第223話 火を囲む
アジトの湖前、いつもの場所に集まり火を囲む。
皆疲れているはずだが、今日は誰も寝床へ戻ろうとはしない。
あの海岸では思いがけずひどい目に会ったが、こうしてエリザベスの体に身をうずめ、アジトと仲間たちの様子を眺めていると、それもはるか遠いことのように思えてくる。
あの海岸で見た惨状が、アジトの景色で上書きされていくようだ。
夜のアジトは相変わらず美しく、この景色の一部となり、仲間とともに火を囲んでいるだけで、何とも言えない心地良さに包まれる。
クロは自分と仲間の体をきれいさっぱりと洗い終えた後は、昼間手にいれた布を本格的にいじくりまわして、さっそく何かを作る算段をしているようだ。
相変わらず彼女はまったく疲れを知らない。
小さな声でぐぎゃうぎゃうと独り言を言いながら、頭を揺らし楽しそうに布を広げている。
シロはくつろいだ様子でエリザベスへ体を預け、どこを見るでもなく、静かにその青い瞳を緩めている。
つい先ほどまで神話の英雄のような戦いを繰り広げていた人物とは思えない。
ただ、英雄である彼女も、こうして俺に肩を寄せ幸せそうに微笑んでいる彼女も、やはり呆れるほど格好良くて、アジトの景色をいっそう神話的なものにしている気がする。
ラウラは片手でコハクを抱き込み、もう片手でエリザベスにへばりつくような無茶な姿勢のまま寝ている。
彼女は未だにコハクを子猫のように扱うが、それもそろそろ限界だろうな。
あと一年も経たないうちに、コハクは彼女より確実に大きくなるだろう。
ただ、コハクのほうもまだ気持ちは子供のままなのだろう。
縫いぐるみのように扱われることに慣れ切っており、たまに持ち上げ損ねて自分の下敷きになっているラウラに首をかしげていたりする。
いずれにしてもラウラは両方の毛並みを楽しめてご満悦なのか、その寝顔はだらしなく緩み切っている。
「幸せそうだが、寝るならメガネは外しておこうな」
「ふにゃいなむにゃ……」
「こうしてみると普通に美人なんだが――よだれが……まぁ、幸せそうで何よりだ」
帰り際、ラウラはモモに強制連行されそうになっていたが、結局は駄々をこね切って、婚約者の俺に託されることになった。
おもちゃ売り場の子供のように本気で泣きそうになっていたので、モモもいい加減面倒くさくなったのだろう。
ギゼラとマリーはアジトにつくとすぐに湖に入っていき、出てこなくなった。
よほど海岸での戦いが気持ち悪かったのだろう。
今も湖でニーチェの仲間たちと一緒に、オフィーリアのように湖面を漂っている。
水に体を預け、星空を眺めているようだ。
何をどうやっているのかはわからないが、ニーチェたちが近くにいると、望まない限り水に体が沈まないので、俺も眠れない夜にはたまにやったりする。
自分がアジトと一体化して宇宙を漂っているようで、かなり気持ちいい。
ミルとオスカーは、なぜかザムザの膝を枕にして、大きないびきをかいて眠っている。
今日はザムザとミルの距離がいつもより近い気がしたが、なぜそこにオスカーも紛れ込んで寝ているのだろうか。
ザムザも目を閉じて眠っているようだが、困ったような表情で、なんだか寝苦しそうだ。
洞穴族の二人はまだまだ元気なようだ。
日中も活発に動いていたとは思えない勢いでちょこまかと動き回り、木琴叩いてみたり、蜘蛛やニーチェ達と戯れたりとせわしない。
スタミナだけ見ると鬼より凄そうだ。
そういうわけで、今は皆ようやく一息付けた状況なわけだ。
ちなみにあの後崖を上がると、死んだ目で機械のようにモンスターを処理し続けるマリーの姿があった。
意外にモンスターたちは広範囲に拡散していたようで、俺たちが崖下へ降りた後も、そいつらがじわじわ集まり続けていたようだ。
それほど緊張感のある状況ではなかったが、鬼男やカイたち一般の兵士たちだけで簡単に処理できるような量でもなかったようだ。
とはいえ崖下にいたメンバーが上がってくると、当然事態はあっという間に収束した。
霧もすっかり晴れていたのもあるが、特にラウラやソルティスがストレスを解放するように魔法をぶちかまし始めたのも大きかった。
やはり魔法使いは反則だ。
ソルティスも魔法に関しては次席をとるだけあり、相当な使い手であることを見せつけられた。
もし調査や今後のことを考えなければ、魔法使いの二人だけでも、あのモンスターの山も簡単に処理できたのかもしれない。
その後はいったん解散して、ラフィやソルティス、カイやモモ、そして鬼男たちとは別行動をとることにした。
少し迷ったのだが、さすがにこの状況からエリザベスとご対面はいろいろまずいだろうと判断し、その場で二手に分かれて解散することにしたのだ。
鬼男たちもしばらく崖上で共闘したのが良かったのだろう。
カイやモモたちとは存外打ち解けたようで、仲良く連れ添って帰っていった。
若いというのも大きいのだろうが、ザムザのような仲介役がいれば、鬼男たちももっと簡単に街へ馴染めるのかもしれない。
一方の俺たちは、コハクの案内でエリザベスたちと無事合流を果たした。
思いがけず俺たちがいた海岸からかなり近い場所に待機しており、その周辺には大きな蹄の痕跡とともに、大量のモンスターの亡骸が散乱していた。
クジラの分を別にすれば、俺たちが倒した数とたいして変わらないかもしれない。
もちろんエリザベスがいるわけで、苦戦した様子など全くなく、ミルにオスカー、ビビやガストと出会ったときには、のんきに焚火を突っつきまわしていた。
エリザベスに体を預け、街で買いこんできた酒を飲みながら、げらげら猥談で盛り上がる四人の姿を見た瞬間、なんだか膝から崩れ落ちそうなほど気が抜けてしまった。
それからしばらくは皆でエリザベスの背に揺られ、海岸沿いでの出来事を共有しつつ、のんびりと家路をたどり、アジトに着くと皆で競うように湖へと走り、そのまま服を脱ぎ捨てるようにして飛び込んでいった。
ひと通りニーチェ達を驚かせた後は、不思議なほど気持ちもすっきりとしていた。
毎度のことながら、なにかこの湖にはとんでもない魔法でもあるのではと疑いたくなってしまうほど、心に溜まった曇りのようなものを晴らす効果がある。
アジトの夜も決して温かいわけではないが、ひんやりとした湖の水は、あの崖下で浴びた海水の不気味な冷たさとはかけ離れた、不思議な清涼感があるのだ。
そうして湖から出て一息つき、ぴんくとクロで小さく火を囲んでいると、いつの間にか皆も集まってきて、気が付くと今のような状態に落ち着いたわけだ。
「――というわけで、そいつの下半身は完全にタコなのに上半身は……ちょっとガストに似てたかもな?」
「うぇっ!? おいおい……そこで俺の名前を出すなよ~。まったく……見なくてよかったぜ。今度タコ食う時に頭にそんなもんチラついたら、せっかくの好物がまずくなるところだった。ただそのでかい魚の解体は俺がやりたかったなぁ……ギゼラの持って帰ってきたあれ見てるだけでワクワクしてくる」
「気色悪いんだけど、ちょっと可愛くてさ。そこがまぁ何というかなぁ……俺はしばらくタコ食えそうにないよ」
それまでうろうろと落ち着きのなかったビビとガストも火を囲み、エリザベスの背中で語り切れなかった話の結末をせがんできたので、謎のタコ足モンスターの話を聞かせると、またそれはそれで騒ぎ始めた。
あいつ海に帰って行っちゃったけど……今頃……いろいろな意味で大丈夫かなぁ。
「僕はちょっと見てみたかったかも」
「前から思ってたけど、ビビは肝が据わってるよなぁ……そういえば、ラフィが二人を見ていると昔の洞穴族を見ているみたいだって」
「あ~……あのおっかない婆さんも凄いよな! どんだけ生きてるのか謎だよなぁ~」
「親切な良いおばあちゃんだと思うよ」
俺から見ると普通に若い、というよりむしろ少し幼い見た目のラフィだが、同属のビビとガストからはちゃんと年相応に見えているらしい。
相変わらず見た目と中身の一致しない、限界まで倒錯的でややこしい連中だ。
「ニィニィ……ニェ」
「あっ――だ、だめだってそれ! ニーチェ! それ革磨くのに使う予定なんだから!」
「ニーチェ、そんなもんかじって大丈夫か?」
「ニェ?」
ニーチェがおもむろにクジラの髭をかじり始めた。
それまでは、まるで兄弟のようにビビとガストの間に寝転がり、俺たちの話をカワウソらしからぬ顔でじっと聞いていたニーチェだったが……飽きたのだろうか。
ガストがクジラの髭を指揮者のように振り回すので気になったのかもしれない。
ちなみにコハクもクジラの髭が気に入ったようで、数枚バリバリと平らげていた。
あんな酷い状況のなか拾い上げてきたものだが、コハクやニーチェがかじっているのを見ていると、なにやら良い出汁がでてそうで、ちょっとうまそうに見えてくる。
「ガストはケチだなぁ。まだ百枚くらいあるんだから、一枚くらい別にいいじゃない」
「いやいやビビ、こんな珍しいもん二度と手に入るかどうかも……」
「ニェ~」
珍しい――のだろうか?
いや、できれば珍しいままでいてほしいな。
これがお手軽に手に入るような状況はあまり望ましいとは言えないだろう。
まったく長い一日の酷い最後だったな。
今日はあまりに多くのことがありすぎた。
たくさんの人に会い、いろいろな約束をしてしまった。
そのせいだろうか、体も心も疲れてはいるが、頭は妙にさえてるんだよな。
実際考えるべきことは山積みだ。
少し頭が冷えるまで、整理してみよう。




