黒曜
女はダンジョンの岩壁にもたれかかるように、足を引きずりながら近づいてくる。
片足はややおかしな方向に曲がっており、岩壁に肩を押し付けながら、やっと立っている状態だった。
右肩の服は肉ごと裂け、白い服が鮮血に染まっていた。
踏み出すたびに、肩からコポッと血があふれ、床に落ちる。
一瞬、呆気に取られた。
「助けて……」
先程と同じ言葉を、うわ言のように呟いた。目の焦点が合っていない。
思わず駆け寄ろうとしたが、立ち上がる瞬間に凛に腕を掴まれた。
「凛、お前な」
「私が行きます」
言うが早いか、凛は駆け出し、今にもふらついて倒れそうな女を抱きかかえた。凛に一拍遅れて、俺も駆け寄る。
女の目は虚ろなまま、全身が震えていた。このまま死んでもおかしくない。
「大丈夫……ではないですよね」
凛が状態を確認しながら、ハイポーションの蓋を歯で開けた。
「これを」
ゆっくりと口元に運ぶ。
が、口に含んだ瞬間に、女がむせ返って吐き出した。吐き出した液体には血が混じっている。内臓もやられているらしい。
「ゆっくりでいいので、一口ずつ飲んでください」
飲みやすいように胸と肘で頭を支えながら、ほんの一口ずつ飲ませる。ゆっくりと時間をかけて三本目のハイポーションを飲み終わったところで、女は完全に意識を失った。
「凛」
「大丈夫。気を失ってるだけです」
凛は動揺を見せないまま、女を抱えて岩壁の隅に運んだ。ただ、女を下ろした後に長く深い息を吐いた。
「ひどい出血です。今のうちに応急処置をするので、私の袋取ってもらえますか」
袋を手渡すと、中から金属製の伸縮警棒と簡易的な救急箱を取り出した。俺を治療した時と同じく、迷いのない手つきだった。
「今から添え木と傷口の縫合をします。服を脱がすので、神谷さんは周囲を警戒していてください。一応言っておきますけど、もし振り向いたら分かりますよね?」
凛の目がギラッと光った。
「ま、任せろ」
一瞬放たれた殺気にビビったが、流石にこの状況でふざける気にはならない。使えそうな道具だけリュックから抜いて、そそくさと場を離れた。
鑑定を発動して、周囲を警戒する。
……正直、意外だった。
もっと乾いた奴かと思っていたが。
何だか少し誇らしかった。
だから。
こいつの相手は、俺一人で十分だ。
……来る。
《鑑定結果》
【レアモンスター】
黒曜石のゴーレム
静かに息を吐く。俺はただ、こいつを淡々と処理する。そして、暇だったと凛に言ってやる。そう決めた。
オオオオゥ……
ゴーレムが静かに雄叫びをあげた。
いや、単純にコアが震えて出た音だろうか。
通路の奥で、黒い塊がゆっくりと形を成した。
――黒曜石のゴーレム。
二メートルほどの巨体。細身で継ぎ目のない黒曜の身体。さっきのリザードよりもさらに硬そうだ。
それにしても……あの黒い球体は何だ。黒光りする黒い数珠を襷掛けで担いでいる。いや、身体を中心に回っている。
どういう仕組みかは分からんが、あれがゴーレムを守っているのか。
まあいい。先手必勝だ。
風付与札を柄に貼り付ける。出し惜しみはなしだ。今日の俺は昨日までと違う。楽勝だと、信じて行け。
ダンッ!
思い切り地を蹴った。左から距離を詰める。
巨体がこちらに向く前に、最短で仕留める。
シーカーズ時代から、俺が未知の相手に取る戦法は一つ。相手が手の内を晒す前に最大火力で不意打ちを叩き込み、短期決戦に持ち込むことだ。
胸元のコアに一撃入れて、それで終わりだ。
十メートル……五メートル……三、二、一、そこ!
コアまであと十センチ。ナイフが届く、その瞬間。
ガキン!
黒い球体がコアを守るように割り込み、ナイフの峰を弾いた。
こいつ、想定より反応が早い。
「……が、あっ……!」
そう思ったと同時に、みぞおちに衝撃が走る。
別の球体の一つが分かれ、俺の腹を深く抉り込んだ。
苦しい。
痛い。
息ができない。
ダメだと分かっていても、膝をつく。
――ヒュッ
刹那、視界の外で風を切る音がした。膝をついた瞬間、今度はゴーレムが俺の横っ面を蹴り飛ばした。
ガアンッ!
首から上がなくなるような衝撃に、踏ん張りも利かず吹っ飛ばされる。
そのまま通路の端の石材に頭から突っ込んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! ……くそ!」
完全に死んだと思った。頭から生温かい血が流れる。頭がガンガンして、膝も震える。
それがどうした。
まだ生きている。
まだ動ける。
ここに来るまでの、指輪、種、スキル結晶。
そいつらのおかげで、まだ戦える。
……なるほど。俺も少しはマシになってるらしい。
『心配しなくても、食らったら分かりますよ』
凛の言ってたことは、こういうことか。
全く。敵わないな、相棒には。
その瞬間、ナイフに付与した風の加護が切れた。いよいよもって、後がないみたいだ。
身体はまだ動く。相手のやり口が分かった以上、二度と同じ手は食わない。
せっかく相棒が人助けしてるんだ。
俺も良いところを見せないとな。
ゴーレムを守る球体が、不規則に周囲を漂い始めた。どうやら今度は向こうから来てくれるらしい。
俺は鼻を親指で押さえて、溜まった血を飛ばした。
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