第3話:葬儀前夜
彼女の名前は・・・・・・白雪。
彼女はほとんどの時間を光の射さない小部屋で過ごしている。
だが結して無理やりそこに入れられている訳ではない、むしろ彼女はその場所を好んでいる。
人工の光が照らす、他の部屋とは一風違った畳の部屋。
ほとんどの時間をそこで過ごしていると言ったが、彼女は保育園や小学校は行っていない。
彼女は知る由もないが、誘拐された身のため外に出ることは許されない。
そもそも彼女は学校や図書館、公園といった公共の場所を知らない。
井の中の蛙とはまさにこの事である。
外を知らない、自分が認識しているのはこの3DKの家の中のみ。
そして何故彼女がその場所を好んでいるのかと言えば、この狭い世界で唯一の友達がいるからである。
その友達というのは部屋に数多く存在するぬいぐるみたちのことだ。
そのぬいぐるみたちは男の手によって2週間に1度か2度の頻度で増え続けている。
ぬいぐるみの種類は、うさぎ、ワニ、ライオン、犬、猫等と様々でどれもかわいい姿をしている。
彼女はその全てを平等に可愛がっていた。もちろんそれは男にそう言われたからである。
彼女はどのぬいぐるみが一番気に入っている、というものがない。
それは単に良いぬいぐるみが無いという訳でなく、只動物自体を知らないのである。
例えば犬のぬいぐるみがあるとして、本物の犬は飼い主に散歩させられたり、ご飯を食べさせてもらったり、
吠えてみたり、寝てみたりと、さまざまな動きをする。
しかし彼女から言わせてみれば、犬のぬいぐるみは唯のぬいぐるみであって他のぬいぐるみとの差異は形が異なるだけなのである。
そう、彼女にはそう言った物事に関する観念が無い。
それは、男が支配する世界がそうであるからである。
だからぬいぐるみにも可愛いという観念が無い。
男から言わせてみれば可愛いぬいぐるみというのは彼女の部屋に数多く存在する“それ”ではなく、顔が整いすべすべとした肌をもち、
長い髪をした白雪なのであろう。
「ねぇ、ふう君。あーちゃん、と仲直りした?」
「・・・・・」
ライオンのぬいぐるみ、ふう君を両手で持ってジッと見つめる白雪。
ふう君の顔の部分が何かに向けられ、微かにライオンの象徴であるフサフサとした毛が揺れる。
ふう君の向けられた先はうさぎのぬいぐるみ、あーちゃんであった。
「あーちゃん、どう」
「・・・・・」
あーちゃんの大きな白い耳の下にある、うさぎ特有の黒いつぶらな瞳は白雪に対して何かを訴えかけているようであった。
「そうなんだ、じゃあちゃんと、仲直りしよ」
「・・・・・」
白雪は壁にもたれかかっているウサギを片手でひょいと持ち上げ、もう片方の手に握られているライオンの目の前に置く。
「あーちゃんも、ちゃんとして」
「・・・・・」
白雪はうさぎの頭というより、耳に部分を軽く触ってライオンに向かって下げさせた。
「よくできました」
「・・・・・」
もちろん白雪以外に喋る者はいない。
白雪はぬいぐるみたちが自分達のようには喋れないという事は知らない。
自分が喋れるのならぬいぐるみたちも話せるのだと思っている。
きっと彼女の中ではぬいぐるみたちが楽しげに会話を繰り広げているのではないか?
しかし、それは彼女の知る範囲の言葉でだ。白雪がそうなように、ぬいぐるみたちも言葉が継ぎ接ぎなのだろう。
「ふう君は?」
「・・・・・」
もちろんぬいぐるみであるふう君は何も語らない。
「ほら、ちゃんと、して」
白雪は、何か悪い事をした子供を正すようにゆっくりと言った。
「・・・・・」
「ちゃんと、して!」
白雪が金切り声を上げた。誰もいないこの家にその奇声を咎める者はいない。
ついには彼女なりの精一杯の力でライオンのぬいぐるみの尻尾と足を逆の方向に引っ張った。
「・・・・・」
痛みなどを感じる感情さえないライオンは普通ではありえない伸び方をしていった。
次第にぬいぐるみの尻尾や足の継ぎ目の糸がブチブチといった音を立てながら切れていくのがわかる。
そして最後にはライオンの尻尾の部分が千切れた。
綿の詰まった足も糸が切れたためか、本体からだらりとぶら下がっていた。
「壊れた・・・直せない・・・パパ、パパ、直して」
誰もいないこの家ではその言葉を聞いてここに飛んでくる者はいない。
それすらもよく分からない白雪は、「パパ!」と絶叫しながらライオンのふう君を振り回す。
ぬいぐるみの形を形成している綿が破れた布から飛び出していく。
勿論それがなんなのかは分からない。唯の白いふわふわしたものとしか認識の仕様がない。
そして白雪は、長いことそうやっているうちの手で掴んでいたぬいぐるみが無残な姿になっているのを見て、動きを止めた。
しかし、これといった感情を持ち合わせている訳ではないのですぐに違う事を始める。
そう、男が帰ってくるまで。
「白雪、ただいま」
男が帰ってくると白雪はいつものように手を広げて待っている男に向かって飛びこむ。
「パパ、ただいま」
未だにおかえりとただいまの区別がつかないのか男の言葉を繰り返す。
「白雪、こういう時はおかえりって言うんだよ」
男は白雪の髪を優し撫でる。
「おかえり!」
「よくできたね」
白雪は満面の笑みを浮かべながら男にさらに抱きつく。
「けどね、白雪」
白雪を焦らすかのように言葉をそこで止める。白雪はきょとんとした表情で男を見上げる。
「明日は少し遅くなるかもしれない」
「白雪、嫌」
すぐさま泣きそうな表情になる。だが男の表情は一向に変わらない。
「今日は父親のお通夜で短く済ませられたんだけど、明日は葬儀だから色々と事情があって遅くなるかもしれないんだよ」
「オツヤ?ソウギ?」
白雪は初めて聞く言葉がたくさん出てきたため頭がそれに追いつかないでいた。
「白雪はまだ知らなくていいよ。けど・・・明日は会う人がいるんだよ」
首を傾げてよく分からない白雪は、男をその場に残してダイニングに走って行った。
「そうだよな・・・分からないよな、明日会う人なんか。それが自分に関係してるだなんて」
誰もいない廊下に向かって呟いた声は明日会う誰かのために消えていった。
________________なんで、私の周りからはどんどん人がいなくなっていくのよ。
6年前のあの日から誰だか分らない一人の他人の手によって私の人生がすべて捻じ曲げられた。
そして4日前、交通事故によって母は亡くなってしまった。
トラックの運転手が不注意によって、赤信号なのにもかかわらず横断歩道を渡っている計7名に突っ込み
その場に居合わせた母はその事故で死んでしまった。
母を含めた4名は死亡し、残りの3名は重症の怪我を負った。
そんな大事故なのにもかかわらず裁判所はその被告人に対して情状酌量の余地があるとし、刑が不釣り合いであった。
・・・そんなやつは死んでしまえばいいのに。
明日の告別式には一体どんな人が集まるのだろうか。
せめて葬儀の時ぐらいは泣かないようにしよう。今さら落ち込んでいても仕方がない。
葬儀という事は明日はあいつも来るのか、そういえばここ何年もずっと会っていなかった。
あいつは結婚したのだろうか?・・・いや、あいつに限ってないか。
私の方は、子供を失った時のショックで長い間心を閉ざしてしまっていつのまにか夫もいなくなっていた。
今では昔に比べれば落ち着いた方であるが、もし犯人が私の前に現れたら確実にそいつを殺すだろう。
あぁ、静奈・・・あなたはどこに行ってしまったの。
生きているか死んでいるかも分からないというのは酷すぎる。せめて遺体でもいいから帰ってきてほしい。
警察はもうほとんど動いてくれない、私一人ではどうにもならない。誰か私を助けて。
そして、星野深雪は明日の葬儀のための喪服を押し入れから引っ張り出したのであった。
話の輪郭が出てきたような感じなんですけど、どうなんでしょうね?
まだまだ文が拙く分かりずらい表現などありますけど、
ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
次回も頑張るのでよろしくお願いします。




