贖罪のプロローグ ②
運転を再開し、目的地の農村へと再び向かう。
「え~~っと……その、助けてくれてありがとう」
「いえ、バディを守るのは当然ですから」
「バディ……」
さっき、そんなこと言ってたっけな。
全く、何なんだよそれ、分からないことだらけだ。
1つずつ、聞いていくか。
「なぁ、どうして俺と君はバディなんだ?俺と会うためにやって来たとも言っていたけど……何の目的があって俺に?」
「…………貴方が選ばれたからです」
「何にさ?」
「この世界をイレイノムから守り、世界を救う救世主…………アンサラーに」
「………………へ?」
もう、頭が痛くなってきた。
でも彼女の言うことは多分、真実なんだろう。
だって、信じざるを得ない力が、彼女にはあるんだから。
取り敢えず彼女の言葉を全て受け入れて、話を進めよう。
「何で俺が選ばれたのか、聞いてもいい?」
「貴方には、誰かを守りたいという強い思いがある。それを空にいるエルダーの長が見抜き、救世主にふさわしい実力を付けさせるべく……私を派遣したのです」
「成程…………その実力というのが、イレイノムを倒せる力?」
「はい」
「君みたいに、強くなれるのか?」
「私以上に強くなるでしょう。戦う覚悟があるのならば」
戦う覚悟か。
なら、答えは決まっている。
「代わりを見つけた方が良いんじゃないか?」
「え…………?」
「見てたろ、俺がイレイノムを前にしてガタガタ震えてる姿。救世主なんて肩書きは……俺には重すぎる」
「……………………」
外の風景を見る。
見渡す限り聳え立つ山々の中で1つ、白く塗り潰された高山があった。
イレイノムの仕業だ、草木は消え去り自然は欠片も無くなってしまっている。
あの山だけじゃない、富士山も今や全てが真っ白だ。
東京スカイツリー、日光東照宮、金閣寺、日本だけじゃなく世界中の遺産や自然も、奴らが触れさえしてしまえばパーになる。
積み重ねて来た人々と地球の歴史を否定するイレイノムを許せない。
でも実際相対してしまうと、抱え込んだ怒りなんて全部恐怖に変わってしまう。
怖い、消えたくない、逃げたいって。
「恐怖で駄目になっているのなら、克服すれば良いじゃないですか」
「出来る訳ないだろう…………」
寝てる時も、何かをしている時にも、何もしていない時にも、思い出してしまうというのに。
あの日感じた恐怖と絶望を失くすことなんて、出来るものか。
あれは、俺が20歳の誕生日パーティで家族、両親そして妹のカリンと共に過ごしていた最中だった。
「クロムも20歳か……大きくなったなぁ」
「20ってことはもう立派な大人だね、お兄ちゃん。私に送る新年のお年玉、忘れないでよぉ~?」
「ふん、嫌だね。親戚の子ならともかく、何でお前にあげなきゃいけないんだよ」
「なによケチッ!ケチケチッ!!」
「脇腹を突っ突くなよ!」
「本当に良い子に育ってくれたわ。昔のアンタはも~~何かある度に泣きじゃくって手を焼かせたんだから……」
「あっ、出た!お母さんの昔語り!!」
「それ去年も聞いたって」
「良いじゃない、減るもんじゃないし」
「成人になったってことはこれが飲めるな!ほれ、ぐいっと飲みねぇ」
「よぉぉし、人生初の酒……行きますか!頂きまぁぁぁぁす!!」
「おっ、ぐいっと行った⁉」
「…………うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!にッッッッッが!!」
「アハハハハ!お兄ちゃん変な顔してる……ほら見て!」
「ちょっ、撮るなよ!!」
家族と過ごす時間は、とても楽しかった。
こんな風に、平凡で当たり前だけれど楽しい……そんな、掛け替えのない平穏が――。
ずっと続くと思っていた。
奴らの脅威が、迫っているとも知らず。
「ん?おい、臨時ニュースやってるぞ」
「えっ?」
話が盛り上がっている中、お父さんがテレビを指差した。
お笑い番組やっていたはずなのに、放送が中断されてニュース番組に切り替わっていた。
「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝え致します、東京の港区……六本木交差点で未確認の白い物体が出現し、一部の道路や物が白く変色……消えてしまったとの報告が入っています。中継をご覧ください……!!」
突如として始まった特別報道。
それは、あまりに現実味のない内容だった。
突然報じられたこのニュースに、家族の誰もが会話を止め、テレビを注視した。
テレビの放送は、現場中継へと切り替わる。
「現場の中原です!現在、白い生物が確認された交差点に来ております!見てください!!」
カメラが映し出したもの。
それはアナウンサーが言っていたとおり、全身が一点の濁りもない純白、金色の輝彩を放つ円状の目を持った、身長2メートル程の奇怪な蛸型生物。
地面に伸びている足を含めたらもっとデカい、まるでクラーケンのようだ。
それを警察が取り囲んで対処しようとしている、映画のワンシーンの見ているかのごとく異様な光景だった。
集まる通り掛かりの人達と、避難してくださいと周りを遠ざける警察の声が、引っ切りなしに鳴り続けて騒然としている。
しかし、生物の行動によって、声は一瞬にして静寂に変わった。
「触手が伸びています!触手を伸ばして警官に絡みついて――!」
「ッ!?」
「嘘…………⁉」
触手に捕まった警官の1人が、絡みついた触手から蝋人形みたく、身体が真白になって固まった。
そして、熱に当てられたように――。
「……………………」
どろどろに溶けて、消えた。
驚愕と好奇心で騒いでいた群衆の声は止み、そして――。
テレビから響く絶叫が、俺達の耳をつんざいた。
「き、消え……警察官の1人が今、怪物の手によって消えてしまいました…………!現場からは以上です、すいませんッ!!」
カメラが後ろを向いて動きだし、やがて地面に放り捨てられた、クルーが逃げ出したんだ。
カメラは逃げる人達をひたすらに映し続けていたが、最後はあの怪物の手によって破壊されたのか、モニターには砂嵐だけが映し出された。
「……………………」
この凄惨な一部始終を見て、聞いて、スタジオと俺達は絶句した。
「何だよ、これ…………」
夢か、質の悪い冗談かに決まっている、人が消えるなんて有り得ないのだから。
そう安心させ、胸の内に芽生える恐怖心を宥めるが。
「い…………今、お送りしました内容は、紛れもなく現実で起こっております。私達がいるこの世界に、私達を消え去る生命体が現れました!!」
アナウンサーが発した言葉によって否定され、現実を俺達は直視された。
人を脅かす生命体がこの日本にいるという、揺るぎない現実を。
「この生物は、日本や世界各地で目撃されております。もし遭遇した場合は、速やかに避難してください!絶対に近づかないでください!」
「ねぇ、もしかして…………ここにも………………出てくるのかな?」
「…………大丈夫、大丈夫」
不安に怯えるカリンに、お母さんはぎゅっと抱き締め安心させる。
そうさ、俺達は大丈夫なはず。
今までずっと平和に生きてこられた、俺達が巻き込まれることはない。
そんな根拠のない平和を全員が胸に抱いていたが、俺達は知らなかった。
災厄とはいつも突然、自分達の元へやって来るものであり――。
理不尽に、平穏を奪い去るものだということを。
「只今入りました、怪物の存在が確認された地域をお伝えします。確認された地域は――」
「ッ!?」
部屋を照らす明かりをテレビ画面と共に消え、辺りが暗闇に包まれた。
停電だ。
「なに!?もうやだ………………!!」
先のニュースから続いて訪れた恐怖で、カリンはパニックになり掛かっている。
全く、なんだってこんなタイミングでと思わずにいられなかった。
俺だってこの状況には思わず身震いした。
「ちょっと、ブレーカー確認してくるわ」
お父さんは冷静に、1人でブレーカーのある洗面所へ向かった。
お父さんはアクシデントが起こった際に、いつも事務的に物事を執り行う。
怖がることではないと、俺達を安心づけようとしているんだ。
お父さんのこの頼れる姿に、俺は昔から憧れている。
でも今回に限ってお父さんはどうしてか、行くと言った直後に固まって一向に動こうとしない。
「父さん…………?」
「……………………ろ…………く」
「えっ?」
「…………げろ!……やくッ!!」
そんなに必死になって、何をひそひそ呼び掛けてるんだ父さん。
何を――。
「…………………………」
廊下を見た。
父さんが一早く目撃し、怯えている対象に、俺もカリンも母さんも、見てしまった。
暗闇であるというのに、はっきりとその目に映り込む。
あの真白を。
「あ………………」
姿形は違えども、あれが観ていたものと同種であることは誰もが理解している。
身体が見た時点で固まる、思考が理解した段階で停止する。
逃げないといけない。
そう本能が訴えているのに、身体が動かない。
災厄の到来、希望の喪失、恐怖の戦慄。
一辺に来るこれらの事実と感情に、身体が追いつけない。
「Ooooooooooooooooo………………」
怪物もまた動かず、どこから発しているのか分からない不気味な風音のような呻き声を出しながら、俺達を観察している。
互いに硬直する沈黙の時間が流れ、俺達の命が伸びる。
このまま何もすることなく、消えて欲しいと願うが。
短く太い木のような身体をした等身大の怪物は、ゆっくりと、頭頂部から生やしている数多の触手を気味悪く頭上で伸ばす動きを見せて――。
「ッ!」
俺に、差し向けられた――。
「クロムッ!!」
「えっ………………」
死を覚悟して目を瞑っていた。
テレビで見た警察官の消失、それと同じに遭うと覚悟して。
だが俺に襲い掛かった衝撃は後ろに押し倒される誰かの掌によるものだった。
それは、俺を庇った父さんによるものだった。
「ッ…………!」
「ウ…………ア、アァ………………!」
父さんが、触手に捕まった。
俺の代わりとなって。
父さんの身体が捕まった胴体から白く変わっていく。
「ウァァァァァァァァ――――」
足が固まり、首が固まり、口が固まり、叫び声が止まって――。
父さんは、命を持たぬ白い像へと変わってしまった。
「父さんッ!!」
「あなた!!」
触手が離され、父さんが溶けていく。
「嘘…………お父さん…………お父さんッ!!」
カリンが泣きながら父さんを呼び掛けるが、崩壊は止まらずに頭からドロドロに崩れて、地面と同化する液体へと変わり果ててしまう。
俺を庇ったばかりに、父さんが…………。
俺のせいで、俺が父さんから言われたとおりに早く逃げていれば。
「クロム、カリンを連れて逃げなさい……!」
「母さん……?」
「アイツは私が止める!!」
「ッ!?」
「アァァァァァァァァァァッ!!」
母さんが座っていた椅子を手にして振り上げ、あの怪物に突撃した。
振り下ろされる椅子が怪物の胴体に勢い良く衝突し、大きく後退させた。
「逃げなさいッ!!」
「ッ!」
母さんが叫んだ言葉を聞いたと同時に、俺は強引にカリンの手を引いた。
「嫌、離して…………!お母さん、お母さんッ!!」
「……………………」
母さんの咆哮が家中に響く。
俺だって母さんを見殺しにしたくない、でもこれが母さんの最期の言いつけだと思ったら、それを守らずにはいられなかった。
裏口のドアを開き、カリンと共に外へ出る。
母さんの絶叫が、聞こえた気がした。
街灯が点灯せず、月も影に隠れた暗闇の中を、俺達は逃げた。
目的地も無く、ただあの怪物から離れたい一心でひたすらに。
いつの間にかそこかしこから流れ出した国民保護サイレンも、俺達に一層危機感を募らせ、走らせる。
「この地区は現在、攻撃も受けております。落ち着いて避難してください」
分かってるよ、俺の大事な家族が殺されたんだからな。
「ハァ、ハァ、ま、待って……お兄ちゃん。私、もう歩けないよ…………」
「えっ!?」
歩き疲れたのか、カリンの息が上がっている。
近くにあの怪物はいない、今が足を休めるチャンスか。
「分かった、あそこの公園で休もう…………!」
手近にあった近所の公園に移動し、2人でベンチに腰掛けて息を整える。
「ハァ…………ハァ…………近くに、来てないよね………………?」
「あぁ、見た目からして、遅そうだった…………からな…………大分距離が、ハァ…………出来たはずだ………………」
静かな空間で、互いの荒い呼吸音だけが周囲に響く。
「私達…………どうなるのかな………………?」
「え?」
「お父さんもお母さんも消えちゃって、あの怪物に追われ続ける羽目になって…………これから、どうなっちゃうの………………?」
カリンが顔を両手で覆い、蹲る。
呼吸音はカリンの咽び泣く声に変わってしまう。
俺はカリンに腕を回し、強く抱き寄せた。
「大丈夫だカリン、俺がお前を守ってみせる。お前を………………絶対1人なんかにはさせない」
「絶対…………置いていかないでね?」
「あぁ」
胸に強くカリンの顔が埋まった、カリンの悲しさ、不安が痛い程伝わってくる。
俺だって辛い。
俺が怪物にもっと早く気づいていれば、恐怖で固まらず瞬時に全員で逃げられていれば、父さんと母さんが死ぬことも無かったんじゃないか。
そんな後悔の念が絶えない。
でも過去には戻れない、俺に出来るのはたった1人の家族であるカリンを兄として守ることだけ。
それが、死んでいった父さんと母さんへの――。
「……………………」
いつまでも、ここでじっとしているわけにもいかない。
「カリン、行くぞ」
カリンと公園から出るため、手を引いた。
瞬間――。
「ooooooooooooッ!!」
カリンの背後の地面から、突如として白い人間の上半身が飛び出し、カリンの腰を掴んだ。
「ッ!?い、嫌ッ…………!!」
全身から泥の様な白い粘体液を流す片目の3本指のその怪物は、カリンを地中に引きずり込もうとしている。
カリンはあっという間に下半身を沈められ、両手の爪を地面に引っ掻け必死に踠いている。
もうこれ以上、俺の家族を奪われてたまるか!
俺はカリンの左腕を両手で掴み、引っ張り上げる。
しかし。
俺の抵抗も関係無しに、どんどん下に沈んでいく。
ッ、強い――。
「カリンッ!!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんッ!!」
死んでしまうかもしれない恐怖に怯え顔を涙で濡らしながら、必死に俺の名を呼ぶカリン。
その声に応えたいのに、もう胸まで地中に浸かってしまっている。
ふざけるな、ふざけるな。
俺達が何をした、こんな災いを受ける理由がどこにある。
ただ平和に生きていただけの俺達が、どうしてこれ程不条理な目に遭わなきゃいけないんだ。
この世に神がいるなら、カリンを助けさせろよ。
お願いだから、もう俺の大切な人を奪わないでくれ。
「助けて、助けてお兄ちゃん!!私、死にたくないッ!!」
「カッ……カリ、ン………………!!うわッ!?」
怪物の右手が地中より飛び出し、俺に向けて振り下ろされた。
手は空を切って地面を叩き、粘体液を撒き散らす。
反射的に下がったことで触れられずに済んだ。
しかし、すぐに自分の過ちに気づく。
掴んでいたカリンの腕を、手離してしまったことに。
瞬間、カリンは急激な速度で引き摺られ、俺が飛びつく間もなく、完全に沈められてしまった。
「あ、あぁ…………カリン、カリンッ!!」
地面が白に変色していく、カリンの肉体が地面の中で溶けて同化している。
「カリン!カリン!カリンッ!!」
地面を引っ掻いて、変質した地面は固くて掘り起こせない。
沈む寸前に見たカリンの顔が頭に過る。
手を離した俺に向けて見せたあの顔は、驚きと失望だった。
どうして離したの。
守ってみせるって言ったのにどうして約束を破るの。
そんな、俺への怨嗟を訴えた表情だった。
死んだ。これで全員死んだ。
俺のせいで、皆が死んだ。
俺が頼りないばかりに、情けないばかりに。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「ッ!」
俺の心情に関係無く、また怪物が地中より姿を現した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は逃げた。
何もかも守れなかった俺に、生き延びる資格なんてないのに。
それでも、死にたくなくてひたすら逃げた。
何度も勢い余って身体を壁に叩き付けながら、周囲から聞こえる悲鳴や遠くで徘徊する怪物も無視して。
既に振り切っていることにも気づかず、幻影に怯え俺は走り続けた。
そんな状態であれば、足を取られるのも必然だ。
「ッ!?」
階段を降りる際に足を踏み外し、段差に何度も身体を打ちつけながら転げ落ちた。
全身の痛みに悶えて、走りを止める。
そこで漸く俺は怪物を振り切ったことを知って、痛みが和らぐまで倒れた状態を維持し、時間を掛けて立ち上がった。
「…………?」
立ち上がった際、ポケットから何かが落ちた。
アクセサリーを納める箱?
転がった衝撃で入っていたものが出て来たのか。
でも、何で俺の中にこんな物が。
気にしている場合じゃないのは百も承知だけど、絶望を少しでも紛らわせくて――。
手に取って、確かめてみた。
「ッ!」
中に入っていたのは――。
赤いチョーカーと、文章を書き記した紙切れだった。
「手紙…………」
この手紙を書いた相手は、読み始めた瞬間、理解した。
カリンだった。
お兄ちゃんへ。
直接言うのはなんか恥ずかしいから、こういう形でおめでとうを送るね。
20歳の誕生日おめでとう!
プレゼントとしてチョーカーをあげる、感謝してよね♪
お兄ちゃんにはファッションのファの字もないから、これを機にオシャレに気を遣ってください。(妹命令)
裏面もある。
それと折角だから、ありがとうも伝えとこうかな。
よく、私の遊びに付き合ってくれたり、我が儘にも応えてくれたよね。
私、昔から生意気な妹だったけど、ずっと嫌いにならないで一緒にいてくれてありがとう。
そんな優しいお兄ちゃんが大好きです。
これからもよろしくね。
あなたの愛しい妹より♡
「ぐっ、うぅ…………あぁ…………!」
裏切ってしまった。
カリンの想いを、俺は。
俺は――!
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




