再生の鐘
戦乱期終結から二年後ぐらいの話。
風が、乾いている。
まだ朝だと言っても差し支えない、そんな時間帯なのにも関わらず、薄暗く感じるのは気持ちの問題だろうか。
瓦礫だらけのこの街に立ち入るのは、あの時以来だ。
年に数度行われる、騎士団主導の遠征。
戦乱期に陥落した街や村を巡り、現状の把握と鎮魂のために行われるそれに、時折私も司祭として呼ばれる。
今回はリドルフィに問われた時、自分から参加を申し出た。
多分、こんな機会はもう二度と得られないだろうと思ったから。
「……グレンダ?」
「え、えぇ。大丈夫」
旧ヴェルデアリア。私たちの母校があった場所。
六歳から聖騎士の養成校にお世話になっていた私からすると、生まれ故郷よりもこちらの方が馴染み深く、想い出も多い。
戦乱期の初期に魔物の襲撃にあい、数日ももたずに落ちた学園街は、戦乱期の中でも犠牲者が特に多かった場所の一つだった。
「……本当に、何もなくなってしまっているのね」
「あぁ」
「……ここまで壊れていて、逆に少し良かったのかも」
そのまま、あのころの面影が残っていたらその方が辛かったかもしれない。
そんな風に言って笑えば、私に付き添っていた男も、そうだなと苦笑を浮かべた。
多分、お互いにそんな表情以外とれなかったのだと思う。
悲しみ、泣くには時間が経ち過ぎた。あまりにも多くを失くし過ぎた。
長い戦いの日々に麻痺してしまった心は、今もまだ本来の柔らかさを取り戻せずにぎこちない。
遠征の本隊が元は門のあったあたりに陣を作り、この地の現状把握や諸々の処理のために動き出したのを眺めながら、私はリドルフィに訊く。
「手伝わなくて本当に良いの?」
「あぁ、話は着けてある。特に呼ばれなければ、自由にしていいそうだ」
「……なんだか、申し訳ない」
子どもの頃から変わらない仕草で大きな手が私の頭を撫でる。
行こう、と促されて私は歩き出す。
街の広場へと続くメインストリートにも、大小さまざまな瓦礫が落ちていた。
元々石造りの建物ばかりだった街だ。あれから十年近く経ってしまったこともあり、遺品もほとんど風化している。もっと生々しさが残っているかと覚悟していたが、そこにいた人々を思い出すような品はほとんど強い日差しと乾いた風に色褪せていた。
石畳だった通りに崩れた両側にあった建物の瓦礫を越えていく。
動き出した騎士や司祭、魔導士たちの姿もあちこちに見えた。
騎士たちが街全体の探索を始めている。
司祭たちが見つけた遺骸を空へと送っている。
魔導士たちはそれらの邪魔になってしまう大きな瓦礫などを退かしたり、必要に応じて何かを燃やしている。
この街は復興しないと決まったと聞いた。
それでも、こうやって手を入れているのは、そうしないと前に進めないからだ。
人は、強くはない。
悲しみを乗り越えるには、何か区切りとなるものが必要なのだ。
「グレンダ、おいで」
「うん?」
ヴェルデアリアの街でも奥の方、広場の端に立てられた神殿と、その裏側にあった聖騎士の養成校があった場所。
そこで私たちはそれぞれに残っている物を探す。
私は自分が使っていた部屋のあたりで瓦礫の隙間に残っていた引き出しを開けていた。
襲撃の際に炎にもまかれ、その後は風雨にも晒された引き出しは無残なことになっていて、中に入っていたはずの母が作ってくれたストールもわずかに端切れが残るだけで原型をとどめていなかった。
リドルフィに呼ばれた私は、その端切れをハンカチに包んで鞄にしまう。
「……なに?」
「これ」
周りよりも壁に使われていた石が積み上がった場所でリドルフィが額の汗を拭いていた。
見てごらん、と、指差す先を私は覗き込む。
煉瓦サイズの石に埋もれた、大きな金属。燻されたような金色の何か。
私はそれが何かを知っていた。
「……手伝ってくれるか?」
「……うんっ」
それは、ここにあった建物の象徴。
学校の塔にあり、毎日、この街全体に時を知らせていた、一対の鐘。
私はリドルフィの横で、小さな瓦礫を取り除き始める。
リドルフィは一抱えもあるような大きな石も脇に退かしていく。
二人でせっせと掘り起こせば、微妙に大きさの違う二つの鐘が瓦礫の下から出てきた。
「……へしゃげてしまってるね」
「そうだな」
二人揃って汗だくの状態で、出てきた鐘を見つめる。
欠けてはいなさそうだが、塔が崩れた時の衝撃やその後の重みで潰れたのだろう。二つの鐘はどちらも凹み、形が崩れていた。
「王都の職人に頼めばうち直してくれるだろう。あの頃と同じ音が出るかは分からないが」
「うん」
彼が、この鐘を持って帰ろうと思っているのは、言葉に出されなくても分かった。
「……リド、それ、ちょっと動かして、ここに置いて貰っても良い?」
「あぁ、構わんが」
退かした瓦礫の上を示せば、一抱えもある歪んだ鐘を男は抱きかかえるようにして持ち上げる。
男が二つの鐘を並べ終わると、先ほど瓦礫の中から見つけた同じ金属製の舌を手に、私はその前に立つ。
姿勢を正し、目を閉じて、ゆっくりと発声する。
謡うのは、葬送の歌。
「……」
横に立つリドルフィが、首を垂れた。
祈りを込めた歌が、乾いた風に乗って辺りを静かに清めていく。
閉じた瞼の向こうに、微かな光がいくつも空へと昇っていくのが見えた気がした。
長く、何番もある葬送の歌を最後まで歌い終わった私は、手に持った舌で、鐘を叩く。
カーーン……
置かれた状態の鐘は、本来の音量にはならず、余韻すら残してくれないものだったけれど。
それでもその音は懐かしく学び舎に響いた。
「……グレンダ」
横にいた男が近づいてきて、手にしたハンカチで私の頬を拭った。
そうされて、私ははじめて、自分が泣いていたことに気が付いた……。
モーゲンの教会には二つの古びた鐘が設置された。
腕のいい職人によって歪みを打ち直され、綺麗な形に整えられた鐘の音はそのまま村に馴染んだ。
時々、その鐘の音に懐かしさを感じる者が村に訪れたりする。
話を聞いてみるとヴェルデアリアに所縁ある者であることが殆どであった。
ここのところ恋愛ものちっくやほのぼのした話が多かったので、少し違う方向の話を。
きっと、ランドルフも時折、鐘の音を聞きにモーゲンに来たりするのかもしれない、なんて書きながら思いました。




