消えるという事。〜ハルト視点〜
「クソッ…手掛かりが何も見付からない…っ」
手に持っていた資料を乱雑に床に投げ付けた。
そこにはトワに関する目撃情報や闇魔法に関する情報が書かれている。
だが、資料にはトワを見付けられるような重要な情報は何一つ無かった。
トワが消えて一ヶ月半。
王宮に仕える情報屋達を総動員しても彼女に繋がる情報が全く集まって来ない。
(このままじゃ…本当に忘れてしまう!!)
トワが消えて一ヶ月以上経った今、僕も含め、周りの人間に最悪の変化が起き出した。
それがトワに関する記憶が無くなっていくという現象だ。
彼女の両親とクオンさん達には既にトワの記憶が全く無い。トワの失踪を知らせに行った時には自分達に娘はいないと言われた。
僕は言葉を失った。
何度言っても答えは同じ。
あの何よりもトワを大切に思っていたクオンさんまでもが「トワ・アトリエス」という存在を忘れていた。
そして、段々と学園でもトワの事を忘れていく生徒が増えていき、ついにはヴァンまでトワを思い出せなくなった。
僕達の中にいた「トワ・アトリエス」が消えていくのがとても怖い。
「っ、何で消える…!忘れたくなんてないのに…!」
もう彼女の顔をはっきりと思い出す事が出来ない。覚えているのは過去の記憶とあの美しい金髪だけ。
過去さえも今は穴が開いたように鮮明には思い出せない。あんなにも大切な彼女との日々を。
「トワ・アトリエス」が居ないのに普通に過ぎていく日常。
彼女の居ない日々が当たり前になってしまう。
「何処にいるんだ…トワ…………っ、!!」
ふと僕の寮部屋の窓から見えた銀色に輝く髪。
それは以前にレインが言っていた「トワに似ている少女」だった。
部屋を飛び出し、彼女が消えていない事を願って裏庭へと全力で走る。
そして、花を見詰めるその横顔を見た瞬間に僕の中の薄れていたトワの記憶が一気に戻ってきた。
彼女は正真正銘のトワだ。
髪の色や瞳の色が違っても分かる。
僕の愛しい彼女。
力一杯、愛しい彼女を抱き締めた。
「トワ…!トワ…!トワ…!会いたかった!!」
「あ、貴方は…」
「すぐに皆の所へ行こう!必ず記憶が戻る筈っ……うぁ"?!」
「!」
トワの手を取り、立ち上がろうとした瞬間に頭が割れるような痛みに襲われた。
あまりの激痛にその場に倒れ込む。
そして、痛みと同時にやっと取り戻したトワの記憶がまた薄れていくのを感じた。
「嫌だ!忘れたくない…!トワ!僕は君が…!」
「っ、あ…ハル…、」
「駄目だノアール。それ以上は言うな」
意識を失いそうになるのを必死で我慢した。
トワの口から僕の名前が呼ばれようとするのを聞きたかった。
だが、その直後にトワの口を塞ぐ男。
それは全身を黒のローブで覆った酷く冷たい目をした奴だった。
「リュードっこの人なの!私の夢に、私の記憶にいるのは!!」
「そうだな。これは君を傷付ける者だ。近付いてはいけない」
「違うの…っ、この人は…!ハルトは…!」
「!…効果が切れてきたか……おいでノアール。ここは危険だ」
「ま、待て…」
立ち去ろうとする男のローブを掴む。
この手を離したら二度とトワという存在を思い出せなくなる気がした。
そんな絶望、僕には必要ない。
男がトワを「ノアール」と呼ぶ事が怖かった。
僕らが知る彼女の何もかもを消してしまいそうで嫌だった。
「行かないでくれ…トワ…」
手の力が無くなり、意識が薄れ、目の前が真っ暗になった。
次に目が覚めた時にはトワも男も消えていた。
そして、僕の中の大切で愛しいトワの記憶が何一つ残っていなかった。
あの銀色だけが僕の記憶。




