★譲れないもの(薬酒)
本編完結してから三十年後ぐらいのお話。クリス視点です。
「リドさん、禁酒したって言っていませんでした?」
「ん、禁酒してるぞ」
久しぶりに訪れたモーゲンの村。
いつものように宿をとり、食堂へと向かうと村長の肩書の前に「前」が付くようになったリドさんが居た。
グレンダさんが亡くなってからもう二桁の年が過ぎた。
それでも村はいつも穏やかで、食堂の雰囲気も変わっていない。
食堂店主を継いだエマが作ってくれる料理は、あの頃と同じものも多くて、来るたびに厨房の陰からひょっこりグレンダさんが顔を出しそうな気がする。
「あ、クリスさん、いらっしゃい!」
大テーブルの定位置に座って、小さなグラスに入った琥珀色の酒をちびちび舐めるリドさんに、エマが笑っている。
いつも豪快にエールをジョッキで呷っていたイメージしかないので、なんだかちょっと不思議な感じだ。
「それ、特別なんです。シエル先生やルカさんから許可貰ってるから大丈夫ですよ」
「うむ」
日替わりで良い?との問いに頷きながら、勧められてリドさんの隣に座る。
見れば、リドさんの前には大きめの瓶が置かれていた。中にはハーブか何からしいものが何種類か漬け込んである。どうやら薬酒らしい。
「お薬、ですか」
「ある意味、な。……やらんぞ?」
まじまじと見ていたからか、割と真面目な声でそんな言葉が返ってきた。
びっくりしてリドさんを見れば、しれっとした顔でまたちびりとグラスを傾けている。
さっきからほとんど減っていない。
「それ、グレンダさんの置き土産なの。他の誰が飲んでみたいって言っても分けてくれないのよ」
「あぁ、なるほど。それは味見もお願いできないですね」
苦笑顔でエマが説明してくれた。
思わずこちらも似たような笑顔になる。
リドさんがグレンダさんを溺愛しているのは有名だ。生前はもちろん、その後も、だ。
今でも学校にあるグレンダさんが使っていた部屋はそのままにしてあるし、時折リドさんはそこで彼女の日記を眺めているらしい。
そんな風に想える相手がいるのは少し羨ましい。
「ちなみにそのお酒、貯蔵庫にまだ何十本もあるんですよ」
カウンターのいつもの位置にいたダグラスさんが、笑いながら言う。
僕はお久しぶりです、と彼にも挨拶をして、料理を待つ。
横では、既に出された料理を肴にリドさんがちびりちびりとやっている。
「それを売りに出そうとした奴がどこかに居たな」
「あまりに数があったから、つい」
恨めしそうな顔で言うリドさんに、おかしそうにダグラスさんが言う。僕が言うのもおこがましいかもしれないが、そんなリドさんの様子はちょっとかわいい。同じように思っている人も多いようで、カウンターの中でエマが笑っている。
ここ何年かは、村の人たちがこんな風にリドさんを構う様子もよく見るようになった。
エマやリチェといった家族と一緒に暮らしているし、村の人たちにも囲まれているが、皆が彼を構うのは最愛の人を失くした彼を思いやってのことなのだろう。僕は部外者だけど、そんな様子はちょっと良いなと思う。グレンダさんもだったが、リドさんも村の人たちに大事にされているのが分かって、なんとなくホッとするのだ。
「クリス、最近はどうだ? 何か面白いことでもあったか?」
「あ、そうだ、報告しようと思って来たんですよ」
そうして、話し始める。
どうせ夜は長い。ついでだから、あの頃の思い出話に花を咲かせるのもありかもしれない。
昼寝をしていたら、ふと不貞腐れたようにちびちびお酒を飲むリドの姿が見えまして。
なんだろうと考えていたらクリス君が説明してくれました(苦笑)
イケオジならぬ、イケジジの不貞腐れた様子ってなんとなく可愛いかななんて思うのです。
多分、なくなってしまわないように、初めから週に一回とか決めてちびちびと飲むのでしょう。
使っているグラスはリチェあたりのプレゼントかな。
割と早くに逝ってしまうグレンダに対し、聖女の祝福を貰ったリドはかなり長生きします。
何気に計画性はばっちりあるリドのことなので、グレンダの薬酒は亡くなる直前までしっかり残っていて毎週少しずつ楽しんでいそうです。




