こんな気持ちには蓋をして
なんだか、昨夜はたくさんの話を聞いて混乱してしまった。
一晩明けて私はもう一度昨夜の話をノアやレオンと話し合って整理したいと思っていた。
ノアとレオンは訓練場にいるようだから、そちらに向う。
私の前にメイドの子達が時折声を上げて楽しそうに演習を観戦している。
うちはお父様がやることをやっていれば好きな時に休憩を取って良いという方針なので、こういうシーンはよく見る。
聞くつもりはなかったのだけれど皆の楽しそうにはしゃいだ声が耳に飛び込んでくる。
「ミラの彼氏のジーク、剣の腕素晴らしいわね」
あら。
ミラは傭兵のジークと付き合っていたのね。
知らなかったわ。
「ジーンの婚約者のバルド様の方が強いわよ」
騎士のバルドとジーンは婚約者同士だったのね。
あ。私ったら、これでは盗み聞きのようではないか。
他へ足を向けよう。
そう思った時、耳にノアの名前が飛び込んできた。
「キュアの婚約者のノア様だって、頑張っているわよね!」
「えっ?!」
思わず漏らしてしまった言葉。
メイドの子達がバッと振り向いた。
「ち、違います!まだ!婚約者ではありません」
キュアが顔を真赤にさせて顔の前で手をブンブン振る。
「そ、そうなのね」
まだ、ということはいずれそうなるということなのね。
目の前が一瞬暗くなる。
「ベンジャミン様に言われたそうなんです。キュアがノア様の怪我を治してあげてるのを見て」
「ノアにはキュアの様な回復術を使える伴侶が必要かもしれないって」
ミラやジーンが嬉しそうに告げてくる。
私はショックで何も言葉を返せなかった。
私の顔色を見て、はしゃいでいた三人が顔を見合わせる。
それから、ハッとしたように頭を下げる。
「ごめんなさい。婚約解消をされたばかりのスピカ様にこんな話を」
「・・・ううん。いいの」
力無く立ち尽くす私を三人が心配そうに見つめる。
心配させないように笑わなければ。
そう思うのに少しも唇はあがってくれず逆に涙が迫り上がってくる。
キュアとノアが婚約・・・。
嫌だわ。心が痛くて顔をしかめる。
「わ、私のことは気にしないで」
表情を隠すように顔の前で手を振る。
プロキオンが足元で飛び跳ね、じゃれてくるから抱き上げる。
この子は本当に優しい子だわ。
私の辛い気持ちを察しているみたいにじゃれてくるのだもの。
「いい子ね」
私が微笑んでプロキオンに話しかけると、メイドの子達もやっとホッとした雰囲気になった。
「あら、休憩に入ったようね」
私の言葉に三人はお辞儀して、それぞれの相手の元に駆けて行く。
ぼんやりとそれを見送り、プロキオンを撫でる。
井戸に向かうノアの後を小走りでキュアが追いかける。
自分も駆け寄りたい気持ちをぐっと押さえてプロキオンの白い毛に顔を埋める。
そうね。ノアのことを思うのなら回復術の使える伴侶が必要なのかもね。
昨夜は魔力回復薬さえも作ることが出来なかった私は、ノアに何もしてあげられないのだもの。
ノアは、もう私のことは好きにならないのだもの。
そう思った瞬間涙がボロボロと溢れてプロキオンを濡らした。
ラベンダーちゃんがあせったようにゆったりと気持ちを落ち着かせる香りを放出して私を包んでくれたけれど、ノアは私では無い人と結ばれるのだという事実が胸に刺さって涙が止まらなかった。
私のことを何とも思わないノア。
私への恋心を無くしてしまったのだから。
私とは絶対に繋がらない。
私の護衛騎士になってくれると言ったノア。
ずっと一緒にいられるのかもしれないと思ったのに。
それでも。
ノアと結ばれることは無いのだわ。
ノアはノアの好きな人と。
私では無い、別の人と。
ノアはノアの為になる人と。
私では無い、別の人と。
私達は、絶対に結ばれない。
ノアと一緒にいられればいいと思っっていたのに。
私の本当の願いは・・・。
だめよ。気付いてはだめ。
こんな気持ちには蓋を閉めなければ。
どうしてもどうしても願っても手に入らない物を欲しがるなんてどうかしているもの。
必死に目を閉じた時、ぶわりっと記憶が溢れてきた。
(気付きたくなかったのに、気付いてしまった!)
(私はただの婚約解消された惨めな女でいいの)
(生きる希望を無くした哀れな女でいいの)
(そう思わないと未練が残ってしまう!)
(あぁ忘れてしまいたい!)
ぐるぐると回る赤い色。
「スピカ!」
耳元で焦ったように叫ぶノアの声にハッと目を開ける。
「あ・・・私」
目の前には心配そうなノアの焦げ茶の瞳。
その後ろには真っ青な空。
「ノア。私、何かを思い出したのだけれど」
「そんなことどうでもいいよ!スピカ、大丈夫なの?」
「おい!スピカ!」
ノアの横からレオンが声をかけてくる。
二人が青い顔をして私を見下ろす。
あら。
二人じゃないわ。
沢山の人が私を見下ろしている。
そこへ割って入って来たのはお父様だった。
「スピカ!大丈夫か?貧血なのか?急に倒れたと聞いたぞ?!」
私はふわりとお父様に抱き上げられた。
「お父様。揺らさないで。忘れてしまう」
「スピカ?」
いいえ。忘れていた方が良いのよ。
お父様の肩越しに眩しい太陽が見えて目を閉じる。
「イルベスト山が真っ赤だわ」
その言葉を最後に、私の意識は闇に落ちていった。
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