第32話 半妖と夜の国
月の塔での出来事のあと、しばらくの時が経った。
妖魔が住む夜の国は、その主を取り戻したことにより、静かな明るさを取り戻していた。
人々は嬉しそうに忙しくし、楽しそうに文句を言う。
活気が戻ったのは荊の城も同じだった。
「どおぉりゃぁああ!!逃げるな人間!!」
「待って!また死ぬ!もう一回死んじゃうから!!」
「地獄の邪龍を倒したんでしょ?!その実力を見せてみなさいー!」
城の修練場では、ジャネットが妖王の呪いを解いた人間を、楽しそうに追いかけ回していた。
しかしそこにはかつての殺意はなく――
「待ぁて!人間!アンタだけは、あたしが一回ぶっ殺してやる!」
「誰か!誰かたすけて!!」
殺意はなく…――
「ひぎゃぁあああぁあ!!」
………―――――
微笑ましいこの光景を、多くの妖魔たちが嬉しそうに眺めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
荊の城。玉座の間。
荊の城の一番高い塔の屋上にあるこの場所は、屋根も壁もなく、ただただ巨大な月を背に抱える場所となっている。
空中に浮いた寵姫たちの玉座、そこに自由に腰掛ける姫君たち。
叫姫は笑顔でこちらに手を振り、扉姫は兎のぬいぐるみを抱きしめながら嬉しそうに足をパタつかせている。
石姫は澄ました顔で凜と座り、戦姫は腕を組んで厳しい表情だ。
慈姫は手を組み祈りを捧げ、幽姫はバレていないつもりか船を漕ぐように睡魔と戦っている。
空いている席がひとつ。
寂しく宙に浮かんでいる。
あそこに月姫が座ったら、どんな表情を見せてくれたのだろう。
そして浮かぶ寵姫たち玉座の下。地上には徐に佇む各騎士団の団長たちがいる。
騎士団長の前、部屋の中央に佇むのは巨大で絢爛な玉座、そこですべてを見渡すように佇む妖王カルミラ。
彼女は嬉しそうに淡い笑みを浮かべ、頬杖をつきながらまっすぐコチラを見つめている。
秩序など無いような場所のようで、すべてが計算され尽くしたかのように完璧に美しい配置となっている。
そこに妖王の呪いを解き、寵姫たちを目覚めさせ、すべての妖魔に希望をもたらした人間が、膝をつき、頭を垂れている。
「王冠騎士団ノア」
「蒼靴騎士団ハーラル。ここに」
「翠輪騎士団アンディ、いまーす」
「紅裳騎士団ジャネット。カルミラ様!あらためて、お目覚めをお喜び申し上げます!」
各騎士団の団長が各々、カルミラへ拝礼していく。
ただただ圧巻の様子だ。
各騎士団長に続き、その後ろに控える騎士達が敬礼していく。
そんな様子を満足気にカルミラが見ている。
「お前達には苦労をかけたな」
優しい表情で配下を労うカルミラ。
それに対し跪き、深く忠誠を表す騎士達。
「そして……―― 私の小さな魔法使い」
カルミラが聞き慣れない名前を呼ぶと、隠れるように隅にいたジョセフ老人が反応する。
「ここにおりますじゃ」
「お前にもまた、世話になったな」
二人は一瞬だけじっと見つめ合い、そしてジョセフ老人は膝をつく。
ほんの数秒のやりとりから、その信頼関係が深く伝わってくる。
そしてカルミラは目線をこちらに向けた。
「もう身体はよいのか?」
「はい。カルミラ様のおかげで以前よりも良いほどです」
「ふふ。そんなに緊張するでない」
声が震えていることを笑われてしまった。
しかし緊張するな、は無理な話だ。
6人の寵姫たちが各々様子を窺うようにこちらを見ている。
騎士団長たちはもちろん、後ろに控えている妖魔の兵たちからもプレッシャーを感じる。
というかジャネットからは殺気を感じる気がする。
アウェイもいいところだ。
これ……新手のイジメじゃない?
「そなたには本当に世話になった。なにか礼をせねばと考えていたのだが、くれてやれるものもあまりなくてな」
「勿体ないお言葉です。カルミラ様にはすでに血を分けていただき、命を救っていただきました」
知っているけど実際には使わない言葉ランキング1位。「勿体なきお言葉」こんなところで使うことになるとは。
そして実際のところ、死者の門から出てきたドラゴンと戦い、ほぼ相打ちで、オレはほとんど死んでいた。
あそこで助かったのは、カルミラがオレの首を噛み、自分の血を分け与えてくれたからだ。
それからというもの、以前とは比べものにならないほど身体の調子がいい。
こんな状況でこれ以上の褒美を欲しがったら、生意気だと言われて首をはねられそうだし。
ジャネットはやっぱりコチラを睨んでるし。
アンディは跪きながら寝てない?
やっぱり早く帰りたい。
「そのせいで人でなくなったとしてもか?」
「………はい」
妖王カルミラの【血】。
それはあまりにも強力な霊薬。
おとぎ話に出てくるような魔法の秘薬。
その血をを分け与えられた者は人知を超える力を手に入れる。
実際のところ、そこまでの実感はないが、確かに以前より体は動くし、魔法も使いやすくなった。
ただそのせいで、オレは完全な人ではなくなったらしい。
半分人で、半分妖魔。
所謂「半妖」というものになったのだ。
人であり続けることに拘りがあったワケではないし、半妖になったからといってなにか変わったわけでも、不都合があるわけでもない。
今後なにかあっても乗り越えていける。
そう思えるだけの経験もできた。
「今ここに自分があるのは、カルミラ様とこの国の妖魔たちのおかげです」
これが今のオレの本心だ。
妖王カルミラは満足そうに、ゆっくりと瞬きをし、「そうか」と一言を噛みしめた。
そして「話は変わるが…」と言葉を続けた。
「本来であれば、お前を元の世界に返してやるべきなのだが、またひとつ、頼まれてはくれないか」
カルミラがチラリと扉姫ミリアムの方を見る。
おそらく彼女の能力で、元の世界に返すことは可能なのだろう。
「サクヤは………いや、カグヤはまだ眠りから覚めずにいる。呪いは解けたが、別のなにかが影響しているのだろう」
そう。月姫カグヤは未だ目覚めずにいる。
月の塔での戦いの後、月姫の魂は肉体へ還り、傷は癒やされ、死を免れた。
しかし魂が肉体に戻り、呼吸はあっても、彼女が眠りから目を覚ますことはなかった。
「手がかりを得るために人の世界へ行き、コレを集めてきて欲しいのだ」
そう言いながらカルミラが手に掲げて見せたのは、鏡の破片のようなものだった。
「鏡の扉の破片。このように壊れていなければミリアムの能力で呼び出して終わりなのだが、今は砕け、各地に散らばっている」
数世紀ぶりに君主が戻った妖魔の夜の国。
これから立て直しをしていく必要があり、人手が足りていない。
また、妖魔が人の世界に行けば、なにか問題が起きる可能性がある。
オレが選ばれたのは、今は半分になってしまったとはいえ人間であり、国の仕事に関係ない。
人選としてはこれ以上はないのだろう。
それに自分としてもルナを助けられる役割なら。
それは願ってもないことだ。
「ルナを………月姫カグヤを助ける役目なら。ぜひ、やらせてください」
オレの返事に満足そうな表情を浮かべる妖王カルミラ。
ルナを、月姫カグヤを助けるために新しい冒険にでる。
もちろん彼女の運命を背負う責任は感じるが、自分がここにいる意味や使命を実感できることに、その喜びに、震えを感じる。
そしてその他の話も続き、やがて謁見が終わろうとしたときだった。
妖王カルミラが思い出したかのように付け加えた。
「そうだった。褒美と言うには些末だが、お前にこの世界での【名】をやろう」
名前………確かにこの世界に来てからは“人間”としか呼ばれていなかった。
いつの間にか気にすることもなくなっていたけど。
「"ディーズ"、今日からはそう名乗るといい」
こうしてオレは、この不思議な世界で半妖となり、新しい名前をもらったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月の塔。月姫と、死の邪龍と死闘を繰り広げた場所。
壁はほとんどが崩れ、天井は無く、大きな“月”がこちらを見下ろしている。
「ここに人の住んでいるところに繋がる扉を出すの?」
「そうだよ!ここが一番、人間の世界に近い場所だからね!」
オレの疑問に、ミリが元気よく答えてくれる。
荊の城の玉座の間でのやりとりの後、旅支度を整え、オレとミリアム、そしてジョセフ老人の三人で月の塔の最上階へやってきていた。
「結局お主には世話になりっぱなしになってしまったのう」
「いいんですよ。前にも言ったかもしれないですけど、結構楽しんでいるので」
やっぱりしんどいことも多かったが、実は結構今の状況を楽しんでいる自分がいる。
ここに来るまでの人生では考えられないほどの特別な経験ができたし、これからもきっと胸躍る冒険が待っている気がする。
「準備できたよ!」
しばしの別れに感慨に浸っていると、ミリアムが駆け寄ってきた。
「じゃあ…いってきます」
「あぁ息災での」
寂しそうなジョセフ老人の表情に、こちらまで寂しくなる。
「追放の地を閉ざすもの!楽園の東へ続け!ギベルティの扉!」
ミリアムが元気よく呪文を唱え、月の輝く夜空へと手を伸ばす。
その瞳が青く輝き、魔力が高まっていく。
手を伸ばした先、塔と月の間、宙に浮かんだその場所に、黄金に輝く扉が現れる。
ゆっくりと開かれた扉へと風が吸い込まれていく。
その風に乗るように身体が浮かび始めた。
もうこれくらいで不安なんて感じない。
むしろ新しい冒険にワクワクしているくらいだ。
人間、変わるものである。
………もう人間じゃないかもしれないけど。
「お兄ちゃん!いってらっしゃい!お土産まってるよ!」
ミリアムが満面の笑顔で手を振ってくれる。
「任せて!きっと扉の欠片、見つけてくるよ!」
涙を堪えて、必死に笑顔で手を振り返し、まるで月へ落ちていくように扉へ吸い込まれていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月の塔。半妖となった人間、ディーズが扉の奥へと消えていった。
「行ったか……」
人間を見送った妖魔の魔術師ジョセフと扉姫ミリアムが、声の聞こえた後ろを振り返ると、月明かりの影から王冠騎士団ノアが現れる。
見送りの一部始終を影から見てから現れたであろうその様子に、魔術師ジョセフから思わずケラケラと笑みがこぼれた。
「見送りくらい素直にすればよいじゃろう。いつまで経っても素直でないのぉ。ノア坊」
遠い昔の、かつてのように子供扱いをされたノアだが、表情を変えることはない。
「それより、ケルビムのことは伝えたのか?」
「おっと…」
大事なことを伝え忘れたことに気がついた魔術師ジョセフは、思わず額に汗をかく。
「人間の世界の通貨は渡したのか」
「ぐぬぅ……」
魔術師ジョセフの眉間の皺が、より深く濃くなっていく。
「いつまで経っても、大事なコトを伝え忘れるのは変わっていないな」
思わぬ意趣返しをもらった魔術師ジョセフは苦笑いを浮かべる。
「ま、まぁアヤツならなんとかなるじゃろう」
ジョセフは"月"を見上げ、いつかのようにぎこちなくピースのサインを作る。
そして扉姫ミリアムが、青く光る海と、緑輝く大地を輝かせる“大きな月”に向かって、いつまでも手を振っていた。
一章の終わりです。
ここまで読んでいただいた方に、心からの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
書くこと、読んでもらうことの難しさを痛感しながら、それでも読んでいるだけでは味わえない感覚を、楽しむことができたと思います。
続きはまたいつか。




