過去の思い
オレは物置から幼稚園の頃のアルバムを引っ張り出して、床に並べた。
表紙のビニールが少し白く曇っている。端をめくるたび、紙と糊の匂いが立ちのぼる。
一冊、また一冊。
指先で写真をなぞりながら、片っ端から見ていく。
あの頃のオレたちは、ただ河原や草むらを走り回っていた。
蛍は走るのが好きじゃなかったはずだ。ほんとは本を読んでる方が好きで、影の涼しい場所を見つけるのが上手かった。
それでも――いつも、オレに付き合ってくれていた。
息を切らしながら笑って、転べばススキで擦れた膝を見て、静かにハンカチを押し当ててくれた。
ページが一枚、指から滑って、別の写真が顔を出す。
夏の草むら。しゃがみ込むオレ。背中を見守る蛍。
……指先が止まった。
いつものお礼に、何か見つけたくて。
蛍の好きな“しおり”になればいいと、子ども心に考えた。
土の匂い、湿った草、手のひらに集めた小さな緑。
泥だらけになって、四つ葉を探した――あの日。
ぶっきらぼうに、何も言わずに渡した。
照れ隠しで、言葉を飲み込んだ。
「一緒に遊んでくれて、ありがとう」って、ただそれだけが言えなかった。
……なのに、今日のオレは。
その栞を、汚いなんて。
アルバムの上に影が落ちる。
夕方の色が、写真の中の緑を少しだけ深くした。
喉の奥が熱い。
指をぎゅっと握って、額にあてる。
「……オレ、忘れてたんだな。いちばん大事なことを」
写真の中の蛍が、少し眩しそうに笑っている。
その笑顔に向かって、オレは小さく頭を下げた。
「ごめん、蛍」
アルバムをそっと閉じる。
あの草むらの匂いは、確かにここにある。




