sideケイレブ・ダントン
俺はダントン伯爵と平民の母との子供だ。
小さい頃は父親の存在も知らずに下町で母と平和に暮らしていた。
冒険と称して、くだらない遊びを悪友たちと繰り返しながら。
あの日も、ただのいたずらの延長だった。
下町の名物となっている小さな噴水。その噴水は中央に置いてある魔力がこめられた水晶から水が上がっていると言われているのだが、この水晶を抜いたらどうなるかな?と言い出したのは自分だったのか友だったのか。
ほんのいたずら心だったことは間違い無い。
夜、人気のいなくなった噴水に集まった俺達。
じゃんけんで負けた俺が水の中に手を突っ込み水晶に触れた時、光が立ち上がった。
呆然とする俺と腰を抜かした友人達は、あっという間に現れた警備隊に囲まれて捕まった。
町の牢屋に俺を迎えに来たのは父親だと名乗るダントン伯爵だった。
あの水晶をあそこまで光らせたとは、お前の魔力は強いに違いない!と有無を言わさずそのままダントン家に連れ去られた。
家に帰りたいと喚く俺に、下町から母が呼ばれた。
母の顔を見て、やっと俺を迎えに来てくれたとホッとしたのに「お前はダントン伯爵のおかげで牢屋から出られたの。お前には魔力があるそうだからそれを学ばせてもらってきなさい」と早口で喋ると俺の返事も聞かずに身を翻してあっさり立ち去ってしまった。
それからはただ苦難の日々だった。
正妻の子で、俺と同い年の兄ピエールは粘着質で嫉妬深く負けず嫌いという最悪の性格だったから。
俺は早々にここを抜け出して母の元に帰ろうと何度も屋敷を抜け出そうとしたのに、いち早く気づいて父にチクるのもピエールだった。
俺がいなくなった方があいつにとっても良いことのはずなのに、とにかく俺の嫌がらせになることなら何でもやったと言ってもいい。
家庭教師に俺が褒められるものなら、怒り狂って「お前の母の家に火をつけてやる!」と、とんでもないことも何の躊躇も無く口にした。
俺は徐々に手を抜くことを覚えた。
出来の良かった俺は平凡となり、早く家から叩き出してくれないかな?と思う日々。
ピエールが散々自分の優秀さに比べて俺の無能ぶりを話して聞かせたが父は俺を下町に戻そうとはしなかった。
しかし学院の入学式を前に父が俺にはっぱをかけるように告げてきた。「学院にいる間に魔力を開花できず平凡なままなら、ダントン家から追い出し平民に戻す」と。
ピエールはこいつに期待するなんて無駄なことを!と吠えていたけれど、俺の心は弾んだ。
このまま息を潜めて可もなく不可もない状態で学院を出れば良い。
そうしたら、大手を振って下町に帰れるのだ。
習った魔術を使って野良の魔術師になって稼ぐのも良い。
母は元気だろうか。
約束通り魔法を学んで来たのなら、喜んで俺を迎えてくれるだろうか。
そんな思いで日々を過ごしていたのに。
まばゆい光に目を眇めてしまった。
あの日。
受験希望者達の授業見学で教室がいつもよりも騒がしかったあの日。
俺は思わず椅子から腰を浮かし、眩しさに目を細めて驚きの目でその少女を見つめた。
皆が彼女を前に普通にしていることが信じられなかった。
彼女は、同じクラスの憧れのミアプラ嬢の妹らしかった。
あの時驚きのあまりミアプラ嬢と目が合ってしまった。
ミアプラ嬢は同じクラスながら話しかけるのも戸惑うような清廉な美しさをまとっている絶世の美女だ。
いけすかないピエールまでもが彼女に夢中。まるで相手にされないのが笑えるのだが。
クラスはもとい学院のマドンナと言っても良いミアプラ嬢。
本来なら目が合ったその瞬間に胸をときめかせても良いのに、(ヤバい見つかった)と思わず目を逸らしてしまったのは、厄介事を引き当ててしまったことを本能的に気づいてしまったからだろうか。
「ねぇ、ケイレブ・ダントン様」
突然、人気の無い廊下でミアプラ嬢に声をかけられ足を止めた。
彼女は、空き教室のドアからその美しい顔を出し俺を手招きした。
カミーユの妖精。
あぁ、本当に妖精がいるのなら彼女のように美しいのだろうか。
半ば見惚れてフラフラと彼女の招くままに部屋に足を踏み入れて、彼女の背後の人物に気づいて我に返って足を止めた時には遅かったのだ。
「レグルス先輩」
彼女の兄でカミーユ辺境伯の嫡男、最高学年のレグルス先輩が口元だけ笑顔をのせて、やけに鋭い眼光を飛ばして俺を見ていた。
ミアプラ嬢がサッと動いて背後のドアを閉めた。
「ケイレブ・ダントン様。この部屋は防音でよそに声は漏れません」
「は、はあ」
「一つ確認したいのだが」
レグルス先輩が一歩俺に近寄った。
「君の魔術科の成績は中の中のようだが・・・」
俺は返答に困ってミアプラ嬢を見た。
これは一体何の尋問なのだろうか。
「いつも、いつも計ったようにクラスの真ん中あたりですわよね。筆記試験も実技試験も」
俺の平凡な成績の話をカミーユ辺境伯の兄妹が何故気にするのか。
「その通りです。そ、それが何か?」
レグルス先輩は思案げな顔で俺を見つめると、ぼそりと一言告げる。
「それなのに、僕の大事な末の妹のことをずいぶんと目を眇めて睨むように見ていたそうじゃないか」
俺はドキ!っと胸を押さえて慌てて言い繕った。
「そ、そんな!睨んでなどいません
!ただ眩しくて!」
僕の言葉にミアプラ嬢はうんうんと頷き、レグルス先輩は「ほお」と短く呟きやはり頷いた。
「君の魔力は相当強いらしいな」
ドキリと跳ね上がる肩にレグルス先輩が苦笑して手をおいた。
「何故魔力を抑えて平凡な成績しか残さないのか。理由は聞かない。その代わり君にはこれから入学してくる末の妹スピカのことを頼みたいんだ」
「い、いや。俺は、、、」
「あなたの兄のピエール様は、魔術科の2位の成績のはずなのに少しもスピカに興味を見せなかったわ」
ピエールの成績まで持ち出して、何が言いたいのだろうか。
「私達の妹のスピカは、魔力の強い人には輝くように見えるのよ」
俺は思わず口元を手で覆った。
「魔術科のトップか、2位くらいの成績の人にはそう見えるみたいなのだけれど。あの眩しがり様は、トップの私よりも魔力があるってことよね」
「スピカのために少しでも手駒が欲しいんだよ」
あ。なんか、もう言い逃れ出来そうな気がしない。
「君さえ良ければ、学院卒業後の就活も家で面倒を見るよ」
「ピエール様があなたは卒業後平民になると」
あぁ、なんか既に包囲網で固められて、カミーユ家の掌の上にのせられているな、俺。
「そ、そんなに期待込められても何もできませんよ、俺」
「大したことは望まないわ」
「ただうちのスピカを守ることだけを考えてくれればね」
そうやって、スピカ嬢の入学前に俺はスピカ陣営に組み込まれたのだった。
渋々引き受けたのに、実際助けられたのは俺の方だったとわかるのは後々のことだったのだが。




