お風呂場にて
「ねぇ、蛍兄。ホントはさ、もう怒ってないでしょ」
湯気のこもる浴室で、ボクは自分の身体を洗いながら湯船に浸かる蛍兄へ声をかけた。
蛍兄は湯に肩まで沈め、ぼんやりと天井を見つめている。
「……怒ってるよ」
短い返事。でも、ボクにはわかっていた。
蛍兄は、そんなに長いこと怒っていられる人じゃない。
きっと髪を切ったのだって、感情に任せて勢いでやっちゃったんだろう。
今ごろは、少し後悔してるくらいかもしれない。
(ホント、この人は思い切りがいいなぁ……)
湯気に紛れて、そんなことを思う。
もしかしたら蛍兄は、許すタイミングが分からなくなってるだけなんじゃないか――そうも思えた。
しばらく沈黙が流れ、蛍兄が小さく呟いた。
「……翡翠が思い出してくれるまでは、許さない」
その声は弱く、けれど確かな決意を帯びていた。
「翠兄は思い出してくれるよ」
ボクは即座に返した。
「だって、蛍兄のこと大好きだから」
蛍兄は一瞬固まり、それから両手で湯をすくって顔に何度もバシャバシャとかけた。
――それじゃ誤魔化せないよ、蛍兄。
目元が赤く腫れているの、翠兄にバレちゃうよ
心の中で苦笑した