63:干物
海産革命。
朝。
海風が町へ流れ込んでいた。
巨大防壁の南門。
そこを抜けた先。
新しく整備された海産区画では、朝から大量の魚が並んでいた。
銀色。
青。
赤。
深海魚。
大型魚。
貝。
甲殻類。
全部ある。
そして。
その横に。
奇妙な光景が広がっていた。
大量の木枠。
網。
吊るされた魚。
乾燥棚。
巨大な風導管。
市場へ来た商人達が目を丸くする。
「何だこれ……」
「魚を吊ってる?」
「腐るぞ?」
クルザードは魚を開いていた。
包丁が滑る。
正確。
速い。
内臓除去。
骨処理。
塩。
洗浄。
風魔法。
全部が流れる。
まるで工程が最初から頭に入っているようだった。
ティグリスが魚を見ながら笑う。
「魚干して何になんだ?」
「保存食」
「またそれか」
「まただ」
クルザードは平然と言った。
「保存できれば勝てる」
その一言で。
全員黙る。
もう理解していた。
この男。
戦ってないようで。
一番危険な場所を攻めている。
物流。
保存。
食料。
国家の根幹。
海産区画の奥。
新設された乾燥施設では、風魔法陣が並んでいた。
ガルドが腕を組む。
「こりゃまた大掛かりだな」
「湿気を飛ばす」
「腐敗前に乾燥させる」
「保存期間を伸ばす」
ジェシカが魚を見て頷く。
「菌の繁殖も減る」
「そうだ」
「さらに塩を使う」
「腐りにくい」
周囲の職人達が感心する。
塩。
酢。
燻製。
冷蔵。
そして干物。
全部繋がっている。
偶然じゃない。
物流構造そのものを組み立てている。
クルザードは巨大な深海魚を指差した。
「これは内陸じゃ食えなかった」
「腐るから」
「でも今は違う」
風魔法陣起動。
乾燥。
塩分固定。
表面保護。
さらに。
魔導冷蔵庫による一時保存。
全部連動していた。
ヴァレリアが呟く。
「……海を運べる」
「そうだ」
「内陸へ」
「山へ」
「全部届く」
その意味。
商人達は即座に理解した。
国家物流が変わる。
昼。
試食会。
中央市場。
大量の炭火。
焼かれる干物。
脂。
香り。
煙。
市場全体に香ばしい匂いが広がる。
「うおっ……!」
「何だこの匂い!」
「腹減る!」
焼き上がる。
皮が弾ける。
脂が滴る。
音が鳴る。
ジュゥゥゥッ。
ティグリスが待てずに食う。
「っっっ!?」
「うまぁ!?」
周囲が笑った。
クルザードは味噌汁を置く。
焼きたてパン。
干物。
味噌汁。
漬物。
湯気が立つ。
完全に暴力だった。
冬の朝。
絶対強い。
ベッティーナが真顔になる。
「これ毎朝出るなら働ける」
「働け」
「働く」
全員笑う。
空気が明るい。
この町の強さ。
それは。
安心感だった。
腹が満たされる。
温かい。
仕事がある。
死ににくい。
だから人が来る。
市場では既に争奪戦が始まっていた。
「干物全部くれ!」
「いや俺が先だ!」
「商会契約したい!」
ヴァレリアが頭を抱える。
「足りない!」
「全然足りない!」
クルザードは冷静だった。
「だから増やす」
「漁港も拡張」
「加工場も増設」
「教育もする」
マチルダが地図を広げる。
「漁師区画拡張」
「乾燥施設追加」
「海沿い居住区必要ね」
話が速い。
全員が理解している。
この町。
もう村感覚じゃない。
国家規模で動いている。
午後。
南港。
新しい漁船が並ぶ。
木材。
金属補強。
風魔法帆。
さらに。
冷却箱。
魔導冷蔵。
全部搭載。
ガルドが笑う。
「船までおかしくなってきたな」
「効率化しただけだ」
「その効率化が怖ぇんだよ」
漁師達も変わり始めていた。
「前より魚が売れる!」
「保存できる!」
「無駄が減った!」
「家族食わせられる!」
それが一番大きかった。
生活が安定する。
すると。
人口が増える。
子供が育つ。
教育が回る。
職人が増える。
全部繋がる。
夕方。
食堂。
新メニュー。
干物定食。
深海魚干物。
蟹出汁味噌汁。
炊き込み飯。
漬物。
さらに。
酒。
完璧だった。
市場の外まで行列。
「この町おかしい!」
「辺境なのに飯強すぎる!」
「宿が足りねぇ!」
「移住したい!」
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
人間。
全部混ざる。
食堂の熱気がすごい。
ティグリスが酒を飲みながら笑う。
「本当に人増えたな」
「まだ増える」
「どこまで行く気だ?」
「止まる理由がない」
クルザードは普通に言った。
それが怖い。
本当に。
自然に拡張している。
無理がない。
無駄がない。
だから強い。
夜。
物流会議。
地図。
海路。
街道。
宿場。
全部線で繋がっている。
ヴァレリアが報告する。
「内陸国家から大量注文」
「保存魚が欲しいって」
「当然だな」
「軍も欲しがる」
「冬越えできるもの」
クルザードは地図を見る。
海。
内陸。
街道。
全部繋がっていく。
「干物は軽い」
「栄養ある」
「長持ちする」
「運びやすい」
「つまり物流向き」
マチルダが笑う。
「あなた、本当に戦争嫌いよね」
「嫌いじゃない」
「コストが高いだけだ」
全員苦笑した。
本当に合理だけで動いている。
でも。
その合理が。
一番人を救っていた。
外。
夜の市場。
灯り。
湯気。
香り。
笑い声。
子供達が走る。
商人が笑う。
職人が働く。
魚が焼ける。
人が食う。
誰かが酒を飲む。
誰かが明日を話す。
この町は。
もう“辺境”ではなかった。
海を制する者。
保存を制する者。
物流を制する者。
その全部を。
静かに。
クルザードは掴み始めていた。
そして。
遠方国家では。
さらに深刻な問題が起き始めていた。
「魚価格が崩壊してる」
「保存技術差が大きすぎる」
「辺境都市の商品が強すぎる」
「商人が流出してる!」
「人材もだ!」
焦る貴族達。
混乱する商会。
止まらない移住。
止まらない物流。
止まらない食。
理由は単純だった。
この町は。
“暮らしたくなる”。
それだけで。
国家を食い始めていた。




