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レジェンドガール  作者: 井村六郎
終章 伝説になれ
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第七十六話 パルトーネの影

前回までのあらすじ



もうすぐ最終決戦につき、全員準備中。

 数日かけて走り続け、杏利とエニマはパルトーネにたどり着いた。

(ここがパルトーネ……禁断魔法が封印されている町……)

 のどかで美しい町だ。とても、禁断魔法などという物騒なものが封印されているようには見えない。

「まずは情報を集めなきゃ」

 ここに来たのは、禁断魔法サタンルードの封印が解かれていないかどうか、確認する為だ。

「情報屋に聞いてもいいけど、もっと確実なところに聞きに行きたいわね……」

「それなら、町長の家じゃな」

 この町の町長の家なら、サタンルードの伝承についても遺されているはずだ。杏利とエニマは、早速町長の家に向かった。



 村長の家に着いた杏利とエニマは、自分達の素性を話し、禁断魔法についての話を聞いた。

「勇者様自ら査察に来て頂けるとは、光栄の極みです。禁断魔法についてですが……」

 村長は一度言葉を切り、周囲の様子を伺った後、声を潜めて続けた。

「……実は、意見が割れているのです」

「やはりか……!!」

 エニマは顔をしかめた。予想通り、禁断魔法サタンルードを使おうという声が、町民達から上がっているのだ。

「私としても、何度も皆の衆を説得しました。あれを使うのは、いくらなんでも早すぎると」

「やっぱり、使っちゃいけないって認識はあるんですね」

「当然です! あれは禁忌の呪法……外法中の外法です! 使わずに済むなら、それが一番なのですから……」

 杏利が指摘すると、町長は声を荒らげた。詳細は不明だが、どれだけ恐ろしい魔法なのかはよくわかる。

「あの魔法の効果、口にするのもおぞましい。だというのに、どうやら私の知らないところで、禁断魔法の復活を目論んでいる者がいるようです」

 禁断魔法サタンルードは、これまで杏利達が使ってきた魔法のように、イメージだけでは使えない。使う為には、呪文や人員、特殊な道具や薬などが必要になる。

「ですがご安心を。私の家にある魂のメダルと、教会に安置されている錬成の杯がなければ、サタンルードの発動は不可能です」

 しかし、サタンルード使用の為に最も必要な二つのアイテムは、それぞれ厳重に保管してあるそうだ。

「……念の為、その魂のメダルっていうのを、見せてもらっていいですか?」

 烈心の時のように、すり替えられている可能性もある。そう思った杏利は、魂のメダルが無事かどうかを確認させるよう頼む。

「勇者様のお願いでしたら」

 町長は了承し、二人を家の地下に案内した。

「魂のメダルは、この中に入っています」

 次に町長は、ダイヤル式の金庫を見せる。金庫を開ける番号は町長しか知らず、二週間ごとに番号を変えるように心がけているらしい。

 町長が金庫を開けると、中にはいくつもの文字が刻まれている、黄金のメダルが入っていた。チェーンが付いており、首から提げられるようになっている。

「これが魂のメダル……なんだかこれ、不思議な魅力を感じますね……」

 メダルを見た杏利の感想だ。いや、実際にそうとしか言えない。

 デザインとしては、オリンピックの金メダルを禍々しくした感じ。それだけなのだが、見ているとだんだん、少しずつだが、このメダルが欲しくなってくる。そんな不思議な魅力を、このメダルは放っていた。

「見ているだけなら問題はありませんが、決して身に付けてはいけません。もしこのメダルを首から提げでもしたら、その者は人としての心を失います」

「……心を失う!?」

「これはその為に作られたものなのです」

 魂のメダルは、他者を魅了する魔法効果を持つ金属、魔の黄金を加工して作ったものである。魔の黄金はその危険性から、見つけ次第即処分するよう、法律で決められている為、今となってはほとんど手に入らない。

 しかし、その法律のただ一つの例外として、魂のメダルの保管が認められている。これは万が一の事態が起きた時、サタンルードを発動出来るようにする為だ。

 話が脱線したが、サタンルード発動の為には、人としての心を捨てなければならないらしい。あまりにも物騒すぎる内情に、杏利は顔をしかめた。

「いずれにせよ、ここに隠しておけば安全です。もう閉めますよ? 見ているだけなら大丈夫とはいえ、精神衛生上あまりいいものではありませんから」

 そう言うと、町長は金属を閉めて、また鍵をかけた。それに対して、杏利は一切の行動を起こさない。町長の選択が、正しいと思っていたからだ。これ以上メダルを見ていたら、自分でも気が付かない内に、手を出してしまいそうだった。



 一階に戻ってきてから、杏利は尋ねた。

「魂のメダルの事はわかりました。ところで、もう一つの……錬成の杯でしたっけ? それもやっぱり危険な代物なんですか?」

「錬成の杯はそれ単体では危険ではありません。むしろ、使い方によっては私達の役に立ちます」

 錬成の杯はその名の通り、錬金術を応用して作られた杯だ。この中に複数の物質を入れると、それらを融合させ、新しい物質を錬成出来るのである。サタンルード発動に必要になるのは、この錬成後の物質だ。

「なるほど、それなら確かに危険はなさそうですね」

「念の為そちらも確かめておこうかの」

 杏利とエニマは、念には念を入れて、錬成の杯を確かめる為に町長の家を後にした。



「……」

 パルトーネの教会は、ライズン教団の教会である。なので、もしかしたらロージット達がいるかもしれないと思ったが、いなかった。

(だよね)

 そんなにしょっちゅうしょっちゅう遭遇するはずがない。いれば心強かったのだが、二人だけで確認する事も必要だ。

 錬成の杯は、教壇の後ろにでかでかと飾ってあった。いや比喩ではなく、本当に大きな杯だ。コップくらいの大きさを想像していたが、杏利と同じくらいの大きさである。これだけ大きな杯なら、人目を盗んで持ち出すというのはかなり難しい。

「ん?」

「どうしたんじゃ?」

「……あれ」

 杏利は何かに気付き、指差す。エニマがその方向を見てみると、そこには一人の男性がいた。

 見たところ、杏利とそこまで歳が離れていない。そんな男性が、杏利とエニマ以外、誰もいない教会の中で、錬成の杯をまっすぐに見ていた。

 杏利が近付くと、男性は錬成の杯を見たまま話す。

「錬成の杯。禁断魔法サタンルードを発動させる為に、一番必要なものの一つ。ここからじゃよくわからないが、あの杯の周りだけ結界が張ってあるんだ。許可が出た者以外、誰も触れられないように」

 男性の話によると、錬成の杯の周辺には、透明な結界が張られており、町長、もしくは教会の神父が許した者でなければ入れないという。

「そうなんだ……詳しいわね。この町の人?」

「ああ。僕は斉賀正人」

「あたしは一之瀬杏利よ」

「エニマじゃ」

「……ん?」

 あまりに平然と名乗ったので、気付くのが遅れた。斉賀正人と名乗ったこの男性、名前が日本語読みだ。

「日本人!?」

「ああ。君の事は知ってるよ。日本から呼び出された勇者なんだろ?」

「……あなたも召喚されたの?」

「いや。僕の場合は……信じられないかもしれないけど、一度死んで生まれ変わったんだ。この世界の人間としてね」

 正人の話によると、彼は召喚されたのではなく、転生したのだという。前世の記憶がはっきりとあり、自分がどういう人間か、よく覚えているらしい。

「まぁこんな事言っても、信じてくれた人なんていないんだけど」

「あたしは信じるわよ。召喚があったんだから、転生もあるって」

 そもそも異世界などという非常識な存在がある。その非常識な世界で、非常識な事態に曝され続けたせいで杏利の感覚は麻痺し、何が起きても受け入れられるようになっていたのだ。

「元の世界に帰りたい? なんならあたしがイノーザを倒した後で、エニマに頼んで一緒に帰してあげるけど」

 さすがに今すぐ帰るわけにはいかない。正人には悪いが、今はイノーザの討伐が最優先だ。

「いや、いい。僕はこの世界にいたい」

 しかし意外や意外。なんと正人は、元の世界に帰りたくないと言った。

 慣れれば住みやすい世界だし、人の好みや感性はそれぞれなので特に言及するつもりは杏利にはなかった。

 ただ、変わっているとは思った。もし杏利がイノーザ討伐という使命もなく、彼と同じように転生という形でこの世界に放り込まれ、目の前に元の世界に帰れる手段が現れたら、間違いなく飛び付いているのだが。

「何でこの世界にいたいのか理由は特に聞かないけど、本当にいいの? これを逃したら、もう二度と元の世界に帰れないかもしれないわよ?」

 別に脅しているわけではない。ただ、何が起きるかわからないから言っている。

「ああ。実は僕、昔から異世界に憧れててさ……」

「……そういう事」

 理由はわかった。要するに、ここは彼がずっと求めていた場所なのだ。そんな所から、無理に戻りたいとは思わないわけである。

「お前何でこんなところにおるんじゃ? もしやライズン教団の信者か?」

 エニマの質問に、そういえば、と杏利は思った。正人は一体、なぜここにいるのだろうか。見た感じ、神に祈りを捧げていた、というわけではなさそうだ。

「違うよ。神っているんだな、とか、転生なんてあるんだな、とか、いろいろ生き死にの事で考え事してただけだ」

 それは確かに、思うかもしれない。前世の記憶を持ったまま生まれ変わるなんて、滅多にない事だろうから。というか杏利はそんな人間を、この正人以外に知らない。

「考えるのは勝手じゃが、それは他の場所でした方がいいぞ? 禁断魔法についていろいろ知っているなら、密かにそれを使おうとしておる連中についても、知っておるはずじゃ」

 その通り。錬成の杯は、禁断魔法を発動する為の鍵の一つ。それを狙っている者達がいるのなら、ここに一人でいるのは危険というものだろう。

「あたし達はもう何日かここに留まって、そいつらを何とかするわ」

「それまで外出は控える事じゃ」

 どうにも、過激派集団はいつまで経っても現れそうにない。なら、他に回るだけだ。

「僕はもう少ししてから帰るよ。君達も気を付けて」

 正人はまだここに残るらしい。杏利はそれが少し気がかりだったが、エニマとともに教会から出ていった。



「……もう大丈夫だ。あいつらは行った」

 杏利達が教会を出て数秒後、正人は言った。

「まさか奴らがこの町に来るとはな」

 その直後、正人の目の前の空間が歪み、ヴィガルダが現れる。

「あんたが言ってた気になる二人って、あいつらの事?」

「うむ」

 ヴィガルダは以前からこの町の禁断魔法に目をつけていた。しかし、そこに杏利達が来るというのは完全な予想外だ。

(予想外だが、好都合だな)

「ふーん……まぁいいや。それより、本当に僕に協力してくれるの?」

 ヴィガルダが考えていると、正人が尋ねてきた。

「貴様こそ本当にいいのか? 一歩間違えば、貴様が愛した異世界を貴様自身が破壊する事になるのだぞ?」

 正人の問いに、逆に聞き返すヴィガルダ。

 実は、何を隠そう正人こそが、禁断魔法の封印解除を狙う過激派集団のリーダーだったのだ。そこにヴィガルダが接触し、正人に協力している。

「構わないよ。禁断魔法の力が俺のものになるなら、この世界がどうなったって構わない」

 正人はヴィガルダに、杏利達に言ったのとは真逆の答えを返した。

「……承知した。では俺は結界を破り、錬成の杯をこの教会から奪えばいいのだな?」

「ああ。その後は俺の仲間達が、金庫ごと魂のメダルを持ってくるから、金庫を壊してメダルを取り出してくれ」

 既にこの二つ以外のアイテムは集め終わっている。あとは錬成の杯と魂のメダルを奪うだけだ。

「儀式の準備が終わるまで、僕が勇者を足止めする。あの女、同郷の仲間がいて嬉しいのか、完全に僕の事を信用してるからね」

 正人が足止めに徹すれば、準備を邪魔される事も、ヴィガルダの存在を気付かれる事もない。完璧な作戦だ。

「……恐ろしい男だ。自分を魔王の手から救いに来た勇者を、それも同じ世界の人間だというのに、平然と罠に嵌めるのか」

「うるさいよヴィガルダ。そういう話はいいから、さっさとやってくれ」

 正人の今の顔つきは、あまりにも邪悪だった。杏利とエニマに見せた表情とは似てもにつかない、悪魔の顔だ。

「……承知した」

 そんな彼の言う事を聞き入れ、ヴィガルダはデュランダルを剣に変え、錬成の杯を守る結界へと斬りかかった。

「ぬぅんっ!!」

 頑丈な結界だ。並みの戦士や魔法使いには、絶対に破れない。だからこそ、正人の計画は行き詰まっていたのだ。

 しかし、ロイヤルサーバンツ最強であるヴィガルダからすれば、この程度の結界は物の数ではない。

 ヴィガルダは結界を破壊した。この瞬間、正人の計画は再び動き出したのだ。

「じゃあ裏口を派手にぶっ壊して、その杯を持って逃げてくれ。僕は過激派にやられて気絶した哀れな一般人を演じなきゃいけないからさ」

 そう言って正人は倒れ、目を閉じ、気絶したふりをした。ヴィガルダはその姿を一瞥し、言われた通り裏口を破壊して脱出する。裏口の周辺は正人の仲間の魔法使い達が、人払いの魔法を使って脱出ルートを確保している為、ヴィガルダの姿は誰にも見られる事はない。

(これで手に入る。これでやっと手に入るぞ!)

 気絶したふりをしながら、正人は心中邪悪に笑っていた。


(チートが!!)



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