第9話:真実へのカウントダウン
私はいつものように白雪と共に変わらぬ休日を過ごしていた。
「白雪、最近連れてきた友達に名前は付けたかい?」
今いる場所は白雪が大半の時間を過ごしている畳の部屋だ。
辺りはたくさんのぬいぐるみが散らばっており、その真ん中には毛布の上に座ってぬいぐるみと遊んでいる白雪がいる。
「うん!えっとね、ゆきちゃんっていうの」
白雪は足元にあったカピバラのぬいぐるみを持ってそう言った。
カピバラにゆきちゃんというネーミグセンスはどうかと思うが外の世界を知らないのでは仕方のない事だ。
そもそもカピパラという動物自体、認知度が低いものだから尚更なのだろうか。
それにしても、ゆきちゃんか・・・自分の名前からそう付けたのか。
このカピバラとゆきねぇを重ねてしまう自分がいる。名前が似ているというだけなのに。
ふと思う事がある。ここにいる白雪と私の姉であるゆきねぇがもし仮にも会ってしまったらどうなるのかと。
ゆきねぇは一体私をどうするのだろうか。
警察に通報するのだろうか?それとも今までの恨みを晴らすために私を殺すのだろうか?
しかし、良い方向に転がることがない事は明白だ。
私が白雪に顔を向けると、白雪が何か目で訴えかけているようだった。
「パパ、どうしたの?」
どうやら白雪は長いこと沈黙していた私の事を心配してるようだ。
「あっ、ごめん白雪。ちょっと考え事をしてたんだよ。ごめん」
語尾に再度ごめんと付けて謝った。
「ゆきちゃん、柔らかくてかわいい」
そう言うと白雪はカピバラに顔をぐりぐりと押し付けた押しつけた。
正直なところ私は、カピバラはそこまでは可愛いとは思えなかった。まだ猫の方が可愛らしいと思えた。
「そうなんだ。良かったね」
特にこれといって言う事もなかったため、私は言葉を短く切った。
白雪はカピバラから顔を放して手が空いた左手で象のぬいぐるみを取って遊び始めた。
「しゅうくんも、ゆきちゃんと遊ぼうね」
床に向かい合うように置かれたカビバラと象のぬいぐるみは私には会話をしているようにも見えた。
白雪はしばらくの間、その私には聞こえない自分の中の会話に入っていた。
すると、突然トゥルルと着信音が家じゅうに響き渡った。私は白雪に「少し待ってて」と伝えて、ダイニングに向かった。
ダイニングに設置されている電話はまだ繋がっており、掛ってきた電話番号を見ると見覚えがあった気がした。
私は少しためらった後、受話器を取り耳にあてがった。
「もしもし?」
『・・・』
私がもしもしと尋ねてから少しの間があった。いたずら電話かと思い、通話を切ろうとした矢先に小さく女の声が聞こえた。
『あの・・・』
その声につられて私も言葉を発した。
「どなたですか?」
またしばらく間があって、今度はちゃんとした返事が返ってきた。
『深雪です』
どうやら電話の主は姉だったようだ。私は軽く安堵のため息をついて気軽に話した。
「どうしたんだよゆきねぇ。そんな暗い声してさ」
『・・・ねぇ、今からそっち行っていい?』
姉のその言葉で、私は目を丸くして白雪の部屋に視線をもっていった。
「え、今から?ちょっとそれは厳しいな。今度じゃダメかな」
私は姉と白雪の再会を拒むように日にちの変更を遠まわしして頼んだ。
『ダメ・・・今日じゃなきゃ。大事な話があるの』
姉は真剣見を帯びた声でそう言った。しかしそのトーンは変わらず低いままだ。
「大事な話か・・・じゃあ、夜に家に来てくれないかな?」
あくまで白雪を姉に会わせないようにするために、私は少しでも時間を稼いだ。
『今からじゃなきゃだめなの。それと・・・もう家の前にいるんだ』
私は耳を疑った。そしてすぐさま窓際に移動し、カーテンの隙間から玄関の前を窺った。
すると、下に俯いた姉が電話の耳に当てて立っていたのだ。
「家の前に?」
私はもう出来るだけ時間を稼ぐためにゆっくりと会話を続けた。
『そう、表札の前のあたりにいるわ』
姉は少し顔をあげて表札をチラと見た。
「表札の前ね・・・あっホントだ」
そう言うと姉の疲れ切った顔が私のいるカーテンに向き、私と姉の目が合った。
『だから、もう入っていいかな』
私は今自分に出来る最良の選択肢を考えていた。
「あ、うん・・・けど、今部屋がちょっと散らかってて・・・ごめん、5分ぐらいそこで待っててくれない。
終わったらすぐに中に入れるから」
「うん」
もちろん私の部屋は散らかっておらず、いつものように清潔であった。
しかし今考えられる時間の稼ぎ方はその程度しか思い浮かばず、姉から得られた時間はたったの5分だった。
私は「切るね」といい電話を切り、すぐさま白雪のいる畳の部屋に向かった。
部屋の中に入ると白雪が未だにぬいぐるみを使って遊んでいた。
私は表情を出来るだけ笑顔にした。しかしそれは引き攣った笑顔だったのかもしれない。
白雪がキョトンとした表情で私を見て、ぬいぐるみを動かしていた手を止めた。
「いいかい白雪、少しの間この部屋を出ないでくれ。それと静かに遊びなさい」
白雪は返事を返すわけでもなく変わらぬ表情でうんと頷いた。
「白雪、トイレは平気かい?」
私は白雪の向かい側にあるトイレを指さして言った。
手にぬいぐるみを持った白雪はは同じようにうんと頷いた。
「そうか、じゃあ静かにしてるんだよ」
私はそう言って白雪の部屋の扉を閉ざした。
時計に目をやるとちょうど5分が経とうとしていた。
私はいかにも急いで掃除をしたかのように、玄関の扉を勢いよく開けた。
まだ寒さの残る外の空気と共に、姉は無言のまま家の中に入ってきた。
私もその異様な空気を察し、無言で姉をダイニングへと連れて行った。
スタスタとダイニングへと付いてきた姉は、私に何を言われる前に椅子に黒いコートを掛けて座った。
私はお茶を入れるためにお湯を沸かし始めた。
誰もしゃべらないこの空間で私は急須から湯呑にお茶を注いでテーブルに持っていこうとした。
しかし、その沈黙は姉が重たい口をあけてを破られた。
「将ちゃん・・・私ね、妊娠したみたい」
私はびっくりして両手に持ていたお茶を落としそうになった。そしてそう言った姉のお腹を見た。
まだお腹は大きくなっておらず妊婦と言える感じではなかった。
「妊娠・・・いつ分かったんだ?」
私は湯呑をテーブルに置いて出来るだけ冷静にそう言った。
「えぇと、なんか4日前ぐらいに生理が遅れてるなって思ったのね。それで前に将ちゃんとしたことがあったじゃない、
それでもしかしてって思って妊娠検査薬を買ってきて試したんだけど。結果が陽性だったの」
姉は右へ左へ目を泳がせながらそう言った。
「妊娠何週目ぐらいか分かるか?」
良く考えれば分かるような事を私は聞いた。あくまで冷静に見えるのは外の自分の身だ。
「よくは分からないけど、たぶん9週目ぐらいだと思う」
言われてみれば私が姉とした日からそのぐらいに時間が流れていた。
私は深刻な表情をして口を噤んだ。
「どうして妊娠しちゃったのかな、あの日は平気だと思ったのに。しかも、将ちゃんと」
姉はまだ大きくなっていないお腹をさすりながら、無機質な声でそう言った。
「どうしたらいいか分かんないよ・・・」
姉は顔の前に手を持ってきて泣くそぶりを見せた。しかし目をからは涙は流れておらず、頬を伝うものは何もなかった。
「で、単刀直入に聞くけど・・・その子はどうするの?ゆきねぇ・・・」
私は姉のおなかに視線を投げかけて言った。またもやしばらくの沈黙が流れた。
沈黙に耐えられなかった私はそれを破った。
「ゆきねぇ・・・その子を産むの、それとも中絶するの?」
あまり言いたくない言葉ではあったけど敢えて私は中絶という言葉を強調した。
「中絶・・・」
姉は何もない中空に向かってそう呟いた。今の姉の表情からは何も読み取れなかった。
私は何も言わない姉に対していらつきを覚えて、少し声を張り上げた。
「何も喋らなければ決まらないんだよ。ゆきねぇはどうしたいの?」
姉は少し目を閉じて何か考えるそぶりを見せた後に目を開いて自分の気持ちを言った。
「私は・・・この子を産みたい」
「じゃあ聞くよ、この子を産んでどうしたいの?誰が育てていくの?」
私は今ある問題点の一部を姉にぶつけた。
姉は荒んだ顔で言った。
「この子はきっと静奈の生まれ変わりなのよ。だから私はこの子を産みたいの」
今の私には姉は少し壊れているようにも見えた。何かに取り憑かれているかのように。
「何言ってるんだ。その子はその子で静奈ちゃんは静奈ちゃんだよ。代りなんていないじゃないか」
「うるさい!この子は静奈なのよ。きっと死んで私の元に戻ってきてくれたのよ」
姉が急に声を張り上げたものだから私はとても驚いた。
「ゆきねぇ、一回冷静になりなよ!」
私が強く言い返すと姉は静かになった。
「・・・そうだよね、死んで戻ってくるなんてありえないよね・・・ごめん」
「で、ゆきねぇはその子を産みたいの?」
湯呑から立ち上る湯気が減って、温くなったお茶を喉に流し込んだ。
「私は、産みたいと思ってる・・・けど」
「けど?」
私はお茶をテーブルに戻した。
「この子はたぶん産めない。だってこの子の親はあなた私の兄妹だもの」
水をうったかのように静まった家の中は、きっとある一室の人間だけしか会話をしていなかっただろう。
「・・・そうだな」
「だって私はこの子に辛い思いをさせたくないもの。・・・だから私はたぶんこの子を堕ろすと思う」
初めて姉がここにきてちゃんとした意見を言った。
「じゃあその子は堕ろすんだな。それでいいんだな?」
私はあくまで非情に念を押した。
「えぇ・・・また今度、整理がついたら病院に行きましょ」
姉はそう言うと立ち上がってこういった。
「もう帰るけど、その前にトイレに行ってもいい?」
私は姉にトイレの場所を教えて行かせた。コートを羽織った姉はスタスタと私の視界から消えて行った。
もう姉についていく気力がない私はそこでただ座っていた。
結局こうなっちゃったのか・・・仕方ないよね。だって弟と姉の間で来た子供なんて産めないもんね。
産んだとしても周りから批判の声を浴びせられてこの子もとっても辛い思いをしちゃうから。
私だけが苦しむのなら問題がないのだけどこの子も苦しむなんて耐えられない。
そうなるぐらいだったらまだ愛情がわかないうちにこの子を・・・。
私は弟に教えられたように廊下を歩いてトイレに向かった。
教えられたところを曲がってみると右と左にドアがあった。
弟には左のドアと教えられていたので私は左側の扉をあけてトイレに入って行った。
トイレを済ました私はそのまま玄関に向かおうとした。
その時、前に弟が言っていたギターの話を思い出した。
昔からずっとギターをやっていた弟は今でもやっているのならとても上達したのだろうと思っていた。
そしてさっきのダイニングにギターがないところを見ると他の部屋に置いてあるのかなと思った。
前々から弟の家には興味があったので私は興味本位で目の前のドアを開けることにした。
私がドアノブに手を触れると、中から声が聞こえた感じがした。
私はその事を疑問に感じた。なぜ中から声が聞こえるのかと・・・。
暫く考えて私は扉に耳をそばだてた。すると、先ほどよりはっきりと声が聞こえたのだ。幼い女の子の声が。
疑問が確信に変わった。この扉の中には女の子がいると。
私は躊躇わずにその扉を開けた。扉はギィという音をたてて開いた。
そして私が見た光景は、ぬいぐるみを持って遊んでいる女の子が畳の上に座っている光景だった。
「・・・あなたは、誰なの?」
震えた声で私はそう言った。
すると目の前の少女は明るい声でこう言った。
「私は白雪」
私には今目の前で何が起きているのか分からなかった。なぜこの家に子供がいるのか。
「白雪ちゃん?なんでこんなところにいるの?」
少しおかしな名前を口にして私は少女に近づいた。
「なんで?・・・」
少女はきょとんとしていて質問の意味を考えていた。どうやらよく分からなかったようだ。
「新しいお友達?」
少女は意味が分からないことを言った。今度は私がよく分からなかった。
「新しいお友達!」
そう言いながら目の前の少女は私に飛びついてきた。本当に今何が起きているのかよく分からなかった。
「え?ちょっと、どういうこと?」
私はとりあえず弟のいるリビングに行くことにした。
体を180°回転させてリビングに歩こうとすると少女が私のコートの裾を引っ張った。
「白雪、行く」
ぬいぐるみを持った少女はそう言って口を噤んだ。
私は少女が後ろにくっついてきているまま弟のいるリビングに歩いて行った。
はぁ・・・そろそろゆきねぇも帰ったかな。とりあえず、白雪を見に行こうかな。
私は椅子から立ち上がって廊下に出るために開き戸のドアノブに手を掛けようとした。
その時、自分がドアノブを回したわけではないのにドアノブが回った。つまり自分の以外の誰かがドアノブを回したということだ。
今考えられる人物は姉か白雪だけだが、これが白雪でないことは確かだ。
つまり、今扉を挟んでの前にいる人物は姉という事になる。
私は扉が開く前にぶつからないように距離をとった。
そして扉があいて目の前にあった光景は・・・。
なんと目の前には姉とその実の子供である白雪がいた。
とたんに私の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「ちょっと、これどういうことなの?」
姉が白雪を自分の前に引っ張って言った。
「えっと、その子はね・・・」
私は出来るだけ平静を装って会話しようとした。だが顔が青ざめているのは自分でも分かった。
「だから誰なのよ?」
「その子はね・・・言いづらいんだけどさ」
最善の答えを頭で駆け巡らせた結果、この答に至った。
「実は・・・バツ一の子持ちなんだよね。黙っててごめん」
嘘をついたからにはその言葉を真実にしなくてはならない私は次の言葉を考えた。
「それ本当?」
姉は疑いの目を強くした。
人は嘘をつくとその証拠をたくさん相手に伝えようとするものだ。
「本当なの?じゃあこの子の名前は何?」
私は姉の隣にいる白雪をチラと見て言った。
「その子は白雪っていうんだ」
「白雪?珍しい名前ね」
姉は自分の裾を引っ張ってる白雪の手を取って頭を撫でた。
「じゃあこの子の母親はどこ行ったの?」
「それは・・・」
その質問を考えていなかった私は、頭をフルに回転させた。
「あんまり言いたくないんだけど、その、言い争うになってさぁ・・・」
出来るだけあり得るような離婚原因を述べた。
姉は納得しきれていないようだったが、先程と比べると疑問の色が晴れてきた気がする。
「そうなの・・・じゃあ念の為に父さんに訊いてみるわ」
そう言うと姉は後ろのポケットから携帯を取り出して手早く電話をかけた。
今ここで姉が父に電話をかけるとすべてがここで分かってしまう。
つまり、今まで私がやっていたことが水の泡になり一人寂しく刑務所暮らしが始まることになる。
私はそれを避けるために今自分が出来る事を考えた。
まず最初の思いついたことが、今ここで姉を殺して死体を隠す手段だ。
しかし、その方法ではすぐに足が付いてしまい結果は同じになってしまう。
次に思いついたことが父には何も伝えていないで産んだ子供で妻は蒸発してしまって消息が分からないということだ。
まだこの方法ならば実行可能かもしれない。だがこれも成功する確率は低い。
「もしもし、父さん。今将太の家にいるんだけど、将太って・・・え?今からこっちに来るって?
なんで、父さん。・・・あ、切られた」
「どうした?」
「えっ、なんか父さんがここに来るって。理由は分からないけど」
姉は携帯を元入れてあったポケットに戻した後、肩をすくめてみせた。
私は、今この状況で父がここに来る事に驚きを覚えた。なぜ急にそんな事を言い出したのか、
姉とのやり取りに頭を使っている私には分からなかった。
「じゃあ私はまたそこで座ってるから」
そう言うと姉はいつも白雪が座っている椅子の腰を掛けた。
「とりあえず待ちましょう」
そう言って、姉は私が下げるのを忘れていたお茶を飲んだ。
私は白雪をソファに座らせ、父親が家に来るのを待った。
父親が来るまでは姉は一切喋らず、この空間で声を発していたのはあどけない声の白雪だけだった。
私は相槌を打つだけでまともな会話をすることができなかった。
そして、真実へのカウントダウンが刻一刻と迫ってくるのであった。
さて、このお話も次で最終回になるかと思います。
そんなことで「楽しみにしてください」とは言えませんけど、頑張って書きます。
そして試験が1週間切りました。そちらも頑張りますので、次回の更新が少し遅れるやもしれません。
という事でまた会いましょう。




