通り魔 3
夜の湿った空気と連峰の山頂から降りてくる残り雪の冷たさが混じる森の小径で三人のバケツ頭はしきりにタークの素性について知りたがり鬱陶しいほど盛り上がっている。なんでもこのあたりを哨戒していても見つけるのは鳥やら蛙やらその程度らしく、真夜中に差し掛かった刻みに荷車を推す執事と木の細かいかけらを髭やら髪やらに絡みつかせたいびきをかく老人というのが大層気に入ったらしい。
ガリカの町で歩哨をする彼ら曰く、魔の大群の出現したモンソニアの麓にありながら奇跡的な被害の少なさで平和といって遜色ないらしく特に目立った争乱は起きていないという。どうやらそれは勇者と呼ばれる者が街に滞在して奥義の結界を発動させているというような話の具合であったがタークには理解の追いつかない話であり、結局は見てから判断しようと感じさせた。
ただ近頃、正体不明の翼を持った通り魔がこのあたりに出ているという話が三人の口から出た時それはタークの興味を引いた。他の話では見向きもしなかった執事もどきの視線がその話になった途端刺したのを感じたのか、それについて知っていることをノルとアラタ、オレオは愉快そうに話し始めた。
「なんでもそりゃあデカイ翼で月を隠しちまうほどだったってのたまったわけよ。あんまり冗談言っちゃいけねぇとは言ったんだがそいつの目はやたら血走って怖いこと怖いこと」
「だな。しきりにお前らは本当の地獄を知らないから信じられないだとかそんなことを抜かしやがる。邪神に魅入られたって有名だぜアイツはよ」
「にしても変な通り魔だよな。まるで蝙蝠みたいなんだがその翼を除いたところっていうのは兄さんみたいにデカくて二刀もあるって話で。翼はその四倍近いらしいし、狙うのは女だけでしばらくしたら何故かガリガリになって戻ってくるんだと!ハハおっかねぇ!」
「酒場のアリータよりガリガリに痩せこけてやがったなんて聞いた時にゃ腹抱えて笑っちまったがな!ぶはは!」
「ブラッディバットもそこまでデカくなることはねぇし、大体愛想尽かされてどっかの男んとこに行って追い返されたクチだろ!笑えるぜ」
そこまで聞いてなんだそんなことかとタークも笑ったが若干の気になる節がいくつか残る。この旅中で戦った邪神とは全く異なる様相らしいがそんな魔物が出ても不思議ではないと思えたのだ。たしかに外の状況を見てないらしい三人の楽しげな話ではあるのだが。そこで二、三気になったことをタークは歩哨達に尋ねてみることにした。
「その化け物はなにが目的なんだろうな?結局女も帰ってきたと聞くがその女の先の話も分からんし男はそもそも貴様らの見知った男なのか?」
そこまで聞くと歩哨達は三人で何か話してそしておどおどとバケツ頭を縦に横に小さく揺らして向き直ってタークにこう言った。
「しらねぇ。確かにアンタの聞いたことは全部わからねぇんだ」
「そもそもその話を俺たちが男から聞いたのは十日は前のことだが難民も無数にいるし男の正体自体はわからねぇな」
「俺たちも女に会わせてみろって聞いたんだがそれっきり狂っちまって背筋が凍ったぜ。その時はよ」
なにやら平和だという港町に暗い影が近寄っていそうな気配を感じたタークは歩哨達を急かして出来るだけ早くガリカへ向かう。歩哨達もなにやら悟ったのか慌しく歩きはじめる。荷車の上でぐうたらしているふとましい老人はうるさい鎖帷子の音で目を覚ましてその状況をみたが面倒くさそうにまた眠り腐ってしまった。
もしその狂った男の言うことが真実であるとすればデルやルビーの一時の楽しい観光もできないだろう事態だ。出来るだけ騒ぎにならないよう情報を集め、この時節の魔に呑まれた世界での立ち振る舞いを掴まねばならないだろう。
歩哨達と出会ってから四刻ほど後、緩やかな山を越えてついにほんのり人の営みの照らされた街並みが傾けたグラスからワインが覗くように城塞の囲いから見えてきた。港から翠蒼く染まったピレナの海上は晴れノテノールの分度器のような黄色が海に浸み出している。
「あれがガリカだぜ兄さんよ綺麗だろ?」
どのバケツが言葉を発したか定かではなかったがガリカという意外に大きな町は確かに美しい。誰やら知らぬ勇者に感謝をしてタークは笑った。




