第10話:最後の告白
1
私は今まで父親を殺す術だけを考えていた。
小、中、高校生を通してその術を考えた挙句、私はたくさんの殺害方法を思い付いた。
ありきたりで絶対に誰がやったのか分かるような殺人。または誰にも気づかれない完全犯罪。
そして何度もそれを実行に移そうと試みた。
しかし、結果はいつも失敗。必ず最後には理性が邪魔をして父親を死に至らしめる事ができなくなる。
そんな事を延々と繰り返して、いつしか私は大人になっていた。
しかし大人になった今でも父親への憎しみは消える事がなかった。
憎しみというよりも、ただ殺人に興味があっただけなのかもしれないが。
だが、転機は訪れた。
なんとあんなにまで殺したくて仕方がなかった父親が死んだのだ。
私の前でばたりと倒れて・・・。
死因は脳に血栓が原因となった脳卒中。
父親が大のタバコ好きでかなりのヘビースモーカーだった。
きっとそのタバコが原因で死に至ったのだと思われる。
話によると喫煙者と吸っていない人では脳卒中になる確率が4倍も違うらしい。
そして、あれほどまでに殺したがっていた父親が死んだわけだが、私に残ったのは虚無感だった。
父親が死んだことに対してはスッキリするどころか何も得られなかった。
今までの目標を達成したのにも拘らず幸福や快感は訪れなかったのには意味があったのかもしれない。
今となってはそれは分からないことなのだが。
だがそんな虚無感の中から一人の女性が私に手を差し伸べてくれた。
その女性はとても優しく幼いころ私が見ていた母親に似ているような気がした。
そして長いことその女性と付き合ってから、いつしかめでたく婚姻届を出していた。
その日々はとても楽しかった。きっと今までの人生と比べると天と地ほどの差があるのではないかというぐらいだ。
単に父親がいなくなったからというのもあるのかもしれないがとても幸せだった。
そんな幸せの中、私たちに朗報が舞い降りた。
なんと妻が子供を妊娠したのだった。
私はその事にとても歓喜した。妻も当然その事に喜び私たち夫婦の中は深くなり一方だった。
しかし、妊娠6週を越えたあたりから赤ちゃんの心拍が確認できなくなってしまった。
妻のこの症状は、医師の診断によると稽留流産というものらしい。
稽留流産というのは、赤ちゃんが死んでしまっているのに、子宮の中に留まって出てこない状態の事を言うらしい。
そして妻は泣く泣く子供を外に出すために子宮内容除去手術を受けました。
きっとその子供はまだ人の形をなしていなかったのだと思われた。
だが、どんな姿形をしていようとそれは紛れもなく私達の子供だった。
しかし、一度死んでしまった者は還ってこない。これは誰から見ても明白だ。
そのため私達はもう一度だけ赤ちゃんを産もうと決意した。
私達はその間、出来るだけ笑顔の絶えない家庭を作った。
そして、見事に妻は新しい命をお腹に宿したのであった。
結果、またもや赤ちゃんは稽留流産。医師が言うにはこれは体質だそうだ。
妻はひどく悲しんだ。もちろん私もだ。
私は妻に体外受精を勧めたが、妻はそれを断固として拒否した。
そんな今にも崩壊寸前な状態がしばらく続いたある日。
家をしばらく出ていた妻が帰ってきたのだった。
二人の赤子を連れて・・・。
妻に訊くと「私の子供だ」というだけで他に何も言わなかった。
どうやってその子供を連れてきたのかは分からなかったが妻は警察に捕まることはなかった。
そしてその二人の赤子はすくすくと成長していった。
そう、その男の子と女の子の子供はすくすくと______________________
2
そしてだいぶ時間が経った頃に家の中にチャイムが響き渡った。
「来たみたいだね、父さん」
姉はずっと変わらない表情のまま椅子の腰を腰を掛けていた。
私は白雪をダイニングに残して玄関へと向かった。
玄関の扉には狭いスモークガラス越しに人影が見えた。体格から言って父で間違いないと思われる。
私は迷わずに扉を開けた。
そこにいたのは黒い鞄を持った父だった。父は何故か神妙な表情をしており、いつもと違った様子だった。
「久し振りだな。将太」
父は手を軽く挙げて言った。
「久し振り。父さん」
私は出来るだけ表情を柔らかく返事をしたが、玄関にかかっている鏡に映る自分の表情をどことなく引き攣っているようにも見えた。
「とりあえず入ってよ」
私は父に靴を脱ぐように促して父を家に迎え入れた。
「お邪魔するよ」
そう言うと父は礼儀正しく靴をしっかりと揃えて立ち上がった。
「ゆきねぇは奥にいるから」
視線をダイニングに一瞬持っていって言った。
「そうか」
父は軽くしわがれたような声で短く言葉を切った。
「えっと、じゃあ・・・行こうか」
私は姉と白雪のいるダイニングにゆっくりとした足取りで歩いて行った。
父も同じような歩幅で後ろから付いてきた。
そして私はダイニングの扉を開けて中に入った。
とうとうこの時がやってきてしまったのかと思いながらも周りを見渡した。
部屋の中には変わらず姉が椅子に腰を掛けており、白雪は私が新しく買ったカピバラの『ゆきちゃん』と遊んでいた。
「父さん・・・」
姉はそう言って私の方に視線を向けた。しかし視線は私ではなく、私の後ろにいる父に注がれていた。
「深雪か」
「じゃあ父さん、そこに座ってて」
私は部屋の壁際にもたれかかって、父は鞄と共にソファに腰を掛けた。
そして姉は堰を切ったかのように話し始めた。
「じゃあ訊くけど、父さん。将太は私が知らないうちに結婚してたの?」
如何にもストレートな訊き方だった。しかし、それが一番疑問になっているのだから仕方ない。
「・・・いや、将太の結婚は何も知らない」
父のゆっくりとした返事が終わった後、姉はきつい目つきで私を睨んだ。
「どういうことなの?説明して」
私は出来るだけ考える素振りをしないように答えた。
「・・・父さんに黙ってたのは本当にすまないと思ってる。けど・・・」
「けど、何なの?」
「けど・・・けど、本当にこの子を産んで良かったと思う」
嘘の演技。何も分からない私にはそんな事は何も分からない。
「はぁ?あんた何言っているの。子供に愛情をかけるのは当たり前でしょう。
それを・・・それを奪われた私はどれだけ悲しんだと思ってるの!」
怒りに身を任せている姉に対して、父は物静かに座っていた。
「・・・」
私は姉に気押されて黙ってしまった。
「父さんになんか言ってよ」
姉がそう言うと父は重たい口を開いた。
「なぁ・・・私がここに来た理由が分かるか?」
父と私を見た姉は眉をひそめた。
「父さんも何言ってるの?」
父は自分の前で手を組んで下の方を見ていた。
「分かるわけないな。じゃあ順を追って説明しなければいけないな」
「だから父さん何言ってるの」
私は姉に止められているかのように何も喋れなかった。
「お前たちに言わなければいけないことがあるんだ」
また部屋の中がしんと静まり返った。聞こえる音は白雪がカピバラを動かす音だけだ。
「何?」
「それはだな・・・」
父は少し間をおいた。その時間がやけに息苦しく感じられた。
「お前たちの親の話なんだが」
私は姉に代わって話し始めた。久し振りに話した私の喉は乾いて少し痛かった。
「お前たちの親って・・・父さんでしょ、何言ってるの?」
話がよく見えなかった。これは姉にも言えることだろう。
「実はな・・・お前たちの親は私じゃないんだよ」
一瞬の間思考が停止した。だが次第にその言葉の意味が頭で処理されていった。
「・・・どういう意味?」
私がそう言おうとする前に姉が父に言葉を返した。
「そうだよどういうことだよ」
やはり私も姉に続いた。そして父は今まで重たかった口が嘘のように話し始めた。
「今お前たちの居場所にいるべき将太と深雪は・・・母親から生まれる前に死んでいるんだよ」
「え・・・何よそれ?」
「父さん、言ってる意味が分からないんだけど」
そんな異様な空気を察してか、白雪はトタトタとダイニングを出て行った。
今はそれどころではない私は何も言わずに白雪をそのまま行かせた。
「お前たちは、母さんが拾ってきた子供なんだよ。正確には誘拐してきたというのが正しいんだがな。
だからお前たちの両親は別の誰かなんだ」
「ゆう・・・かい?」
姉が目を丸くして震えたような声で呟いた。
私の方はというと、別の意味で衝撃を受けていた。
自分が本当の子供ではないという事にはあまりショックは受けずに、ただ・・・
とうの昔に誘拐は始まっていたのだなという事に驚いた。
つまり私がこうやって今、姉の子供である静奈を誘拐して白雪として育ててきたのは私が誘拐された子供だから。
しかし、そんな事はただの戯言だ。結局誘拐したのは自分であって、それを人なすりつけられるわけではない。
「そうだ。だから父さんではないんだよ私は」
「うそ・・・そんなの嘘・・・」
姉は体を震わせていて、目が潤みはじめてきていた。
そんな父の告白から私は一つ疑問に思った事があった。さっき言葉だ。
何で父はさっき「私がここに来た理由が分かるか?」と聞いたのだろうか。
今の私にはこの事を言うために来たのではないように感じられた。
「それが、父さんがここに来た理由・・・か・・」
私は不思議な関係で繋がれた自分を含めた3人に視線をやった。
「・・・いや、まだもう一つある」
涙を必死で耐えている姉が父の姿を見た。
「もういい・・・もういい・・」
私は無表情で父の言葉を待った。
「じゃあ訊くが、なんで母さんは死んだんだ?・・・母さんというのはお前たちからすれば偽の母を指すんだがな」
父は余計な言葉を付け加えた。そのせいで姉が堪えていた涙がこぼれおちて、頬をつうと濡らした。
「それは事故で・・・」
私が言葉を言い終らないうちに父が口を挟んだ。
「事故じゃないんだ。あれは事故じゃ」
この言葉にはさすがの私も耳を疑った。しかし父の口調は同じままだ。
「あれはな、事故じゃなくて狙って起こした事なんだ。順を追って説明するとだな____ 」
父は饒舌に語り始めた。
「私はある運転手に頼んだんだ。私の妻を事故に見せかけて轢いてくれって。
その運転手は金に困っていてな。だから私は妻を殺す事が出来たらその運転手の銀行に金を振り込んでやると言ったんだ。
そうするとそいつは簡単に私の依頼を引き受けてくれた。そして私は約束通り金を振り込んだ。
そいつは事件が起こる前に言ってくれたよ。「ありがとうございます」とな。
そしてあの大事故は起きた。・・・これがあの事故の真相だ」
そう言うと父は鞄を膝に置いてチャックを開けようとした。
「なんだよ・・・それ。なんで母さんを殺したんだよ」
「何を言ってるんだ。お前たちの母親ではないんだからそんなに怒る必要はないだろう」
父は呆れたよう言った。
「じゃあなんで殺したのかは言ってくれよ」
「そうだな・・・それだな。あの人がもういない子供の幻影に縋っているのが、見ていられなくなった・・・
と言った方が納得するか?」
父は全く反省しないような口ぶりでそう言った。
「この・・・野郎!」
私は目の前にいる男に一発拳を見舞うために殴りかかろうとした。しかし、ある物が私の動きを止めた。
「これで、私がここに来た理由が分かったか?」
父は鞄からおもむろに刃渡り20cm以上はありそうな包丁を取り出した。
「さっき言ったこともあながち間違いではないんだぞ。私はその幻影を消しに来たんだから」
先程まで泣いていた姉は、途端に姉は顔を引き攣らせて椅子から飛びのいた。
「やめろよ・・・」
私はゆっくりと父から後ずさった。同時に父は腰あげて銀色にギラリと光る包丁を突き出した。
「すまんな、だけど死んでくれ」
父はゆっくりと私に近づいてきた。すると、姉はテーブルに置かれている箸を入れる箱を父にぶん投げた。
「殺されるもんですか、今あんたが死んでも正当防衛で私達は罪にならないんだからね」
箸入れが見事に右手に命中したため、父は左手で当たったところを押さえた。
その隙を見計らって、私は父から距離をとった。
「あまり暴れないでくれ・・・私もお前たちについていくから」
そう言うと父はまたゆっくりとした足取りで私達との距離を詰めていった。
その間に姉はしかしに入った台所から包丁を持ってきた。
「・・・正当防衛よ、罪にならないの」
姉はそう繰り返して包丁を腹辺りで構えて私の前に立った。父との距離は残り4メートル。
「深雪、それを下せ」
父はそう言いながらも徐々に距離を詰めていった。距離は3メートルまで縮まった。
「いや。そうじゃないと・・・そうじゃないと」
次の瞬間、姉は包丁を構えたまま奇声を上げ父に突っ込んでいった。
「うわあああああああああああ」
秒に換算すると、とても短い時間だが父にたどり着くまでの時間はとても長く感じられた。
その長く感じられた時間。私は自分が死ぬわけでもないのに頭の中では走馬灯が駆け巡っていた。
姉と楽しく買い物に出かけた記憶。父と男の秘密と称して遊びに行った記憶。
家族4人、テーブルを囲って一家団欒で幸せに食事をとる記憶。
しかし、それは全て嘘偽りであって真実でも何物でもない。
ただ私の走馬灯は幻想という名の偽りの記憶を蘇らせて砕いていったのであった。
必死に形相で父に駆け寄る姉。それに驚いて同じく包丁を構える父。そしてそんな光景を無表情で見つめる私。
そして数秒後、鈍い音が部屋中に響き渡った。_____________
3
「・・パパ・・パパ、どうしたの?」
白雪が私の肩を叩いている。
「この人たち何してるの?・・・壊れちゃったの?」
白雪は心配そうな顔で私を覗き込んだ。
「壊れちゃったんなら、パパ直してよ。パパはなんでも直せるもんね」
私は足元に横たわっている二つの死体を見下ろして言った。
「白雪・・・パパも直せないものはあるんだよ」
白雪は半信半疑な表情で頷いた。
姉が父に突っ込んだ後、まず初めに姉の包丁が父の腹部に刺さった。
しかしその一撃は即死には至らず、まだ父には意識があった。
腹部に包丁が刺さった父は血を流して呻きながら自分の持っていた包丁を姉に突き刺した。
執念深いとはこの事を言うのだと思った。すると姉と父は床に倒れた。
二人とも既に虫の息だった。そして姉は私に救急車を呼ぶように頼んだ。
だが私はそんな事はしなかった。ただその二人を見ているだけだ。
二人の意識がだんだん薄れていくのはその時の私にはよく分かった。
そしてどくどくと血が流れて床を真っ赤に染めていく二人に向かってこう言った。
「ありがとうね父さん。それと・・・ゆきねぇ、僕も隠し事があるんだよ____ 」
姉は薄れていく意識の中、必死に手を私に向けようとして助けを求めていたが、もちろんその手は上がらなかった。
「あの子供はね、ゆきねぇの子供の静奈ちゃんなんだよ」
姉は体をビクンと震わせて私を睨んだ。その眼には殺気が篭っており、姉の全てが注ぎ込まれているようにも思えた。
そして、二人は息を引き取った。しかし死んでもなお、姉は私を睨み続けていた。
そして私は白雪を誰にか見つからない場所に移動させ、警察を呼んだ。
私は警察署に行き事件の内容を喋った。
私達が誘拐された子供だったこと。父が母親を事故に見せかけて殺したこと。
そして父が私達を殺そうとしたこと。
やがて私は警察署から解放された。そして私には罪は下りなかった。
ただ、大々的にニュースでその事を報道されてなんどもテレビの前に顔を出させられた。
そのため私の名前がさまざまな人に知れ渡った。
しかし私の本当の両親は現れることはなかった。もしかしたら死んでいるんではないかと思ったが別にどうでもよかった。
そして月日が経つごとに私は世間から話題にされなくなっていった。
それからさらに長い年月が経っていった。_____________
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高校生ぐらいの一人の少女が私のアレを淫らに咥えている。
少女の口から唾液が垂れて私のアレを濡らしてテカテカと光らせた。
舌を慣れたようにアレに這わせている少女は途切れ途切れの声で言った。
「パパの・・・おいしいよ・・もっと・・気持ち・・よくなってね」
少女はさらに激しく頭を上下に振った。私は少し息を荒げた。
その行為に疲れた少女は、私から少し距離を取ってガバリと足を開いた。
「パパのが欲しいよ・・・」
少女は自分の秘部を優しく撫でながらそう言った。
私は少女に近づいて、愛液が垂れているピンク色をした秘部を軽くなぞった。
すると少女は喘いで体を震わせた。
「・・はやく・・」
私は無言のまま少女の秘部にアレを突き立てた。
すると少女は至福の笑みを浮かべて腰を動かした。
「ねぇ、パパ。もっと気持ちよくなろうね」
そう言うと少女は「あっ」と喘いだ。私が強くアレを押し込んだからだ。
普通ではありえない関係。親と子の行為。
しかし、私達は親子ではないのだ。だからこの行為は誰にも咎められることはない。そう、誰にも。
「そうだね。もっと気持ちよく・・・白雪」
私は微笑して、さらに白雪と深く交わった。
さて、これでこの『箱入リ娘』も最終回を迎えました。
長いようで本当に短く感じられました。期間的にもちょうど1ヵ月ぐらいですね。
そして、最後はうまくまとめられなくてすいませんでした。その点は次回作で改善します。
それと次回作の事なんですが、たぶん私のもう一つの作品である『姉妹と静けさと音』の続編をやると思います。
たぶんジャンルは推理なのでもし気になったらよろしくお願いします。
それとこのお話で思ったんですけど、やっぱり嘘などはいけないのかなと思いました。
でも、優しい嘘とかは大切ですよ(笑)
という事でここまで見てくださった方、本当にありがとうございました。
これにて、うゆのとある茶番劇を終了いたします。
2度目ですが、本当にありがとうございました。