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飯が美味すぎて、気づけば世界を支配していた。 ~無限魔力の料理人、物流と教育で最強国家を作る~  作者: 慈架太子


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36:冷却庫

 氷保存。


 朝の空気が白かった。


 冬が近い。


 吐く息が薄く霧になり、村の屋根からは煙が立ち上っている。


 以前なら、この季節は不安の始まりだった。


 食料が減る。


 病人が増える。


 子供が死ぬ。


 冬は“耐えるもの”だった。


 今は違う。


 村には肉がある。


 味噌がある。


 酒がある。


 節がある。


 燻製がある。


 畑も広がった。


 水路も動いている。


 それでも、クルザードはまだ足りないと考えていた。


「保存期間が短い」


 広場に積まれたオーク肉を見ながら、彼は呟く。


 ジェシカが頷いた。


「燻製と節でかなり伸びたわ」


「でも生肉は限界がある」


「夏は特に危険ね」


 ティグリスが腕を組む。


「獣人は鼻で分かる」


「腐り始めた肉はすぐ分かる」


「でも人間は気づかず食う」


 デニーゼも真顔だった。


「腹を壊す人はまだいる」


「治せるけど、減らしたい」


 クルザードは空を見た。


 白い雲。


 冷たい風。


 そして彼は言った。


「冷やす」


「……は?」


 ガルドが眉を寄せた。


「冬みてぇにか?」


「そうだ」


「冬を閉じ込める」


 一瞬、静まり返った。


 意味が分からない。


 だが最近は皆、知っていた。


 この男が意味不明なことを言う時、大体世界が変わる。


 クルザードは地面に図を書く。


「地下」


「石壁」


「断熱」


「氷」


 マチルダが目を細める。


「……保存庫?」


「冷却庫だ」


「低温を維持する」


 ヴァレリアが息を呑む。


「それが出来たら……」


「物流が変わる」


「そうだ」


 クルザードは即答した。


「肉を遠くへ運べる」


「魚も腐りにくい」


「病気も減る」


「夏でも保存できる」


 皆が静かになる。


 まただ。


 また全部繋がっている。


 料理だけじゃない。


 商業。


 医療。


 物流。


 国家。


 全部だ。


「作るぞ」


 その日のうちに工事が始まった。


 場所は村北側。


 地下水が近い場所。


 ガルド率いるドワーフたちが岩盤を砕く。


 土魔法。


 石魔法。


 地面が削られる。


 以前なら数か月かかる工事だった。


 今は違う。


 クルザードの魔力がある。


 アランの金属制御がある。


 ドロテアの火力がある。


 人材が揃い始めていた。


 地下空間が広がっていく。


 石壁。


 通気孔。


 排水路。


 氷保管室。


 マチルダが図面を書き換えていく。


「空気の流れを分ける」


「入口は二重」


「温度逃がさない」


 クルザードは頷く。


「いい」


 合理。


 全部に意味がある。


 無駄がない。


 昼。


 問題は氷だった。


「冬ならともかく、今はまだ足りねぇぞ」


 ガルドが言う。


 クルザードは地下へ降りる。


 静かに手を伸ばした。


 水属性。


 氷。


 まだ制御は完璧じゃない。


 だが以前とは違う。


 料理。


 保存。


 生活。


 目的がある。


 だから魔力が安定する。


 空気が冷えた。


 白霧。


 床が凍る。


 巨大な氷塊が形成されていく。


 周囲が静まり返った。


「……おい」


「なんだこれ」


「寒っ!」


 ドワーフたちが後退する。


 クルザードの額に汗が浮かぶ。


 魔力消費は膨大。


 だが尽きない。


 魔力循環。


 魔力吸収。


 内部で流れ始めている。


 以前なら暴走した。


 今は違う。


 使い道が定まっている。


 氷塊が完成した。


 透明。


 巨大。


 冷気が広がる。


 ジェシカが息を呑む。


「本当に作った……」


「これ、薬草保存にも使える」


 クルザードは呼吸を整える。


「試すぞ」


 夕方。


 冷却庫に肉が運び込まれる。


 オーク肉。


 海蛇肉。


 魚。


 乳。


 野菜。


 全部並ぶ。


 ティグリスが鼻を動かす。


「……匂いが止まってる」


「腐敗が遅い」


 ジェシカが肉を確認する。


「菌の増殖もかなり抑えられてる」


「これ、革命よ」


 クルザードは頷いた。


「保存期間を伸ばす」


「冬を超えるだけじゃない」


「余剰を作れる」


 余剰。


 それは国家の始まりだった。


 食料に余裕がある国は強い。


 余裕があるから人を育てられる。


 兵を作れる。


 商売できる。


 教育できる。


 研究できる。


 文明は余剰から始まる。


 夜。


 試験料理が始まる。


 冷却保存した海蛇肉。


 薄切り。


 味噌漬け。


 炙り。


 湯気が立つ。


 香りが広がる。


 村人たちがざわめいた。


「生臭くない!」


「柔らかっ!」


「魚が夏でも食えるのか!?」


 ヴァレリアが笑う。


「商売になるなんてもんじゃないわよ」


「都市が欲しがる」


「港も変わる」


 マチルダが計算している。


「保存効率上昇」


「輸送距離拡大」


「交易圏拡張」


「……国力が変わる」


 クルザードは肉を食べながら静かに言う。


「食える範囲が広がれば、人は動ける」


「人が動けば、技術が動く」


「物流が国を作る」


 皆、もう否定しない。


 理解していた。


 この男は本当に流れを見ている。


 翌日。


 噂が広がり始めた。


「肉が腐らない村がある」


「夏でも魚が食える」


「病気が少ない」


「冬でも保存できる」


 商人が来る。


 冒険者が来る。


 獣人が来る。


 エルフも来る。


 そして定住する。


 理由は単純だった。


 生きやすい。


 それだけ。


 村は徐々に変わっていた。


 武力で支配していない。


 恐怖でもない。


 快適だから人が集まる。


 風呂がある。


 飯が美味い。


 治療がある。


 教育がある。


 仕事がある。


 子供が死なない。


 その積み重ね。


 そして冷却庫は、その象徴だった。


 深夜。


 クルザードは一人で地下へ降りる。


 冷気。


 静寂。


 氷の白。


 彼は壁に触れる。


 まだ未完成。


 もっと効率化できる。


 魔導化。


 循環。


 断熱。


 改善点はいくらでもある。


 その瞬間。


 頭の中に情報が流れた。


 鑑定。


 以前なら雑音だった。


 今は違う。


 意味を持ち始めている。


【氷属性熟練度上昇】


【温度制御適性獲得】


【保存効率補正】


【魔力循環精度向上】


 クルザードは目を閉じた。


 少しずつだ。


 だが確実に強くなっている。


 戦闘だけじゃない。


 生活を支える力。


 国を動かす力。


 それが積み上がっている。


 地上では、村の灯りが揺れていた。


 笑い声。


 酒。


 湯気。


 暖かい匂い。


 誰かが鍋を囲んでいる。


 子供が笑っている。


 以前の辺境にはなかった景色。


 冷却庫。


 ただの氷ではない。


 時間を止める技術。


 腐敗を遅らせる技術。


 つまり文明だった。


 そして村はまた一段階、“国”に近づいていた。







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