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絵を描かないと何も残らないから

「そもそも僕、そんなに絵が好きじゃない」


 驚いて、彼のことを二度見してしまった。


 絵が好きじゃない……? こんなに描いてるのに……?


 彼の後ろには大量のキャンバスの山。どれも蒼真くんが描いたものだと彼自身が言っていた。好きじゃないのに、こんなに沢山描けるものなのだろうか。


「なんで……?」


 思わず聞いてしまうと、蒼真くんは目を伏せる。


「なんでもいいだろ」


 どう考えても私は部外者で、蒼真くんと知り合って間もない。それでも、気になって仕方がなくて、ジッと蒼真くんを見つめてしまう。すると、蒼真くんは目を逸らした。


「……ただ、描かないとうるさいから」


 うるさい……? 何が……。彼の話はどうにも要領を得ない。でもそれは彼自身、自覚があるようで一つため息を吐く。


「そんな顔しなくても、自分で意味不明なこと言ってる自覚はある」


 彼の目線の先には大量のキャンバスの山。それらを何考えているかわからない顔で眺めていた。


「僕には、絵を描かないと何も残らないからやってるだけ」


 いや、何も残らないことはないと思うけど……と蒼真くんの顔を見る。そのまま伝えちゃおうかと口を開くと、蒼真くんは首を振って制止した。


「別に、僕も自分の容姿がいいことくらい分かってる。でもそれを活かしたことをする気がないから言ってんの」


 迷い無く言えてしまうところがすごい。それを活かしたことって……モデルとかだろうか。確かに性格的にやりそうにはないかも……。


 モデルのようにスタジオで撮影している姿を想像して……凄く様になりそうだとは思ったが、蒼真くん本人がすごく嫌がりそうだ。妙に納得してしまっていると、蒼真くんは何を思ったのか、じっと見つめてきた。


「……そんなこと、あんたにとってはどうでもいいでしょ。とりあえず、その絵はあげるから」



 小さく一言「……ただ、僕が描いたことは誰にも言うなよ」なんて付け加えて、彼はふいっと顔を逸らしてしまった。


「でも私、カステラも貰っちゃったし……。……あ、カステラはありがとうございます。家族で美味しくいただきました」


 あの日貰ったカステラはさすが高級なカステラって感じで、ザラメがいっぱい入っていてとてもおいしかった。しっとりと甘くて、お茶にとても合って、久しぶりにあんな美味しいカステラを食べた気がする。


 学校でなんでカステラを貰ったか、どう説明するかだけ困ったけど……。


 とりあえずお礼は伝えたが、蒼真くんはそれ以上何も返してくれなかった。


 そんな時に、下校の時刻が近づいてきたことを知らせる学校の放送が鳴りはじめた。下校完了時刻は6時で、30分前からこの放送は流れ始める。もっと残るには先生への居残り届けを出さないといけないのだが、もちろん私に学校に残る必要のある用事はない。


 5時半……もうこんな時間だったんだ……。ここに来たのが4時半くらいだから、つまり1時間は蒼真くんと話していたことになる。長時間、ここに居座ってしまったらしい。


 そろそろ帰らなきゃ……。


「もう下校時刻だよ。帰りなよ」


 蒼真くんの静かな言葉に、彼の顔を見つめてしまう。その人形のように綺麗な顔からは、何を考えているか伺えない。


 蒼真くんは……。


「僕は……まだもう少し残るから」


 どうして、なんて聞けなかった。それ以上、何も聞いちゃいけない雰囲気があって、黙って頷く。聞いたら、もう彼に会えなくなってしまう気がしたから。


 手に持った絵を見てから、蒼真くんを見てみるけど、彼は目を合わせずに頷く。貰っていい……ってことなんだろうな。


 荷物をまとめて扉まで歩く。両手で猫の絵を抱えてだから、今日は気をつけて帰らないといけなさそうだ。


「あの、絵、ありがとう。じゃあまた……」


「そんなにお礼言わなくてもいいって。律儀だね」


 振り返って、蒼真くんの姿を目に焼き付けるようにして見つめる。やっぱり影もあるし、どう見てもそこにいるのに、なのにあと一歩の確信が持てないのはどうしてだろう。


 私の視線に気がついたのか、一瞬だけ、蒼真くんの視線も交わる。すると彼は、薄い唇を小さく動かした。


「……あと、もう来ないほうがいいよ。ここ」


 え……?


 その言葉の意味を彼に聞き返したかったが、美術準備室の扉はガラガラと閉まってしまった。

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