ラウンジにて
「スピカ嬢、こんにちは」
馬車から手で髪を押さえて出てきたのは、ユリウス王子の側近でレグルスお兄様とも仲良くしているセルジオ侯爵の長男のウィル様だ。
「ひどいよ。ユリウス。僕の髪の毛がまとまるまで一緒に待ってくれればいいのに。先に降りてしまうなんてさ。そんなに、この可愛い婚約者ちゃんに会いたかったのかな?」
「全くお前くらいだよ。髪のセットで僕を待たせようとするのは」
ユリウス王子が苦笑する。
ウィル様のオリーブ色の髪はくせっ毛でいつもふわふわと膨らんでしまうのだけれど、それを常に気にしているのだ。
私はそれはそれで可愛いと思うのだけれど。
ウィル様は王子と一緒にいることが多いので、私とも仲良しなのだ。
「うわぁ。ウィル様も来てくれたんですね」
ユリウス王子に笑いかけるよりも全然自然に笑顔になれた。
「なんだか、僕と会うよりもウィルと会えた方が嬉しいみたいだね」
ユリウス王子は冗談で言ったのかもしれないが、こちらは跳び跳ねそうな程、ドキリとしてしまう。
「やぁ!待たせて申し訳ない!」
レグルスお兄様が屋敷の奥から走ってくる。
「いや。辺境伯の花達が出迎えてくれたからね」
「いいなぁ。レグルス。うちには妹がいないからな。二人もこんなに可愛いのがいて羨ましいよ。一人分けてくれないかな」
お兄様と共に走ってきたのはレオンとノアだった。
レオンとノアは王子達に軽く会釈をした後、じっと私を見てくる。
余りにも見られるので、なに?と小首をかしげる。
あ、もしかして。
珍しく双子揃って私の心配をしてくれているのかしら。
ちらっとユリウス王子に目を向けてから双子を見ると、揃ってこくんと頷く。
ありがとう。二人とも。
私はホッと息を吐き肩の力を抜いた。
ウィル様、レグルスお兄様、ノア、レオンが加わってようやく息がつけた気がする。
「この二人がよく話す従兄弟で双子のノアとレオンだね」
ユリウス王子が二人を見る。
「二人は将来レグルスの側近になるんだよね」
「うちは男兄弟がいないので、二人を頼りにしてるんですよ」
亡くなったアルタイルお兄様、それから他家に嫁いだアダラお姉様とカペラお姉様がいたのだけれど。今、邸にいるのはレグルスお兄様とミアプラお姉様と私だけなのだ。
お父様の手助けをしているベンジャミン叔父様のように、ノアとレオンがお兄様の側近になってくれると、とても助かるのだ。
だからレグルスお兄様は双子をとても可愛いがるし、二人もお兄様に懐いている。
頼りにされていると言われてレオンは得意気に鼻をふくらませていた。
笑いそうになって唇を噛んでこらえる。
その気配を察知し、私を見てムッとした顔をむけてくる。
おぉ怖っ。
私は視線をそらし、隣のノアを見た。
ノアは悲しそうな顔をしていた。
どうしたのだろう。
ここ最近のノアはいつもこんな調子なのだ。
謎の眩しくない発言と関係があるのだろうか。
「ラウンジでお茶を飲んで寛いでください」
レグルスお兄様がユリウス王子とウィル様をラウンジに案内する。
私たちは後に続いた。
「あら」
私は並べられたお菓子に目を輝かせたけれど、ある一点に目が止まる。
「これは片付けてちょうだい」
近くに立つメイドのメリッサに指示を出す。
花瓶をどけるように頼んで席に座る。
「どうかしたのか?花瓶をどけさせて」
レグルスお兄様が不思議そうに首を傾げる。
「だって、マーガレットが入ってましたから。ユリウス王子のくしゃみが止まらなくなってしまうでしょう」
私の言葉にユリウス王子が「何故、君がそれを知ってるの?」と驚いた顔をした。
ウィル様が「おい。恐ろしいな。カミーユ辺境伯は、凄腕の間諜でも宮廷に放ってるのか?」と楽しげに声をあげる。
「僕にマーガレットのアレルギーがあるとわかったのはつい先週のことなんだよ」
ユリウス王子の言葉に私は動揺してしまう。
え?そうだったの?
私ったらなんて一言を。
助けを求めて周りを見る。驚いた顔のレグルスお兄様、ミアプラお姉様、レオン。ノアだけは真顔で私を見ていた。
私はノアに全てを託すわ。
「あ!マーガレットでくしゃみが出るのはノアだったわね!なんで私ユリウス王子って言ってしまったのかしら」
突然話を振られたノアは一瞬間の空いた後、くしゅんっ!とわざとらしいくしゃみをした。
あぁ、終わったわ。
ノアに賭けた私が悪かったわ。
テーブルに目を伏せ、あまりの悪手に情けなくなる。
「ノアもそうなんだね。でも、おかげで助かったよ。スピカ」
ユリウス王子の言葉にホッとする。
良かった、もうダメだと思ったけれど誤魔化せたみたいだわ。
もっともっと気をつけなくては。
ポロリと話した一言で私が死に戻ったなんてばれてしまったらどうするのよ。
私はできるだけ無邪気に笑い、その場を凌いだのだった。
読んでくれてありがとうございます。




