銀灰の力戦 ②
「……………………」
戦いの一部始終を、俺は見ていた。
俺は情けなく、固唾を飲んで見守ることしかできず――。
同じアンサラーなのに、天と地ほどの力の差があると、ただ痛感するのみだった。
このままじゃ、いけない。
「ラスタ…………」
「はい」
「頼む、俺に世定を教えてくれ…………!」
「……………………」
ラスタは一瞬眉を寄せたが、直ぐに涼しげな顔に戻り――。
期待を裏切る答えを返す。
「前にも申したはずです。貴方にはまだ早いと」
「そんなこと言ってる場合か!?上級なんて化物が出て来たんだぞ!」
思わず、ラスタに激を飛ばしてしまった。
胸の奥に刺が生えて突き刺さる。
だが、溢れる焦燥を止めることはできなかった。
「どうして教えてくれないんだ…………俺達はバディだろ!?バディなら強くなりたいって俺の頼みを、聞いてくれたっていいじゃないか!!」
「そんなに、私を信用できませんか?」
「……!?」
それは違う、そんなことは微塵も思ってない。
「……………………そっちこそどうなんだよ。お前は、俺を信じてるのか?」
ラスタは合わせていた目を伏せた。
一瞬、何かを言おうとしたのか口を開き掛ける。
だが、飲み込んで喋らない。
「……………………」
「正直、今のお前が分かんないよ。何を考えてるのか、俺をどれ程信用してるのか」
こんなことを言いたい訳じゃない、俺はただ――。
「そっちが信頼を見せてくれないんだったら、こっちだって信じられないよ」
俺はただ。
ラスタと一緒に、前へ進みたいだけなのに。
どうして、こんな言い方になるんだ俺は。
「なら、アクトリアにでも聞いてはどうですか。世定の方法を」
その声は、どこか押しやるような響きをしていた。
「…………そうさせて貰うよ」
胸が、強く締めつけられる。
「本当にお教えしても、いいのですね?ラスタ」
「ッ!?」
「丸聞こえだ。ったく…………」
激闘を終えたアラタ達が戻ってきた。
「足の白化は治ったようですね」
「えぇ…………」
「ではアラタ、彼女と先に戻っていてください。私は彼に世定をお教えしますので」
「っ、いいのか…………?」
「勿論。アンサラーを導くのはエルダー全般の役割ですから」
「……………………」
「俺じゃなくて相方に了承を取ったらどうだ?」
ラスタに顔を向けるが、ラスタは目を合わそうとしない。
勝手にしろ、ってことか。
「あぁ、頼む…………」
「分かりました」
「おい。行くぞ、エルダー」
「……………………」
ラスタは黙ってアラタと共にEエリアへ帰って行き、この場には俺とアクトリアのみとなった。
「…………どうして、ラスタは俺に教えてくれなかったんだろう」
「能力なしの基礎戦闘力を養いたかった。という理由が思い浮かびますが………………イレイノムとは何度の交戦を?」
「今日のを含めて……12回、かな?」
「あの鳥型イレイノムを覗いて11回の戦闘の結果を教えて頂いても?」
「ラスタのサポートあってこそだけど、全部倒した」
「素晴らしい戦果ですね」
「そう?」
「そうですとも、世定を為さず全て勝利しているのですから。戦いの基礎は十二分に得ていると思います」
「じゃあ、どうしてラスタは教えてくれないんだ?まさか、知らないなんてことは――」
「それはあり得ません」
アクトリアは、そう断言した。
「エルダーはアンサラーを導く存在。アンサラーに関する知識が欠ける等、決してありません………………あるとするならそれは――」
アクトリアは訝しげな表情を浮かべて、何やら考え込んだ。
「?」
「いえ、何でもありません。世定についての説明に入りましょうか」
「…………!」
自然と体が畏まる。
これからアクトリアが喋るのは俺にとって重要なことだ、一言一句漏らさないようにしないと。
「…………世定とは、アンサラー自身が世界の在り方を決定する儀式です」
「在り方……?」
「はい。己の理を明確化し、それを基盤にコアが力を再構築する。そう言ってもいいでしょう」
アクトリアの声はいつになく静かだった。
「ドグマ・コアが、アンサラーにとっての理想の世界を理気力で具現化し、個としての能力を飛躍的に引き上げることが可能になります」
「理想の、世界……」
「世界を消し去るイレイノムには、世界を創造する力がとても有効ですから。世定を経ていないアンサラーの力は…………鍛錬せず、火造りもしていない鉄の棒を、刀として振るっているようなものです」
「理想の世界というのは…………例えば、どんな?」
「そうですね。死を超越した世界、植物が生い茂る世界、魔法が存在する世界……といった所ですね」
「……………………」
俺の理想の世界――。
考えてみても、分からない。
「本当に理想だと思っていないと、駄目なんだよな?」
「はい。心の底からそれが世界にとって正しいものだと信じ……理想に殉ずる清廉な覚悟を持っていなければ、世定は為せません」
命を懸ける程に、心の底から信じられる自分の理想。
脳内で曖昧な提案と、漠然とした否定が繰り返す。
「アンサラーは皆、自らの理想に気づくまで時間が掛かります。何せそれは、自分の一番深い部分にあるものですから」
「…………」
アクトリアが俺の苦悩を見抜いたかのように、励ましの言葉を送ってくれた。
「そうだな。今は……思い付きそうにない」
「構いません。理想は、無理にひねり出すものではありませんから」
その言葉に、少しだけ息が楽になる。
アクトリアは静かに続ける。
「…………戻りましょうか」
「あぁ」
「理想が見つかった時は、ドグマ・コアに触れて誓願してください。そうすれば世定は為されます」
「分かった…………教えてくれてありがとう」
「いえいえ。それが私の役目ですから」
「あっ!」
「どうされました?」
「車…………あそこに置いたままだった」
嫌な予感がする。
アラタとイレイノムの戦いの巻き添え、いやそれ以前のゼロサムの余波による白化で消えているかもしれない。
あの白化は広範囲だったからな、消えた可能性が高い。
「一緒に探しましょうか?」
「いいのか?」
「えぇ」
お言葉に甘え、俺はアクトリアと共に外縁部付近へと道を戻った。
「無事だといいですね、車」
「あぁ…………」
クロムのエルダー、ラスタと共にあの物流拠点に戻っていた。
ラスタは何も語らず、浮かない顔で歩いている。
重く感じるこの空気は、お互いに喋らないからじゃない。
ラスタが発しているんだ。
「そんな後悔するくらいなら、なぜ教えてやらないんだ」
「…………言いたくない、と言ったら?」
「あっそ、って言って聞かないな。それ程知りたい訳じゃないし」
「じゃあ、言いたくありません」
「あっそ」
「……………………」
「…………質問いいか?」
「どうぞ」
「クロムをアンサラーにする気は、あるのか?」
「当然あります。エルダーですから」
「俺は、止して欲しいと思ってる」
「え?」
「…………自分のことを考えず、誰かの為に躍起になり続けてる奴だろ――神尾クロムは」
「そういう節は、ありますね…………」
「正直、痛々しくて見てられないんだよ。自己犠牲野郎は」
「……………………」
「ああいうのは、無理にでも力を奪って平穏に暮らさせるのが1番いい。そう思わないか?」
「しかし、彼はアンサラーに選ばれました」
「まだあの大儀式が始まった訳じゃない、代わりはまだ見つかるだろう」
「セブンスワン…………」
――やはり、このエルダーはアクトリアとは違う。
俺の言葉を頭ごなしに否定せず、迷いを滲ませている。
エルダーとしての使命を、何故か第一に置いていない。
「このまま守る戦いを続ければ、クロムがどうなるか分からないぞ。俺はそんな奴とぶつかりたくはない」
「……………………」
「言いたいことは言った、どうするかはお前達の自由だ。だが…………進む選択を取るなら俺は容赦しない。今一度、クロムと話し合っておけよ」
「はい…………ですがその前に」
「前に?」
「彼と、昼食を食べます」
「いや、無事で良かった……!」
「何よりです」
車は白化をせず、無傷で見つかった。
外縁部付近にあった車が、どうした訳か瓦礫の上に移動していたお陰で。
「恐らく……」
イレイノムの群れを倒したドローンが車を放置車両だと誤解して、物流拠点まで運ぼうとしていたのではないか。
そして上級イレイノムが来たことで、ドローンは迎撃に出てしまい、このような場所に放置されたのだと、アクトリアは考える。
何にせよ、俺達は無事に車を見つけ出した。
俺達は、何も異常のない車に乗り込み、Eエリアへ戻っていた。
「本当にありがとう。ドローンで瓦礫から車を降ろしてくれて」
「大したことではありません」
「エルダーもアンサラーの能力を使えるようになるのか?」
「本領には遠く及びませんが行使できます。外見もアンサラーの理想に相応しい変化を遂げるのですよ」
「え、そうなのか!?」
通りで、ラスタと見た目が違い過ぎると思った。
「ん?」
待てよ。
じゃあ俺の世定によっては、ラスタも――。
メカになってしまうのか!?
それは――。
ちょっと、嫌だな。
「……………………」
「どうしました?」
「…………理想の世界、ちゃんと考え抜かないとな、って思って」
「是非とも、そうしてください」
Eエリアへと戻った。
此処も白化はなく、特に事件はなさそうで胸を撫で下ろす。
皆、アラタによって配給された食糧で昼食を取っていた。
ただラスタのみが、俺達を待っていたのか入口の近くで立っていた。
アクトリアと共に車から降りる。
「クロム…………」
「えっと。た、ただい…………ま?」
「お帰り、なさい…………」
「……………………では、私はこれで」
「あっ、あぁ……色々ありがとう!本当に助かった!!」
アクトリアは軽く一礼し、アラタの元へと戻っていった。
「……………………」
「……………………」
「お昼、貰わなくて…………いいのか?」
「クロムの作るものが、食べたいです」
「えっ…………でも、あっちの方が美味しいんじゃないか?」
「クロムのが……いいのですけれど…………」
「わ、分かった……!直ぐ作る!!」
ラスタはギクシャクしていた関係を治したくて、俺にそう言ってくれたんだ。
応えなきゃ、馬鹿だ。
直ぐに車から調理器具と食材を取り、調理を開始した。




