これから。
終わって欲しくない夏休みがあっとい間に終わって行くように、不安に満ちた日々が過ぎ、あっという間に約束の土曜日となってしまった。
今回は原作にないシーンどころかなんでこうなっているのかすら不明なのだ。
パーティーへの参加の時のように原作外で俺が動いてはないし、めいとはパーティーで多少話したが、それも雑談程度でそこまで大きな影響を与えたとは思っていない。
いい方に転がっているのか悪い方に転がっているか見極めて、いや待てこれ以上原作に影響が出ないようにしなければ行けないのだ今回は無難に行くべき。
もうめいの破滅の未来はないんだ。
そう思いながらもなんで、こうも動いてしまうのかすごく疑問だ。
そんな2つのモヤモヤを抱えながら朝のルーティーンを機械的にこなす。
朝食はいつものように俺が1番最後に食べ始める。
いつもうるさいぐらいに喋りまくるはずの今日は姉さんが珍しく静かだ。
というか土曜日なのにこんな朝早くから起きてるというのも珍しい。
姉さんは、いつも遅刻ギリギリで土日は稽古事が休みなのをいいことに、だらけることが多い。
そんな姉さんが早起きとは。
これはもしや不幸の前触れではないか?
そんな不安を抱えながらも、外出着に着替え、やってきた迎えの車に乗り込む。
めいと恵里香さんは準備にまだ時間がかかるという事らしく、車にいたのは運転手さんだけ。
「では、15時頃に送り届けに参ります」
「えぇよろしくお願いします。雅くれぐれも失礼のないように」
「分かってます」
見送りに来た母さんとの別れをすませ、車は走り始める。
車の微弱な振動を感じながら思い返すのは、転生してからの日々。
というか運転手さんとは初対面だし話すことが無い。
むしろ安全運転に務めて欲しい。
思い返して見ればほんと俺って何がしたかったんだろうな。
めいを破滅から救って幸せにする。
そのために王子をくっついけてしまおうとしか考えてなかったけど、本当は他の選択肢があったんじゃないだろうか?
今更ながらそんなことを考えてしまう自分がいる。
そうこうネガティブに考えている間に城ヶ崎邸に着く。
家の前にいたのは、私服の恵里香さんと、息を飲むほどにオシャレしためいの姿だった。
赤いチェックのワンピースに、黒のニーハイソックスという目立つ感じの色合いの服。
ワンピースの腰の辺りには大きなリボンがあり、ウエストが引き締まって見え、やや大人びた印象を受ける。
だがそんな服の衝撃を受けたのは原作でしか見たことのないカチューシャの存在。
これまでこの世界では1度も見たことのないその黒いカチューシャは、まさに漫画の表紙を飾るに相応しいと確信する程に似合っている。
運転手がドアを開け、隣にめいが乗り込んで来るのが見えているのにどこか人事のように視覚情報だけが映る。
どうしても漫画を見ているような感覚に陥るのだ。
完全に見惚れてしまった俺は2人に挨拶するのも忘れてめいをガン見してしまっていた。
「ううっ…………」
じっと見られていることが心地悪いのか定期的に身を捩るめいだが、咎めるようなことはなかった。
「良かったわね、めい。雅君の反応」
「うん」
2人が何か会話していたような気がしなくもないが、けっきょく水族館に着くまで、俺はめいから目を離すことが出来ないでいた。
入場料を払い1歩水族館の中に踏み込めばそこはまるで別世界だ。
近場にある水族館なのでこの水族館ならではの名物のようなものはないが、たくさんの種類の魚がいるようでそれなりに人がいる。
「こほん。雅君、めい離れるといけないから2人には手を繋いで見てもらいます、いいですね?」
早速熱帯魚がいる小さな水槽に駆け寄ろうかと思っている所に、恵里香さんからそんな命令が下った。
「わかりました、では失礼して」
はぐれるといけないというのは俺も納得なので恵里香さんの手を握ろうとすると、すっと避けられた。
疑問に思って首を傾げると、恵里香さんは頭痛でも起きたのか頭を抑えていた。
「ごめんね雅君。めいと雅君で手を繋いで欲しかったの」
「そういうことですか」
勘違いしてしまい恥ずかしくなったら俺は、これ以上素早く話題を逸らしたかったのでめいの手を強引に掴んで順路を進むことにした。
進む途中ぎゅっと握り返されたような気がした。
熱帯魚のコーナーを抜け深海魚のコーナーに来るとそれまで横に並んでいためいが突然後ろに隠れた。
「これ、虫。嫌っ」
「どうしたんだ? あぁダイオウグソクムシか」
めいが見てしまったのは、うん見た目が虫そっくりの甲殻類だ。
大きな見た目に反して長期間何も食べなくても生きていける等の説明が書かれていた。
恵里香さんもさすがに見た目の不気味さから口数が減ってしまったようだ。
深海魚コーナーを抜けると、一同のテンションはとっても下がっていた。
まぁ詳しくは語らないが、深海魚には見た目の不気味なやつが数多くいるのと、深海魚コーナーだけ全体的に薄暗く、軽いお化け屋敷みたいな状態になっていた。
「所で二人とも。もうすぐイルカショーがあるんだけど見に行かない?」
そんな空気を変えるためか恵里香さんからそんな提案。
断る理由もなく俺達はイルカショーのある屋外プールへと移動した。
開演までまだあと10分程あるにも関わらず、客席はかなり埋まっていた。
「あっ、あの1番前の辺り空いてるわね。ここにしましょう」
恵里香さんの誘導に従ってたまたま空いていた1番前の席を特に疑問を感じことなく座り、イルカショーが始まるのを待っていた。
なんでここだけが空いていたのか少し考えれば分かりそうなものなのに。
開演のアナウンスが入り、イルカが入場してくると会場は大きく盛り上がる。
イルカの軽い紹介のあといよいよショーが開演。
最初は無造作に放ったボールを飼育員さんの元に持って来るという簡単なもの。
続いてそれを備え付けられたバスケットボールのゴールのような所にシュート。
指示を聞き的確に動くイルカに会場は盛り上がりぱなし。
そしていよいよ最後の演目となった。
イルカショーと言えばやっぱりジャンプ。
水槽をぐるりと1周して華麗なジャンプが決まると大きな拍手が起こった。
それと同時にイルカが落ちたことで水柱も上がる。
その水柱は狙ったかのように俺達の座っている方向に飛んで来た。
そこからはスローモーションのようにゆっくり見えたのを覚えている。
横にいためいを強引に抱き込み水柱に背を向け濡れないように庇った。
ザバァーんと音を立て水が床に落ちる。
背中からお尻にかけてじわりと水が染みって来たのが分かる。
危機がさったのを確認してめいを強く抱きしめていたことを思い出して咄嗟に腕の力を緩めた。
「すまん」
「ありがと……」
至近距離にあっためいの唇が微かに動いた。
背中は冷たいはずなのに何故か顔は火が出そうな程に熱かった。
本当はイルカショーを見たあとも水族館を見て回る予定だったのだが、俺の服が濡れてそれどころでは無くなってしまったので、急遽予定を変更し近くのショピングモールに移動することになった。
元庶民であり服なんて着られればいい系男子の俺は、適当に服を見繕い試着室に入ろうとすると、他にも色々服を持った恵里香さんから待ったをかけられた。
「雅君。さすがにそうも適当に選ばれると私の気が収まらないのよね。だからこっちも着てもらえないかしら?」
服にこだわりのない俺は恵里香さんセレクトの服をいくつか着替えを試着室することになった。
男子の着替えをめいに見せるわけには行かないとかいう謎の理由でめいはショピングモールにある託児所に預けられていてこの場にはいない。
「ねぇ雅君。めいのことどう思っているのかしら?」
2着目の着替えの最中、カーテンの外から恵里香がそんなことを聞いてきた。
問われてズボンに片足通した間抜けな姿で固まる。
めいのことをどう思うか?
実のところ考えたことなかった。
あった時に城ヶ崎めいだってなって、これ破滅するじゃんやばいって思った。
それはその境遇が可哀想だと思ったからであってめい本人の事を考えたことはなかった。
そもそも俺は王子とめいをくっつけようと考えていたわけだし。
「分からないです」
だから答えはこうなる。
「雅君。もしめいと結婚するってなったらどう思う?」
しかし恵里香さんはそんな俺の答えじゃ納得してくれないのか、角度を変えてまた問いかける。
恵里香さんは一体何が聞きたいんだろうか。
それを踏まえて想像してみる。
もしめいと結婚したら。
前世で結婚した覚えがないから想像だが、めいは高校生の段階でとても美人になる。
それこそ1人の漫画家が自分に描ける最高傑作と言わしめる程の美人に。
そうなるとまずは浮気が心配かなぁ。
でもそれを抜きにして考えればとても幸せなんじゃないか。
家にあんな可愛い子がいれば、それはもうハッピーだと思う。
毎日速攻で家に帰える自信がある。
「ハッピー? なんじゃないですか」
と言ってもあくまで想像なので語尾に疑問符がつくが。
「そうなのね。ってことはめいのことが好きってことよね?」
何故か1人テンションを上げ捲し立てる恵里香さん。
明らかに温度差があることに気がついた俺は慌てて訂正する。
焦って口走ったのは冷静に考えれば何も違わない内容。
「違います。俺はただあの子に幸せになって欲しいだけで」
「ほらやっぱり、めいのことが好きなんじゃない」
でもハッキリ突きつけられて心にかかっていたモヤが晴れたようなきがした。
原作ブレイク事件の日からずっと俺は心に違和感を感じていた。
破滅の未来を回避させたけど、何故かスッキリしなかった。
それはめいの幸せにはやっぱり王子が必要だと思っていたのにいなかったからだ。
そして俺はめいことが好きなんだろと言われてそれがストンと落ちモヤが晴れたような気がしてる。
そうか俺はめいが好きだったんだ。
言われて見ればそうなのだろう。
普通どうでもいい相手の未来を心配したりしない。
最初から好きだったのかもしれない。
「そうなのかも知れません」
気がつくと俺は、恵里香さんにそう言っていた。
「雅君。実はねこの前のパーティーの後に美沙と話したのよ。めいと雅君を許嫁にするのはどうかって。そしたら美沙が雅君の気持ちを尊重するから決められないって。だから今日時間をとって確かめさせてもらったの。身を呈してめいを守る姿なんかちょっと感動しちゃったわ」
どうやら2人の母親の手のひらで踊らさせれていたらしい。
その日の夜。
我が家にて正式に許嫁になることが決定した。
そして入学式当日。
俺の横にはめいがいた。
不安げにいつものように俺の背中に隠れている。
これからどんなことがあってもめいを幸せにする。
そんな覚悟を持って1歩校内に足を踏み入れた。
背中に温もりを感じながら。