第46話 【生命の樹】セフィロト・ツリー
「はっ、はははっ! ついに、ついに【南の魔王】を討伐したぞ!」
戦場の中でここだけ静寂が支配していた決闘の場に、【勇者】の哄笑が響き渡った。
「【北の魔王】についで僕は【南の魔王】も打ち滅ぼしたんだ! これで僕は、文句なしに史上最強最高の【勇者】になった! ははっ、ははは、あーはははははははははっっっ!!!」
【勇者】はこれでもかというほどの高笑いを繰り返す。
既に俺たちの方を見てもいなかった。
だから俺は――気兼ねなく行動に移すことができていた。
幼女魔王さまの胸に突き刺した【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】に俺は意識を集中していく。
そして、
「其はいと尊き始まりの一柱――」
【精霊詠唱】を詠い捧げ始めた――!
「【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】に眠る、全ての生命の祖たる始原精霊王【セフィロト】よ――! 我が切なる願いを今ここに聞き届けよ――! 始原精霊術【生命の樹】発動!」
――…………――
【精霊詠唱】に、俺の切なる願いに返ってきたのは、【精霊騎士】と言えども聞き取ることは不可能な高位の古代精霊言語。
しかし俺はそれがイエスであることを直感的に理解していた。
その直後だった。
漆黒に輝く【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】の刃が、一瞬にして七色に光輝くプリズムへと変化したのは――!
七色に輝く精霊剣は、幼女魔王さまの胸元からその身体中へと強大な活力の源を、生命力の息吹を吹き込んでゆく――!
そしてわずかな間の後、キュポンっと可愛らしい音がするとともに幼女魔王さまの身体から精霊剣が抜け落ちた。
そして、
「ん……うむ……? あれ……? 妾確か死んだはずではなかったのじゃ……? ではしかし何ゆえハルトの顔が見えるのじゃろうか?」
幼女魔王さまはぴこっと目を開けると、心底不思議そうな顔になった。
「よし――成功だ!」
「んん……?」
そんな俺たちの様子に、今更ながらに【勇者】が気付いた。
「な――、いったい何が起こったんだ!?」
その声には狼狽の色が隠せていない。
「鬼族のたぐい稀なる回復力がかろうじて繋ぎとめていた魔王さまの命が、始原精霊術【生命の樹】によって再び元の通り活力を取り戻したのさ」
「なん……だと……!? 君は今まで一言もそんなことができるなんて言ってなかったじゃないか! 【勇者パーティ】の仲間にも隠していたのか!」
「【生命の樹】を試したのは今のが初めてだ。そもそも始原精霊が俺の声を聞いてくれるかどうかすら、分の悪い賭けなんだからな。心臓に切っ先を突き刺した時点で、失敗すればもう助からない。こんな不確実なものを使えるって言うわけにはいかないだろ」
「貴様、奥の手を仲間にも隠していたくせによくもぬけぬけとそんなことを言う……! 本当に徹頭徹尾不愉快な存在だよ、君は――!」
ギリっと歯ぎしりをした【勇者】から、しかし俺は視線を外すと、
「魔王さま、さっきまでと何か変化はないか?」
起き上がった幼女魔王さまに優しく声をかけた。
「特には……ないと思うのじゃ。むしろすこぶる元気な感じなのじゃ?」
「良かった、完全に成功したみたいだな。なら少し俺から離れていてくれ。今からあいつとちょっと本気で戦ってくるからさ」
「……ハルトよ、本気とは言うが勝てるのかえ? 天使顕現【セラフィム・コール】は【勇者】を天使に――世界最強の存在へと変えるのじゃぞ? お主を死なせるくらいなら、妾は王として喜んでもう一度首を差し出すのじゃ」
「心配するな、本気を出すって言っただろ? それとも俺の言うことが信じられないか? さんざん魔王さまをびっくりさせてきた俺なんだぜ?」
「そう言われると、そんな気もせんではないのじゃ」
「なら離れていてくれ。いい加減もうケリをつけてくるよ。あいつとも、俺の甘さにもな」
「う、うむ……」
幼女魔王さまがとてとてとミスティのもとに走っていくのを横目に、俺は勇者に向き直った。
「待たせたな【勇者】」
「最期のお別れは済んだようだね」
「最期のつもりは毛頭ねえよ。お前の方こそすっかり落ち着いたみたいじゃないか」
こんな奴でも【勇者】は歴戦の猛勇だ。
いつの間にか完全に落ち着きを取り戻していた。
「よくよく考えてみれば、天使顕現【セラフィム・コール】が敗れたわけじゃないからね。さっきの精霊術には驚かされたけど、だから何だというんだい? また同じ勝負が繰り返されるだけだ」
「それはどうかな?」
「おやおや、そんな傷だらけの身体でえらく自信満々じゃないか。まさか僕に勝つための秘策でもあるってのかい?」
「ああ、ある」
「なに――っ?」
「それを今からとくと見せてやるよ」
「チッ――クソが。できるもんならやってみろ!」
余裕を見せ続ける俺に【勇者】が品のない舌打ちと言葉を発した。
そんな【勇者】を、俺は自分の気持ちを心の中で再確認しながら見つめていた。
さっきまでの俺には最後の最後で甘さがあった。
【勇者パーティ】で5年苦楽を共にした【勇者】とはいつか分かり合えるだろうって、おれはずっと心のどこかでそう思っていたんだ。
でももう甘い考えは捨てる。
「お前は俺の大切な魔王さまを手にかけようとした! 俺はもう、お前を許すことはできない――!」
「ふん、だから何だって言うんだい? 許せないと思ったら勝てるようになるのかい?」
「ああそうさ。今から俺の本気を見せてやる」
「御託はもう十分だ、かかってこいハルト」
俺は既に黒曜石のような黒光りを取り戻した【黒曜の精霊剣・プリズマノワール】を構えなおすと、
「其は黒き刃にて永劫の眠りにつく、いと尊き始まりの一柱、原初の破壊精霊【シ・ヴァ】よ――」
禁断の【精霊詠唱】を開始した――!




