プロキオン
白いふわふわの子犬になってしまった魔物は、私の後をどこまでもついてきた。
途中で出会ったお父様に事情を話すと、驚き魔物を抱き上げてひっくり返したりした。
「驚いたな。こんな魔物は初めて見たよ。ただの子犬じゃないか。けれども、この瞳に燃え盛る赤い焔。確かに魔物だ」
お父様が地面におろすと慌てて私の足元にじゃれて来る。
可愛らしくて困るわ。
こんなに可愛い子を、森に置いていかなきゃいけないなんて。
「それにしても、追い払うのではなく、仲良くしようとしたのかスピカは」
「ええ」
私は最初の恐怖を微塵も教えずに余裕ぶって笑った。
だから、お父様はこの子が荒ぶっていたとは思わないでしょう。
その後、軽食を食べて鈴掛けを再開する。
白い子犬型の魔物はずーっと私の後を追って来る。
困ったわ。
情がうつってしまう。
絶対にいけないこととわかっているけれど、この子を家で飼いたいと思ってしまう。
鈴掛けは夕方前に無事終わった。
そのまま家に帰るのかと思ったら、お父様が賢者のおばば様のところに寄って行こうかと言い出した。
そうして、この子をおばば様にみてもらうと言う。
私は魔力回復薬が怪我にも、効いたことを伝えたいから大賛成だった。
「まぁ!まぁ!まぁ!」
賢者のおばば様が白い子犬型の魔物を見て珍しく驚きの声をあげた。
そうして頬を赤く染めて少女のように喜びの歓声をあげる。
「こんなことってあるのね。初めて見たわ。あなた達、この子は魔物ではなく精霊獣よ。あぁ、なんてこと。素晴らしいわ。本当にいたのね。伝説の生き物かと思っていたのに」
こんなに跳び跳ねて喜ぶおばば様は初めて見た。
そうして、いきなり画材道具を取りに走りスケッチをはじめる。
こんなに動けるのね、本当はおばば様。
ノアに視線を送るとノアも唖然としていた。
お父様も、まさかのおばば様のはしゃぎぶりに目を見開いて見ている。
ひとしきり観察しスケッチをした後、ふうっと息を吐き「あら。私としたことが。あなた達にお茶も出さずに」と我に返ったように呟いた。
「いえ。もうこんな時間なのでこのままお暇します」
お父様がそう言うので私とノアが後に続くと、慌てて子犬も駆け寄って来る。
「スピカ、この子はあなたが好きみたいね」
私は円らな赤い瞳に見上げられて思わずしゃがんで抱き上げてしまう。
可愛いわ。
どうしましょう。
私の顔をなめようとする白いふわふわの犬。
私はお父様を見上げた。
お父様は困ったようにおばば様を見る。
「森に返すべきですよね、いくらこんなに懐いてしまっても」
あぁ、やっぱりそうなるのね。
悲しくてうつむいた私の耳に響いたのは、おばば様の否定の言葉だった。
「あら、無理でしょう。例え隣国に置き去りにしたとしても、精霊獣だものスピカを追ってあなたの家まで行くわよ。森に置き去りにしても、この子はすぐにスピカを追うでしょう。スピカの守護獣になったのだから」
「え!」
「この子は赤く燃えた魔獣に見えたのよね?今は白いふわふわの毛で被われているけれど、瞳に焔を灯しているのだから、間違いなく、火を司る精霊獣よ。あなたを守ってくれることでしょう。大事になさい」
「本当に?!私この子と離れなくていいの?」
私は嬉しくて子犬のふわふわの毛に顔を埋めた。
あぁ、なんてふわっふわなの。
「それなら、お家で飼っていいのね?お父様、お願い名前をつけて」
「え?それはスピカがつけた方がいいのではないか?」
「だって、この子は我が家の一員になるのでしょう?お父様が私達の名前をつけてくださったみたいに、この子の名前もつけて欲しいの」
私の頼みにお父様は腕を組んで暫く悩み「プロキオンにしよう」と言った。
「プロキオン。あなたの名前はプロキオンよ。」
早速呼びかけると尻尾を激しく振って喜んだ。
こんな可愛い子が、カミーユ家の一員になっだなんて。
「私、死に戻って良かったって今しみじみ思ったわ」
こっそりとノアの耳元に囁く。
ノアは大きな瞳で私を見つめた後、フッと笑った。
「良かったね」
「えぇ」
こうして、この日からプロキオンは常に私と行動を共にするようになったのだった。
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