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第62回 葬 送

紀朱王    パテリア国国王

芥子菜王妃  パテリア大国王妃

歴山太子   パテリア大国王子、嫡子

那破皇子   パテリア大国王子

蘭公主    パテリア大国王女


ガイウス   将軍 先鋒 旧政府反乱軍の南下を阻止

エレミアス  将軍 知将 ヘテロ戦で窮地を救う

ペラギウス  将軍 猛将 勇猛果敢な武将

ティモテウス 将軍 多数の敵将を倒した実績あり

ユリウス   副将 総指令の息子

アラヌス   将軍 最古参の将

カズパルス  将軍 元親衛隊

ヘンリクス  将軍 防御が強い軍

レオポルドゥス 将軍 重騎兵軍

スプリウス  将軍 勇猛な将

プロクロス  将軍 混成魔法軍

ヨハネス   将軍 軽騎兵

ドルスス   将軍 猛将

ゲラシウス  将軍 混成魔法軍

ヴィクトル  将軍 純粋魔法軍


トラボー   反乱軍首魁 舜皇子

マレボレ   トラボーの養父

ハレエレシス 反乱軍参謀、ブルマの乱首謀者

フィデス   トラボー配下魔法使い

ファルコ   トラボー配下武将

アミコス   反乱軍参謀、竪琴の使い手、元魔法省官吏

ファクルタス 反乱軍魔法使い、ブルマの乱生存者

アルゴン   反乱軍武将

オティス反乱軍武将

ホルディウム 反乱軍財務


ミケーネ   アルマロスのミケーネ 


シャヘル   冥界の王 十人の妖魔の主


ウーマー   妖魔一位(抽腸獄 月光のウーマー) 宰相の配下

コスタ    妖魔二位(穿肋獄 ミトラのコスタ) 死者を蘇らせる

ハスタ    妖魔三位(針山獄 一角獣のハスタ) ホーネスの仇 

ラング    妖魔五位(抜舌獄 漁色のラング)  大蛇に乗る

ベネノ    妖魔六位(毒蛇獄 美粧蓮歩のベネノ)女性、二匹の獣を連れる

カーサー   妖魔七位(鋸解獄 紅蓮刀のカーサー)巨象に乗る

グラッシス  妖魔九位(寒氷獄 黒海馬のグラッシス)怪鳥に乗る

 宰相デスペロは古都よりヴィクトル将軍の陣へ帰りつくと、政府軍の被害状況を調査しました。政府軍は大きく被害を出したものの、戦闘継続可能な戦力を保有しており、諸将は、復讐戦に燃えていました。

 しかし、それを指揮するはずの総司令コンジュレッティオは本軍消滅の為亡く、また中軍のアラヌス将軍、カスパルス将軍、ヘンリクス将軍も戦死していました。政府軍は強大な戦力を持つ、まとまりの無い集団と化していました。総司令が不慮の事故に遭った際、代わり全軍の指揮を執るべきはずの古参のアラヌス将軍も同時に戦死し、皆が納得する頭に立つべき人材を失っていたのでした。そのため、デスペロは宰相という権限をもって、なんとか軍勢を統御していたのでした。

 大きな大黒柱を失った政府精鋭軍は、名門の出身であるレオポルドゥス将軍と、電撃で名高いヨハネス将軍で、次期総司令の地位を狙い始め、早くも権力闘争が始まっていました。

互いが相手の下には立ちたくないという、プライドからか、話し合いで収まるものではありませんでした。下手をすれば政府軍は真っ二つに分裂し、同士討ちを始めかねないのでした。彼らが総司令の復讐戦を高々に叫ぶのは、総司令の仇を返す意味もありましたが、その戦いを通じて、総司令にふさわしいのは誰であるか、しらしめす狙いがあったのです。

 そこで、宰相デスペロは、諸将を集め、北伐中止を宣言し、直ちに王都への帰還命令を出したのでした。諸将は弔い合戦を要望しましたが、魔法攻撃により本軍が消滅した事実をもって、説得するとともに、南の反乱軍の攻勢が強まったことへの対応を急がれることを説明し、諸将を納得させたのでした。

 捕虜になっていた、ドルスス将軍が帰ってくると、宰相は撤退の具体的な指示を与えると、その足で王都に帰還し、紀朱王の説得を急いだのでした。


 古都反乱軍鎮圧のための政府軍四十万が敗退し、その報告は、王都フローレオにももたらされました。人々は驚き、パテリアに暗雲が立ちこめたのを実感したのでした。

特に人々の注目を浴びたのが、本軍が魔法で壊滅したことでした。一軍を壊滅させるほどの魔法の力に、人々は炎王の再来ではないかと、囁き始めたのでした。

 急ぎフローレオに帰還した宰相デスペロは、その足で王宮に向かうと、紀朱王への面会を求めたのでした。王は再び病気を再発し、寝室にありましたが、宰相を寝室に通したのでした。

「陛下。お体の方は大丈夫でしょうか?」

 宰相は寝室の隅で、王に呼びかけました。

「デスペロか。案ずるな。それより、もう少し近くに参れ。遠すぎる」

 紀朱王が手招きすると、宰相は寝台の近くに控え、王は身を起こしました。

「なにか報告があるのであろう」

「はい、我が軍は古都の賊軍と交戦し、敗北しました」

「既に聞き及んでいる。魔法により一撃を食らったようだな」

「炎王の魔法でした。我が軍の本陣は消滅し、総司令は亡くなりました」

「コンジュレッティオはどの様な最期だったのだ」

「一瞬の出来事でした。おそらく総司令は苦痛を味わう時もなかったことでしょう。私が賊に解放され、本軍跡地にまいってみますと、広範囲に原野が焼き尽くされていました。いや、そんなものでは有りませんでした。大地が高熱で溶かされ、熱くて近寄れませんでした。大地に突き出ていた岩などは飴のように、流れていたのです。恐るべき火炎の魔法です」

「お前の申した通り、ワルコは早めに始末して方が良かったようだな。しかし、反乱軍をこのまま放置しておく訳にはいかぬ。威信に賭けて、討伐しなくてはならない」

「陛下、それはおやめ下さい。そのために私は参ったのです」

 あわててデスペロは王を諫めました。

「私は、右腕を失ったのだぞ。何故止める!」

 紀朱王は、病人とは思えないほどの声をあげました。

「陛下、残念ながら。ワルコは我々の能力を越えたのです。遅すぎたのです」

「そもそもが、この戦い、そちが望んだことなのだぞ」

 王の怒りは治まりませんでした。

「ご指摘の通りです。それが最善と思ったからでした。しかし、時は次の舞台へと移行していたのです。」

「お前は、ワルコの存在が世界を滅亡へと誘うと言っていたが、それは偽りであったのか」

「間違い御座いません。私はワルコ抹殺により、魔将の達の戦いを次の世代に、移そうとしました」

「では、失敗したままでは、不味いであろう。人の世界が滅ぶではないか」

「その通りです。しかし、かつて我が友、ダーナはこの問題に別の答えを用意したいたのです」

「ほう、その方法とは?」

 初めて聞く話に、王は興味を示しました。

「瓊筵戦争という魔王の戦いにおいて、ワルコに勝利させるといったものでした」

「魔王に味方するというのか?」

「はい」

 王は笑いました。

「仮にその魔王が勝利して、我々の身の保証はあるのか」

「ワルコにはメディカス老師が後見としておられました。私も説得された次第で」

「老師が、まさか反乱軍に!」

 王は大きく驚きました。

「ダーナは老師の徳をもって、魔王を正しい道に導こうとしたようです」

「老師にはかつて国師として王都にお迎えするつもりであったが、断られた。まさか魔王の師となられておいでとは」

「陛下、我が軍が負けたままでは、他の叛徒どもに侮られることになりますが、世界を守るため、ここは矛を収めるほうが最善の手です。魔王には魔王が相手をするのです、我々が自らその戦いに割り込んでくる必要性はないのです」

「全てメディカス老師にお任せせよと」

 紀朱王は深く腕を組みました。

「しかしだな。ワルコは勝てるのか?」

「僅かな望みでありました聖剣が砕け散った今、なかなか難しいことであります」

「それでは不味いではないか、なら我々の生存のため、ワルコに助太刀しなくてはならぬだろう」

「それはむしろ邪魔になるでしょう。その答えはダーナは見つけ出したようです。何故聖剣は砕けたのか、ワルコが勝利するには如何にすべきか用意しているようです」

「ならば、我々は傍観者になるではないか」

「その通りでございます。我々は人です。魔物ではありません。まず人との戦いを目指さなくてはなりません」

「誰との戦いだ?」

「南方の反乱軍で御座います。この謀反人どもは、西の都メディスを落としました。古都のワルコは一つの都を占拠しているだけですが、南の反乱軍は支配域を拡大させています。その勢いは強まる一方で、西部との連絡がつかなくなりました」

「なんと、その報告は受けておらぬぞ」

「最新のものです。那破皇子が敵の裏をかき、ルースを襲いましたが、見破られ、逆にメディスを奪われました」

「あの馬鹿者が!」

 王は腕を布団に強く打ち降ろすと、苦虫を噛みました。

「陛下、あまりお怒りになりますと、体に障ります」

「那破は皇子にしては勇猛でるが、自身が知将であると錯覚しているふしがある。計略が正直過ぎるのだ。それで、罠にはめたのは誰だ?」

「おそらく、ブルマの乱の真の首謀者ハレエレシスです」

「あの乱の首謀者は死刑にしたはずだが」

「あの者等は単なる人形です。愚か故に自滅したのです。ハレエレシスは表で指揮を執ってのであったのなら、我々以前に王朝は滅んでいたことでしょう」

「何故その様な人物を、自由にしていたのだ?」

「用心深い男で、なかなしっぽを出さなかったのです。一時期彼の消息を見失っていた時期があります」

「前政権の宰相は、無実の罪をなすりつけると、無理矢理ハレエレシスを、カップトの鉱山発掘の強制労働に送ったのです。もちろん密かに事故で暗殺しようとしたのです。坑道は崩れ、ハレエレシスは生き埋めになったはずでしたが、政権が代わり我々の代になったある年、彼がソサで姿を目撃されたのです。どうやってあの坑道から脱出したのか今もって謎ですが、ブルマの乱から何年も経過し、脅威も無くなっていたので、我々は彼を監視するだけとし、自由にさせました」

「それは失敗したな」

「彼が何故、仇である前政権の皇子を助けるのか、理由が分からないのです」

「その通りだが、私はブルマの乱の謀反人を王命によって執行した一人である事実もあるが」

「陛下、ハレエレシスが奪ったメディスの防衛力を強化する前に、奪還する必要があります。我らが精鋭軍は総司令を失い、将軍同士の統制が壊れてしまいました。そこで太子に総司令として出陣して頂きたいのですが」

「歴山を使えと申すか?」

 王は眉を細めました。

「左様に御座います」

 宰相の目は真剣でした。

「太子は何を考えて居るか分からない。道楽者のようであり、なさそうであり。知恵高いと思いきや、予想外の愚かな行動をする。いまだ北の娘に熱をあげている様だ」

 放蕩息子に嘆く父親のような言葉でした。

「ハレエレシスは一癖もある知恵者ですぞ。だからこそ柔軟な思考をお持ちの太子が適任なのです」

 宰相の説得も空しく王は首を縦に振りませんでした。

「将軍の統制が執れないというのであれば、予、自らが指揮をしよう」

「そのお体では障ります」

 慌てて宰相は制しました。

「皇子等に王者の戦いというものを、見せてやりたいのだ。よいかこれは決定事項だ。直ちに軍勢をビダ街道、ヒパボラ河右岸に集結させよ」

「承知しました」

 宰相はデスペロは頭を垂れたのでした。


 デスペロの配下、ウーマーは暗い一室に籠もり、思索をしていました。彼の執務室は建物の奥、窓の無い、薄暗い部屋でした。彼の部屋は何故か冷気が漂い、夏でも涼しい摩訶不思議な部屋でした。何本かの蝋燭で照らされた部屋は殺風景で、時々鼠が徘徊するのでした。ウーマーは耳に意識を集中すると、王宮にいる王と宰相の会話を聞き取っていました。

 敗戦に激怒し、北の反乱軍に報復しようとする王をなだめ、その矛先を南の反乱軍に向けようとする宰相の必死のやりとりを、楽しんだ彼は、今度は臣下等に目を向けるました。北の反乱軍への制裁を断念した宰相への不満をつのらせる者等がいたり、逆に恐ろしい魔法を使いから解放されて安堵したり、上司が亡くなり悔しい思いの者、逆に出世への道が現れたと嬉しがっていたり、人の心は多様性に満ちていました。

 ウーマーは嬉しげに、薄く笑うと、机の上にある髑髏の頭を撫でたのでした。暫くすると、彼は何者かが空間を渡って、こちらにやって来ようとしているのに気がつきました。

その魔力は彼と同等、それ以上かも知れない挑戦的な気迫に満ちた物でした。彼は立ち上がると、謎の魔法使いの到着に身構えたのでした。その気配は妖魔のものでもなく、ワルコの魔将のものでもなく、全く未知のものでした。しかもこれだけの魔力を秘めながら、他の魔法使いに気配を感じさせないのです。その気配は宰相デスペロをもってしても、感じることは出来ないほど、並外れた技量をもつものでした。ウーマーの魔力は人を遙かに超えていたので、やっと感じることができたのでした。

 やがて陽炎のようにして、部屋の一角に現れたのは、少女でした。

「ごきげんよう、抽腸獄」

 彼女は軽く会釈すると、落ち着き払った様子で、近くの椅子に腰掛けました。ウーマーは自分の間近に、堂々とし、現れ出でたる少女に警戒心をつのらせていました。

「お前は誰だ?」

 ウーマーが問うと、少女は初めて状況が分かったようでした。

「残念ね、気配で分かると思ったのだけど。私よ。アルマロスのミケーネ」

 ウーマーはその言葉に、感じたことのある気配であることに、気がついたのでした。

「貴女、でしたか。道理で人のわざとは思えなかった。しかし何故その様な姿に変化しているのです」

「これは変化ではありません。転生です。私はワルコを追って、生まれ変わったのです」

「物好きですなあ」

「貴方こそ、妖魔でありながら、人のまねごとなどして、どうしたのです。人間を支配したくば、一人でも出来たはず?」

「千年前われらは敗北し、再び蘇った。私は敗北した理由は、奴らが人として生まれたからではないかと推測した。だから人の中で人間を観察している」

「あらまあ、ご苦労なこと。妖魔第一位の貴方が、こんなことをしていることこをみると、他の者はどこかで油を売って居るんのでしょうね」

「千年前、魔将等に負け、その後遺症からか、再生がはかどっていない。もっか仲間を探索中だ」

「深手を負ったのは、貴方達だけではありません。ワルコの将、天后星のミュージカは転生したものの前戦線の傷の為か、能力が発現しませんでした。唯一、魔法の音を操る能力は健在だったようです。私が彼女に気がついたとき、それは惨めなものでした。他の将も万全とはいかないはずです」

「なるほど、我々だけで無く、魔将連中も傷が治っていないか」

 ここでウーマーは魔法でグラスを取り出すと、緑の液体で満たすと、恭しくミケーネに差し出しました。そして自らも同様のグラスを片手に椅子に腰掛けたのでした。

「ところで、ミケーネ殿。貴方は我々の味方なのです?それともワルコの見方なのです?」

 かねてから疑問に思っていたことを、彼は率直に尋ねました。

「なるほど、それは両方の味方としか答えようが無いわ。しいて言うなら強者の味方かしら」

 ミケーネは意地悪く微笑みました。

「貴女は我らが主、冥王シャヘルを眠りから呼び起こすとともに、芙蓉姫に眠っていたワルコも目覚めさせた。これはどういう事ですかな。我らは無駄に苦労しなくてはならなくなった。全ては貴女より始まっているのですぞ」

「世界に君臨するため、両者は目覚める必要があったのです」

 ウーマーの不満を他所に、彼女は平然と答えました。

「私には気になることがある。我らは十名の妖魔であるように、丁度ワルコの魔将も十名だ。これはなにか理由があるのではないのか?」

「偶然でしょう」

「私にはそうは思えないが。なら、ワルコは魔王でありがら何故地上にあるのか」

「温かい方が好きなのでしょう」

 ミケーネは答えをはぐらかしているようでした。そこで彼は問いを変えました。

「アルマロスのゼノビオスとは何者です。この謎の人物が魔将を背後で手助けし、我らは痛手を被った」

「かの人物こそ、我らの敵。その志を挫かなくてはならない」

「それは、主シャヘルにとってですか?」

「冥王とワルコ両方にとってです」

 ウーマーはこれ以上尋ねても蒟蒻問答なので、それ以上の詮索をやめました。

「我らが仲間、序列二位、穿肋獄、ミトラのコスタの音信が途絶えました。なにかご存知ないか」

「彼ならば、ワルコの魔将、勾陳星のグノーによって滅んでいます」

「なんと、既に仲間を無くしていたのか」

 ウーマーは驚き口を開けました。

「偶然に両者は出会ったようです」

「勾陳星は食えぬ。奴は千年前、三人がかりでやっと葬ったほどのやつ。ミトラのコスタは油断したな」

「でも、今回はあなた方は優勢のはずです。聖剣は砕け、魔将は武具を持っていない」

「確かにその通りだが、主シャヘルはワルコへの本格的攻撃をお許しにならない。これは何故か」

 ウーマーから不満が漏れました。

「それは様々な理由があるのです。まず一つとして、ワルコには瓊筵戦争を自決にてリセットさせる権限をもつことが挙げられるわ」

「つまり、我々が勝利を確信しても、いつでも反故にされるということですか。まったく反則ですな」

「だからあなた方は、自決まえに、ワルコを消滅させなくてはならない」

「難問ですな」

「それについて、アルマロスのセノビオスは詰まらぬ画策を施したようです。つまりワルコを一部分割した」

「ワルコが二人いるということですかな?」

「その通り、一方はコピーに過ぎないけど、反故にする能力を持つ。つまり我々がワルコを消滅させても、瓊筵戦争の結果をひっくり返せるというわけね。私がワルコといた時、その者は偶然にも近づいてきた。私は奇妙な共振を目の当たりにして、ワルコが二人居るという事実に驚いたわ」

「ではその第二のワルコを始末するとしよう」

「急ぐ必要は無いわ。それは最期よ。それに彼女は聖剣の所有者になったので、ワルコは冥王に勝つ術を失ったのよ。それだけでも十分な状態よ」

「全く、貴女と言う方は味方なのか敵なのかさっぱりわかりませんなあ」

 ウーマーは悩ましい顔をしました。

「それより、真正政府を名告る南の反乱軍だけど。彼らの動きが気になるわ」

「ただの、人の群れに過ぎないではないですか。もし問題があるのであれば、仲間が単身乗り込み壊滅させるのみ」

「軍師をしているハレエレシスがなにか怪しい動きをしている」

「相手は人ですぞ。何を恐れましょうか」

「私は以前、彼の男の庵にて、ある肉片を見た。あれが気にかかるのよ」

「肉片?」

 ウーマーに思い当たるものはありませんでした。

「私が今回、ここに訪れたのは、冥王の治癒の具合を知りたくて来たのよ」

「そうでしたか。冥王の傷は深く、簡単には癒やせない状況ですが、そろそろ万全の状態になると予想されます。しかしミケーネ殿、直接冥界に行かれたらどうです?」

「そうしたいのも、やまやまなのだけども、転生して得たこの身がやたら重くて動きにくいのよ。ワルコはよくこの衣を着ていられるものよね」

「それはお気の毒に」

「いいわね。あの天井の星が集結する前に、瓊筵の決着を付けるのよ。時は無いのよ。それを冥王シャヘルに伝えてほしいの」

 そういうとミケーネは腰を上げ、背伸びをすると、空間を渡って消えてしまったのでした。

ミケーネは天井の星を、これほどまでに何故恐れるのか?ウーマーは騒がしい珍客の去った後で大きくため息をつきました。


 真正政府軍は計画通りメディスを支配し、その支配地は一気に膨らみました。ナティビタスの制圧に向かっていた政府軍主力がその矛先を自分たちに向けるのは必定で、彼らはメディスを落とすと、直ちに防衛陣地の構築に取りかかったのでした。ハレエレシスは海軍に命じ、背後のルースの防衛を強化させるとともに、フォルムの海軍の動向を探らせたのでした。そして自らは本拠地であるガミネティオに向かったのでした。

 ガミネティオに到着したハレエレシスは、秘密裏に任務を与えていた、アミコスを尋ねたのでした。ガミネティオの北、深い森の先、霧の深い谷間にアミコスはいました。

「久しぶりだね。下界はどうなっているね」

 奇妙な道具を背中に担いで、アミコスは出迎えてくれました。

「全く仙人気取りじゃな。とはいえ。こんな山の中ではそんな気分になるのも当然ではあるが」

 ハレエレシスは霧深い周囲を見渡しました。

「その仙人様は、下界の様子を知りたがっているのだが」

「そうだな。大きな動きがあった。北の反乱軍の討伐にむかった政府軍は敗退した」

「こりゃ、驚きだ。信じられない」

 アミコスは大げさな身振りをしました。

「正統政府と名乗る反乱軍は、魔法城に立てこもり、政府軍を寄せ付けなかったようだ」

「魔法城か、すごいなどんな仕組みになっているのだろう。我らの本拠地もそいつならよかったが」

 アミコスは技術的なものに、惹かれているようでした。

「次に、我々はついに、メディスを手に入れた」

「本当か、そいつはすごい。これで西部は手に入れたようなものだ」

「だが、政府軍の矛先が我々に向かってくるのは必定」

「嬉しくないな。直ぐに取り返されるのでないか?」

「我々は寄せ集めの軍隊だがからな。十分ありえる話だ」

「暢気なことだ」

「でなかったら。大博打はできぬよ」

 ハレエレシスは自信に満ちていました。

「ところで、巨人は完成したか?」

 話題が変わったので、アミコスは真顔になりました。

「九分九厘。最期の一体が完成間近だ」

 彼は、短く答えました。

「早速だが、見たい」

 アミコスは、ハレエレシスがメディスでなく、ここに急いで来た理由がこれであると思ったのでした。

 二人は霧深い森の奥へと進み、谷に入りました。谷は切り立った断崖が周囲を囲い、相変わらず霧が辺りを覆っていました。ハレエレシスが断崖に向かって行くと、二本の足たしきものが見え、その足を伝って見上げると、黒い影が天に昇っていました。しばらく、見上げていると、霧が少し晴れ、巨大な胴体が姿を現したのでした。

 ハレエレシスは口を開けて、その赤い巨人を見て、身震いしました。

「素晴らしい。これが眠らず、休まず、食わず、戦う戦士なのか」

「培養してみたら、この巨体になったのだが、流石に危険な臭いがしてきた。こいつの肉片は魔法博士ダーナが所有していたということだが、だから手を出さなかったのかもな」

「おそらく彼は、この巨人が危険な存在であることを感じたのだろう。だから私はデスペロに発見される前に、彼の部屋にから持ち出したのだ」

「如何するね、この怪物動かしたら最期、制御不能になると思うのだが。こいつで政府軍を蹴散らすかね」

 するとハレエレシスは首を横に振ったのでした。

「これは人の戦いの為には無い。妖魔との戦いに使われるのだ。私はゼノビオスという人物から巨人の作成を依頼されたのだ。かつてダーナはこの人物から肉片を授かったのだが、かれは否定した。危険性を感じたのも一つの理由だが、もう一つ国家的な予算が必要だったという理由があるのだろう。そこで私に白羽の矢が当たったというわけだ」

「ゼノビオスとは何者なのです?」

「分からぬ。ただ言えることは、人の形をしているものの、人ではないということだ」

「我々は蘇らせてはならない物を、造ってしまったのではないか」

 アミコスは霧に隠れ、微かに浮かぶ十体の巨人を不安な気持ちで見上げました。

「完成次第、ここを離れてくれ。この巨人のことは妖魔に知られてはならない。あんたはこのまま真正政府軍の一員として働くかね、それとも郷里に帰るかね」

「こいつを動かす人物に興味が湧いてね。何処に行けば会える?」

「ナティビタスだ。同盟を結んでいるので、私の紹介状を持って行けばいいだろう。だが危険だぞ」

「前に言ったろう。こいつの動く姿が見たいって。それよりあんたは如何するんだい。こいつが完成したら目的は達成したことになる。真正政府など必要ないだろうに」

「若い青年が、ちと気になってなあ。純粋すぎて、周囲の物の食い物にされかなねないのだ。彼に為に老骨にむち打って、加勢しようと思っている」

「ご苦労な事だ。言っておくが、皇子と名乗っている者は大将の器ではないぞ」

「承知している」

 アミコスは呆れた顔をすると、残りの部分を完成させるべく、魔法の道具を手に取り作業に取りかかったのでした。程なく完成すると判断したハレエレシスは霧の谷間を足早に去たのでした。


 ナティビタスから船で帰還した兵士は、王都近く、ヒパボラ河に右岸に集結していました。東部、北部と転戦させられ、兵士達の不満はありましたが、真正政府と名乗る南の反乱軍に、紀朱王自らが出陣すると聞いて、兵士達の士気はあがっていました。

 王は金色に飾られた甲冑着を纏い、留守を任せた太子にたいして話しかけました。

「歴山。予は、前王の様な、飾りの王でないことを教えよう。よいか!王とは戦士でなくてはならない。怠れば、誰かがその地位を奪うであろう」

「は、肝に銘じます」

 太子は恭しく礼をしました。彼は父王の出陣を止めようとしましたが、その頑な態度に諦めざるをえませんでした。

「那破。そちは、予とともに、来るがよい。父の戦い見せてくれよう」

「私に、先鋒をお任せください。メディスの様子は熟知しております」

「ならぬな。勇猛果敢なのと、猪突猛進では違いがある。戦いを後ろで見ておれ」

 那破皇子は許されてないと感じ、耐えました。

 王は馬に跨がると、五千の兵士とともに、出陣したのでした。王都の市民は歓声をあげて王を見送り、軍馬はヒパボラ河の大橋を渡り、大軍が待っている右岸に到着したのでした。

 政府軍は整然と並び王を待ち構え、その中央を通って、紀朱王は正面に着いたのでした。高台にあがった紀朱王は、全軍を前に語ったのでした。

「総司令は先の戦いで戦死したが、それに代わり予、自らが指揮を執る。お前達の力、パテリア国の王である予に見せつけよ。メディスを落とし、西部への道を遮っている賊どもに、真の支配者が誰であるか見せつけるのだ。戦士は予と供に戦え、勇者は敵を震え上がらせよ。皆の者我に続け、出陣だ!」

 王が高らかに宣言すると、全軍は鬨の声を上げました。草原に軍勢の声が鳴り響くと、政府軍は旗を翻し、西に向かって進軍したのでした。


 その頃、メディスの真正政府軍では政府の主力軍が終結したとの情報を得て、侃々諤々に論議が行われていました。迫り来る政府軍の精鋭軍えの恐怖からか、激しいやりとりが繰り広げられ、皆、疲れ切っていました。

 当初、論議は野戦か、攻城戦かでもめていましたが、政府軍の兵力を前に野戦は不利との結論に達し、メディスを拠点に如何に、防ぐかで意見が分かれていました。メディスの周囲を強化し、寄せ付けないといった、守備一辺倒なものから、完全に籠もっては、囲まれてしまうので、支城との連携し、五分の戦いに持ち込むといったなどの主張でした。

 この論議に影響を与えたのが、正統政府軍と名乗る北の反乱軍の戦闘でした。かれらは少ない手勢で、政府軍の攻撃を城一つで防ぎきったからでした。政府軍は噂ほど強くないのだという風潮が広がり、慎重派と積極派が争っていたのでした。

 この論議に参加していた、トラボーの養父であるマレボレはあきれかえっていました。収拾のつかな論議に、この者達は本当に反乱を成功させた人物なのであろうかと、思っていました。特に頭であるはずのトラボーは、論議のやりとりに困惑し、治めさせる力量をもっていない事を実感させたのでした。

 そんな幹部のやり取りが行われている参謀府に、一人の老人が到着したのでした。ハレエレシスでした。

 彼はマントと帽子を壁に掛けると、皆に挨拶をすると、席に着いたのでした。暫く、幹部の主張を聞いた後、彼は口を開いたのでした。

「諸君の主張は聞いた。ただ諜報不足の感があり、想像だけで行動しているようだ。政府軍の陣容はどのようなのだ?」

「それは、報告を待っている」

 フィデスは赤面し、反発しました。

「占領した後、政府軍が集結するまでの間、諸君等は何をしていた?」

「戦闘によるメディスの城壁の修復と、支城に確保をしていた」

「まあ、悪いことではないが、遠くが見えていない」

 厳しい批判でした。

「軍師、ご批判なありましょうが、我々は必死に論議してきたのです。あまり責めないで下さい」

 慌てて、トラボーは擁護しました。

「諸君等の作戦では、城に籠もり、魔法戦力を生かし、機動力をもって各個撃破するつもりで居るらしいが、それでは逆に、兵を削られてしまう。消耗戦になったら勝ち目はないのじゃぞ」

「お言葉ですが、軍師。通常兵が前面に出ても、練度の違いから政府軍には太刀打ちできまぜんぞ」

「その通りじゃ。だから別の道を目指す」

 ハレエレシスの言葉に、皆は首を傾げました。

「北の正統政府を使うのですか?」

「彼らの手勢は僅か数千、背後に脅威を与えることは出来ぬよ」

「そんな役立たずと同盟を結ばれたとのこと、無意味ではありませんでしたか」

 ファルコは、不満が噴き出しました。

「我々とて、彼らが攻められているとき、何の助勢をしなかったではないか」

「それだけおっしゃるからには、軍師は何か手立てをお持ちなのでしょうな」

 フィデスの批判めいた言葉でした。

「もちろんじゃとも」

 老人は自信満々の表情をしました。皆は顔を見合わせ、騒ぎました。

これまで、幾度の奇策をもって、状況を打開してきた軍師の言葉に、揺り動かされたからでした。

「さて、諸君。魔法使い集団は政府軍と正面からぶっかったとするなら、どうかるか。ファクルタスどうなるね?」

 魔法軍を統括する、彼はゆっくりと立ち上がりました。

「我らの魔法使いは、牢獄に収監されていた者達ばかりだ。政府軍の手に負えないので、彼の島に封じ込められたというわけだが、実力はあるものの員数が少ない。政府軍にはウイクトル将軍の率いる魔法使い専門部隊があるが、数が多い上に実力者揃いだ、正面から挑むのは無謀といえる。また、専門ではないが、プロクロス将軍とヨハネス将軍の陣営にも有能な魔法使いが数多いる」

「まともに、戦っては駄目なのだよ。諸君」

「では通常戦力だけで戦うのですか?」

 アルゴンが眉をしかめ尋ねました。

「通常戦力には逃げて貰う」

「逃げるのですか?」

「そうだ。とことん逃げて貰う」

 全員がハレエレシスの言っていることが、理解出来ませんでした。

「軍師、それではメディスを手放すことになりますが」

 トラボーは苦笑いしながら、種明かしを目で要求してました。

「そうはならぬよ。今回の戦いでは、我らは傍観者だ。もちろん裏方の仕事はやるがな」

「誰が戦うというのです」

「怪物じゃよ」

 老人はさりげなく言いました。

 どよめきがおこり、皆はハレエレシスの言葉を疑いました。

「政府軍は地形を熟知し、地の利は我々に無い。安心して我々を追いかけてくるであろう。通常戦力の部隊は、政府軍と戦い敗れ、目的地に誘導するのが使命だ。情報によればネス将軍とレオポルドス将軍が次期総司令の座を争い始めたようだ。両者の一方に厳しく、片方に易くあたれば、競争心から警戒を失い、我らの後を追っかけてくるであろう。目的地まで、誘導した後は、一気に離脱する」

「我々は戦いに参加しないのか?」

 魔法軍のファクルタスが尋ねました。

「諸君等が一番困難な仕事をするのだよ。魔法の力を使って怪物の群れを襲い、怒りに狂った怪物を目的地まで誘導してもらいたい」

「なんという火遊びだ」

 ファクルタスは大笑いしました。

「引き受けてくれるよな?」

「ああ、悪戯大好きででな。子供の頃、近所の大人に追っかけられた経験がある」

「しかし軍師、我々は怪物の群れの存在は知っているが、何処に何頭いるのか分かっていないのだが。しかも政府軍に気づかれずに出来るものですか」

 フィデスは軍師の考えが分かって、批判しました。

「ここに地図がある」

 ハレエレシスは袋の中から地図を取り出しました。

「これは正統政府が作成した、メディス近郊の怪物の分布だ。詳細に描かれている。同盟を結んだことがここで役に立った」

 一同は差し出された地図に集まり食い入るように見たのでした。

「これが、どの様に調べ上げられたのかは不明だが。儂が確かめさでてみると、地図通りであることが分かった」

「我々の地図とは随分違っているな。この地図には木目が描かれているが」

「それは起伏を表している。縦横にマス目上の線が描かれている。これによって正確な位置が分かるのだ」

 初めて見る地図に皆興味津々でした。

「この地図は距離が正確に描かれている。政府軍は街道をおそらく直進してくるであろうから、この辺りで群れを作っている怪物は十カ所だ。そして政府軍を誘導し引き入れることの出来る谷間はここだ」

 ハレエレシスの指が、街道より外れた浅い谷間を指さしたのでした。

「この谷間に周辺に気づかれずに、誘導できる群れは五カ所となる」

「俺たちは、そこに怪物を連れてくるのだな」

 ファクルタスは鬚を撫でました。

「ただ、連れてくるのでない。同時間に谷間に到着しなくてはならない。つまりそれぞれの群れへの攻撃は距離に合わせて違うのだ」

「この地図を信じて、時間を変えろと」

「そうだ。これは魔法軍だけでない通常軍も同時間に谷間に政府軍を誘導しなくてはならない」

「早からず、遅からずという訳か」

 ファルコは考え込みました。

「この作戦は、全軍が作戦地帯にうまく、政府軍と怪物をぶつけさせることができるかにかかっている」

「難易度が高いな」

「儂等はそうやって、勢力を拡大してきた。これもそうだ」

 軍師の作戦に、皆は過去の戦いを思い起こしました。

「軍師、一つ尋ねるが、作戦が失敗したときはどうなさる?」

「魔法軍は残り五カ所から怪物を引き連れ、この一帯を怪物の巣とし、東西の行き来を遮断する」

 軍師の的確な答えに、ファルコは黙りました。

 ハレエレシスの提案に、一同が心動かされたのを感じたトラボーは口を開きました。

「軍師の作戦を私は採用したい。諸将は意見があるか?」

 部屋には、代案を思いつく者は無く、この作戦が採用されることになったのでした。

 この一連の流れを見つめていた、マレボレはこの反乱軍の実質的リーダーはこの老人なのだと理解し、危機を募らせたのでした。


 政府軍は強大な軍事力を見せつけながら、ビダ街道を西に進軍しました。紀朱王は今回の戦いは、メディス城に籠もる反乱軍を力でねじ伏せる戦いになるであろうと、推測していました。その際、魔法の力を使って一気に落とすつもりでした。それにより、メディスの城壁が崩れ、復旧に時間と経費が費やされることになるであろうとも、承知してました。

王はほとんどの遠征をコンジュレティオに任せていたので、久しぶりにこうやって自らが軍を率いることに、王というお飾りから解放された気分になっていました。

 通り過ぎる景色を眺め、健康が蘇ってくるようでした。すっかりなまってしまった体を軽く動かすと、鎧が体になじんでくるようでした。王たるもの、剣を持ち駆け巡らなくてはならないのだと彼は思ったのでした。

 南北に挟まれた地帯を抜けると、そこは西部でした。当初、反乱軍が野戦を展開する場合は、狭い谷を封鎖し抵抗するであろうと、読んでいたのですが、それもなく。やはり敵はメディスで待ち構えるのであろうと判断しました。

 野営をしていると、斥候からの報告がありました。反乱軍は支城に籠もり、行く手の障害になっているとのことでした。王は翌朝、兵を動かし、支城を攻撃させました。反乱軍は最初抵抗を見せていたものの、本格的な攻撃を見せると、城を捨て、逃れたのでした。

さらに、進軍すると別の支城と遭遇し、これも難なく落としたのでした。

 反乱軍の逃げ足の速さに、王は呆れると、所詮は有象無象の集団であると切り捨てました。これは紀朱王だけでなく、諸将にも同様の侮りが見受けられたのでした。只一人、那破皇子だけが、先の失態から、怪しいと感じていたのでした。

 数日が経過し、破竹の勢いで街道を占拠していた賊を蹴散らした政府軍は、意気揚々とメディスの近郊までやってきたのでした。ここまでくると、反乱軍も必死で、支城に籠もるので無く、野戦に挑んできたのでした。反乱軍の兵数もかなりなもので、主力が決戦を挑んできたのは直ぐに分かりました。両軍はビダ街道で東西に向かい会うと、戦闘を始めました。

 紀朱王は中軍から、右翼のレオポルドス将軍に攻撃を命じると、両軍は川を挟んでぶつかり合いました。反乱軍は川の地形や、土塁でもってなんとか拮抗した戦いを繰り広げました。簡単に敗れない様子に王は感心し、今度は左翼のヨハネス将軍に攻撃を命じたのでした。ヨハネス将軍は果敢に突進し、その勢いに押され、反乱軍は少しずつ後退を始めたのでした。この様子に満足した、王はそのまま左翼の賊を蹴散らす様に指示したのでした。

 左翼の成果の報告を得た右翼のレオポルドスは、先を越されたと焦り、犠牲覚悟の突進を命じました。すると、反乱軍も流石に抵抗できず、後退を始めたのでした。これに気をよくしたレオポルドスは、この機を逃してはならずと猛然と追撃したのでした。

反乱軍は街道を逃れ、追われるまま谷に後退したので、王はこのまま一気に勝負を決めようと全軍をもって、追い詰めようとしたのでした。すると逃げ惑った反乱軍は、地形を利用し、弓の一斉攻撃を仕掛け、多くの負傷者を政府軍にださせたものの、全体からは微々たるものでした。必死の反乱軍の抵抗を森でうけたあと、政府軍はさらに奥に反乱軍を追い込んだのでした。

 浅い谷間の向こうには小高い山が広がり、政府軍は次第に反乱軍をすそ野に追い詰めているのが分かったのでした。政府軍はレオポルドス将軍とヨハネス将軍の競い合いに引っ張られるようどんどん、街道から外れていったのでした。やがて開けた浅い谷まで達すると、反乱軍は追いつかれてしまい戦闘となりました。反乱軍は果敢に最期の抵抗を繰り広げ、必死に防戦していました。やがてどこからともなく谷間に角笛の音が鳴り響くと、反乱軍の陣形は一気に崩れ、彼らは武具を投げ捨て、必死になって背後の急な岡に蜘蛛の子を散らすように逃げたのでした。

 政府軍の将は、耐えきれず、恥も外聞を捨て逃げ惑う反乱軍を嘲笑し、面白がって掃討戦いをしようとしました。ところが辺りに、地面を揺さぶる音が響き始め、異変が起きたのを察したのでした。王は中軍で、先鋒隊に追いつこうとしていましたが、その横を抜け、森をなぎ倒し、進んでくる一団に出くわしました。怪物の群れでした。

 この事態に驚くと、直ちに伝令を飛ばし、前線の将にこの事態を教えようとしました。ところが怪物はこの一団だけではありませんでした。再び背後から、その怪物の群れが迫ってくるのがわかり、急ぎ王は避難指令をだしたのでした。しかし、怪物の進軍は早く、中軍はずたすたに引き裂かれると、王は命からがら逃れたのでした。

さて、前線の将は反乱軍を追い詰めたはずが、彼らのいる谷間に一斉に怪物がなだれ込んできたので、これは罠だと気がつきました。瞬く間に政府軍の兵士は怪物の餌食となり、谷間に阿鼻叫喚の世界が繰り広げられました。ウイクトル将軍、プロクロス将軍、ゲラシウス将軍には多くの魔法使いがいたので、魔法の力によって、怪物を防ぎ退路を確保したのでした。しかし、彼らの魔法は獣の王の側近の怪物には通じず、多くの魔法使いをなくすことになったのでした。

 辺り一帯に怪物が満ちあふれると、政府軍の将はそこから逃れるように街道に出たのでした。次第に政府軍の兵士は帰還をして、集合すると負傷兵だらけで、とても戦闘ができるものではありませんでした。この状態で反乱軍の反撃を食らっては、不味いと判断した王は、支城まで軍を後退させたのでした。

 その頃、作戦が成功した反軍は、政府軍の残党狩りを始めようとしましたが、呼び寄せた怪物の群れが、兵士を追いかけ、広範囲に広がってしまって、ビダ街道への道を塞がれてしまったのでした。仕方なく彼らは、大きく迂回し、拠点のメディスへの帰還を選択したのでした。


 この戦いの様を眺めていたのは妖魔第九位、寒氷獄、黒海馬のグラッシスでした。彼は人間の戦いを見て詰まらぬと退屈していました。彼は妖魔のウーマーを尋ねようと王都を目指していました。ところが途中で、ワルコの僕が大騒ぎをしている姿を見かけ、何事が起こった確かめるべく、怪物達の後を追いかけたのでした。

 怪物達の先頭には人間がおり、怪物達を怒らせ逃げていたのでした。ワルコの僕は、あんな者を追いかける愚か物であるのかと、笑って見ていると、五つの怪物の群れがある一帯に向け激走しているのが分かったのでした。その先には、貧弱な人の群れがあり、それに、ワルコの僕は突進しているようでした。

 これはワルコの指示ではないと感じた、グラッシスは、事成り行きを見届けました。そしてこれは人と人の戦いに、ワルコの僕が利用されたのだと結論を出したのでした。

妖魔のウーマーが人を観察すべきだと語っていたことを思い起こした、グラッシスは、これが誰と誰の戦いであるのか、魔力をもって、読み解いたのでした。

 そしてこれが、若い男が彼の一族を殺され、財を奪われたことへの復讐であると悟ったのでした。グラッシスは人間はこんな詰まらぬ事に、大勢の仲間の血を流させるのかと呆れ、ならば当事者同士で決着をつけたらいいであろうと、親切心?が起きたのでした。

彼は魔力を使い両者を、引き合わせたのでした。


 トラボーは作戦が成功し、政府軍が多大な被害を被ったことの報告を受けていました。反乱軍の兵士は徐除に入城し、主立った将は帰還を果たしていました。しかしハレエレシスは政府軍の被害状況を確かめに、支城まで出向き、情報収集にあたっていました。

 彼は疲れたので、しばらくの間、体を休めようと、自室の向かったのでした。ところが、次第に辺りが暗くなり、霧の中を進んでいるかと思ったら、どこかの見知らぬ一室にたどり着いたので驚いたのでした。彼は辺りを見渡しましたが、見知らぬ場所でした。彼が振り返ると、同様に、辺りを見渡す、身なりの良い男を見たのでした。

 トラボー咄嗟に剣に手をやりましたが、男は構わずトラボーに語りかけてきたのでした。「お前は、近衛兵か。ここは何処だ?」

 男は迷っているようでした。

 危険性がないと判断したトラボーは剣から手を放すと、男に語りかけました。

「それは、私が尋ねたい事だ。ここは何処だ。メディスではないのか?」

「メディスだと。予は支城にいたはずだが」

 男は考え込んでいるようでした。

「自分のことを予と述べるとは、皇帝気取りだな。お前は誰だ?」

「皇帝だと。まあそんなものだ。紀朱王と名乗っている」

「なんだと!」

 トラボーはまざまざと男の姿を目でなめまわしました。

「どうした、小僧の番人では、予が珍しいのであろうな」

 男は歯牙にもかけていない様子でした。

「お前は、本当に紀朱王なのか?」

「無礼な奴だ。儂以外に王はおらぬわ」

 男はトラボーを見下しました。

「偽物の王よ。何故お前がここにいるのか分からぬが。これは天が与えたものと信じるぞ」

 若者の言葉に、王は怪訝な顔をしました。

「お前は誰だ?」

「私は、前王の皇子舜だ!お前は一族の身でありながら、我が一家を殺害し、王国を奪った。私は南の地より軍を興しここまでやって来た」

「若造、お前が謀反人の首魁と申すか」

 王は若者を見据えた。

「これを見て信じろ、王家の証だ。そして己の罪を恥じ、自決せよ」

 トラボーは短剣を王の目に届くようにと、掲げました。その短剣を見つめた王は、暫くして顔を青ざめさせたのでした。

「その短剣。本当のお前のものなのか?」

「そうだ、赤ん坊の時から俺が所有していたものだ。この剣とともに俺の命をお前の魔の手から救ってくれたのは、マレボレという忠臣だ。残念ながら双子の妹は始末されたようだがな」

 この言葉に、紀朱王は震えがきて、足取りも危うくなりました。

「マレボレだと!そうであったか」

 王は何かに気がつき、よろめきました。

「王よ。お前の命俺がもらい受ける」

「待て、話そう・・・」

 王が手の平を広げ押しとどめようとするのも払いのけ、トラボーは敵の心臓を一差したのでした。紀朱王は何かを、訴えかけようとしながら、床に崩れたのでした。

 トラボーは敵を直接始末した興奮で、息を切らし、額には汗をかいていました。暫くして、彼は敵を討ち取った証拠として、王の首を頂戴したのでした。

 王の衣を引き裂き、首を袋に入れると、血糊のついた剣を王の胴体の衣で拭き取り、彼は足早にその場を逃れたのでした。

やがて霧の中を走り抜けると、見知ったメディスの回廊に出たのでした。汗だくになりながらトラボーはマレボレのいる部屋を目指し走ったのでした。

その頃、マレボレは今後についてフィデスとファルコと話し合っていました。そこにトラボーが駆け込み、彼は何事であろうかと振り返ったのでした。

 トラボーは荒い息で手に提げた、血塗られた赤い布をテーブルに置くと、包みを開いたのでした。

「紀朱王と名乗る男を仕留めた。本物であるか見てほしい。それとこれが奴の服についていた紋章だ」

 テーブルの上には、男の首。そして紋章の飾りがありました。

 マレボレは驚き、我が目を疑いました。

「どうなのだ!」

 トラボーは迫り、回りのフィデスとファルコは息を飲みました。

「この首、紀朱王に間違いありません」

 マレボレは目を見開き、振るえていました。

「どうやって、王に近づいたのですか?」

 フィデスは問うと、トラボーは正直に答えたものの信じてもらえませんでした。彼らがトラボーが何処にいったのか、論議していると、王の首を正面に見据えてマレボレは静かに王に語りかけていたのでした。

「王よ。お会いしたかったですぞ。哀れな姿ですなあ。これでやっと貴方は私を認めざるを得ないでしょう」


 翌日、ハレエレシスは反乱軍がこれ以上軍を進める力が無いと判断し、メディスに帰還しました。門を潜り、広場にかかったころ、柵に囲まれ、さらし者に会っている首を見かけたのでした。怪しみ近づいてみると、紀朱王の首として掲げてあり、これにハレエレシスは驚いたのでした。彼は直ちにトラボー達の所に向かうと、この事態を尋ねたのでした。

 妖魔がこの戦いを観察していたと感づいたハレエレシスは、アミコスに警戒するように伝令を送らなくてはと、思ったのでした。

「直ちに、彼の首、返しなさい」

 強い口調でハレエレシスは命じました。いつになく怒った口調の老人に一同は呆気にとられました。

「これは敵の首ですぞ。さらし者でなにが悪いのだ」

 ファルコはトラボーに代わり、反論しました。

「我々は、政府軍を退けた。それで良いではないか。この首、胴体と一緒にしようではないか」

 ハレエレシスの言葉に、皆は賛同していませんでした。

「この王は簒奪者ですぞ。罰を受けるのが当然ではありませんか」

 マレボレがなだめると、老人は厳しい目を彼に向けました。

「貴方は、かつての主君に、良くそうしていられるものじゃ」

 この言葉にマレボロは狼狽え、目を泳がせました。

「さあ、皇子よ。どうなさる?」

 彼がトラボーに激しく迫ると、皇子はこらえきれず折れたのでした。

「軍師の好きになされるが良いでしょう。しかし貴方がこれほどまでに必死になられるのは何故です?」

「皇子よ。私は貴方に人としての道を歩ませたいだけなのじゃ」

 こうして紀朱王の首は政府軍の陣営に届けられ、政府軍は王都へと撤退したのでした。

 

 南の反乱軍と政府軍が激突しました。政府軍については、東から北へ、北から西へと転戦させすぎで、これだったら疲労困憊するだろうなと思いながら、強行させてもらいました。

 王の死は当初予定通りの展開でしたが、直接殺害させようとしたのは最近の発想です。 今回芙蓉記のミケーネは登場したことにより、千年前の物語と繋がったわけで、だんだん内情が分かってきたのではないでしょうか。翡翠記のミケーネが誰であるか、もうお分かりでしょう。

 宰相の配下のウーマーは、第9回にて登場しますが、当初から妖魔であるという設定なのですね。ここで隠れ潜んでいたビルトスを探し当てたことを褒められたのですが、彼には簡単な事だった訳です。でもワルコを見つけられないふりなどして、あまり宰相には協力的ではなかったようです。

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