表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元令嬢の結婚〜〜〜没落貴族の嫁と、大学教師の夫による日常筆録。〜〜〜  作者: ふゆき
 【本編】  元令嬢の日常と、その夫の少し昔のお話。
PR
30/34

カントリー・ハウス(2)



アーサーと共に大帝都駅セントラル・ステーションへと赴く。真冬の寒さが嘘のような、完璧な暖房設備が広い駅構内に設置されているせいで、とても暖かい。数か月前と変わらぬ、いや、より豪奢になった駅内にため息をついてしまった。


「もしかしてですが」


「うん?」


「旦那様は、この駅の工事にも、関わりになったことがおありでしょうか? 氷公ひょうこうは恐ろしい人だと同時に、多くの事業にも携わり、帝国の発展に尽くしたと聞いておりましたわ。

それは帝国の歴史に大きく寄与するような功績を、いくつも持っているらしいと。だから、もしかすると、旦那様が…」


アーサーは目を細めた。


「そうだね。うん、俺は技術者でもないし、どう役に立てたかは怪しい。でも、この駅や汽車の推進には、氷公として関わった。でもそんな、言うほど大層ではないよ」


そう言って、困ったように笑うのだ。それを見て胸の奥が、針ででられたように傷んだ。


(本当は言うよりも大層なことなんじゃないかしら)


マリアは自分の手をきゅ、と握りしめる。アーサーが、どんどん遠くの人になっているような気がするのは、きっと思い過ごしではない。


ずっとのんびりとした生活の中で忘れられていたけれど、マリアこそ大層なご令嬢などではない。現リチャード帝国王との婚約は、両親が必死に没落名門貴族を捕まえた結果の、偶然の賜物だった。


汽車はもうもうと煙を上げ、けたたましい音を立てながらホームから離れてゆく。帝都の象徴である国会や宮殿が、時計塔が瞬く間に小さく、凹凸が徐々に平べったくなっていく。


地平線と同じくらいになるまで溶けて見えなくなってしまうと、周りはすっかり雪に覆われた田舎景色へと姿を変えた。


(あ、お弁当、持ってき忘れてしまった。…やっぱり、アーサーの、過ごしていた場所に行けるって聞いて、私、焦っていたんだわ…)


変わらぬ景色を延々と五駅分、アーサーと話すこともなく眺めてから、目的の駅へと汽車は到着した。アーサーが長い身体を折り、座席から腰を上げた。


「降りようか」


「はい」


「段差、気を付けて」


ホームへ一足先に降り立つと、マリアに手を差し出す。真っ白な手袋をはめた手を重ね、マリアもホームへと足を下した。隣で汽車が、また、蒸気を上げてゆっくりとレールの上を走り始める。


肩にほつ、ほつ、と雨交じりの雪が当たった。


「しまった、傘」


「いいえ、持っております」


「ええ! すごいな、ありがとう。あれ、その、傘、前の貸本屋のとは違うのだね?」


黒い傘の下ろくろを、すい、と引きながらマリアは頷いた。


「はい。旦那様用に買ったものです。私のよりは大きいですから、二人でも、どうにか濡れないですみますわ」


手渡す前にアーサーはひょいと傘の柄をとって、マリアをすっぽり傘の下に入れた。二人分だと言っているのに、これでは一人分だ。まるで姫君にかしずく騎士のように、自分は傘の外で腕を伸ばして、マリアに一つの水滴もつかないようにしている。


袖をそっと掴んで、引き寄せる。


「旦那様。きて」


突然、アーサーは傘を持たないもう片方の手で、顔を覆った。どうしようもなく挙動不審である。


あー、と言いながら、首を横に振り、困ったようにこめかみをんだ。


「…これはずるいな」


何がずるいのかさっぱりである。まったく意味不明な呟きだわ、とマリアは疑問になった。しかもさらに謎なことに、なぜかアーサーの顔や耳が少し赤くなっている。


「旦那様?」


「あー…少し待って、お願いします」


「何をです? それより案内をしてくださいませ。日が暮れてしまいます」


結局、アーサーはしばしホームで奇怪な状態で固まっていた。おかしな夫だと、マリアは再認識した。




***




郊外邸(カントリー・ハウス)とは、帝都での社交の休息期に貴族や上流階級ジェントリが過ごすために建てられた屋敷のことだ。マリアも都邸マナー・ハウス郊外邸カントリー・ハウスを四季の中で行き来していた。


雪道を歩いて数分、新緑色の屋根に控えめな金の装飾が施された小ぶりな屋敷が、アーサーの言うカントリー・ハウスらしい。


「最後に手入れをしたのは、いつですか」


「ステファニーが、時々使いをやっているよ。皇帝の住んでいた場所とは明かしてないけどね、リチャードもたまには手入れさせてるみたいだな」


ガチャリと錠の音が響く。ギィィ、と扉は音を立て、開かれた。


古いけれど湿ってはいない、手入れが行き届いている匂いがマリアの鼻腔に漂う。


「あれ、絨毯が新しくなったな。じゃあ最後に掃除させたのはリチャードだ。あいつ、いらない献上品をここに置くんだよ」


天鵞絨ビロードのカーテンを横に開けば、白い冬の光が溢れる。


「やっぱり寒いな。暖房、暖房…」


「ここのストーブであってます?」


「それ、それだ。ああでも、油がない!」


「落ち着いて。誰か来たことがあるなら、前の残りが、台所にでもあるかもしれません。台所はどこです?」


「台所か!右、右にあるよ」


マリアの狙い通り、運良く油は台所にの金属製の缶に残されていた。暖房を整え、コートや傘を乾かして置く。


部屋を後にして、アーサーは階段を上がっていった。マリアもついていく。


「そこが広間。食堂は一つ奥を行ったところ。一番先には浴室があって、屋敷の大きさにしては広めかな。

全体としては、各自の部屋が二階と、屋根裏が四つあるんだよ。ステファニーの部屋はどれかすぐに分かる。白い、綺麗な彫りの扉をつけてるあそこだね」


そして、一つの扉の前で立ち止まり、ドアノブに手をかけた。


「ここですか?」


マリアの問いに、アーサーが頷く。


「…うん。ここが、俺の部屋だよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ