第七十八話 本当に大切なもの
前回までのあらすじ
禁断魔法編は、最近の異世界チート転生ものの多さに物申したくて書きました。反省はしていません。
魂のメダルから、闇が溢れ出した。闇は正人を包み込み、その身体を作り替えていく。
杏利はこの光景に既視感があった。そうだ。ゼドが妖剣烈心の封印を解き、妖剣に宿った憎悪に支配された時にとても似ている。
今の正人は、あの時と同じ状態だ。正人は憎悪ではなく、欲望に支配されている。どこまでも力を求める、その果て無き欲望に。
「……足りない。こんなものでは全く足りない」
サタンルードは発動し、正人は以前よりも力を増した。だが、サタンルードの効果が発揮されるのは、ここからだ。驚くべき速度で進化するといっても、進化にはある程度の時間を必要とする。
「おいヴィガルダ! 僕は今から、さらなる力を得る為の進化に入る! それまで一之瀬杏利の足止めをしろ! 殺しても構わない!」
「承知した」
「お前達もだ! あの勇者を止めろ!」
杏利を足止めするよう命令する正人。
しかし、ヴィガルダは聞いたが、過激派達は動かない。
よく見てみれば、誰も彼もが苦悩の表情を浮かべたり、隣と顔を見合わせたりしている。
迷いが生じているのだ。実際に槍の女勇者が現れたのを目にして、本当にこのままでいいのか、自分達は取り返しのつかない事をしてしまったのではないのか、ここは杏利に協力するべきではないのかと、迷っている。
「……何だ? まさか迷っているのか?」
サタンルード発動の影響で、正人は人としての心を失った。だが、記憶まで消えるわけではない。
「禁断魔法を一度発動してしまえばどうなるか、よくわかっているだろう?」
杏利と出会ってからの事も全て思い出せるし、どうすれば過激派の人間達を操れるのかも覚えている。
「こうなった僕は、もう二度と元には戻れない。僕は取り返しのつかない事をした。そしてお前達は、その取り返しのつかない事に協力した」
正人にそう指摘された瞬間、過激派達の身体が、びくりと反応した。
「お前達は僕の同類だ。サタンルードの解放をした者は、大きく罰せられる。死罪にも等しい、大きな罪だ。お前達がそう決めたんだ。僕はそれを解き、お前達は僕に手を貸した。だからお前達も、僕と同じ犯罪者だ。そんな罪深い人間を、そこにいる勇者が許すと思うのか?」
そう。過激派の人間達を操る方法は、不安を煽る事だ。
魔王の脅威に対抗する為、禁断魔法の解放を求めた者達である。当然、その心の中は不安でいっぱいだ。
だからその不安をつついて、不安を解消する方法を教えれば、その通りに動く。前世でいじめを受けていた、正人だからこそ知っていた方法だ。
「このままそいつを生かして返せば、そいつは国に全てを伝え、お前達は裁かれる。お前達が助かるには、そいつを殺すしかないんだ!」
「ち、違う! あたしはそんな事しない!」
「耳を貸すな!! お前達は許されない人間だ!! 助かるには勇者を倒し、新たな魔王である僕を崇めるしかない!! さあ勇者を殺せ!!」
杏利の否定をさらなる声で押し潰し、正人はさらに過激派達の不安を煽る。
やがて、過激派の内の何人かが、隠し持っていた武器を取り出し、構えた。
「そうだ、殺せ!! ぶち殺せ!! 助かりたいなら勇者を殺せ!! お前達を救うのは、勇者ではない!! 新生魔王、斉賀正人なんだ!!」
もうひと押し。そう思った正人は、さらに過激派を煽動する。そして、過激派の人間全員が、武器を手に取った。
「それでいい。いいぞお前達! 勇者を殺し、魔王イノーザを倒した暁には、僕がお前達の繁栄を約束してやる!!」
この場は過激派に任せられる。そう判断した正人の背中の肉が、服を突き破って盛り上がり、二枚の巨大な翼になった。正人は翼を羽ばたかせ、天井を破って外に出る。
「……杏利。この者達を、殺めてはならんぞ」
周囲は過激派に包囲され、退路は断たれた。脱出するには、少なからず過激派を倒さなければならない。
「この者達は己の不安を利用された、哀れな者達だ。真に討つべき相手は……!!」
「わかってるわ」
エニマは杏利に、過激派を殺さないよう言われたが、そんな事は言われるまでもない。こうなったのは、全て自分の手が遅かったせいだ。もっと早く心想を目覚めさせ、エニマを強化し、イノーザを倒していれば、絶対に避けられた事態なのだ。
これは全て自分のせい。ならば、その責任を取らなければならない。杏利はそう決意した。
「殺せぇぇぇーっ!!!」
過激派の一人が叫び、全員が武器を手に雪崩れ込んでくる。しかし、杏利は慌てない。
「全員この槍を見なさい!!」
エニマをかざし、エニマの穂先が真紅の光を放つ。同時に、過激派達の動きが止まった。
「あたしは必ずあなた達を助けてみせる。だから、この事態が終わるまで、休んでいて」
杏利がそう言うと、過激派達が倒れ、眠りにつく。幻惑の宝光で、催眠をかけた。これで杏利が正人を倒すまで、彼らは目覚めない。
「やっぱりあんたには効かないみたいね」
強化されたエニマの能力で、さらに効果を増幅した幻惑の宝光を受けても、ヴィガルダは平然としていた。
あんな言葉で不安を操られてしまう過激派には、効果てきめんなのだが、やはり自分の心を強く持っている相手には、強化されても効かないらしい。
「最後に訊くわ。どうしてこんな事に手を貸したの?」
「イノーザ様の為だ」
「またそれ? どう考えてもあんたがやってる事は、イノーザへの反逆行為だと思うんだけど」
「それは貴様が知らずとも良い事だ」
まただ。ヴィガルダは杏利が深く目的を知ろうとすると、絶対に話さない。ただ、彼はイノーザに忠誠を捧げており、その行動の全てがイノーザの為になるという事だけは確からしい。
「ならもう訊かないわ。今回こそ、あたしはあんたを倒してみせる。エニマ!! オーディンアーマーよ!!」
「うむ!!」
エニマは杏利の指示を聞き、オーディンアーマーを召喚し、杏利はそれを纏う。
「ほう……それがラトーナを倒した力か」
「そうよ。でもここで使うのはまずいわ。場所を変えるわよ」
杏利は高速で接近し、エニマの石突をヴィガルダの顔面に叩きつけた。
「がっ!?」
ヴィガルダが怯む。この隙に、杏利はヴィガルダのみぞおちに拳を叩き込み、大きく打ち上げた。
「ぐおお……!!」
ヴィガルダは天井に二つ目の大穴を空け、だが速度は全く緩まず吹っ飛んでいく。杏利もそれを追いかけて飛び、
「はあっ!!」
ヴィガルダを横薙ぎの一撃で、さらに吹き飛ばした。木々を薙ぎ倒し、ヴィガルダが吹き飛んでいく。
ここは正人の家の外。着地した杏利は空を見て、そして息を飲んだ。
今の時間帯は夜。視界が利きにくい夜。それなのに、何かが浮いているのがわかった。夜の闇よりも黒い何かが、空に浮いていた。
闇の繭。正人はあの中で、さらに強大な存在への進化を図っているのだ。
「ストレングスで軽減しても、これほどのダメージを受けるとはな」
どれくらい見ていたかわからないが、ヴィガルダが戻ってきた。ストレングスを使い、防御力を強化していたおかげで、杏利の連続攻撃を受けても死なずに済んだらしい。
しかし凄まじい防御力だ。すぐ戻ってきた事から、スピードも上がっている。
「まぁ、今ぐらいじゃあんたは死なないわよね。こっちも全然本気で打ち込んでなかったし」
本気で打ち込めば、正人の家は跡形もなく消し飛んでいる。そうならないよう、ヴィガルダを吹き飛ばす為に威力を調整したのだ。
「次は殺すつもりでやるわよ」
杏利はエニマを、ヴィガルダに突き付ける。しかし、ヴィガルダは動かない。未だに人間態のままで、戦闘形態に変身しない。
「どうしたの!? あたしを阻むんじゃなかったのかしら!? こっちには時間がないの!!」
今一番優先すべき事は、正人を止める事だ。ヴィガルダの相手をしている時間が惜しい。
「来ないならあたし、斉賀を止めに行くわよ!!」
杏利がそう言っても、ヴィガルダは動かなかった。
「本当に行くわよ!!」
「行きたければ、行くがいい」
「は!?」
なんとヴィガルダは、杏利の邪魔をしないと言ったのだ。
「……あんた、斉賀からあたしの邪魔をするよう言われたんじゃなかったっけ?」
「言われたな。だが俺の目的は、あの男に禁断魔法を発動させ、ある程度進化させてから、貴様にぶつける事だ。その目的を達成した以上、もう付き合うつもりはない」
そう言いながら、ヴィガルダは空を見上げる。闇の繭は、さっきよりも大きくなっていた。今の会話の間に、進化をしたに違いない。今から攻撃を仕掛けても、間に合わないだろう。
「会話をする程度の時間でも、あれは進化すると聞いている。どうだ、エニマ・ガンゴニール。禁断魔法を知る槍よ。俺の答えは間違っているか?」
「……合っておる。忌々しい事にな」
つまり、正人に言われた時間稼ぎを、ヴィガルダはちゃんとやったのだ。
「これだけ時間を稼げば、もう俺の手は必要あるまい。奴を助けたければ、さっさと行け。早く行かねば、手遅れになるぞ?」
「……わけわかんないわよあんた!!」
杏利は跳躍して、正人に向かう。しかし、やはりヴィガルダは妨害してこなかった。
オーディンアーマーは、数分程度のごく短時間であれば飛ぶ事が出来るのだ。杏利は飛翔し、空中にある闇の繭に向かう。
もう少しで、杏利の射程距離に入ると思ったその時、闇の繭が破れ、中から正人が現れた。
いや、それはもう、正人とは言えないものだった。腕は二本に増え、全身の皮膚が紫色に変色してしまっている。
怪物だ。まさに魔王としか言えない姿に、正人は変わっていた。
「ガァッ!!」
正人は右手から、紫の巨大な雷を放った。杏利はそれをエニマで防ぐが、防ぎきれず防御を崩される。その間に接近していた正人が、左の二本の腕で、杏利を殴った。
「ぐっ!!」
頭がガンガンするが、頭を振って無理矢理ダメージを抑えた杏利は、正人に斬りかかる。右下の腕の拳を受け止め、一瞬下がり、左上の拳をかわして腕の上に飛び乗り、正人の顔面にエニマの一撃を浴びせた。
「グゥゥ……ガァァァァァァ!!!」
しかし、正人は再び杏利を向いて、口から紫の破壊光線を吐く。
「バニドライグ!! スパレイズ!! ビルツジライガ!!」
杏利はそれをかわして落ちながら、上級魔法を三連発、正人に浴びせる。
「ガァァァ!! グゥゥゥゥゥ……!!」
正人はダメージを受けた。だが、負った傷は一瞬で塞がり、正人の身体が一回り大きくなる。この戦いの中で、さらに進化したのだ。
(長引いたらこっちが不利。それなら……!!)
「ディリーテス!!」
再度飛翔した杏利は、正人に向けてディリーテスを放つ。魔法解除の魔法で、サタンルードを解除するつもりだ。
「ガァァァァァァッ!!!」
しかし、正人の姿は元に戻らなかった。
「解除出来ない!?」
サタンルードには、ディリーテスが効かないらしい。
「だったら……シャイニー!!」
正人の攻撃をかわしながら、ならばその欲望の闇を消し去ろうと、浄化魔法を使用する。
「ウガァァァァァァァッ!!!」
だが、正人は浄化の光を片手で切り裂き、破壊光線を杏利に喰らわせた。
「あああああああああ!!!」
杏利は地面に叩きつけられる。
「く、くそっ……!!」
「無駄じゃ杏利。禁断魔法サタンルードは、普通の魔法ではない。力を求める欲望の闇に取り憑かれ、肉体を侵食されてしまえば最後、二度と人間には戻れん」
通常の魔法なら、魔法解除の魔法で解かれてしまう。だがサタンルードはその対策として、魔法では解除出来ないように作ってあるのだ。
(時と共に際限なく進化し、強化されていく禁断の魔法サタンルード。それを我ら以外の者に使わせれば、我らの首を締める事になりかねん)
ヴィガルダは杏利と正人の戦いを観戦しながら、どうなるかを見守っていた。
(しかし、だからこそ一之瀬杏利を試すには都合が良い。さあどうする? どうやって貴様は、その愚かな男を救い出す?)
正人を内心で愚か者と嘲笑いながら、しかし杏利がどうやって彼を助けるのか、決して目を離さないように。
「エニマ、心想を使うから力を貸して」
「……うむ。そうじゃな……それがいい」
杏利の選択を聞いて、エニマは了承した。
禁断魔法で魔王になってしまった人間を、元に戻す方法は存在しない。ただ欲望のまま、進化と闘争を続けるのみ。誰かが引導を渡さなければ、それは永遠に終わらない。
「今のあやつなら、心想を使って、全力の一撃を叩き込めば、まだ倒せる。二度目の生を受けたにも関わらず、何も果たせないまま、再び命を終えねばならんというのは、気が引けるがな……」
しかし、このままでは正人が苦しいだけだ。リベラルタルも滅ぼされてしまう。今の正人なら、まだ二人の手に負える強さだ。もたもたしていると、倒せなくなってしまう。その前に、正人を殺さなければならない。
「何言ってるの? あたしはあいつを元に戻す為に、心想を使うんだけど」
しかし、杏利はまだ、正人の救出を諦めていなかった。これから使う心想は、正人の息の根を止める為のものではなく、禁断魔法を解除し、正人を人間に戻す為のものだと、杏利は言ったのだ。
「お、お前わしの話の何を聞いておったんじゃ!? 禁断魔法が発動してしまえば、もう解除は不可能!! 一度肉体が変異すれば、元に戻す事は出来ん!!」
「それは魔法を使った場合でしょ? あたしは心想を使うって言ったのよ」
杏利は魔法を超える救出手段として、心想を使うつもりでいる。
心想は使う者によって違う効果を発現する為、一概に魔法以上の力であるとは言い切れない。しかし杏利の心想、世界に降り注げ、黄昏の光(|アルフヘイム・ラグナレク)は、多種多様な性質を備えた万能の心想だ。間違いなく、魔法を超える力と言える。その力を以てすれば、正人の救出は可能かもしれない。
「エニマ。あんたヒノト国の六枚桜が枯れた時、あたしに言ったわよね? 死んだ命には心想も効かないって。でも斉賀は、まだ死んでない。まだ生きてる!」
危険な状態である事に違いはないが、死んではいない。あの時とは、状況が違うのだ。生きているなら、助けられるはず。
「相手が死んでない限り、あたしは絶対に諦めない!! だからあんたも諦めないで、あたしに力を貸して!!」
二人で力を合わせれば、正人を救えるはずだ。いや、絶対に、必ず、救ってみせる。
「……そうじゃな。お前は、そういう女じゃった。だからこそわしは、お前に惚れ込んだんじゃ!!」
忘れていた。自分は勇者の、杏利の槍だ。杏利が最も頼っている、武器だ。その武器が、使い手より先に諦めてどうする。
「行くわよ、エニマ!!」
「うむ!!」
「「心想、顕現!! 世界に降り注げ、黄昏の光!!!」」
杏利は心想を発動し、エニマは杏利の期待に応える為、それをバックアップする。
(今のあんたに、あたしの言葉は届かない。だったら、あたしの光を届かせる!! 届かせてみせる!!)
欲望の闇に支配された、理性なき怪物。今まさに、新たな魔王になりつつある転生者、斉賀正人。
「ガァァァァァァ!! ガァァァァァァ!!!」
自身を包む黄金の光に、彼は抵抗する。
「戻って来なさい!! 斉賀正人!!」
しかし杏利は全く怯む事なく光を放ち続ける。そしてその光が、正人の中から闇を追い出し、禁断魔法に蝕まれた心と、変質した肉体を修復していく。
やがて闇は消え去り、魂のメダルも砕け散って、正人は元の人間に戻った。
「僕の力が……チートが!! お前なんて事を」
あんな事になったにも関わらず、喚き立てる正人の顔面を、杏利は殴り飛ばし、黙らせた。
自分達の戦いで破壊された周囲を修復してから、杏利は心想を解く。
「……どうして……」
それから、杏利は消え入りそうな正人の声を聞いた。
「どうして僕は、輝けない? 本で読んだ……あの主人公達は、みんな輝いてたのに……」
いじめられ勉強をする気も起きず、毎日引きこもっていた。
「漫画を読んだり、ゲームをしたり、自分はそれでいいって思ってた……」
だが、それらの嗜好品を、心の底から楽しむ事が出来なかった。理由は、自分が生きていないと、輝いていないとわかっていたからだ。
毎日毎日自堕落に生きて、学校に行かなければ働きもしない。ただただ娯楽に耽って、これで輝いていると言えるのか? 言えるわけがない。
だが、自分を変える気にならなかった。どうすればいいかもわからなかった。方法を聞くのも怖かった。
だからますます、死んで異世界に転生し、チートな力をもらって輝いている主人公達に憧れた。僕も死んで異世界に行けたらと、何度も思った。
そんな矢先、正人はゲームを買いに出掛けた時、わき見運転をしていたトラックに轢かれて死んだ。いや、異世界転生への憧れを思い出し、わざとトラックの前に飛び出したのだ。
そして、前世の記憶を持ったまま、リベラルタルに転生した。
夢みたいだと思った。だが、すぐに気付いた。正人はラノベや漫画の主人公達が持っていたチートを、何一つ持っていないという事に。
だから、この町に封印されている禁断魔法の解き方を学び、それを求めた。それなのに、せっかく発動したサタンルードは杏利に解除されてしまった。
「どうして、僕が求めた力は手に入らない? どうして僕は、輝けないんだ。せっかく異世界に来たのに……」
「あんたが何もしなかった人間だからよ」
正人の疑問に、杏利が答えた。
「あんたはあたしみたいに、才能に溢れているわけじゃない。特に秀でているものもない。そんな人間は、努力しなくちゃいけないの。今まで何の努力もしてこなかった癖に、居場所や持ち物を変えただけで、本当に輝けるなんて思った? そんなわけないじゃない。あんたが見たものは、所詮作り話よ。あたしからすれば、そいつらが本当に輝いているとも思えないけど」
環境は大切だ。向いている場所と向いていない場所はある。しかし、全てを環境のせいにして、努力をしないのは間違いだ。何もしない人間が、力を得られるはずがない。正人は作り話を追い求め、自分もそうなりたいと願った。愚かな事だ。
「……お前はいいよな。才能もあって強くて、武器もあって、そんなやつに僕の気持ちなんかわからないよ」
「わかんないわね。あたしはあんたみたいに、自分が弱いのを誰かのせいにした事なんてないから」
この世界で杏利は、敗北を経験した。今すぐ元の世界に帰りたいくらい、恐ろしい思いもした。力がないのを恨んだりもした。
しかし、自分の弱さを誰かのせいにした事はない。全て自分のせいで、弱かった事を反省して、努力した。それら全てが、杏利を成長させた。もちろん、エニマの存在も大きい。
「それでもわかるわ。あんたに必要なものは、才能でも力でもない。根性と、それから、自分が心から信じられる大切な人」
この旅を通して学んだ事だ。あらゆる危険に屈しない根性と、自分を支えてくれる大切な存在こそが、本当に必要なもの。
「……何だよそれ……そんなのどうやって手に入れればいいんだよ……」
「それぐらい自分で身に付けなさい。女のあたしが身に付けたんだから、男のあんたにも出来るわよ」
杏利は心の強さを、正人自身に身に付けて欲しかった。だから正人の歪んだ心を、完全には治さなかったのだ。自分自身の力で、乗り越えて欲しかったから。
「少なくとも、大切な人は、もういるんじゃない?」
「えっ?」
杏利は正人の後ろを見た。そこには、正人の両親がいる。
「その二人は、元の世界のあんたの両親じゃない。でもこの世界では、あんたの両親よ。あんたがどんなに歪んでても、あたしにあんたを助けて欲しいって、言ってきたんだから」
正人が禁断魔法を復活させるまで杏利が踏み込めなかったのは、両親が命懸けで杏利を止めようとしたからだ。もちろん杏利は説得した。彼の親なら、間違った事はやめさせるべきだと。
「いい人達ね。あんたの満たされない餓えや渇きを癒す為に、あんたと一緒に禁断魔法っていう絶対の禁忌に触れたのよ。怖くてたまらなかったはずなのにここまで付き合ってくれるなんて、最高の親じゃない」
やった事は当然褒められた事ではない。だが、本当の親ではなくても、息子の為に何でもやろうという気概だけは、賞賛すべきだ。
「もう少し信じてあげて? 前世の親はどうだったか知らないけど、今世の親は、あんたの味方なんだから」
「……父さん……母さん……!!」
杏利の言葉で目が覚めた正人は二人に抱きつき、二人は優しく正人を受け入れた。
「……で、どうするの? あんたの目論見は外れたわ」
杏利は視線を外す。そこには、ヴィガルダがいた。彼女がオーディンアーマーを解かない理由は、まだ彼がいたからだ。
「今からでも続きをやる? 言っとくけど負ける気はしないわ」
「……いや、もう必要ない。消耗している貴様を倒したところで、何の意味もないのでな。後日改めて、また貴様の前に現れるとしよう」
ヴィガルダはまた来ると言い残し、姿を消した。
ようやく危機が去り、杏利はオーディンアーマーを解いてその場を去る。しばらく三人だけにしておいてやろうと、そう思ったからだ。
翌日。
「勇者様、エニマ様、本当にありがとうございました!」
町長は、パルトーネを代表して、杏利に礼を言った。
魂のメダルは破壊されたので、もう禁断魔法は使えない。これでもう、禁断魔法を使おうと考える者は、現れないだろう。あんな恐ろしいものは、ない方がいい。
「斉賀」
町人全員が見送りに来ており、その中には正人の姿もある。杏利は正人に話し掛けた。
「ゆっくりでいいわ。いつかあんたが、本当の意味で、自分の人生をやり直す事が出来たら、また会いましょ!」
「ああ。僕、頑張るよ!」
本当に大切なものが何なのかわかった正人は、すっかり改心している。もう二度と、あんな馬鹿な真似は起こさないだろう。
「それじゃ!」
「元気での!」
杏利とエニマは、魔王イノーザの次なる手掛かりを求めて、旅立っていった。




