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レジェンドガール  作者: 井村六郎
終章 伝説になれ
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第七十七話 禁断魔法サタンルード

前回までのあらすじ



転生者、斉賀正人に出会った杏利。同郷の人間の存在に喜ぶが、しかし正人はクズだった!

「何!?」

「行ってみるぞ!!」

「うん!!」

 今しがた出てきたばかりの教会から大きな音が聞こえて、杏利とエニマは急いで戻ってきた。

「斉賀!!」

 気絶している正人の姿を発見した杏利は、慌てて正人を助け起こす。

「斉賀!! 斉賀!! しっかりして!!」

「う……一之瀬、さん……?」

 正人はすぐに目を覚ました。ふりなので当然だが。

「何があったの!?」

「……そうだ。姿を消す魔法で教会の中に潜んでいた過激派の連中が、錬成の杯を奪って……!!」

「何ですって!?」

 驚いた杏利は、教壇の後ろを見る。そこにあるはずの錬成の杯は、どこにもなかった。

「ごめん。気を付けるよう言われていたのに……止めようとしたけど、駄目だった……僕に力があれば……!!」

「もういいわ。あなたが無事だっただけで、充分よ」

「早く錬成の杯を取り戻さなければ……斉賀! 過激派の連中がどこに逃げたか、わかるか!?」

「気絶してたからよくわからない。でも、正面から逃げたりはしないはずだ。きっと裏口から……」

 エニマは、錬成の杯を持ち逃げした過激派がどこに行ったのかを正人に尋ね、正人は裏口と答えた。

「まだ遠くには行ってないはず。すぐ追いかければ、きっと間に合うわ!」

「待ってくれ! 僕も一緒に行く! 錬成の杯が奪われたのは僕のせいなんだ! だから、僕も一緒に……!」

 まぁ、間違ってはいない。錬成の杯がヴィガルダに奪われたのは、正人が手引きしたからなのだから。

「……わかったわ。でも危なくなったら、すぐに逃げるのよ?」

「ああ!」

「行くわよ、エニマ!!」

「うむ!!」

 そうと知らない杏利は、正人の事をすっかり味方だと思い込み、同行を許した。エニマを槍に変え、正人を連れて裏口に向かう。

 裏口から出た杏利は、周囲を見回す。しかしヴィガルダの姿は、既に見えない。舌打ちする杏利。

「逃がしたか……!!」

「待って!! あれを!!」

 正人が指差した先には、錬成の杯を持って走っている、黒いローブを纏った男がいた。

「スキルアップ!!」

 杏利はスキルアップを唱え、風よりも速く駆け出した。

「待ちなさい!!」

 一瞬で男に追い付いた杏利は、男のフードを掴んで地面に叩きつける。

「もう逃げられないわよ!!」

 男の上に股がった杏利は、フードを引き剥がして男の姿を確認しようとした。

 しかし、フードを引き剥がした瞬間、男はウサギに変わって逃げていった。今杏利が持っていたはずのローブも、消えている。そして錬成の杯は、小石に変わって転がっていた。

「変身魔法じゃな。まんまと騙されたわ」

 エニマは呟く。過激派集団はウサギに変身の魔法をかけ、同じく変身魔法をかけた石を持たせて、逃がしたのだ。

「大丈夫か!?」

「あたしは大丈夫。でも、逃げられた」

 正人は追い付き、心中笑っていた。

(ヴィガルダが逃げた先に、仲間を一人待機させて安全な脱出ルートに誘導したのさ)

 今杏利が走ったのは、ヴィガルダが逃げた方向とは真逆の方向。念には念を入れて、囮を使った。ヴィガルダが杏利に捕まる事は、絶対にない。

(金庫強奪から儀式を終えるまでの流れは、全て仲間に任せてある。あとは時を待って、アジトに帰るだけだ。それまでは、僕がこのバカ女の足止めをする)

 あとは杏利に計画を悟られないよう、時間を稼ぐだけだ。

 正人のズボンの右ポケットには、ヴィガルダからもらった超小型の通信機がある。この通信機は特殊で、着信を受けた際、音も振動もなく、持ち主の意識に働きかけて知らせる。誰にも知られる事なく連絡する事に特化して作ってあるのだ。

 そして仲間には、儀式の準備が終わった以外の内容では絶対に連絡しないように言ってある。つまりこの通信機に連絡が来た時は、準備が終わった時なのだ。

(その時が来たら、適当な理由を言ってアジトに帰ればいい。それまで引っ掻き回してやるよ、バカ勇者!)

 心の中で舌を出しながら、責任を感じている顔を装って、正人は杏利に近付く。

「過激派が錬成の杯に手を出したって事は、魂のメダルもヤバいんじゃないかな?」

「!! しまった!!」

 錬成の杯はサタンルードの発動に必要な最重要アイテムの一つ。厳重に封印されていたそれを手に入れようと動き出したという事は、魂のメダルも手に入れようとするはずだ。杏利は急いで、町長の家に向かって駆け出す。

(魂のメダルと錬成の杯の強奪作戦は同時進行だ。今さら急いだって、もう終わった後なんだよ!! バーカ!!)

 心の中で杏利を嘲笑しながら、顔だけは焦っているふりをして、正人は杏利を追いかけた。



 町長宅に飛び込んだ杏利は、頭から血を流して倒れている町長を発見した。

「町長さん!!」

「町長!!」

 杏利と人化したエニマが駆け寄り、町長を助け起こす。

(くくく! あいつらは上手くやったようだな!)

「あ、ああ……!!」

 正人は計画が成功したのを心の中で喜びながら、立ち尽くして狼狽えるふりをした。

「斉賀!! 狼狽えてる場合じゃないわ!! お医者さん呼んできて!!」

「わ、わかった!!」

 正人は医者を呼びに行く。その間に、杏利は回復魔法を使って応急処置をした。

「ゆ、勇者様……」

「よかった……もう大丈夫よ!」

「わ、私の事はいい……地下を……地下の、魂のメダルを……!!」

 いわれた通り、杏利とエニマは地下室の確認に行く。

「金庫ごと持ち出されてる……!!」

 しかし正人の予想通り、魂のメダルはなかった。後で開けるつもりでいたのか、金庫ごと持ち去られていたのである。

「ごめんなさい……魂のメダルは……」

「……そうでしたか……しかし、まだ錬成の杯が!!」

「言いにくいんじゃが、錬成の杯も奪われたんじゃ」

「なんと!!」

「町長さん。禁断魔法の復活は、あたし達が必ず止めます。ここで何があったのか教えて下さい」

 サタンルードの使用を阻止する為にも、情報が欲しい。杏利は町長から、何があったのかを聞く事にした。

「急に過激派の者達が押し入ってきたのです。禁断魔法の復活をやめるよう説得したのですが、聞く耳持たずで……」

 過激派集団は町長の説得を全く聞き入れず、それならと強引に止めようとしたが、頭を背後から殴られ気絶した。

「町長!!」

 少しすると、正人が医者を連れて到着した。

「町長はあたしが魔法で治療しました」

「そうですか。ですが、一応大事を取った方がいい。お連れします」

 町長は回復させたが、後遺症が残っていないか検査する為、町長は医者が診療所に連れていく事になった。

「ごめんなさい。僕に力があれば……」

「いつも言っておるだろうマサト。多少の問題があろうと、お前のせいではない。気に病む事はないと」

 謝る正人を慰め、町長は診療所に行った。

「くそ……僕が強ければ……僕に力があれば、こんな事には……!!」

「お前、さっきも力がどうとか言っておったな。町長の話からすると、いつもそんな事を言っておるのか?」

「……ああ。僕は弱いからさ……」

 エニマは少し気になったので、正人に尋ねた。どうやら正人は、自分に力がない事を気にしているようだ。

「そこまで気にしなくていいわ。人には、向き不向きがあるもの。それより、早く禁断魔法の復活を阻止しないと。連中はたぶん、今は自分達のアジトで復活の準備をしてるはずよ。斉賀は過激派のアジトがどこにあるか知らない?」

「……わからない。でも、聞き込みすれば、それっぽい連中がどこかに出入りしていたとか、そういう事はわかるかもしれない」

「じゃあ行きましょう!」

 杏利達は過激派のアジトを見つけて乗り込む為、聞き込みを始めた。

「まずはポーム婆さんの家に行こう! あの人は物知りなんだ!」

 正人は物知りな知人の家を案内し、事情を説明する。

「そんな事があったの!?」

「うん。僕に力があれば、町長を助けられたかもしれないのに……!!」

「落ち着いて。それで、過激派のアジトだったわね? でもあいつら、なかなか尻尾を掴ませないのよ……とりあえず、町外れに行ってみたら? あの辺りは人が少ないから、もしかしたらアジトに使ってるかもしれないわ」

「ありがとう!」

 正人は知人に礼を言い、杏利達は町外れに向かった。



「見つからなかったわね……」

「うむ……」

 町外れにアジトはなく、その後日が暮れるまであちこち聞き込みをして、それらしき場所に行ってみたが、過激派のアジトは見つからなかった。

(ま、当然だけどね。お前が聞き込みした相手は、全員過激派なんだからさ)

 しかし、正人の策に抜かりはない。彼は常日頃から、自分達のアジトを探ろうとする者に備えて、撹乱するよう過激派の仲間を待機させているのだ。

 今日訪ねて回った相手は、全員過激派に所属している。一般人を装った過激派から、偽の情報を吐き出させてたらい回しにし、諦めさせるのが目的だ。

「今日はもう遅い。これ以上探しても、かえって過激派に漬け込む隙を与えるだけだ。明日また探そう」

「……そうね。町中だけど、過激派だから何をしてくるかわからないわ」

 正人の忠告に、杏利は素直に従う事にした。

 過激派は、過激な事をしてくるから、過激派なのである。もしかしたら正常な人間には思い付かないような、恐ろしいトラップを仕掛けているかもしれない。夜間の行動は危険だ。

「あんた一人で大丈夫なの? ご家族の方は?」

 別れたら狙われる気がして、杏利は訊いた。転生したとはいえ、彼を生んだ両親はいるはずだ。

「いるよ。僕の家に」

(過激派だけどな)

 しかし心配は無用。正人は過激派の人間であり、一家も揃って全員が過激派である。

 こうして見てみると、過激派がずいぶん多いと思うだろうが、実は町人の半数近くが過激派に属しているので、かなりの大人数の団体なのだ。町長を初めとする穏健派は、これを知らない。

「じゃあ気を付けて」

「そっちもね」

「じゃあの」

 正人は杏利達と別れ、物陰に隠れる。隠れてから、ポケットの通信機を見た。

 連絡が来たのだ。杏利と話をしている、その途中で。時間帯としても、ちょうどいいタイミングだった。

「こちら正人」

「ヴィガルダだ。準備が完了した」

 通信してきたのは、ヴィガルダだった。錬成の杯と魂のメダルを強奪した後も、護衛の為についているのである。

 準備が完了した。ヴィガルダは今確かに、そう言った。正人ははやる気持ちを抑えながら、連絡に応える。

「了解。こちらは勇者を振り切ったところだ。直ちに帰還する」

 これで後は、家に帰るだけだ。自分が過激派の人間であるという事は、サタンルードを発動し終わる瞬間まで隠さなければならない。正人は普通の人間を装って、家路に着いた。



 正人は自分の家に入り、ドアを閉めた。玄関では、彼の両親が待っていた。

「……あははははは!! 見つかるわけがない!! この家の地下室こそが、過激派のアジトなんだから!!」

 正人は邪悪に笑いながら、後ろを横目に見る。すぐそばに過激派の人間がいるというのに、その人間の自宅こそが過激派のアジトだというのに、何も知らず右往左往している杏利の姿を見るのは、いつ我慢の限界が来るだろうかと不安になるほど笑いたかった。

「いや~、傑作だったね。ここまで笑えたのは、本当にひさしぶりだ」

「正人。本当にいいのか?」

 正人の父が不安げに尋ねてくる。

「あ?」

 その途端に、正人が一気に不機嫌になった。

「本当にいいのか、だと!?」

 怒りに任せて、父の胸ぐらを掴む。

「黙れよ根性ナシが。そんな弱気な事で、よく過激派に入る気になったな!?」

「やめてマサト!! 私達はあなたが過激派に入るって言ったから、それを心配して一緒に過激派に入ったのよ!?」

「……そうだったな」

 母に言われて、正人は手を放した。

「誰かの意見に賛同し、従う事でしか生きられない。お前らは弱い生き物だ。僕は弱いやつが大嫌いだ!!」

 ここで両親の相手をしていても無駄であるとわかっているので、まるで仇のように暴言を吐き捨てた正人は、早々に地下室に行こうとする。

「マサト!!」

 だが、父に声をかけられて、正人は足を止めた。

「お前にとって、私達は受け入れられない存在かもしれない。だが、私達はお前を、息子として愛している。それだけは、忘れないでくれ」

「……今から儀式を始める。家には誰も入れるな」

 家族の言葉も届かず、正人は儀式の邪魔を家に入れないよう命じただけだった。



(あんなやつら、親だなんて思ってない。親なんか必要ない。僕が欲しいのは誰にも頼らず、全てを見下す力、チートだけだ)

 地下室の階段を下り、儀式が行われる部屋へと歩いていく正人。両脇には過激派の人間達がずらりと並んでおり、正人が通りすぎるのに合わせて頭を下げる。まるで王様相手のような対応だ。

(こいつらもだ。何が過激派だよ。自分で禁断魔法を使う勇気もない、腰抜けの集まりだろうが)

 彼らは過激派の人間。しかし、自分で禁断魔法を使おうとする者は、誰一人としていなかった。正人が来るまでは、誰が使うかを決めるので長らく揉めており、禁断魔法復活が全く進んでいなかった。

 しかし正人が使うと名乗りを上げると、一気に計画が加速した。禁断魔法の使い手を決める事も、大きな課題であった事がよく伺い知れる。その為、ここにいる者達は正人に全く頭が上がらず、気が付くと正人は過激派のリーダーになっていたのだ。

(まぁそんな腰抜けの集まりでも、復活の役には立つ。禁断魔法の封印は一人では解けないし、準備さえ一人では時間が掛かりすぎるからな)

 だが禁断魔法の使い手が決まると、錬成の杯の強奪にぶつかるまでは早かった。やはり、数の力は偉大である。

 部屋の一番奥に、錬成の杯がある。そしてその前に、ヴィガルダが立っていた。ヴィガルダは無言で、魂のメダルを正人に渡して下がる

 メダルを受け取った正人は、ニヤリと笑って一同に命じた。


「これより、禁断魔法サタンルード復活の儀式を執り行う!!」


 正人がそう言った瞬間、過激派のメンバーが一斉に正人の周囲に集まり、正人と一緒に呪文を唱え始めた。それに合わせて、錬成の杯の両脇の台にメンバーが上がり、交代しながら次々に液体や魔石などを投入していく。

 錬成の杯の発動には魔力と呪文が必要であり、メンバー達は魔力を注入し、魔力を持たない者は呪文を唱えているのだ。

(そろそろだな)

 錬成を始めて数分後、杯の中で爆発が起き、白い煙が上がった。それを合図に、呪文の詠唱と魔力の注入が止まる。

 誰もが沈黙を守る中、正人一人が動いた。台を上がり、杯の中を覗き込むと、先程大量に投入された材料は全てなくなっており、代わりに黒く光る小さな宝石が一つ、転がっていた。

「強欲の結晶だ!」

 正人は呟き、強欲の結晶と呼んだその宝石を拾うと、魂のメダルに重ねる。すると、強欲の結晶は魂のメダルに融合し、メダルは深い紫のオーラを纏う、真っ黒に変色した。

「これで全ての準備は終わった。このメダルを首から提げれば、僕は魔王になる。新たなる救世主の誕生だ!!」

 今、禁断魔法サタンルードは復活した。後はこのメダルを首から提げ、サタンルードの名を唱えるだけだ。夢見た瞬間が訪れ、正人は今この瞬間の喜びを噛み締めるように、ゆっくりとメダルを自分の首に近付けていく。


「そこまでよ!!」


 その時だった。過激派の集団の輪を飛び越え、エニマを持った杏利が現れたのだ。

「い、一之瀬!?」

「やっぱりあんたが、過激派のリーダーだったのね」

 どうやら杏利は、正人が過激派のリーダーだった事に、気付いていたようだ。正人と別れた後、杏利は別れたふりをして、正人を尾行し、このアジトを突き止めたのである。

「……いつから気付いていた?」

 正人は驚いたが、既にサタンルードは復活した後だ。すぐに平静を取り戻し、杏利に尋ねる。

「少し前からよ。あたしはエニマと、テレパシーで会話出来る。それを利用して、あんたに気付かれないように聞き出したの。禁断魔法サタンルードの本質を」



 今から数時間前。

(エニマ。話したくないかもしれないけど、あたしにサタンルードがどんな魔法なのか教えて)

 杏利はまだ知らなかったサタンルードの効果を、テレパシーを使ってエニマに訊いた。エニマは話したくなかったが、緊急事態なので話す事にした。

(ものすごく大雑把に説明するとな、サタンルードは能力強化魔法の、超強化版なのじゃ)

(能力強化魔法の超強化版?)

 通常の能力強化魔法による身体能力や感覚の強化は、あくまで一時的なものだ。効果の永続はせず、せいぜい重ね掛けする事で、有効時間を延長させられる程度である。

 しかしサタンルードは、生物が持つ進化能力に干渉し、さらに効果を永続させる事で、その生物を永遠に進化させ続け、強化し続ける魔法なのである。

 だが何億年という長大な時間をかけて行われる進化を短時間で終わらせるのは、肉体に大きな負担がかかる。そして人間の精神では、常に強く進化しようと思い続ける事が出来ない。

 だから人間の精神を消失させ、さらに凶悪な精神を植え付ける。それが、魂のメダルの役割だ。魂のメダルと融合した強欲の結晶は、進化能力に干渉する以外にも、その名の通り強い進化を求め続ける、強欲で凶悪な精神を植え付ける役割を持っている。


 人の心を持たず、また生命の在り方を冒涜するその存在は、もはや人間ではない。


 まさしく、魔王。


 毒を以て毒を制す。目には目を、歯には歯を、魔王には魔王を。新たな魔王を作り出し、今いる魔王とぶつけて相討ちさせる。それがサタンルードの本質であり、禁断魔法と呼ばれたゆえんなのだ。


(しかし、この魔法の発動にはリスクが大きすぎる。何しろ相手の魔王と、必ず相討ちさせねばならんのじゃからな)

 サタンルードが発動すれば、使い手は進化を続け、必ず相手を上回る存在になる。

 それでは駄目なのだ。

 負ければもちろん意味はないし、勝てばサタンルードの使い手が、新たなリベラルタルの脅威になる。必ず相討ちに持ち込まねばならない。

 その進化のさじ加減が難しく、一歩間違えればこの世界が滅ぶ。だからこそ、サタンルードの発動は、本当にどうしようもなくなった時だけの、最終手段なのだ。

(それでどうじゃ。何かわかったか?)

(……ええ。斉賀は過激派のメンバーよ。それも、たぶんリーダー)

(……何じゃと!?)

 エニマは耳を疑った。それはそうだ。証拠がない。

 しかし、杏利は正人が普通とは違う人間だと思っていた。理由は、正人が事あるごとに、自分に力があれば、と言っていた事。力に対する執着と執念が、異常なのだ。そしてサタンルードは、唱えた者に力を与える魔法。

(でも確証がない。だから確かめないと……)



 そして杏利が感じた嫌な予感は、的中した。

「どうして? あんた、この世界が好きだって言ってたじゃない!」

 あの言葉が嘘だとは、どうしても思えなかった。それなのに、いくら力が欲しいとはいえ、どうして使えば世界が滅ぶかもしれないような魔法を求めるのか。

 正人は早くサタンルードを唱えたかったが、これが最後になるので、自分の心中を語る事にした。

「この世界を愛していると言ったのは本当だ。異世界に転生し、しかも前世の記憶は持ったまま。だが、あと一つ足りないものがあった」

「足りないもの?」

 奇跡が連続で続いたというのに、まだ何か求めるものがあったという事に杏利は驚いた。そして、正人が何を求めているのかわからなかった。杏利に対し、正人は声を大にして言う。

「異世界転生といったらチートだろうが!! 誰も追い付けない最強の力だろうが!! それなのに何だ!! せっかく異世界に転生したのに、僕の能力は平均じゃないか!! これじゃあ転生前と何も変わらない!!」

 杏利は悟った。正人は、異世界で生きたかったのではない。物語の主人公のように、異世界で無双がしたかったのだと。

「……意味わかんない。何で力なんか欲しがるのよ? それも、大切な世界を滅ぼすかもしれない力なんて。そんなの間違ってるわ!」

「間違ってなんているもんか!! 僕はこの世界を愛しているけど、同時に憎んでもいる!! 僕は主役だ!! 主人公だ!! この力、必ず制御してみせる!! 駄目だったとしても、チートな力をくれないこんな世界、滅べばいい!! せめて魔王になった僕が滅ぼしてやろうっていうんだよ!!」

「何なのよそれ!? あんたは絶対間違ってる!!」

「貴様が否定するのか? この者の想いを、貴様が」

 杏利が正人の考えを否定すると、ヴィガルダが割り込んできた。

「ヴィガルダ……あんたが背後にいるとは思わなかったわ。一体どういうつもり!?」

「興味があっただけだ。それに俺は、何もしていない。禁断魔法の復活は、全てその男の意思だ」

 今回の件に関して、別にヴィガルダは正人をそそのかしてなどいない。ただ少し協力しただけで、後は全て正人を含む過激派がやった事だ。

「どのような意思があろうと、力を求めるなら同じだと思うがな。現に貴様が俺に殺されかかった時、力を求めただろう」

「……確かにあたしは力を求めたわ。でもそれは、この世界が憎くてじゃない。あたしが、エニマの光になりたいって思ったから」

 エニマの光になりたい。だから杏利は力を求め、心想を目覚めさせた。

「そしてエニマが、この世界を平和にして欲しいって思ってるなら、あたしはイノーザを倒して、この世界を平和にする。それがエニマの光として、あたしが出来る事だと思うから!」

「杏利……!!」

 杏利はもう、完全にエニマの光だ。今が戦闘中でさえなければ、杏利に抱きつきたいと、エニマは思っていた。

「だからみんな、もう少し待って! イノーザは必ず、あたしが倒す! 禁断魔法なんて使う必要ないわ!」

 その言葉に、過激派達が黙る

 しかし、正人は黙らなかった。

「平和だとか、そんな事はどうでもいいんだよ!! 僕は僕が満足する生活だけが欲しい!! だから僕はチートを手にして、魔王になる!!」

 正人は自身の欲望を優先し、メダルを首にかけた。

「駄目!!」

 杏利はそれを阻止しようとするが、ヴィガルダに阻まれる。

「どきなさいヴィガルダ!!」

「貴様の大義も志も、全て理解した。だがその上で俺は貴様を阻む! 俺はロイヤルサーバンツのヴィガルダだ!!」

「くっ……斉賀!! 駄目よ!! 目を覚まして!!」

 杏利は必死で呼び掛けるが、もう無駄だ。もう止まらない。メダルを提げた瞬間に、斉賀正人としての心は消えた。今あるのは、力を求める凶悪な、魔王の精神。


「サタンルード」


 正人は力を求めるまま、禁断魔法の名を唱え、魂のメダルが一際強く、黒く光った。

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