ラストレンの焦り
「なんと言うことだ!」
昨日の夜に捕まえた少年の事を報告するはずがすっかり忘れていた。あの少年に我が国の未来がかかっていると言っても過言では無いのに。
とでもない事を思い出して飛び起きたし目も覚めてしまったが、今はまだ朝日が登る前だ。
しかし私としたことが少年を蟲車に置きっぱなしにしてしまった。春とはいえこの時期の夜はよく冷える。死んで居なければいいが。
すぐに身支度を済ませて家を飛び出した。召使いがなにか言ってきているようだが取り合う気はない。
私は学習する女だ。だからまずは家の蟲車を出しに行く。
蟲車がなければ総統の屋敷には入れないからだ。門番にも取り合ってもらえないのだ。
街の中は静かで、まだ皆寝ている。魚屋や市場なんかはそろそろ起き出す頃合いだ。朝日がさしてくる。
蟲の足音が家々の壁に吸い込まれてゆく。すこし新鮮な気持ちになって、気分が落ち着いた。
門の前に着くと、門番は一人だけで、若く気合いの入った顔をしている。いい面構えだ。こんなやつが門番なら、警備は万全だろうと思わせるような顔だ。
「おい。門を開けてくれ。」
門番はこちらをとても警戒した顔で見ている。確かにこんな時間に屋敷に来たのだ。無理もない。
「どのような要件ですか。」
「蟲車と、その中身をここに忘れてしまったのだ。受け取りに来た。あぁ私のでは無い。協会のだ。」
「協会の蟲車なら別の兵士がついさっき返しに行きましたよ。ラストレン様がどうとか。」
「私がラストレンだ。それで中身はどうした。」
「何が乗って居たんですか?」
「少年だ。」
「少年ですか…。少年!?」
どうやらこの門番は知らないようだ。しかし幸いだ。協会ならば私はすぐに向かえる。
「さらばだ。」
「えっ?」
蟲車を反転させ協会へと向かう。協会ならば来る途中によればよかった。協会は私の家のすぐ近くなのだ。
だがおかしな事に気がついた。私は蟲車と一度もすれ違って居ないのだ。私は忘れっぽい方だが、今朝は特に冴えていて、そう簡単に何かを忘れる事は無いはずだ。
昨晩の事は良しとして。
我ながらどうかしていたと思う。総統と話が弾んでしまったのが良くなかった。いやそれは良いのだがその後自分が蟲車で来たことを忘れて徒歩で帰ってしまった事だ。
門番も門番だ。入れる時は蟲車でないと入れない癖に出る時はなんともなしだ。いや人のせいにすることは良くない。
考えを戻そう。なぜ私は他の蟲車とすれ違わなかった?答えは簡単だ。兵士の乗った蟲車はまっすぐ協会に向かったわけではないという事だ。
しかし何処に行ったのかは分からない。少年が乗ったままなのかも分からない。
すこし考えて私は協会に行くことにした。何処かに行った蟲車を私一人で見つける事は難しいし、とりあえずは蟲車を昨日返さなかった事を誤りに行こうと思ったのだ。




