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P.T.O. -悪魔が続きを語るなら-  作者: あした野郎
9/13

 


 ⒐


 五月二十日、水曜日。

 中間試験の日程が近づいているという事実は――それだけ日課をこなしているという意味合いも伴っているわけで。

 周囲に沓南つかさの交際相手と認識されるようになったことも。放課後、テスト勉強に励んでから汐見駅まで並んで下校するようになったことも。お守りの名目で夜な夜な散歩に時間を割くようになったことも。

 十日を過ぎれば、それなりに、それらしく。

 これまで頑なだった自分が馬鹿らしくなるくらい、日常はあっさりと変化を受け入れ、それまでのあたりまえにも拘泥(こうでい)なく。呆気なさに思うところはあるけれど、ひとりでにこういう状況ができあがったわけじゃない。

 すべては沓南つかさを中心に動いている。


『探偵役としては、そろそろ犯人の目星をつけておきたいところかな』


 日課を終え、自室で勉強机に向かっていたところ――悪魔様よりのお言葉である。まったくもってありがたくない、ひとつの目安。

 僕は時計を一瞥してから筆記用具を置いた。


「探偵役、ね」


 椅子の背にもたれ、後頭部に両手を回す。


「そういうの、状況を絞っていかないと」


 高妻奈菜美に限らず、僕は聞かされた以上のことは何も知らない。まず情報や登場人物が絶対的に足りていない。


『そう思うなら行動しなよ。新事実は向こうから気軽にやってくるものじゃない、自分の足で稼ぐんだ。でなけりゃキミは、ただ三週間もお守りを全うするだけになるぜ。厄介事を押しつけられただけじゃ面白くないだろう?』


 それは、まあ。


『ひとまず――現状、把握できている情報だけでも整理しておこう』

「情報?」

『メールを見せてもらったじゃないか』

「ああ――」


 メール。

 高妻奈菜美の携帯電話に毎晩欠かさず送られてくる、ストーカーからのメール。

 先日、そのおよそ二カ月分を沓南つかさの携帯で確認させてもらった。カラオケ張込捜査当日の限定的な措置とばかり思っていたけれど、ストーカーコンボの開始以来、高妻奈菜美にはメールを転送するように指示しているらしい。ざっと目を通したあと、僕の携帯電話には転送しないでいいと断った。

 何せ、内容が内容だ。

 勧められても、また見たいものじゃない。なかには口に出すのも憚られるような文章もあったりして、それ以外のおやすみのひと言でさえ気味が悪い。趣味も悪い。手掛かりにしては、だいぶ散らかっている。

 それでも。


「何も言えないわけじゃない」

『ふむ』

「最初にメールが送られてきたときは、まだ春休みだった――」


 僕は思いつきを言葉に変えた。


「それなのに、ストーカーは彼女の進学先を知っていた。菊女の制服もきっと似合うだろうから早く見てみたい、って」

『そういう部分を把握できる距離にはいたわけだ』

「まず携帯電話の番号やメールアドレスを知っているというのがわかりやすく最初にあるけれど――近しい間柄だけで共有される情報とも限らないし、それだけで距離が近いとまでは言い切れない。特定できない手段はもちろん、自分の知らないところで間接的に――ってケースだって考えられる。いわゆる知り合いの知り合い、みたいな」

『直接の顔見知りとは限らない、と』


 状況や意味合いこそ違えど、僕のメッセージアプリのアカウントも沓南つかさの一存で高妻奈菜美に伝わっている。唯一の容疑者とされていた持丸慧志にしても、高妻奈菜美と接点をもつ以前に椚紗弥佳から何かしら個人情報を入手していた可能性がある。

 推考しながら続ける。


「一応、その知り合いの知り合いも想定したうえで色々と当たってはみたらしいけど、どこの誰のアドレスかは判明しなかった」


 そもそも、今日日のコミュニケーションツールとして――携帯電話のメール機能自体はそれほど身近に活用されているわけではなく、メッセージアプリやSNSのほうが主流という背景もある。らしい。

 何より。


「無言電話が非通知でかかってきている時点で簡単に特定できるメールアドレスとも思えない」

『知られたくない意志があるのに、わざわざ手がかりを残すわけもないか』


 深く座り直して、勉強机に肘をつく。


「送信元は携帯電話のドメインで間違いないけど、近いところで連絡先が変更されていた知り合いはなし。結論としては、ひとづてでも送信元を特定できないような誰かが何らかの手段で連絡先を入手したか、もともと連絡先を知っていた誰かが別の携帯電話を使っているかのどちらかになる」


 呆れ混じりの皮肉が返ってくる。


『何らかの手段に別の携帯電話。なるほど、どっちもどっちだ』


 素直に同意する。ここで手詰まり。


「ただ印象は変わった」

『印象?』

「これまでストーカーについて考えるときは、やっぱり異性からの恋愛感情を根っこに据えていた」


 持丸慧志だったり、メールの内容だったり。


「春休みっていう、それまでの同級生と離れる時期を考えたのもあって。でも、さっきのふたつを比べてみたとき、そうとも限らないと思った」

『ふむ』

「ある種の匿名性を盾にして、それらしいメールを送りつけるというのはどちらについても言えることではあるけれど――最初からそういう距離を保っているのと、別の何かになりすますのではまったく異なる。あとのやつは、それが彼女に対して効果的だって知っている」


 ――あんな調子だからストーカーも張り合いがあるのかも。

 いつかの誰かの発言が脳裏に浮かんだ。


『匿名のなりすまし、ねえ――』


 いまひとつ関心を引かれていないふうの悪魔様。


『根っこを見直したとして、それで?』

「それで、たとえば……」


 適切な表現を探す。


「自分が好意を寄せている相手を迷惑のひと言で突き放した彼女に対する嫌がらせ、みたいな」


 この部屋には僕ひとり。そんなあたりまえの事実を実感させられる時間だった。


『嫌がらせの動機は――三角関係』


 そこに伴う感情を隠そうとしない悪魔様はそれらしく思えた。


『身近な立場で長らく恋愛相談に乗っていたともなると、想いを告げる以前に仲介の役目さえ断れず。春休みから二カ月が過ぎたいまでも、椚紗弥佳は高妻奈菜美に対する嫌がらせを続けている――と』

「…………」

『思いつきにしては悪くない』


 ストーカーが匿名性を隠れ蓑にした性質の悪いカモフラージュだとしたら。その背景が高妻奈菜美に対する深い怨恨だとしたら。そして、椚紗弥佳が持丸慧志に恋愛感情を抱いているとしたら。

 都合よく、もしもの空想を積み重ねるのが創作の基本。それでなくても、見えない部分は見たいようにも見えてくる。

 とどのつまりは――


「勝手な憶測でしかない」


 呟き、天井を仰ぐ。


「これから新しい手がかりが見つかるか、あるいは無事に文化祭が終わるか」

『受け身の姿勢を変えるつもりがないのはよくわかった』


 伴うものさえ伴っていれば、苦笑いでも浮かべているのかもしれない。その不遜な物言いに言ってやる。


「そもそも、犯人なんて誰でもいいんだ」


 女子高生ストーカー被害事件。

 もはや容疑者と言えるだけの人物はいない。無言電話と迷惑メール以外の実害も、フィクションとして目を引くような意外性もない。厄介事には違いないのだろうが、日常的な人間関係の延長線上にあってもおかしくはないトラブル。

 それでも――何かある、と。

 僕と悪魔様はこの事件を疑っている。

 ミステリーさながらの謎解き要素や伏線が散りばめられていると決めつけている。多くを語らない沓南つかさや引き受けるまでの経緯もあり。嘘を吐いているとは言わないまでも――犯人、手口、動機、結末。そのどこかに何かしらの意図や目的を伴ったうえで僕を関わらせていると考えている。椚紗弥佳がストーカー犯という仮説にしたって、そういう前提ありきで逆説的にこじつけてみただけ。追及できない立場で勝手に期待しているに過ぎない。

 悪魔様は嗤って受けた。


『ボクとしては何も起こらない展開でなければ、それでいいさ』


 何ひとつ偽らない言葉はすがすがしくも聞こえるけれど、立ち位置は変わらない。


「こっちに言われても」


 どうしようもない。


『それじゃあ、そういうニュアンスで伝えておいてくれ』

「機会があれば」


 いつもの実り少ないかたちに落ち着いたところで背後を見やる。ドアに不自然な隙間はない。聞き耳を立てている気配も伝わらない。


「…………」


 誰にも聞かれていない溜め息は、思いのほか深くなった。


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