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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
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あまいあまい、さとうがし

「ジレット……と、ユースティナ、シャーロット? 何してるんだ、三人で」


 そう問いかけられたが、ジレットは答えなかった。いや、答えられなかったのだ。

 彼女は口をパクパクさせながら、シャーロットのほうを見る。するとシャーロットは、得意げに胸を張った。その動きは、アシルにそっくりである。


「お膳立て、というやつです。今日のレッスンはこれくらいにしておきますから、きっちり自分の感情を自覚して、想いを伝えるのです。いつまでもうじうじしないこと」

「で、ですが……私は、メイドで……」

「メイドがなんですか。身分違い? 知りませんね。吸血鬼ですから、そんなものあってもなくても変わりませんし、それにクロードは爵位を持っていないんです。どうとでもできます」


 シャーロットの言葉に、ジレットは二の句が継げなくなった。


(で、でも、だって……こんな、いきなり……!)


 ジレットが顔を赤くしていると、ユースティナが言う。


「なに、ずっとクロードのこと、想ってたんだろ? なら、さっさと伝えないと一生無理になるぞ。人間は命は短いんだから、何事も早め早めにな?」

「あ……」


(そうだ……私、クロード様と出会った頃から、クロード様のこと、好きだったのよね……)


 だから別に、いきなりではないのだ。

 そう思いふと冷静になっていると、シャーロットとユースティナが音も立てないまま立ち去っていくのが見える。


「……え?」

「とりあえず、ジレット。あとで話聞かせてくれなー!」

「今日の課題が成功しないと、明日からのレッスンさらにハードになりますからねー!」

「え、ええ!?」


 いつの間にか廊下の端まで行ってしまった二人を、ジレットはぽかん、とした顔をして見送ったのだ。

 そうこうしている間にも、クロードはジレットのとなりに来てしまう。


 彼は、中途半端に立ち上がったジレットを見て、首をかしげた。


「どうしたんだ、ジレット」

「えっ! あ、え、その……」

「なんだ、三人で茶会でも開いていたのか?」

「は、はい、そう……で、す……」

「そうか……なら私も、座らせてもらおうかな」


 そう言いクロードがイスに座る。ジレットは、どうしたらいいのかわからず、だけれどこのまま立っているのも忍びなかったので、おとなしくイスに座り直すことにした。

 しかし、内心は結構焦っている。


(ま、待って……落ち着きましょう……で、でも、想いを伝えるって、なにをどうしたら……)


 ようやく恋を自覚した少女に、告白するという行為はハードルが高すぎる。

 頭の中でぐるぐるどうしようか考えていると、クロードがふと口を開いた。


「こうしていると、屋敷に住んでいた頃を思い出すな」

「……あ……」

「ジレットとよく、二人で茶会を開いた」

「……そう……です、ね」


 そのときのことを思い出したかのように、クロードが空色の瞳を細めた。


「特になんのしがらみもなかったからか……君と自由にやれていたな」

「そうですね……そうでした」

「ああ。今のように、マナーや勉強などしなくても、君と一緒にいられた。だが……きっとそれは、かりそめだったんだな。城で過ごし始めてから、それを強く思うよ」

「そうなのですか……?」

「ああ。本当に守りたいなら、隠しているのではなく、ちゃんと他者と関わって説明しないといけないのだと学んだ。それが、頑張って私のとなりに来ようとしているジレットに返せる、唯一のものなのだと思う」


 そう言うクロードの表情は、今までにないくらい優しくて。

 ジレットの口から自然と、言葉がこぼれた。


「……好き、です」


 言ってから、何を言っているのだろうと戸惑う。だけれど、一度溢れてしまった想いは止まらなかった。


「ずっとずっと前から、好きで、大好きで、お慕いしていて……ただ、それだけなのです。私が頑張ってこれてるのも。あなた様のとなりに立ちたいと思えてるのも、全部、全部……好きだから。ただ、それだけなのです」


 好き、好き、好き好き好き、大好き。


 その想いが溢れて、胸がぎゅうっと苦しくなる。


 見ないふりをしていたあの気持ちも。隠そうとしてきたあの気持ちも。

 すべてすべて、クロードに対する想いばかりだった。

 頭がくらくらする。自分の気持ちを伝えるのがこんなにも大変だなんて、思いもしなかった。ジレットは、胸元をきつく握り締め叫ぶように想いを伝える。


「でも私、そういうの分からなくて、恋とか愛とか分からなくて、気づけなくて……だけど、クロード様がシャーロット様とか、ユースティナ様とかと一緒にいるの、いやで、もやもやして、嫉妬して、でも私がそんなこと思うのはおこがましいって、そう思って我慢して、でも、だけど、でもっ、でもっ!」

「……ジレット」


 最後のほうはもう、自分でも何を言っているのか分からなかった。今までたくさん耐えてきた反動だろうか。ぽろぽろと言わなくていいようなことまで言っている気がする。


(クロード様……嫌いになって、しまったかしら)


 そんなことを思いながら、ジレットは壊れた機械のように繰り返した。


「好きです、好き、好き好き好き……あい、して、」


 こんな言葉じゃ、今抱いている想いなんて伝わらない。

 そう思ったけれど、それ以外で伝える方法が分からない。

 だから、周りが見えていなかったのだ。


 ――ジレットの言葉を塞ぐように、柔らかいものが口に当てられる。


 それがクロードの唇だと知った瞬間、ジレットの頭が真っ白になった。

 瞳を溢れそうなほど丸くするジレットを眺めながら、クロードはついばむように幾度も角度を変えてキスをする。


 一瞬のような永遠のような口づけが終わったかと思えば、ジレットは抱き締められていた。

 そこでようやく、ジレットは我に返る。


「は、え……え?」

「分かった……分かったから、やめてくれ。……可愛すぎて、こっちの理性が危うくなる」

「……クロード、さ、ま?」


 自分の顔が、耳まで赤くなっているのが分かった。


(それってつまり……クロード様も私のこと、好きだってこと……?)


 どうしてもクロード自身の口からそれが聞きたくて。ジレットは掠れた声で聞いた。


「あの……自惚れても、いいのですか……?」


 するとクロードは、一拍おいて深いため息を漏らす。


「自惚れるも何も……夜会のよるに、告白したつもりだったんだ。……ジレットは気づかなかったが」

「……へっ? え、あ……えっ!? も、申し訳ありません……!」

「いや、構わない。ジレットから昔の話を色々聞いて、君がそういう性格だということは、なんとなく分かったからな。でも……だからこそ、嬉しい」


 もう少しかかると思っていた。


 そう言われ、ジレットはきゅう、と身を縮める。涙目になりながら、か細い声で謝った。


「も、申し訳ありません……」

「いや、いいんだ。ジレットの気持ちを大事にしたいと思っていたし……私も、自分の中に恐れがあることに気づいたからな」

「……恐れ、ですか?」


 すると、ジレットを抱き締める腕が少しだけ強くなった。


「……四百年前のように。ジレットを喪ったらどうしようかと、不安だった」

「……あ……」

「これ以上好きになって、喪ったときにさらに苦しくなるくらいなら……想いを伝えないほうがいいかもしれないと、私は心のどこかで思っていたんだと思う。……でも、ジレットの想いを聞いて、そんなことないんだと分かったよ」


 クロードの体が、ふいに離れる。目が合った。

 そのとき見たクロードの表情は、どこか色っぽくて、どうしようもないくらい甘くて。思わず、心が震える。


「好きだ。ジレット。大好きだよ……愛してる」


(あ……)


 クロードの口から想いを聞いた瞬間、ジレットはクロードの言葉の意味を理解した。


『ジレットの想いを聞いて、そんなことないんだと分かったよ』


 確かにそうだ。好き、大好き、愛してる。そんな簡単な言葉なのに、好きな人から聞いたというだけで胸がいっぱいになって、幸せな気持ちになる。


(私……愛されても、いいの……?)

 ――親にも人間にも愛されなかったのに。


(この世で一番好きなヒトに……愛されても、いいの? そんなヒトを、愛しても、いいの?)

 ――こんな私が?


 そんな気持ちを見透かしたように、クロードが口づけを落としてきた。

 先ほどは驚きすぎて固まっていたが、今回は違う。一度だけなのに、首辺りまで真っ赤になるほど恥ずかしくなった。


 だけれど、どうしようもなく幸せで。もっともっと触れていたいと心が求めてしまう。

 頭がくらくらして倒れそうになっていると、クロードが軽々とジレットのことを抱き上げた。


「ク、クロード様っ!?」

「今日は空いているのだろう? 先ほどシャーロットと話しているのが聞こえた」

「え、あ……は、い……」

「なら今日は、二人でゆっくりしよう。これからは、夜も一緒に寝ようか」

「……はいっ!? ダ、ダメです! 夜一緒に寝るのは、ダメです……!」


(もうすでに一度やらかしてるけど、理性があるときとないときじゃ全然違うわ……!)


 必死になって首を横に振っていると、クロードが悲しそうな顔をする。


「最近あまり会えないから、夜くらいは一緒にいたい」

「あ……」

「……ダメか?」


 どこか甘えた声でそう言われると、胸がいっぱいになる。


(ずるい……そんな顔して、そんな声で言ってくるなんて、ずるい……!)


 好きな人にそうお願いされたら、断れなくなってしまうではないか。

 ジレットはぷるぷると震えたまま、かすれた声で言う。


「わ……わかり……まし、た……」


 瞬間、クロードの顔がぱっと華やぐ。見たこともない子どもみたいな表情を見て、何もかもがどうでもよくなってしまった自分がいた。


「想いを伝えていなかったから、スキンシップは控えていたんだが……これからはもっと、ジレットにベタベタできるな。楽しみだ」

「え……ええ!? あ、あの、その……お、お手柔らかに、お願い、します……っ」


(これだけでも恥ずかしくて仕方ないのに、これ以上増えるなんて悶死してしまいそう……!)


 両手で顔を覆いながら言うと、クロードが笑う。


「ジレット。一つだけ言っておくが、その言葉は逆効果だぞ?」

「……へっ?」

「可愛すぎて、もっといろんな顔が見たくなる」


 可愛い顔、見せて?

 甘い声でそうねだられ、ジレットは唇をわななかせる。


(こ、これからどうなるのかしら、私……っ)


 分からないが、今泣きそうなほど幸せだった。

 ゆっくりと両手を外していくと、ちゅっとリップ音がする。

 口づけされたのだと気付き、ジレットはクロードを見上げた。


「また赤くなった」


 悪戯っぽい顔でそう言われ、ジレットはぱくぱくと口を開閉させる。


(クロード様の、いじわる……っ!!)


 クロードの体にもたれかかりながら。

 ジレットはクロードに抱えられ、部屋に戻って行ったのである。

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