第45話 降伏
「なんのマネだ……?」
しかし天使化した【勇者】にとって【火トカゲ】の攻撃なんて、攻撃どころか目くらましにもなりはしない。
【勇者】の身体を包んでいる薄い白銀の光の膜は【神の祝福】と呼ばれる最高位の防御術式なのだから。
「下がってくれ魔王さま!」
だから俺はそう強く呼びかけたんだけど――、
「もうよいハルト、よいのじゃよ」
「え――?」
俺に顔だけ向けて優しく笑ってそれだけ言うと、幼女魔王さまは【勇者】へと向き直った。
「【勇者】よ、妾は【南部魔国】魔王である。お主の狙いは妾であろう」
「お前が魔王だと……? 」
「いかにもじゃ。そして【勇者】よ、この戦が長引けば帝国と【南部魔国】は全面戦争になるであろう。それだけは避けねばならぬ。よって潔くこの身を捧げよう、お主の好きにするがよいのじゃ」
「まさか魔王が戦わずして降伏とはな。角のないへっぽこ鬼族だと話には聞いていたが、どうしようもないへっぽこぶりだな。でもまあ、いい心がけだ【南の魔王】」
「魔王さま、やめろ! 俺はまだ戦える!」
俺は痛みを堪えて無理やり立ち上がった。
【イフリート】で傷口を焼いて強引に出血を止める。
「ぐぅ――――っ!!」
絶妙の火加減のおかげでこれでも痛みはまだマシな方なんだだろうけど、それでも一瞬目の前が真っ白になった。
俺は気合を総動員して痛みを押しやると、【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】を構えてみせる。
そんな風に必死で戦闘継続を訴えた俺だったんだけど、
「もう良いのじゃよハルト。お主に死なれては妾はあの世で後悔してもしきれんからの」
幼女魔王さまはそんなことを言って【勇者】の目の前に歩いていくのだ。
「待てって――うぐ……」
傷口は塞いだけど、痛みと疲労で身体が重い……!
まるで首まで泥沼にはまっているみたいに、身体がうまく動いてくれない……!
そうこうしている内に、幼女魔王さまは【勇者】の目の前まで進んでいった。
「それで【勇者】よ。どうじゃ、妾の命では済まんじゃろうか?」
「ま、実のところ僕も全面戦争だけは避けたいからね。【南の魔王】を討伐した実績が手に入れば、ここは良しとするさ」
「そうか、ならばよいのじゃ。では一思いにやるがよいのじゃよ」
「魔王さま、おい、待てって――!」
「ったく、さっきからうるさい奴だな。ま、離れて吠えるだけなら子犬でもできるか。おとなしくそこで見ていろハルト・カミカゼ。そして思い知れ、己の無力さというものを」
「――くっ!」
「さようなら【南の魔王】。一応礼は言っておこうかな、僕の輝かしい未来の礎となってくれてありがとうとね。――死ね」
無造作に振り下ろされた【聖剣】が、
「待て――待ってくれ――」
無抵抗の幼女魔王さまの胸からお腹にかけてを、わずかの情け容赦もなく斬り裂いて――、
「魔王さま――!」
どくどくと流れ落ちる鮮血で真っ赤に染まった幼女魔王さまは、糸の切れた操り人形のように力なくその場に崩れ落ちたのだった。
鮮血を噴き出して倒れる幼女魔王さまの姿を見せられて、俺の中で猛烈な怒りが爆発する。
「【イフリート】!! 【相手は死ぬ】!!!」
【イフリート】の最大火力を凝縮した精霊弾を、俺は【勇者】めがけて撃ち放った。
獰猛な火炎の軌跡を残して一直線に【勇者】に向かって突き進むそれを、
「ちぃ――、まだこんな力を残していたのか!」
【勇者】は大きく飛びのいて回避する。
それを視界の隅でわずかにとらえながら、俺はすぐさま幼女魔王さまへと駆け寄っていった。
体中が痛いが、今はもうそんなことは関係ない!
「魔王さま、おい、魔王さま――!」
俺の頭には、ただただ幼女魔王さまのことだけしか存在していなかったのだから――!
俺が倒れ伏す幼女魔王さまに駆け寄ると、
「ハルトか……無事でよかったのじゃ……」
幼女魔王さまはわずかに目を開いて俺を見ながら、そんなことを言いやがるのだ!
「なに言ってんだ! 無事かどうか問題なのは魔王さまのほうだろう!」
「問題ないのじゃ……妾はもうだめじゃからの……」
「縁起でもないこと言ってんじゃねぇ!」
「これが致命傷だということは……妾自身が一番、わかっておるのじゃよ」
「そんなことない、まだ話せているしなんとかなる!」
「まったく……普段はへっぽこじゃというのに、変なところで鬼族のしぶとさが出ておるのじゃ……。もはや生きながらえるのが無理なのは明らかで……痛くて痛くてしょうがないというに……鬼の身体はそれでもなんとか生き延びさせようと、もがくのじゃから……」
「魔王さま……」
「のぅ、ハルト……頼みがあるのじゃ」
「なんだ、何でも言ってくれ!」
「妾を……殺してはくれぬか?」
「なにを言って……」
「妾はもう助からんのじゃ。元より助かってしまっては【勇者】の手にかかった意味がないしの……。なのに鬼族の生命力は、わずかでも生き延びさせようと必死に身体を修復しよる……」
くっ、確かに鬼族であってもこれはもう致命傷だ。
大切な臓器がいくつも破壊されていて、それでもしかし鬼の生命力は幼女魔王さまを一秒でも生き永らえさせようとしているのだ。
「それに最後、ハルトの手で幕を下ろしてもらえれば、妾は笑っていくことができるのじゃよ」
「魔王さま……」
「ハルトとミスティと過ごしたスローライフ、楽しかったのじゃ……楽しかった思い出とともに、妾をハルトの手で葬ってはくれぬか? 妾の最後のお願いなのじゃ――」
それっきり魔王さまは言葉を話さなくなった。
ただ、喉から出るヒューヒューというかすれるような音が、俺の耳を強く打った――。
「魔王さま……分かったよ」
俺は立ち上がると、虫の息で横たわる幼女魔王さまの心臓の上に【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】の切っ先を当てた。
そしてわずかなためらいの後、意を決した俺は心臓めがけて【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】ぶすりと突き刺したのだった。
「あり……が、とう……ハルト……ありが……と――」
幼女魔王さまは気力を振り絞りながら最期に感謝の言葉を残すと、必死に笑おうとしながら笑えず、そっとその目を閉じた――。




