アルタイルお兄様3
「オーガストの胸ポケットにはソフィアへの手紙が残っていた。それには最愛の双子の姉を殺さなければならない理由が書かれていた。殺したソフィアの墓前に捧げる為に事前に用意していた懺悔の書だった。オーガストは13歳のあの時森で彷徨って生死の縁に立ち、鳥の精霊を得た。森から出て倒れた彼を保護したのは神殿の者だったそうだ。神官は告げた。フィールズ家は粛清の為取り潰されたこと。それは神殿のお告げによるものだと言われているが、神殿はもう一つの予言も国王に伝えていた、と。フィールズ家の末裔に近々精霊に祝福されし子供が生まれるだろうという神託だ。それなのに国王がフィールズ家を粛清してしまった。フィールズの者はもうお前しかいない。お前の子供を希代の精霊使いへとさせるのだ、と。オーガストはそのまま他の大陸の神殿で保護され存在を隠された。オーガストは神殿で教義を叩き込まれると共にまるで種馬の様な扱いを受けていたそうだ。神殿の為に働く稀代の精霊使いを誕生させる為に。オーガストは赦せなかった。国王も神殿も。しかし一体の精霊しか使役できていない自分では倒すことは叶わないだろう。何故かオーガストの子供は出来にくい上に、産まれても死産の子ばかりだったそうだ。投げやりに生きていたオーガストはある噂話を耳にした。生国の森を挟んで隣の国のカミーユ領に濃い紫の髪と瞳をした神童がいるそうだ、と。それはフィールズの始祖と同じ色味。ソフィアは生きていたのだ。森の逆に出て生き残ったのだ。ひっそりとカミーユのことを調べ始めたオーガストは確信を得る。神殿を抜けて大陸を渡りソフィアに会いに行くことを生きる目標とした。しかし、それが神殿にソフィアのことがバレた。神殿はもう一人のフィールズの血を引くソフィアを欲っした。ソフィアの子どもたちは順調に成育しているようだ。アルタイルは桁外れの魔力を持っているが残念ながら精霊使いではないらしい。カミーユに無理矢理嫁がされた可哀想な姉を助け出し神殿に連れてくるのだとオーガストは命令された。しかしオーガストは最愛の姉を自分のようにさせるつもりはなかった。だからソフィアを逃がすのだと手紙に書かれていた。・・・長年、神殿に支配されプライドを削られ過ごす内に精神が歪んでしまっていたのだろう。彼はソフィアを殺すことで神殿から逃がすのだ、と。涙に滲む文字で何度も何度も書いてあった」
深い溜め息の後で、お父様は肩を怒らせる。
「神殿が、あいつらが悪いのだ。こちらの抗議をやつらは神妙な顔でそんなつもりは無かった、何故オーガストがそのような妄想に陥ったのかと言ってのけた。憤慨する私に、神官長はせせら笑った。「あの日、祝福の子が命を受けたと新たな神託がおりたのですよ」と。「オーガストの血を引く祝福されし御子がその日誕生したのです。カミーユには何の魅力も未練も神殿には無いのです」と」
なんて酷い話だろう。お父様やお母様が神殿を嫌う理由がわかったし、私も許せないと思ってしまった。
お父様はゆっくりと私を見た。
「アルタイルはあの日ソフィアにこう言ったそうだ。「お母様、お腹に新しい命が宿っています。僕が外を見てくるので、ソファで寛いでいて下さい」と。受胎した時と産まれた時と、命を受けたのはどちらなのだろうな、スピカ」
「ええっと。どちらもそうなのかしら?」
突然の質問に私は首を傾げる。
「どちらでもいいのだ。スピカが精霊に祝福されし子供であろうとそうでなかろうと。お前が生きていてくれるのなら」
私は息を呑んでお父様を見つめた。
その時、お腹に宿った命が私だったのね。
そうして私がアルタイルお兄様の様に命を落とすのを何よりも怖がってくれているのね。
私は横の森の精霊をそっと見つめる。
あなたは、アルタイルお兄様なの?
お母様や私を守ってくださったの?
お父様に隣の精霊がレグルスお兄様によく似てると話しても良いだろうか?
私が口を開こうとした時、ガスパーが前に出て来た。
「旦那様。奥様が取り乱したのは姿がよく似ていたからだけではございません」
ガスパーは告げるべきかどうかを迷いながら意を決してお父様に声をかけたようにみえた。
「どういうことだ?」
「彼は奥様を見て、おかあさま、と小さく呟いたのです」
「なんだと?」
顔色を変えるお父様。
私はバッと森の精霊を見つめる。
「奥様は、アルタイル様の生れ変りだと思われたのではないでしょうか」
森の精霊の表情は何も変わらなかった。ただ、私を優しく見つめる。
お父様が場をお開きにすることを告げ、各々引き上げる。
お父様もだいぶ混乱している様に見えた。
自分の部屋に帰って、森の精霊を見つめる。
神官の人がアルタイルお兄様の生まれ変わりなら、彼はちがうのかしら?
手を離したら森へと帰ってしまうのかしら?
「ねぇ、あなたは・・・」
アルタイルお兄様なの?
声に出して聞けない私は、握りしめていた彼の手を離してしまった。
緩やかに空気に混ざって消えて行く森の精霊。
森に戻って行ったのだとわかった。
彼が消えた空間を私はただ、ただ見つめていた。
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