蛍兄との一幕
星の王子さまの午後
本棚の一番目立つ場所に置かれていたから、勧められたんだろうなと思った。
蛍兄からすすめられた『星の王子さま』を、ボクはソファに座って静かに読んでいた。
ページをめくる指先に集中していると、階段を下りる足音が聞こえた。蛍兄だ。
冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を一本取り出す。そのままソファに腰を下ろすと、左手でペットボトルを握りしめた。
――握力で潰れるんじゃないかってくらい、すごい力で。
(……うん、なんかバチ切れしてない?)
読んでいるふりをしながら、ボクはちらっと視線を横に流す。
こういう時、話しかけるべきか、黙っているべきか。毎回悩む。
でも正直、原因なんてわかってる。
ほぼ100%、翠兄が何かやらかしたに決まってる。蛍兄は人を怒らない、そもそも蛍兄は他人に興味がないからだ、怒る理由がない
ため息が漏れた。
すると、横でページを閉じた音がして、蛍兄が低く呟いた。
「……別に興味無いわけじゃないし。期待してないだけだから」
淡々とした声に、ボクは一瞬、返事を失いかける。
心の中で
(それ、ほとんど一緒じゃん)と思ったけれど、わざわざ言葉にはしなかった。だって無駄だから。
だから仕方なく、本を閉じて顔を上げる。
「……それで。原因は?」
問いかけた声が、リビングの空気を震わせた。
蛍兄の指が、再びペットボトルをぎゅっと握り込む。
静かな午後が、一気に張り詰めていくのをボクは肌で感じていた。