存在するのでしょうか?」
「……あの村を除くと、7つかな」
外国や日本の全ての場所を調べられた訳じゃないが、たった7つしか確認出来ていない。
その7つもイレイノムに対して逃げることしか出来ず、いずれ滅ぼされるのが目に見えている状況だ。
この力で、絶対に守ってみせる。
記録していた地図を頼りにAエリアと仮称しているコロニーへ向かうが。
「っ……」
突然、視界が歪んだ。
ヤバい!
ブレーキペダルを踏み込み、急いで車を止めた。
俺達2人の身体が、前に出る。
ラスタは少し目を見開き、どうしたのか?と俺を見た。
「悪い。ちょっと、眩暈がして…………」
「先の戦いの疲れが今になって現れたのでしょう。バディの体調管理を怠ってしまうとは……申し訳ありません、休憩を挟みましょう」
「いや、ちょっと気が緩んだだけだよ。大丈夫」
遅れる時間がほんの少しでも、彼らにとっては手遅れに繋がってしまう。
そんなのは、もうごめんだ。
だから、今は休憩なんてしている場合じゃない。
「では。私が運転を代わりましょう」
「……は?」
予想だにしない言葉が言い放たれた。
運転を、代わるだと。
「まさか車の免許とか、乗り物を運転した経験とか……あるのか?」
「いいえ」
「……………………」
おいおいおいおいおいおいおい。
経験の無い奴に運転させる馬鹿が、どこにいるんだよ。
少なくともその馬鹿は俺じゃない。
「しかし貴方の手と足の動きを見て、大体の操作方法は分かりました。ご安心ください」
「安心出来るか…………大丈夫だよ、無理して気遣わなくても。気持ちだけでも嬉しいから、大人しく座ってて」
「いえ、ここは私が。この先バディとして共に活動する以上、私に全面の信頼を置いて貰わなければ困ります」
「……君が凄いのは分かってるけどさぁ、流石にィッ――⁉」
「こうなれば強引にでも証明した方が良さそうですね」
「グッ、ウゥ…………」
まさか鳩尾を殴られるとは、なんて強情な。
急所を突かれて動けなくなった俺を助手席に退かし、ラスタが運転席に着く。
「しっかりシートベルトをしてください」
「ま、待って……お願いだから止して――」
「発進します」
「ッ⁉」
強烈な圧力が、俺に圧し掛かった。
「い、いきなりアクセル全開で飛ばす奴がいるか!」
「ご心配なく。荷物が崩れないギリギリの速度で、走行致しますので」
「いや!それより俺は当たらないかどうかがぁぁぁぁァァァァァァッ!!」
強烈なカーブに、身体が大きく傾く。
アシストグリップをこれ程強く握ったのは、人生で初めてだ。
「ッ!?」
止まること無く走り続けるだろう、この最悪の事態に直面して恐怖と緊迫が極限まで高まった俺は、1つの感情を抱いた。
それは、1つの懐旧。
あぁ、ジェットコースターってこんな感じだったなぁ。
「着きましたよ」
「……………………」
「いかがでしたか、私の運転は?」
「うん凄い。楽しい思い出が蘇ったよ……ハハ」
「私に信頼を置いて頂けますか?」
「あぁ。君が凄いというのはよく分かったから…………次から速度抑えて」
しかし、爆走した甲斐もあって目標地点の、俺がAエリアと名付けている街に早く辿り着いた。
お陰で――。
皆の無事を見られた。
「あっ、クロムさんだ!」
1人が俺達に気付き、その声に続いて周りにいた皆も気付き、顔を笑顔に変えて歓迎してくれた。
一見、人がいないようなこの寂れた田舎町で、彼らは生活している。
イレイノムが出没する場所には差がある。
東京などの文化が活気ある場所であったり、有名な逸話や伝承が残された地域には多くのイレイノムが押し寄せて全てを真白に変えてしまうが。
人里離れた集落や、この地域のようにゴーストタウンであった場所などには、あまりやって来ない。
まぁ、全く出現しない訳ではないし、一度襲撃されてしまえば逃げ切った上での移住が余儀無くされるのだが。
そうならないために、今の俺がいる。
皆に俺の力を説明したいが、今は物資の配給が先だな。
後部座席のドアを開き、中に積んでいる一定量の物資を住人に手渡していく。
「いつもいつもありがとうございます……クロムさんにはもう何度助けられたことか」
このコロニーの住民を纏め上げているヨコミチさんが現れ、俺の片手を両手で強く握られた。
「ハハハ。こちらこそ、お役に立てて嬉しいです」
「あの、そちらの方は……?」
ヨコミチさんが、車を出てからずっと棒立ちになっているラスタに目を向けた。
彼女のことは何て説明しようかな。
いずれ力のことも合わせて話すつもりだけど、落ち着いたタイミングで話したいから、今は適当に言って誤魔化しておこう。
「あ~えっとぉぉぉ……彼女はラスタと言って、遭難していた所を俺が発見しまして」
「外国の、方?」
「まぁ、そ~ですね。遠い所から……来た、みたいです」
「ここで保護してもよろしいですが。住居の余裕はありますし」
「あ、いえ…………それは」
「結構です。私はバディとして彼と共にあります」
話を聞いていたのかラスタが割って入り、俺に代わって断った。
でもバディとして共にあるって、少し大仰な言い方じゃないか。
恥ずかしいんだけど。
「そう、ですか。ハハハ…………随分、仲がよろしい様で」
ほら、困惑してるし!
俺だってまだ、彼女との関係に戸惑っているというのに。
「…………?私、何か変なこと言いました?」
「いいや、何も」
さて、配給の続きを――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ッ!?」
と思ったが、急を要する事態が起こったようだ。
叫び声が遠方より響き渡る。
想像は嫌でも付く。
「イレイノムが出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
住人の1人が駆け寄って襲撃知らせに来た。
やはりな。
「ッ、ラスタ!!」
「はい」
「ヨコミチさん、避難誘導をお願いします!俺達が倒してくるんで!!」
「倒す、って…………ちょ、ちょっと!」
被害が出る前に、迅速に倒す。
「場所は!?」
「あっ、あっちの…………えと………………」
発見者が方向を指す。
そして具体的な場所を言おうとしているが、焦りでしどろもどろしてしまっている。
時間が惜しい。
発見者が指差した方向に2人で向かった。
イレイノムから逃げる人達を避け、彼らの逃げて来た方向、そして発生する耳鳴りの強さからイレイノムの位置を辿っていく。
「Ooooooooooooo………………」
「あぁ……!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「や、止めて!許してぇぇぇッ!!」
いた!
寂れた商店街の真ん中。
魚に近い頭部、そして両腕両足にヒレを携えた、半魚人型のイレイノムが。
倒れた老夫婦に、襲い掛かっている。
「止めろぉぉぉぉぉッ!!」
腕を振り上げるイレイノムの身体に、老夫婦を飛び越えての飛び蹴りを叩き込んだ。
イレイノムは転がり、転がった地面はペイントローラーで色を塗られたように白く変わった。
「ラスタ、この人達を安全な場所へ!」
「分かりました」
コイツは俺が倒す。
……大丈夫、今の俺は変わったんだ。不安がる必要はない。
槍を手元に出現させ、身体を左前半身にして中段の構えを取る。
左手は柄の真ん中を掴んで逆手、右手は石突近くで順手。
昨日は多対一だったから矢鱈滅多に戦ったけど、一対一なら堅実に倒す。
来い!
「ッ!」
イレイノムがこっちに向かって走り出した。
命を奪う相手が迫って胸の動悸が苦しいが、単純な突撃だ。
冷静に迎え撃て、神尾クロム。
両手で柄を手繰り寄せて短く持ち変え、長くなった柄を構えの反転と同時に横薙ぎで振るう。
振るった柄はイレイノムの首に命中し、イレイノムの動きは止まり身体が傾いた。
変幻自在な攻めが槍の強みだってな。
怯んだ隙を逃さず、俺はイレイノムに石突で身体を突いた。
身体に石突がめり込み、イレイノムは背中を丸める。
顎が下がった。
槍を少し引いて石突部分をイレイノムの顎に合わせ、突き上げる。
顎は気持ち良く跳ね上がり、イレイノムは後ろによろめいた。
俺の攻撃した箇所には全て黒い痣が刻まれている、攻撃が効いている証拠だ。
槍を後ろへ下げた脇構えに持ち方を変えて迫り、止めの逆袈裟斬りを仕掛ける。
良し、この一撃で勝てる。
そう踏んだが――。
「チッ…………!」
仰向けに倒れて躱され、地面に潜ってしまった。
地面が本物の水のように波紋を立てたが、すぐに元の地面に戻り白色と化した。
不味いな。
地面に潜られた状態では攻撃が出来ない。
イレイノムは潜りながら高速で移動し、白線を辺り一面に描いている。
一体いつ、どこから仕掛けてくる。
道の真ん中に突っ立っていては、駄目だな。
攻撃を絞れる細道に誘導しないと――。
「ッ!?」
左斜め後ろ!
横に転がり、紙一重で飛び掛かりを躱す。
イレイノムは飛び掛かった勢いのまま、再び地面に潜行。
俺の回りを周回して、白い円を地面に描く。
俺をこの場に留まらせたいらしいな。
畜生。
泳ぐ速度が速い、躱すのがやっとだ。
「………………」
こうなったら、肉を切らせて骨を断つ。
両手とも逆手に槍を持ち変えて振り上げ、イレイノムの襲撃をじっと待つ。
攻撃を生身で受け止め、その直後に槍を振り下ろして奴の背中を貫く。
「ッ!!」
来た。
真横からの急襲。
爪を立てて俺に迫り来る。
「ッ!?」
だが。
突如横からバレーボール大の黒い泥塊が飛来し、イレイノムの脇腹に着弾して炸裂。
イレイノムの身体を横に吹っ飛ばした。
イレイノムは転がり、壊疽したように黒く変化した脇腹を押さえてのた打ち回る。
あれは――。
「ご無事ですか、クロム」
「ラスタ!」
細道から、ラスタが颯爽と現れた。
やはり今のはアイツが放ってくれたものか、助かった。
起き上がろうとするイレイノムに迫り、がら空きの首に槍を振るい、刎ね飛ばす。
転がる首と倒れた身体は黒く染まって破裂し、イレイノムは消滅した。
「見事な勝利でした、クロム」
「お前が手助けしてくれたお陰だよ。有り難う」
道場で薙刀を学んでいた、過去の俺にもな。
「今の…………狙撃?は、一体どうやってやったんだ?」
「理気力を槍の穂先に集中させ、放出したのです」
「り、理気力?」
「ドグマ・コアより発生するエネルギーです。貴方の身体能力の強化と槍の召喚は、その理気力により引き起こされたものです」
「へぇ…………俺にも出来るかな、そんなこと」
「出来ますよ。アンサラーとなった貴方に不可能はありません」
大きく出たな。
倒せるようになったのは凄いことだけど、今の時点じゃあ世界を救うには及ばない。
もしかしたら、今よりもずっと強くなれたり――。
「あっ、呑気に話してる場合じゃなかった。早く皆の所へ行かないと!」
今も皆、避難所である地下鉄へ逃げているだろう、呼び止めて倒したことを知らせないと。
2人で地下鉄へと向かった。




