第10話 人間と猟師
ルナと喧嘩別れをしてしまった。
でも仕方ない。
理由を話してくれない方も悪い……はずだ。
そう思いたい。
完全な部外者ならともかく、巻き込もうとしている人間になんの説明もしないのはおかしいはずだ。
いいさ。
ルナがいなくたって、もう一人で魔物の狩りくらいできる。
やはり当初の考えの通り、ひとりで強くなって、この国から出て行こう。
そう考え、一人で森の中を角兎を探して歩き回っていると奇妙な音を聞いた。
魔物の狩りを始めてからというもの、身体能力が少しずつ上がってきているだけでなく、五感も良くなっている気がする。
こういったところで命がけで魔物と戦っているせいかもしれないが、暗闇でもかなり遠くまで見渡せるようになり、以前では考えられないほど聴覚も良くなっている気がする。
以前であれば聞き逃してしまうような小さな音、それが違和感となって耳に響いてくるのだ。
「ゥ゛ーーーー」
この時もそうだった。
最初は木々の葉が擦れる音かと思った。
だけど違う。これは何かが喉を震わせている音だ。
さらに神経を尖らせ、耳を澄ませると押し殺すような唸り声を捕らえた。それはだんだんと大きくなっている。
声の方を見ると、草陰から2つの目がコチラを捉えていた。
狼だ。
この辺りに生息する狼について、ルナやジョセフ老人からから予め聞いていた。
あの毛色や推測する大きさから、種類は闇狼だろう。
夜の世界に溶けるような黒い毛並み。まるで人の腕のように発達した前足。
この辺りでは注意しなければいけないといわれていた種類のひとつ。
力強く、疾く、狡猾な魔物だ。
森のもう少し奥に生息していると聞いていたが、角兎を始め、この辺りの魔物を狩り過ぎたか。
獲物となる魔物を少なくしているからか、かなりご立腹のようである。
今のオレのレベルで太刀打ちできる相手か、まずは見極めないと。
剣を握り、空いている左手で魔法の準備をする。
逃げることも準備しなければと考えていたところ、突然うしろからなにかが飛び掛かってきた。
―――っしまった!うなり声を上げ、草陰から覗いていた方は囮か!
咄嗟に力任せに振りほどき、距離を取ろうとするが、背後から更にもう一匹が姿を現わした。
計三匹、完璧に囲まれた。しかも飛び掛かられたときに、右肩から背中にかけて深く抉られたようだ。
痛みが頭を埋め尽くし、冷静さを喰っていく。
落ち着こうとすればするほど痛みが声を大きくしている。
一対一ならまだなんとかなるだろうけど……
「……これは結構やばいかもな」
相手もそう思ったから姿を現したのだろう。
正直ここからの打開を思いつけない。
冷え切った汗が額を伝う。
しかし、黙って諦める訳にもいかない。
ここで諦めれば、今抱えているモヤモヤもそのままに、見ず知らずの地で一人死ぬことになるのだ。
こうなったら差し違える覚悟でやってやる。
そう覚悟を決め、闇狼に向けて踏み込もうとした瞬間。
目の前にいた狼のこめかみに、矢が突き刺さっていた。
「え?」
突然の状況に混乱していると、残りの闇狼二匹は状況を察して逃げていってしまった。
ポカンと逃げた闇狼を見ていると、矢の飛んできた方向から青年が現れた。
「大丈夫だったかい?」
見るからに狩人らしい服装の青年は、茂みから辺りを警戒しながら言った。
髪は赤茶色の巻髪でボサボサだが、とても優しそうな雰囲気だ。
同い年くらいだろうか。
いや、妖魔の年齢は見た目からは分からないんだっけな。
「ありがとうございます。助かりました」
命の恩人なんて大袈裟な言葉だと思っていたけど、この人は正に命の恩人だ。
「いや、いいさ。噂は聞いているよ。君だろう?ジョセフ様のところで手伝いをしている人間ていうのは」
笑いながらこちらの背中に手を伸ばしてくる。
背中の方が柔らかく光ったと思ったら、闇狼に抉られた傷が塞がり、痛みがひいていた。
「僕は応急処置くらいしか出来ないから、後でジョセフ様に見てもらってね」
「何から何まで本当にありがとうございます」
「はは。どういたしまして。それにしても、こんなに森の浅いところに闇狼が出てくるのは珍しいな」
顎に指をかけながら不思議そうに辺りを見回す狩人。
オレが美少女だったら絶対にフラグの一本や二本たっているところである。
美少女でなくて、重ねて本当にありがた申し訳ない。
「このお礼は必ず…」
「いやいや、良いんだよ。ジョセフ様の手伝いをしているってことは、カルミラ様の解呪でしょ?人間がこの国でカルミラ様のために頑張ってくれているんだ。僕が君を助ける理由はそれだけで十分さ」
どれだけ好かれているんだカルミラ様。
みんな、褒めることは褒めるんだよな。
きっと本当にいい人ではあるのだろう。
「みんな頑張り続けて、今はすこし疲れてしまったからね」
狩人さんも笑顔を作っているが、他の妖魔たちと同じようにどこか寂しそうだ。
「僕はロアン。ロアン・モバゾン。みんなにはロンって呼ばれている。棘の街には……あまり来ないかもしれないけど、街に住んでいるんだ。何かあったらいつでも頼ってくれ」
本当にいい人だ。ここにきてから出会った妖魔の中でもダントツに性格がいい気がする。
……それならこの人に聞いてみてもいいかもしれない。
「本当にありがとうございました」
「うん、じゃあボクはそろそろ行くよ…」
「あ、あの…!」
呼び止められて不思議そうな顔をするロンに、今疑問に思っていることをぶつけてみることにした。
妖王カルミラという存在がどんなものなのか。
なぜみんな、カルミラに感謝しているのに、呪いを解くことに前向きじゃないのか。
呪いを解いてしまって本当に良いものなのか。
質問をされ、腕を組み、しばらく悩んだ様子を見せたロンだったが、こちらの葛藤をくみ取り、答えてくれた。
「正直、すべての疑問にボクからは答えられない。 でも呪いじゃなくてカルミラ様自身について、みんなに聞いてみるといいよ。 きっと君の疑問の一つは解消できると思う。 ちなみに、ボクにとってカルミラ様は、悪戯が好きな困った主様さ」
ロンは笑顔でそう言ってくれた。




