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読書好きのプロローグ  作者: ざきや まひろ
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二冊目 僕にとって本とは

二冊目 僕にとって本とは




「ねえ、あなたにとって、読書って何ですか?」

この問題を上っ面だけで語っていては、埒があかない。直感を即座に言葉にする。


午後の授業途中で、先生が急に放送で呼び出された。そして、自由学習。小学四年生の教室で、降って湧いたその時間。真面目に学習に勤しんでいた人は、ほとんどいない。「学習」は忘れ去られ、「自由」時間に成り下がった教室。僕も自由を満喫している一人だ。偉そうなことは言えないが、人が読書している時くらい、静かにしてほしいものだ。口には出さず思うに留めた。誰かが机を巻き込みながら激しく転倒した。物音で辺りを見回す。

まず、丸めた紙を弾丸として戦う前線の兵士達がいる。他には、四足歩行で競争する退化した人類達、絶対にテレビ放送されない踊るアイドルグループ、なぜ群れているのか分からない無言の観察者達、様々な人類が共存する、混沌を極めた世界が形成されている。

しばらくして短足先生が戻る。彼は嘆息した。説教が手短に行われ、集団下校の運びとなった。

僕は小さくガッツポーズをする。今日は家に両親はいない。帰宅後の、静かな読書時間が待ち遠しい。

そして帰宅後。普段見ることがない情報番組を何気なく見ている。いや、正確には観てはいない。本を開きながら、聞き流しているというのが正しい。静かな読書時間を期待していたが、いざ、物音が全くしない家というのも、妙に居心地が悪く、結局リモコンに手が伸びてしまった。

画面の中では、何が面白いのか、芸能人たちの私服ファッションチェックが行われている。好きな芸能人であれば、多少の興味は沸くが、僕は基本的に好きな芸能人はいないし、服にも興味はない。関心はゼロ。

『次のコーナーは、臨床心理学の教授から、サラリーマンにまさかの転職、その後は華々しい営業成績を収められ、現在では多数の著書を執筆されている、番先生による――――』

ひとつのコーナーが終了したようだ。本も区切りの良いところまで読み進んだ。冷蔵庫にジュースあったかな?と思い立ち、立ち上がる。

『――――勝率が三十パーセントはアップする【失敗しないための交渉術】です』

失敗しないための交渉術。そのキーワードに反応し、慌ててテレビに噛り付く。ジュースの事など、どうでもよくなった。バンという珍しい名前の先生の話を、真剣に聴いた。

「これを使えば、お父さんを説得できるかもしれない」

 僕の目下の悩みは、本を買うお金と、読む時間をどのように確保するかだ。この二つの悩みの最大の壁はお父さん。お父さんを攻略しない事には、僕が望む充実した読書ライフという悲願は達成しない。『交渉術』はぴったりだ。

「次はこれで、お父さんを説得……いや。『交渉』しよう」

僕は強く拳を握る。

ジュースを思い出したのは、交渉術のコーナーが終了し、報道が始まってからだった。

『三年前、○○市で覚せい剤所持、売買の容疑が懸けられている、獄蓮会幹部の鬼塚龍太郎容疑者の潜伏場所が特定され、先ほど警察が突入し、逮捕に至りました。』

近所で大事件を起こし、逃走していた暴力団の幹部が逮捕されたらしい。

「そういえば集団下校の理由ってこれだったっけ」

ジュースを飲みながら、先生の話をあやふやに思い出す。近所で起こった大きな犯罪だったとしても、三年前、僕は七才。全く記憶にない。犯罪自体が、別の世界の出来事のように現実味がない。チラシにメモした交渉術を復習する。早速今夜から使えるように、イメージトレーニングに専念した。

「ビン先生、いや、ゴン先生だったかな?まあ、いいや。大事なのは内容だよね。とにかく先生、僕は頑張るよ」

報道番組は三年前の事件に遡り、その後の犯人の動向や、逮捕後の供述などを詳細に語っていたようだ。


機嫌が良い時に、何気ない会話から開始する。盛り上がり、相手がリラックスしたタイミングで要望を伝える。たぶん無理っぽい大きめの要望を先に伝え、そのあとに、用意していた本命の要望。さり気なく、こちらが折れて妥協したかのように見せかけると本命の要望が承諾されやすいと、ペン先生は言っていた。

早速、夕ご飯の時に正面に座ったお父さんと「何気ない会話」をする。焦らずじっくりと機会を窺がった。

会話が軌道に乗り、酔いが回ったお父さんとの会話は盛り上がった。

不揃いで、形も大きさもバラバラな積み木の中から、丁度良い形の積み木を見つけ出し、バランス良く積めたような、そんな感覚。レベルアップのファンファーレが聞こえそうだ。ここしかない!

「ところで、ほしい本があるんだけど……」

意を決したこの一言は、今までの何気ない親子の会話を、基礎から崩壊させる威力があった。お父さんの表情が強張り、雲行きが怪しくなる。

「小遣いは渡している。その中で買えと、何度も言っているだろう」

自信があった戦法だが、「本がほしい」と言うと、必ずこれだ。今日こそはと思ったのに、ベン先生のクソ野郎!と内心で悪態をつく。あとは予定調和で会話は白熱し、平行線を辿る。いつもなら、僕かお父さんが退場して僕の敗北が確定する。どちらのリングアウトでも、僕の負けは確定しているんだ。言い合いをしながら、何とかしなければと焦る。そして奇跡的に閃いた。レベルアップの更なる向こうへ!

「ねえ、あなたにとって、読書って何ですか?」

 この問題を上っ面だけで語っていては、埒があかない。直感を即座に言葉にする。妙案に浮足立っていた。お父さんの表情を見て、自分の過ちに後悔する。

「オイ!親に向かって、何だ、その口の利き方は!」

拳骨が飛んで来た。父親に向かって、『あなた』なんて他人行儀に言ってしまったのが原因だ。猛烈に後悔しても、すでに打つ手はない。敗北と説教は確定した。

案の定怒りを買った。脱線した話を修正する手立てはない。ここで反対意見を言えば、避ける事も許されない第二、第三の拳骨が飛んでくる。遂に話の最終段階に突入した。キーワードは「そんな時間があるなら、将来のために仕事を覚えろ」か「お金」。今回は後者のようだ。

大人はいつも、口を開けばお金、お金、うちが裕福じゃないのは、子供にだってわかっている。裕福じゃなくたって、ド貧乏って訳でもない。十歳にだって分かる。本を買うお金くらい、どうにかならないのかよ。お父さんが毎晩飲むビール代が、いくらかは知らないけれど、中古本一冊くらいは買えるだろ?どう言ったら納得してくれるんだよ。『子供は気楽』だって?悩んだよ。何度も悩んだ。父親を説得するために、何度も悩みながら会話した。全然気楽じゃない。『好き勝手したツケは後で払うことになる』?そうやって、頭ごなしに説教するだけで、一向に折れてくれる気配はないじゃないか。

 父は大工、おじいちゃんも大工、その前も同じく大工……脈々と受け継がれる仕事と技術。それに加えて、プライドや頑固さも世代を重ねるごとに濃縮されて、受け継がれているのではないか。それくらいの頑固者。一度言ったことは、なかなか曲げようとしない。世間ではやんわりと、そして恰好良く『職人気質』と呼ばれているが、率直に言えば、ただのわがままだ。子供のわがままは、一喝もしくは一発の拳固で矯正されるが、大人のわがままは誰が注意してくれるのだろう。

――――僕はただ、本が読みたいだけなのに。

突破口はどこにもなく、レベルアップも勘違いだったようだ。「自分で稼いでからものを言え」こう言われてしまうと、子供の僕には、もう何も言えない。一足飛びで大人になれる訳じゃないのに。大人はいつも理不尽だ。

これ以上抵抗しても、たんこぶが増えるだけだと思った。引き際だと考えている自分と、逃げ出したいと思っている自分がいる。どちらにしても、この場は離れた方が良さそうだ。

これ以上怒られないように、お風呂に向かう。そして、風呂で悶々と後悔と反省をする。これが最近の日課。なかなか進まない物語。

そりゃ、自分で稼いで、好きなだけ本を読みたいよ。そう出来るなら、とっくにそうしているよ。大人は理不尽だ。お小遣いは確かに貰っている。でもさ、でもだよ。「でも」とか言ったら、「男が言い訳するな」って怒るけど。いくら禁止されても「でも」と言いたいよ。だってね?僕は十歳で小学四年生だ。学年×百円で何冊本が買える?新刊なんてそうそう買えない。お父さんは、本一冊の金額だって知ってるの?読まないお父さんは、たぶん知らないだろうね。誰も開いていない新品の物語を読みたいよ。それを我慢しているんだ。新品に手が出せないとなると、やれることは、街の小さい古本屋でやりくりするしかない。お小遣いは、大事に大事に使ってるけど、全然足りない。他のうちの子は家の手伝いをして臨時収入が入るらしいけれども、うちは違う。手伝いは当たり前。むしろ、将来の仕事のために、教えてもらっている事になっている。当然お小遣いは発生しない。そりゃ、お父さんからしてみたらさ、自分でやった方が、早くて綺麗な仕上がりだから、手伝ってもらっているのではなく、手伝わせてやっている訳だ。だから、うちにその手の臨時収入は期待できない。理屈では分かるけど、心は納得できないよ。物心ついた時から現場に出入りしている。記憶にある中で、一番最初に遊んだおもちゃも、一番多く遊んだおもちゃも、切り落とされて廃棄される端材だ。端材を積み木にして遊んでいた。安上りじゃないか。

「あの頃、安上がりで済んだ分、本に変えてほしいよ」

心も頭の中もぐちゃぐちゃで。思考が滑り、掴み所もなく、スルスルと流れてしまう。

頬を伝って流れ落ちた水滴が、浴槽に落ちて、小さく波打った。一粒流れると、立て続けに落ちる。泣いている事を認めたくなくて、頭の天辺までお湯に浸かる。すぐに息苦しくなって、お湯から顔を上げた。そんなことをしても、全く気が晴れないのは分かっている。そして、こういう気持ちの時は―――

「本が読みたい」

呟いた声が、浴室の中で、やけに大きく、ぼんやりと反響した。

僕にとっての読書とは、乾いた心を潤す水。なければ息苦しくなってしまう空気。ご飯を食べないとお腹が空くけど、本を読めなくても、同じくらい飢えてしまう。

幸せな物語を読みたい。

自分の知らない世界を覗きたい。

まだちょっとわからないけど、恋がしたい。知りたい。

ハラハラしたり、ワクワクするような冒険をしたい。

本は僕にないものを教えてくれる―――神様、僕をたくさん本が読める世界に連れて行ってよ。


喧騒から少し離れた校内の一角で、ページを進める。前後の文脈が分からなくなって、またページを戻った。

昨日も、一昨日も、その前も交渉に失敗した。僕は心の深い傷を癒すために、授業の合間の短い休み時間も含めて、全ての休み時間で、図書コーナーに通っているが、心が騒めいて、今一つ集中力に欠けている。

図書館ではなく、図書コーナーで正解。多目的ホールに隣接した申し訳程度の本棚が設置している場所。図鑑や辞典の割合も多いため、趣味として読める本の数は少ない。大抵の本は、もう読んでしまったが、学校内で僕が一番好きな場所。今手にしているのは、新学期に合わせて入荷した、新しい小説。いつもなら、周りの音も気にならないくらい集中できているのに、今日はダメだ。本に失礼な読み方をしてしまっている。

新しい物語に触れるのは、僕にとってすごく難しい。市立図書館に行けば、もっとたくさんの本を、無料で読めるのだが、ここは普通の人が普通に過ごすには、不便がない程度の田舎。図書館は住んでいる場所からは遠いし、バスを使わなければ行けない。活字離れが嘆かれているようだが、嘆かれている人達は気にもしていない。当然、図書館が遠くても、気にはしない。 

バスを使う時点で、結局は有料だ。これが僻地の悲しい定め。自転車という手もあるが、往復に要する時間や、門限を考えると、結局はゆっくりと館内で読むことができない。それに、今日は仕事の見習いがある。こういう日には、なかなか行けない。図書館から借りて、家で読めたらいいのだが、借りるにしても不定期に入る見習いを考えると、返却期日までに返せるのか不安だ。何だかんだと、腰が引けてしまう。お父さんは大工仕事を僕に経験させることに関しては熱心で、時間があれば技術を叩きこもうとする節がある。お父さんにとって、家での読書は、ダラダラしているのと同義だ。よって、図書コーナーは何かと制限の多い僕にとって、妥協しつつではあるが利便性に優れた、安らぎの空間であるマル。しかし、最近、ここにも読書泥棒が現れた。

「ゴール!」

この言葉を聞いて、あなたはどう思うだろう。きっと廊下や隣接した多目的ホールで、小学生が元気いっぱいに、ボール遊びする姿を想像しますよね。

「きっとサッカーかバスケットでもしているのでしょう。安心してください。その感性は普通です。」

「おいゴール。なに一人で、ブツブツと訳の分からないことを言ってるんだよ?お前のそういうところ、俺的には、わやツボ―――ってオイ、無視するなって。ちなみにミニバス少年団のエースから言わせてもらうと、バスケットはゴールよりも、シュートの方がしっくりくるな。シュートが入ったらナイッシューっていうだろ?」

僕は駆け寄ってきた、やたらと元気な少年の存在を、全く無視。もう一ページ捲る。

チッ聞かれたか。聞かれても面倒なので、内心舌打ちする。

そう、最近、彼に絡まれるようになってから、ここも安らぎにくい場所になってきた。彼こそが読書泥棒であり、今年ミニバス少年団に入団したばかりの、自称エース、英守。

ミニバスはそんなにちょろいのか?「俺はミニバス少年団でエースになる!」とどこぞの週刊主人公の口調で、教室内で息巻いていたのも割と最近だ。その主人公にコイツなんて、背伸びどころか、ジャンプしても届かないだろう。

 突っ込みたいところは多いが、経験上、反応すると、それだけで図に乗るお調子者だ。ここは嵐が過ぎ去るのを待とう。

「オイオイ、無視すんなって、いつも本名呼ぶまで無視するのはやめろよ。俺が流行らせたナイスなニックネームだろ?不服か、不服なのか⁉休み時間にコソコソと本なんて読んでるから、お前って存在感が薄いじゃん?クラスメイトに馴染めたのは、そう俺のお陰だぜ?」

英守は自慢げに話すと、達成に「な?」と同意を求めて、気安げに肩を組んむ。

―――なにが、な?だ。良くわからんが、好きで読書してるんだ。余計なお世話だ。クラスに馴染むなんて望んでなかい。読書の邪魔だけしないでくれよ。そもそも、クラスに共通の趣味を持ってる奴なんか、いないじゃないか。そんな奴らといて何が楽しい。

勢いよく肩を組まれたため、体当たりに近い。衝撃で身体が揺れたが、達成はページを捲る。

むっとした様子の彼は、なーなーなー、と両手で達成の肩を激しく揺らす。

それでも、またペラリ。

「おおおおおおおおお‼」

この期に及んで、完全無視を決め込むと、強情な態度に(自称)エースの少年が絶叫して、頭を抱える。

「わかったよ」

 ついに無言の圧力が伝わり、諦めたようだ。

―――よし耐えきった!これで静かに読書できる!

達成は安堵した。しかし、完全に彼が立ち去るまでは、油断しない。去り際、悔し紛れの反撃を仕掛けてくる事は珍しくない。

一週間前、やはり彼があまりにしつこかった。席から立ち、何度も視界に割り込んで来ようとする彼に対して、背を向け続けた事があった。今回のように彼は諦める態度を見せた。安堵し、物語へ集中をしようとした直後、視界がぐらつき、受け身も取れず、派手に転倒。どうやら、去り際に膝カックンを受けたらしい。完全な不意打ちで、両手でハードカバーを開いていたことが災いした。あの時ぶつけてしまった尻と後頭部は、触れると微かに痛みが残っている。


「じゃあ本名で呼んでやるよ。かみ……」

「英守」

今回は膝カックンではなかったが、身構えていたため、最速で言葉を遮れた。静かな口調だが、視線だけで怒っていると伝わったはずだ。

「すまん」

 彼は本当に申し訳なさそうに謝った。

「許す」

天真爛漫で騒がしいが、基本は素直だ。分かってもらえるなら良いだろうと、達成も即座に許す。読書以外での面倒事を嫌う達成と、素直な彼だからこそできる、小学生には珍しい、速度の仲直り成立。

「ありがとな」

英守はニカッと爽やかな笑顔。歯が抜けて若干間抜けだが、これでいて、女子からはモテる。運動ができて、友達の多いイケメンが、共通点の少ない自分に絡むのか謎だ。

「ん」

達成は返事にもなっていない反応をする。

喧嘩したままでは寝覚めが悪い。許したのは、純粋に読書を楽しめないからであって、周囲と仲良くやっていこうという気持ちはあまりない。煩わしい想いをする時間があるなら、その分を読書に当てたかった。故に編み出した最速の返答だが、これを父親にやった場合、脊椎反射で殴られる。その時のダメージと、たんこぶの大きさは、膝カックンなんて比にならない。

「なあ、達成。怒らないで聞いてほしいんだけどいいかな」

英守はバツの悪そうな表情で言う。

改めて名字ではなく、名前を呼ばれた。一瞬だけ英守の目を見たがすぐに本に視線を落とす。達成の沈黙が、話しても良いというメッセージになったようだ。

 英守が口を開いた時、予鈴が鳴る。

「―――って名字。俺はカッコ良いと思うけどな。達成は将来、大工だろ?まさにぴったりじゃん。なかなかないよ、そういう巡り合わせ。神がかってると思うんだよな。おっ意図せずうまいこと言っちまった」

 英守にとってはタイミングが悪かったらしく、お道化て見せた。見え透いた誤魔化しに、苦笑が漏れる。

予鈴が重なり、一部聞き取れなかったが、何を言ったのかは分かる。イヤなほど。感想は意外と素直に出る。

「だから嫌なんだ」

英守はその感想が、どこに掛かっているのかが分からず、難しい顔をする。

将来の事、名字の事を考えると、どんよりした気持ちになる。将来、僕は大工にならなければならない。丈夫な基礎も、囲う塀も、出来上がってしまっている。それが嫌だった。名字もそれを決定づけているようで、僕の将来を縛っているみたいだから嫌いなんだ。


 下校中、一人で歩きながら、達成は英守との最後の会話を思い出した。

名前や将来の事を考えた時、いつもなら、ひどく暗い気持ちになるが、今は不思議とそうでもない。たぶん、最後のあの下らないやり取りが理由なのだろう。

それは予鈴後、一緒に教室へ向かった時のひと時。


「達成(たつなり)って、たっせいって読むよな。そんでゴール。俺のアイディアも神がかってるな!」

「英守(ひでもり)って、えーすって読むよな。それでなんだけど、―――こっちはお前を調子に乗せるだけで、意趣返しになってないから、あまり神がかってないな。気づいていて使ってるのか?」

 達成が皮肉混じりに言い返したが、英守はエースってかっこいいよなとご満悦だ。自覚はなかったらしい。

「【英】って、【エイ】だから、【エー】だよな。じゃあ【守】って書いて【モリ】だろ。何で【ス】になんだよ」

頭は悪くないはずだが、いろいろ馬鹿っぽい。

 ニックネームは不発だったので、膝カックンの意趣返しにと、教室に戻るギリギリまで、正解を教えずに焦らしてやった。その間ずっと必死に考えていたため、頑張れ自称エース、と皮肉を込めて言ってやる。

「お前がくれたかっこいいニックネームだろ、結構気に入ってるし、ゴールが言うなら自称じゃねぇーし」

確かに、と思ってしまったのが表情に出てしまったらしい。目の前に、心の底から嬉しそうな笑顔があった。悔しいので、漢字の読み方を問い直す反撃。

「で?わかった?」

彼は焦る、ちょっと「待って」を連発する。

教室はもう近い。肘で軽い小突き合いをし、気が付いたら釣られて笑っていた。柄じゃないし、今となっては何がそこまでツボにハマったのかは謎だけど、腹を抱えて笑うのも悪くなかった。読書じゃないけど、楽しかった。こういうのなら、―――友達も悪くないかな。


設定上の都合で、更新時間を毎日19時にします!

完結まで毎日更新するので、お願いします!

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