アルタイルお兄様2
「アルタイルは精霊使いに殺されたのだ」
「え?精霊使いはお母様の一族でも生まれなくなったとおっしゃっていたのに?」
「ソフィアは話したくもなかったのだろう」
お父様は片手を顔に当てて俯いた。
重い空気が立ち込める。
「ソフィアの生家フィールズ家にはソフィアの他に姉のアン、兄のハリー、エイベルそしてソフィアの双子の弟のオーガストがいた。もう全員亡くなっているがね」
「えっ」
あまりのことに言葉を失いお父様を見る。
「我がカミーユと同じ様にフィールズ家にも子供を森に入れる儀式がある。あちらは13になると賢者の森へ足を踏み入れ精霊を得られるかの儀式をするそうだ。ソフィアはその儀式に挑み森を彷徨っていた。私は賢者のおばば様の所に向かう途中で遭難していた彼女を見つけた。何日も森を彷徨い疲れ果てているのに涙に濡れた水色の瞳は美しかった。抜けるような白い肌に野苺のような唇。薄紫のサラサラと流れる長い髪。私はついに森の精霊に出会ったのだと思った。極度の疲労から倒れた彼女を我が家に保護した。目を覚ましたソフィアが語ったことはかつては精霊使いを輩出していた隣国のフィールズ家の娘であるということと精霊を得る儀式であちらの森から精霊を探しに賢者の森へ向かい何日も彷徨っていたこと、弟のオーガストも一緒に試練に挑んだのにはぐれてしまったのだということだった。若いソフィアはすぐに回復した。私は保護してすぐにフィールズ家に連絡を取ろうと思ったが魔法書簡を送ろうとしても封書は宛先を見つけられず飛ぼうとしなかった。宛先に無いとは何が起こっているのかと、隣国に探りを入れた。するとフィールズ家は国から粛清されていたのだ。何代も精霊使いを出さぬのは、精霊に非礼を働き精霊を怒らせているのだと。あの神殿の神官が隣国の王に告げたのだそうだ。このままでは被害が国に及ぶだろうと。寄付をはずめば、神殿が守ってやろうと。隣国の王は神殿に金を払わず、諸悪の根源であるフィールズ家を粛清し取り潰すことを選んだ」
あまりの話に私がカタカタと震えだすと、横にいる森の精霊が繋いだままの手をぎゅっと強く握ってきた。
思わず目を向ければ、優しく穏やかに微笑んでいる。
〈スピカ。守ってあげる〉
それはいつもの言葉で。
「私は平気よ」
声を出さずに口をそっと動かして伝える。
そうして、大きく息を吸う。
少し落ち着いてお父様の話の続きを聞くことができそうだわ。
「ソフィアとオーガストは、儀式を名目にフィールズ家が一団となって外に逃したのだ。誰も追って来られないだろう賢者の森へと。自分達は屋敷に籠城し、さも追い詰められて一家心中を図ったかのように軍に囲まれた屋敷に火を放ち、ソフィアの父も母も、姉のアンも兄のハリーもエイベルも全て亡くなってしまったのだ。事情を知ったソフィアの嘆きは深かった。彼女を隣国に帰すことは出来なかった。来る日も来る日も双子のオーガストを賢者の森で探したが彼は見つからなかった。森に彷徨いどこかで命を落としたのか、奇跡的に命を繋いだのか、何の手がかりもないまま月日は過ぎた。ソフィアはそのままカミーユ家に保護され共に暮すことになった。私とソフィアが恋に落ちたことをいいことに母は実家のジャスティ伯爵にソフィアを養子にしてもらい、私との結婚をすすめた。結婚するとすぐに子宝を授かった。濃い紫の瞳、濃い紫の髪の毛で産まれてきたアルタイルは、フィールズ家の祖と同じ色味だとソフィアは言っていた。生まれつき魔力が強いのがわかった。賢者のおばば様に見せに行くと、この子を次代の賢者に育てようと口にした。アルタイルは明るく賢く朗らかな性格で、皆に愛されてすくすくと大きくなっていった。当たり前のように森に選ばれた者になり、13の時に既に三大魔導師様が舌を巻くほどの魔術を披露した。全てにおいて自慢の長男だった」
そこでお父様は一度言葉を区切る。
「隣のダスク領から助けを求められたのは鈴掛けをアルタイルと二人で終わらせた時だった。国王からも魔法書簡でダスク領に兵を用いて駆けつけるように指令があった。私はアルタイルに留守のことは任せると軽口を叩き、兵を集め急ぎ隣領へ向かった。アルタイルはまだ13だったのに。私やベンジャミンが兵を率いて向った為手薄だったカミーユ領をそして家族を命を懸けて守ったのだ」
お父様は声を震わせて涙を堪える。それでも止められず嗚咽がこぼれる。
私はお父様があまりにも苦しそうでもう話さなくてもいいわと告げたくなった。
けれども、意を決したように顔をあげてお父様は続きを話す。
「アルタイルの救援を求める魔法書簡を読み慌てて引き返してきた時には全てが終わっていた。森は見るに耐えない惨状で、星でも落ちてきたのかと思える程だった。激しいバトルがあったことが手に取るようにわかった。血だらけで倒れ伏すアルタイルに賢者のおばば様が泣きながら抱きついていた。もう既に息絶えている事がわかったていたのに、私はアルタイルに目を開けろと揺さぶった。誰がお前をこんな目に合わせたのだと復讐心で目の前が真っ赤になった。アルタイルと森をこんな惨状にしたのはどこの奴等なのか、泣き叫び憤る私に賢者のおばば様が指さしたのは遠くに倒れた一人の死骸で。あの男は精霊使いで鳥の精霊を使役していたと。アルタイルはたった一人で一大隊に匹敵する精霊使いを倒したのだと。あの子にはそれだけの力があったのに」
お父様はもう涙を隠さなかった。
「あの子の亡骸を抱えて家に戻って来たのに、屋敷には強力な封印がかけられていて中に入ることが出来なかった。アルタイルが家族を守るために強大な魔力で屋敷に封印を張っていたのだ。三大魔導師様を呼んで開けてもらわねばならぬ程の強固な封印だった。その分の魔力を自分の身を守るために使えば良かったのに。あの子は身を張って皆を守り抜いたのだ。ソフィアの嘆きは激しかった。敵を取るのだと髪を振り乱して。既に相手は死んでいたと話しても、たとえ死体であっても赦しはしないと。どこにそんな力があったのか、私の手を振り払い森へと駆け込んだ。彼女は敵の死骸を見て叫んだ。「どうしてなの?オーガスト!」と。彼女の生き別れた双子の弟、オーガストが精霊使いとなっていたのだ。そうして、カミーユ家を襲ったのだ」
間が空いてごめんなさい。
読んでくれてありがとうございます。




