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第46回 激 突

<翡翠記登場人物>


コンジュレティオ 軍総司令


コレガ    黒虎騎士、レビダスの友

ソダリス   黒虎騎士、レピダスの友


ホスティス  ヘテロ国魔法宰相

ベロックス  青竜騎士団長

ローサ    ホスティスの養女

チューバ   白狼騎士(ローサの警護係)


トラボー   反乱軍首魁

ハレエレシス 反乱軍参謀、ブルマの乱首謀者

フィデス   トラボー配下魔法使い

ファルコ   トラボー配下武将

アミコス   反乱軍参謀、竪琴の使い手、元魔法省官吏

ファクルタス 反乱軍魔法使い、ブルマの乱生存者

アルゴン   反乱軍武将

オティス反乱軍武将

ホルディウム 反乱軍財務


レヴァン   ルーバス地方反乱軍武将

エネアス   ルーバス地方反乱軍知将


オリス 怪物ハンターリーダー

ベル     オリスの仲間若年

ウルムス   オリスの仲間、剣士

モータ    オリスの仲間、風の魔法使い


 黒虎騎士のコレガとソダリスはカプットでの女盗賊の事件から王都に帰還後、再びシルバの森に来ていました。カプットでは女盗賊を捕らえる働きを見せていたものの、知府のサンテスが女盗賊の処刑を急ぎ、このことが返って捕り逃がす結果になってしまいました。しかしその後、カプット近郊で盗賊団の出没の報告はなされず、不完全ながら任務は果たされたと彼らには帰還命令がでました。任務から解放されたことは喜ばしいことでしたが、女盗賊を逃がしてしまったことは心残りとなり、それ以上に心に重くのしかかったのは、同僚だったレピダスは賊側に加わっていたことでした。それで王都に帰還後、再びシルバの森行きを命令されたとき、これらの事を忘れようと、彼らは直ちに出立したのでした。 今回の任務は、シルバの森の調査でした。最近シルバの森の怪物に変化が見られ、どこかに向かって移動を始めており、その行動を探るものでした。何百年も森に籠もった怪物他達が初めて見せた姿でした。西のシルバの森と同様に東のルーバス地方の怪物も動きが見られ、ここらは別の黒虎騎士によって怪物等が南に向け移動ををしているとの報告がなされていいました。またメディスの南方にも怪物の変化が報告されていたのでした。

 コレガとソダリスはビタ街道を西に向かい、ウンダ河を過ぎ北の無法地帯に入り、裏街道の町の様子を調査しました。町自体は、無法者達によって、襲われているなどの事件が発生しておらず、比較的穏やかな日々が過ぎているようでした。二人が気になったのは、あまりにも平和なことでした。町には酒瓶をもって酔い潰れた男や、刀を肩に掛けて大手を振って歩く無頼者の姿がなかったのです。殴り合いの喧嘩をする男共はおらず、女子供が安心して出歩ける風だったのです。このことは逆に町全体が、今までとは全く違った、恐怖を感じ取っているようでした。そのことは二人にもなんとなく分かっていました。この無法地帯を作り出した、怪物の姿が何処にもなかったのです。恐怖でもあり、しかし政府の手の届かない無法地帯。犯罪者が安心して暮らしていける世界は、怪物の脅威によって守られてきたものでした。それらの闇が取り除かれた感じなのです。

 二人はレピダスを探し求め、無法地帯を彷徨った時との空気の違いを肌で感じながら、怪物の姿を求めました。シルバの森の周辺部を調査した彼らは、いよいよ森の中に進み怪物達の姿を追い求めよとしました。しかし、姿が見当たらないからといって、森の中に進んでは危険でした。それで二人は森の道案内として怪物ハンターの力を借りることとしたのでした。 怪物ハンターは怪物狩りを専門とする、狩人達のことでした。無法地帯で発生したこの商売は、強者達として若者に人気の仕事でしたが、長く続けられる者は少なく、勇気と知恵が必要だったのです。二人は怪物ハンターの中から、腕が良く、信用できるグループを探し、あるグループに決めたのでした。それはオリスなる者を代表とした怪物ハンターでした。

 とある町で馬を降りた黒虎騎士の二人は、酒場に足を踏み入れると。カウンターに向かったのでした。

「親父、喉が渇いた一杯たのむ」

 椅子に生きよいよく腰掛けると、二人はくつろきました。

「この町は初めてですか?」

 酒場の親父はジョッキを置くと尋ねました。

「以前一度、来た事がある。その時は通過しただけだったがな」

「左様で。まあ、こんな埃にまみれた町では、誰も足を止める者がいないのが当たり前ですがね」

「まあ、そう卑下することもあるまい。この町には有名なハンターはいると聞いてきたのだが」

「ハンターですかい?おおそれならほれあの隅で腰掛けているのがそれだ」

 主人が顎で指し示すと、二人は振り向きました。

 四人の男がカードに興じていました。

「オリスのチームか?」

「そうです。あいつ等は優秀だ。森の深くでも足を入れ、命知らずなやつらさ」

「親父、すまんがあちらのテーブルに酒を頼む」

 コレガが親指で指すと、親父は頷いて、酒を届けました。

 カードで盛り上がっていた四人は、意外な振る舞いに驚き、一人の男がコレガのもとに挨拶に来ました。

「騎士さんかい。俺たちに粋な挨拶をしてくれるのは?」

「カードの邪魔になったかな?」

「そんなことはない、大歓迎だ。俺は怪物ハンターのオリスと言うものだ」

「私は黒虎騎士のコレガ、そして彼がソダリスだ」

「丁寧な挨拶。俺たちに何か用があるんじゃないですか?」

 オリスはカウンターの椅子に腰を下ろしました。

「実は腕のいいハンターを探していた。人に尋ねると、あなたたちの名前ばかりがあがってくる。それで訪問したというわけだ」

「そりゃ。嬉しいね。こんな無法地帯のまっただ中で、まさか騎士殿が我々をお捜しとは」

「単刀直入に言おう。われわれは怪物の動向を探りたい。森の案内をたのみたいのだ」

 ハンターのオリスの顔が一瞬引き締まったものになりました。

「森の中の怪物を追いかけるということですか?」

「そうだ、それだけの金は支払おう」

「悪いが、仲間を危険な眼に遭わすわけにはいかない」

 オリスは素っ気なく言いました。

「百雷に雇われたハンターが森の奥に入ったという話を聞いているが、貴方たちはできないのか?」

 コレガは挑戦的に言いました。

「アデベニオの騒動の件だな。あの頃、怪物の卵を奪い、獣の王を激怒させはしたものの、シルバの森自体に異変は起こっていなかった。森の奥に行くのは容易いだろう。しかし今はシルバの森全体が緊張に漲っているんだよ。こんなことは経験したことがない。全く予測不可能といえる。俺は仲間を危険にさらす訳にはいかない」

「パテリアの全土に怪物が出現し、今一斉に動きを開始した。シルバの森は隔離された世界であるが、その他の土地に出現した怪物は危険きわまりない。これらが何故出現し、なにをしよとしているのかの答えが、シルバの森にあると我々は考えている。その行動の目的を知り、対策としたいのだ」

「俺たちには関係ない」

 オリスが話を打ち切り席を立とうとすると、コレガが別の提案を出してきました。

「この森から出るというのはどうだ。お前達は好きこのんでこの無法地帯にいるのではあるまい。罪を犯して、ここに逃げ込んだだけだろう。そこでだ、罪を赦免するとともに、十分な報酬を渡そう。そこにいる若い仲間はこの無法地帯で生まれた者だろう。広い世界を見せたやりたいと思わないか」

 オリスは仲間とじゃれ合っている、新米のベルを振り返り、暫く沈黙しました。

「分かった。森を案内しよう。ただし危険が有るときは先には行かないからな」

「取引成立だな」

 コレガとオリスは手を取り合いました。

「早速だが、この一帯にはもう怪物達はいない」

 早速オリスは情報を提供しました。

「それで、どちらに移動した」

「西に向かっているようだ」

「何故西に?」

「分からない。どうも北のアデベニオ近郊の森の移動は緩やかで、我々のいる南は早く移動しているようだ」

「西にいったいなにがあるというのだ」

 ソダリスは腕を組みました。

「移動の怪物を追いかけるとするなら、ここから森を怪物の背後から追跡するのでなく、無法地帯からビダ街道に出て、西に向かい、ベトから北上先回りをして獣の王の大群を正面から待ち構えるのが上策だ。途中のハンター達に怪物の情報を得れば、行き先は推測できるはずだ」

「我々は貴方を信頼する。その提案を受けさせて貰う」

 こうして黒虎騎士の二人と、怪物ハンターの四人は一路西を目指したのでした。


 少女ローサの目の前には白いムルティ山脈がそびえていました。

二人は北西最大の町タベラナを過ぎ、東部反乱軍の支配しているルーバス地方に入っていました。ムルティ山脈のすそ野には森が広がり、その手前は開墾され、町がありました。

「お嬢様、タベラナの政府軍が反乱軍に攻撃をしかけそうです。町に向かっては、混乱に巻き込まれてしまいかねません」

 チューバは反乱軍の旗がはためく城壁を、遠くから見つめました。

「しかし、タベラナでは、神殿に関する話を得ることができませんでした。ここで、神殿の情報を得なくてはなりません」

 ローサはチューバの心配をよそに、反乱軍の城に向かう決心をしていました。仕方なくチューバは背嚢を背負ってローサの後についてゆきました。

 町に近づくと、反乱軍の軍勢が訓練をしていました。指揮に合わせて兵士が移動し、騎兵が走り抜けていました。この様子を見ていたチューバはなかなか訓練された軍隊であると感心し、政府軍が複数の城を奪われたのは当然のことと納得していました。

すると、一騎が彼方から駆け寄り、二人の目の前で馬を止めました。暫く騎兵の男は、二人に厳しい目を向けていましたが、興味を失ったかのように顔を背けると、遠くに走り去ってしまいました。

「お嬢様がご一緒でなければ、不審者として詮索されたところです」

「どうやら、反乱軍も戦闘の準備をしているようですね」

「急ぎ、城内で神殿のことを尋ねましょう」

 チューバにせかされ、ローサは町へ急ぎました。

 二人は町に入ったものの、少々戸惑っていました。町のは戦の気配に慌ただしくなっており、ゆっくり耳を傾けてくれる者などいなかったのです。町の住人は戦乱のどさくさに紛れて悪さをされないように、戸締まりをしているところでした。

 二人は、往来の真ん中で思案に暮れていると、二十名の兵士を連れた男が往来をやって来て二人の前で立ち止まったのでした。

 大きな男でした。

「間諜ではないようだな」

 男は獲物を肩にかけ、二人を繁々と見つめました。

「お前達、こんなところで何故突っ立っている?」

「私たちは神殿を探しにこの町にやって来ました」

 男の低い威圧がかった言葉に臆するこのもなく、ローサは答えました。

「神殿だと。お前達は巡礼者か?」

「はい、森にあるという神殿を探しています」

「森だと!」

 すると大男は高笑いしました。

「仮にこの森に、お前達の求める神殿があったとしても行くことは困難だぞ」

「どういう事でしょうか?」

「この森の奥には怪物が跋扈している。我々が政府軍から倒されないのも、背後にこの森を持つからだ」

「では、貴方たちが逃げ込めるというのであれば、不可能ではないということ」

 笑っていた男の顔が引き締まりました。

「容易いものではないぞ」

「承知しています」

 ローサの凜とした態度に、男は好意を感じた。

「面白い。それでお前達はどんな神殿を探しているのだ?」

「鵬と竜のレリーフがある神殿です」

 男はしばし考えたが、思い当たる事が無く、部下の兵士達に尋ねたが、誰も知らなかった。

「どうやら、ここに居る全員が知らないようだ」

「そうですか」

 ローサは肩を落としました。

「そう気落ちするでない。俺たちの仲間に、賢い奴が居る。紹介してやろう」

 男は、指で突いてこいと合図しました。

 ローサは手がかりを得て、喜んで後についていきました。

 町の庁舎に連れて行かれたローサはいったい誰に会わせてくれるのだろうと、期待に胸を膨らませていましたが、チューバは彼女の身に何かあってはと、気を張り詰めていました。

 広い階段を上がり、守衛の間を抜け、どんどん奥に進んでいき部屋に達しました。

「レヴァンどこを、ほっき歩いていたんだ!」

 怒声が部屋一杯に響き渡り、声の主のいらだちを分からさせました。

「そんなに、声荒げたら、倒れてしまうぜ」

「原因はお前だろうが!」

 男は机を叩き、ローサを驚かせました。

「宰相の娘、マリタがやって来て以来、政府軍の活動が活発になったのに気がつかないか」

「仕事熱心な婆であることは分かっているさ」

「作戦会議があるというのに、何処で遊んでいた?」

「人聞きが悪い、俺は城内不審者を取り締まっていたんだ」

「どうだかな」

 男はため息交じりでした。そして怒りが治まったのか、レヴァンの後ろに控えていたローサ達に気がついたのでした。彼は怪訝そうな顔をしてレヴァンに問いました。

「そこにいる娘はなんだ?」

「おお、そうだった。彼女を助けてくれないか」

「お前、ここを何処だと思っている。作戦会議の場に部外者を連れてくるとは、呆れるぞ」

 再び、男の頭に血が上りました。

「そう怒るな。ちょいとお前の知恵を借りたいんだ」

「そんな暇はない」

「なら、俺は休暇を貰うとしようか」

「何を馬鹿な。お前が中心となって戦ってくれなくては、士気が上がらない」

「エネアス、流石分かっている」

 レヴァンは満足そうに笑った。

「それで何の用なのだ」

「町でこの娘と出会ってな、森を恐れぬ態度が気に入ってな。彼女の望みを叶えてやりたいと思ったんだ」

「いつもの気まぐれか」

「この二人は巡礼者らしく、鵬と竜のレリーフのある神殿を探しているようなのだ」

「思いあたらぬな、そのデザインは東方のものだ、この国ではないのではないか」

 ローサの顔が曇りました。

「だが怪物のいる森に埋もれた神殿には、存在するかもしれないな。この町にの森深くに奇妙な壁画の神殿があると聞いたことがある」

「そこにはどうやっていけばいいのでしょう」

「まてまて、慌てるな、確証はないのだ」

「それでも構いません」

「なるほど、勇気ある娘のようだな。この町にいる、ハンターを紹介しよう。彼らなら在処を知っている」

 こいうしてローサは、不確かながら神殿の手がかりを得て、ハンターを訪ねることにしました。この時、エネアスはこの地方の歴史に詳しい人物も教えてくれたのでした。


 ハンターは戦いが始まりそうなので、近くの村に移っていました。

小さな村のはずでしたが、多くの人々が避難してしているようで、あちらこちらに女子供の姿は見受けられました。その村で尋ね歩くと程なく怪物ハンター達にを探し当てることができたのでした。彼らが居たのは、村の近くの小屋でした。

「神殿を探しているだと?」

 リーダーらしき男は怪訝な顔をしました。ローサのような娘が神殿求めて森に入るだなんて信じれなかったからでした。

「報酬はお支払い致します」

「俺たちは金さえ貰えば、文句はないのだが。この森が怪物の住み処でのは知っているよな?」

「はい。シルバの森と並ぶ、東の怪物の住み処です」

「分かっているようだな。しかし二つの森にはちょいと違いがある。西のシルバの森にはかつて数多くの王国があったという伝説があるが、東のこの森にはない。つまり森の中には失われた遺跡は望み薄ということだ。魔法城なんてものは当然ない」

「神殿はないのですか?」

「あることにはあるが、数が少ない」

「私が探しているのは、鵬と竜のレリーフがある神殿なんです」

「彫刻のことは無頓着なので分からないが、森の奥にそれらしき建物を見かけたことがある」

「そこに案内してください」

 ローサが一途なのでハンターは承諾しました。

「政府軍と反乱軍のぶつかりあいが始まろうとしていて、実は森の方が巻き込まれずに丁度いいと思っていたところだ」

「レヴァンさんとエネアスさんですね」

「そうだ、彼らが反乱軍の北部方面の指揮官だ。宰相の娘マリタがナティビタスの反乱軍に町を追われ、この地に流れ着き、仕事熱心なものでこの騒ぎだ。以前の役人は賄賂に弱い奴でほどほどの仕事ぶりだったんだがな」

「そうですか」

「これまで反乱軍は危険になると、森に逃れたり、政府軍がやってくると、怪物を暴走させて防いできたが、今回はそうはいかない」

「どういうことですか?」

「ここいらの森に怪物がいなくなったんだよ」

「怪物がいない!」

「おそらく獣の王が、大軍で移動したようだ。他のハンターからの話ではルーバス地方南部に大集団が出現したようで。南下しているそうだ」

「ではその先は」

「おそらくキャンプス方面」

「ヘテロの出口、国境ではないですか!」

 ローサは驚き、チューバと顔を見合わせました。

 ムルティ山脈とトモ山脈の分かれ目にあり、ヘテロ国の出口、キャンプス近郊の平原にて、ヘテロ主力軍とパテリア主力軍が戦いをくりろげていたのでした。そのまっただ中に怪物が南下してくるのです。ローサは戦場で指揮をとる父の身が案じられたのでした。


 ヘテロの魔法宰相ホスティスはパテリア軍に対する圧力を強めていました。白狼騎士団を投入し敵左翼の陣地を落とさせると、強固な陣地に作り替えていました。これに対しパテリア軍は水軍を使いユンクタス河をさかのぼり、赤鬼騎士団にてヘテロの左背後に拠点を作ったのでした。

 パテリア軍は物量で勝っていたものの、ヘテロの機動力に振り回され、少しずつキャンプスへと陣を後退していました。

「コンジュレッティオの奴、しぶとい」

 不機嫌そうに宰相ホステスは、魔法で軍の駒を吹き飛ばしました。駒は転がり、控えていた青竜騎士のベロックスの足下で止まりました。

「閣下、いつもの事です。ルーバス反乱軍の支援に回せていた者達をこの戦場に投入していますので、戦況は我が方に有利になりましょう」

「そうだといいのだがな。ベロックス、なにやらトモ山脈にて異変が目撃されたということだが?」

「はい、トモ山脈の麓にて複数の雲の柱が立ち上ったようです」

「柱とな?」

「なんと申しましょうか。巨大な雲の門らしきものに見えたようです」

「なんと!それは冥界の門ではないか」

 ホステスが叫ぶと、優美な瓶が砕けました。

「それ以降、報告はないか!」

 続けて宰相は問いました。

「もう暫くして、その後の連絡が来るはずですが」

 宰相の狼狽ぶりにベロックスは首を傾げました。

「外だ。外に出るぞ」

 ホスティスは慌ただしく、車を押して外に飛び出しました。

 そして唸りました。

「第三星、ペンダト」

 と宰相は呟きました。

「あの星がどうかなさいましたか?」

 怪訝そうに、ベロックスがその星を見上げると、星は怪しく輝いていました。

「怪物どもの饗宴が始まる。北のムルティ山脈の麓の怪物共の動向はどうなっている」

「ルーバス地方にて怪物が南下しているとの報告はあります」

「なるほど、それでは怪物共はトモ山脈のものについて感づいたという訳か」

 宰相は納得したようでした。

「良いか。我が軍は明日より関内に撤退する。追撃を食らわぬように慎重にし、パテリア軍を怪物共の斜線上におびき寄せるのだ」

 ホスティスはこう命じると、静かに目を閉じたのでした。


 南の反乱軍の旗頭パテリア先王の皇子トラボーは本拠地から、参謀達のいるルースに向かっていました。かれは反乱軍の中心であり、彼が居なくなることは、自分たちこそ正規軍であるとの証明を失うことと成るため、本拠地で留守を任されることとなっていました。しかし、本拠地は山の中の盆地の土地で、城自体は、強固の要塞でしたが、華やかさがなく、彼にとってそれは退屈きわまりないものでした。

 同じく本拠地で留守を任されたのは、アミコスという魔法の研究に没頭する変人で、トラボーの相手をしてくれる者ではありませんでした。町から離れた厳重な谷間に出かけで行くのですが、そこで何をやっているか彼には全くの謎でした。こうして皇子としての退屈な日々を過ごしていた彼は、これは老人の隠居と同じではないかと憤慨を覚え、供の者の制止を振り切って、ルースの軍師のもとへ向かったのでした。

 みすぼらしい行商の服装で、本道でなく海岸の道を辿っていくと、多くのものを引き連れて、本拠地のガミネティオへ歩んだ出来事を思い出されました。

 青い海原が左手に何処までも続いていました。彼は潮風に深呼吸いたしましたが、そのとき海原の上にそそり立つ雲を見いだしたのでした。

 彼は目を擦り、再び海原を見つめると、異様な雲の存在が確認できました。それはこれまで見たことも無いものでした。入道雲のようで、しかし形がどこかしっかりして、それはいっこうに崩れる気配を見せなかったのです。

 雲は表面は青地に白く輝いていましたが、その内部の奥は、灰色くどんどん濁り、中心部は黒く光を遮り、稲光を放っていました。雷鳴の音がかすかに耳にはいりました。

 どこまでも広い海原に、輝く太陽に照らされた空。見事な青一色のなかに、不自然に灰色の雲が立ち上がっていたのです。

 これは何かあると感じた彼は、軍師の判断を仰ごうと道を急いだのでした。

 ルースでは空の星を見上げ、ハレエレシスは唸っていました。彼は勘がいい老人でした。

反乱軍はルース一帯を支配地にしましたが、それ以上の拡大ができないで居ました。一気に拡大したため人材が不足し、支配地を安定させるため、力以上の拡大を控えていたからでした。そのためウンダ河をさかのぼりメディス攻略には時を要したのでした。

 現在は内政に力をいれ、軍事物資の安定化を図っていました。今日もフディスとファルコとともに今後を協議していたところ、そこに皇子が訪ねてきたので、一同は驚きました。「皇子、どうしてここに」

 ファルコは振り向きざまに声をだしました。

「みんな元気そうにしているね」

「軍師、皇子がお見えです」

 庭に声を掛けたのが、魔法使いのフィデスでした。ハレイレシスは声に気がつき、皇子の姿を見ると、足早に戻ってきたのでした。

「どうしたのです。ガニメティオでなにか起こったのかな?」

 ハレエレシスは心配し、尋ねました。

「なにも起こらなくてね」

 トラボーは両手を肩の近くに挙げました。

「よいですかな。ここは最前線です。安全な本拠地にいて貰わなくては困りますぞ」

「分かっているけど。老人になったみたいで。メディス攻略の話でも聞きたいんだ」

 するとハレエレシスは黙って、地図を指さしたのでした。

「我々はルース一帯を支配地にし、ここ数ヶ月支配地の安定に努めてきました。ようやく体力もつき、メディス攻略の段階にすすみつつあります。しかし、ここで困った問題が発生したのです」

「なんなのです?」

 皇子は食いつきました。

「メディスとルースの中間地点に怪物の大群が存在するのです。これらの怪物は広くこの一帯に出現した怪物たちが、次第にここに集合したようなのです。いわば西のシルバの森の様な存在になってしまったということです」

「シルバの森。怪物達の王国か。魔法使いで一掃したらどうだろう。我々には上級魔法使いが多く存在する。」

「この集団は只の怪物の群れではないのです。すなわち獣の王の軍団なのです。かれらに魔法は効きません」

 トラボーは呆然となりました。行く手に立ちはだかるのはパテリア軍でなく、怪物の群れだなんて、なんて世界は不条理なのかと彼は思いました。

「いったい何処から怪物で湧いてきたんだ。あれはシルバの森とかムルティ山脈にしか居ないはずだぞ」

「どうやら、別の世界からやって来ているようだ。多くの者が、怪物が雲の柱から出現したと述べている」

 フィデスが補足すると、トラボーは閃きました。

「ここへ来る途中、雲の柱というか、門の形をした雲を海で目撃した。とてつもなく大きなものだったが、あれの事ではないのか」

 するとハレエレシスが眼を光らせて、トラボーに迫りました。

「それは何処で見たのかな?」

「ほぼ中間点だったが、海の中に、不自然な雲がそそり立っていた」

「それだ、何かが起ころうとしている」

 ハレエレシスの言葉に一同は息をのんだ。

「北に集まった怪物達は統制がとれ、これから戦いに行く戦士のようだ、海から現れた雲は、彼らの敵の出現を予告するものと考えていいだろう」

「すると北の怪物連中は南下してくると?」

「おそらくはな。不幸中の幸いで、雲が東に発生してくれたのでルースは直撃の被害を受ける可能性は減ったが、途中の町は一時退避をさせた方がよだそうじゃ」

「しかし、それは憶測ではありませんか?」

「儂の勘だ」

 自信をもったハレエレシスの言葉でした。


 怪物ハンターのオリスに連れられ、ビダ街道を西に疾走した、黒虎騎士のコレガとソダリスはベトの町に到着していました。ベトはパテリア国の西の果て。ラセオ河を挟んで対岸はガッリア王国の領土でした。ここでオリスはハンターの同業者から、怪物達の動向を聞くことができました。それによると、シルバの森の南東側から移動した怪物は、すでに西の端まで達していて、ラセオ河東岸にある山脈郡に西への道を遮られ、山脈沿いに北上中ということでした。怪物は北の渓谷から西に抜けるのではとの観測でした。ハンター達は怪物が南のルートを選択しなくて良かったと、怪物の動きに好意的でした。

 この情報にコレガとソダリスは何故怪物等は北を目指したのであろうか、その理由が分かりかねました。

 彼らはラセオ河を遡り、東岸の山々を目指しました。山の頂に登って、怪物の移動地点を探るためでした。北のマグヌス大山脈へと通じる山々と違って、平野部にあるこの山は標高はさほどあるものではありませんでしたが、怪物達の西進を阻むものとしては十分でした。横に幾層もある山々を越えて、その端までやってくるとその先にはシルバの森が、眼下に広がっていました。鬱蒼とした森の先は見えず、北面に高い山々がそびえていました。彼らは山の縁を、一番の高台に向かって移動し、遠くを眺めると森の木々が揺れ動く様を見いだしたのでした。

「森のあの一帯の動きは、怪物の動きによるものだろう」

 オリスが指で指し示すと、コレガは眼を細めました。

「だいぶ遠くだな。しかしなんとなく分かる」

「土煙がもっと上がっているかと思ったが」

「森の中だからな。乾いた土地なら砂煙が舞い上がっているだろうが。遠目なのでよく分からないが。近づいてみると、大木がへし折られているとだろう」

 オリスは帽子が風で飛ばされないように、手で押さえました。

「怪物はどちらに向かっている?」

「噂通りに北だな」

「南では食料が不足したのか。岩塩でも舐めに来たか」

「そりゃない。なにか目的がある。捕食の関係が消失し、全ての怪物が一方向に向かって進軍している」

「ネズミと猫が手を取り合って旅をしていると?」

「可笑しいだろう。あいつ等は狂ってしまった」

 オリスは愉快そうでした。

「あいつ等何処に向かっているのやら」

 コレガが腕を組むと、オリスは言いました。

「他のハンターは言っていたように、奴らは渓谷を抜けてラセオ河に向かっているようだ」

「さらに西だと。今までにラセオ河から西にいった怪物はないと聞くが」

「その通り、奴らはそれをやろうとしている」

「目的が分からない」

「仲間のウルムスとベルにはラセオ河上流やガッリア国について調査に向かわせた。渓谷で合流する事になっている」

「用意周到だな。怪物に近づくことはできないか?」

「命知らずですなあ。あの大群に近づこうものなら、踏みつぶされるのが落ちですぜ。それより渓谷の上から観察でも、したほうがいい」

 コレガとソダリスはオリスの提案に従って、北の渓谷目指して馬を進めたのでした。

 山々を移動して渓谷に到着した一行は、森に降りると反対側の山に再び登り始めました。渓谷といってもその幅は広く、大群が余裕で通過できるものでした。森はここで途絶え、草地となったおり、所々に林がありました。まだ怪物達が迫ってくる様子も無く、木々に小鳥が飛び交っていました。コレガ達は高台でウルムス達のとの合流を待っていると、東の森が騒がしくなり始めていました。獣の王率いる怪物の群れが木々をなぎ倒し、大軍団で行進してきたのでした。土煙が舞い上がり、大小様々の怪物の雄叫びが渓中に響き渡り、地響きがしてきました。高台から見下ろしていた、コレガ達は怪物の異形に圧倒され、言葉を無くしていました。何故この様な恐ろしい生物がこの世に存在するのか、身の毛がよだちました。恐怖は昼でもあり、遠くからでしたので腰を抜かすほどではありませんでしたが、不気味な存在でした。人間の軍隊がこれらの怪物の大軍を目の当たりにしたら、完全に崩壊してしまうのは目に見えていました。恐怖の存在の怪物が、何処に、なにをしに向かうのか、反面興味をそそらされる問題でした。

 オリス等が高台で怪物の行進を眺めていた時、馬で仲間のウルムスとベルがやって来ました。二人は何故か、眼下の怪物には目をくれずに、一目散にオリスのもとに向かってきたのでした。

「大変です」

「どうした?」

「ラセオ河上流に怪物が出現しました!」

「なんだと!」

「偶然にも川上から逃れた者達と遭遇し、話を聞くことができました。彼らによるとガッリア国の北で巨大な雲が発生し怪しんでいると、中から異形の怪物が出現し、大地を埋め尽くすほどの数となって、町々を粉砕しこちらに向かっているとのことです」

「その群れはどんな感じなのだ」

「おそらくシルバの森の獣の王が率いるような、統制された怪物の軍団のようです」

「あちら側に現れたとなると、偶然では無いな」

 オリスは思案しました。

「シルバの森の怪物とガッリアの怪物は合流しようとしているのか?」

 コレガが尋ねると、オリスは苦しそうに答えました。

「眼下の一団の動きをみると、合流というより、戦いに向かっているような気がする」

 一同は言われて、渓谷を一心に移動する怪物の群れに目をやりました。

「怪物が怪物と戦うだと、何のため?」

 ソダリスは信じれませんでした。

「それは、奴らのその世界に存在する、目的というべきか」


 仲間と合流した一同は、渓谷の谷間を西に移動する怪物の群れを見下ろし、高台を急ぎ西に向かいました。高台が消える先にはラセオ河があり、ガッリア側で発生した怪物達はここを通過するはずでした。遠くを見渡すと、遙か彼方に土煙が上がる様子が見て取れました。怪物達は間近にせまっているようでした。

「どうやら、彼奴のようだな」

 オリスは傍らのウルムスに話しかけました。

「間違いないでしょう。ガッリア軍といえど、これでは手も足も出ません。まさしく無敵の軍団と言うべきものです」

「このまま行けば、シルバの森の一団とぶつかるのは確かだ。怪物の両軍がぶつかるのは何処だと思う?」

「おそらく渓谷を抜けた、この平原でしょう」

「この平原で、なのが起きるのか見物だな」

 オリスは崖の縁から離れ、コレガのもとにやって来ました。

「これから起こることを観察するなら、この場所が安全だ。詳しく観察したいなら、危険度が増すがこの先まで下った方がいい。どうするね?」

 コレガは相棒のソダリスと相談しました。

「近い方がいい」

 コレガは答えました。

「歓迎の抱擁だったらいいが、喧嘩だった時は危ないですぜ」

 オリスはそう言うと、仲間に合図を送りました。

 こうして彼らは高台を降り、小高くなった山の頂に、怪物達の到来を待ちました。

 やがて小型の怪物が渓谷から抜け出してくると、次々に大小様々の才物が列をなして平原に広がっていきました。様々の叫び声が響き渡り、まさしく獣の軍団というべきものでした。やがて巨獣らが姿を現してくると、その中心にはさらに巨大な竜が異様な眼光を放し、全軍を率いているようでした。

 間近でこれを見たコレガとソダリスは、この怪物等がシルバの森の一角に潜んでいたために、パテリアは安泰であったのであろうと思いました。宰相がパテリア全土に怪物が出現したいたことに危機感を持ったことがよく分かりました。人は魔法の力を得たとはいえ、この怪物の軍団相手に勝てるかは疑問に思えたからでした。

 いよいよ両怪物の遭遇の時がやってきました。この時、シルバの森の怪物たちは進軍をやめ、その場に待機していました。体力を温存しているのか、歓迎の準備なのかさだかではありませんでしたが、うなり声を挙げているようでした。

 やがて、ラセオ河に水柱が立つと、ガッリア側の怪物が総攻撃を始めたのでした。戦いの合図でしょうか、シルバの森の軍団に咆哮があがり、一斉に前進しました。

 怪物同士のぶつかり合いは激しく、怪物同士が体を引き裂き合い、食いちぎり、無数の怪物の死骸が横たわりました。遠くに離れたコレガ達のまで地響きが伝わり、戦いが激しさを増すにつれて、周囲に土煙が舞い上がり、中でどのような阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられているのか分かりませんでした。

 そうこうする内に、ガッリア側の怪物の本体が渡河を果たしたようで、それは巨大な怪物の群れでした。シルバの森の獣の王の従者達と同じようなもので、違っているのはやや黒光りしているところでした。それらの黒い竜達は横並びに広がると、うなり始めました。

するとシルバの森の竜たちも、横に広がり、声を上げたのでした。

 何が起こったのかと、コレガとソダリスは注視していると、突然、それらの声は耳をつんざくような声に変わりました。あまりの声に二人は耳を押さえ、しゃがみ込みました。

すると付近の山が大きく崩れ、ラセオ河大きく波打ち、両軍の怪物達が粉みじんになって消し飛びました。そして両軍の獣の王らしき竜が体をそびえさせると、一気に咆哮を放ったのでした。その瞬間、両軍の竜達の体が吹き飛び、勝敗はつきませんでした。

 両軍の戦力は全くの五分で、戦いが長引けば、被害が大きくなるというのに治まる気配はありませんでした。

 ソダリスはこの怪物達の戦いを目の当たりにして、普通の獣たちであれば、優劣がはっきりしたり、互角であれば、そこそこで戦いは終了するというものだが、怪物達の狂気にも似た戦闘意識というものはなんであろうかと思いました。

 何度のも咆哮が繰り返され、周囲の山や平原が砕かれ、怪物達の雄叫びが無数に響き渡っていました。やがて 戦いも終盤に差し掛かり、辺りを覆っていた土煙も収まり始めると、怪物達の戦場には無数の怪物の体が横たわっているのが見えました。まだ両軍の獣の王は健在で、周囲を屈強な怪物が守り、相手方はそれを崩そうと攻めていました。

 一方の獣の王が前進しすると、他方もこれを迎え撃ち、王と王の一騎打ちが始まり、一方が間近で咆哮すると、他方も反撃し、両者の力がぶつかり王達は相打ちの末、果てました。

それでも戦いは終了ぜず、生き残った怪物達は、相手の肉に食らいつき、最後の最後まで戦いをやめず、それが終わったのは平原にたった五頭が立っている姿を見かけたときでした。

 コレガとソダリスは初めて見る怪物の全面戦争に驚愕するとともに、迫り来た怪物の目的はなんなのか。怪物は全滅するまで何故戦ったのか。謎が心に残ったのでした。


 皇子の報告を受け、ハレエレシスは馬を飛ばして、問題の海岸に来ていました。確かに問題の雲は海上にあり、形を崩していませんでした。

「なるほど、門の様な形じゃな」

 ハレエレシスは白い髭を撫でました。

「前通ったときと同じです。雲なのに何故、流れてしまわないのでしょうか?」

 トラボーは悩ましそうにしました。

「この世成らざるものだろうからのお」

「どういう事ですか」

「我々には知らない世界があるというだ」

「これからどうなるのですか」

「おそらく、瓊筵戦争が行われるのであろう」

「これがですか?」

「おそらくな」

 ハレイレシスは地面を杖で突きました。

「こりゃ奇妙なものだな」

 魔法使いのファクルタスは会話を聞いていなかったように雲眺めながら、陽気に言いました。

「パテリアの各地に雲の柱が立っているという話を聞いたが、こいつのことか?」

「違いうな。そいつはもっと小規模のものだ。この門は大きい」

「この雲がなんの問題なんだ?」

「いままで小規模な雲の柱がパテリア各地に出現し、そこから怪物が出現した。今ルースとメディスの間に集団を形成した怪物達はこの時出現したものだ。この雲の柱はもっと大規模でおそらく同様のものが現れる」

「召喚の術という訳だな。そんなことできる魔法使いが居たのか?」

「居たようだな」

 ハレエレシスは笑いました。

「古の魔術か。あまりありがたくない話だな。魔法部隊でも揃えるかね」

「それは必要ない」

「あの物騒な物は完成していないんだろう?アミコスは成功しているのか?」

「それも必要ない。我々は脇役だ。傍観するだけでいい」

「暢気に構えているな。この冥界の門はどうするんだ」

「怪物には怪物だ。わし等がすることは、逃げる準備だよ」

 ファクルタスは納得しないように、雲を見つめました。


 同じ頃、フィデスとファルコは怪物等の集合地と海の雲の柱の一直線上の町に避難命令を出すとともに、アルゴン、オティスの将に市民の安全域への誘導を指揮させました。

ファルコは無人の町に兵士を連れると、土嚢を積み上げ、怪物の進行から町を守ろうとしました。ファルコはハレエレシスの納得いく説明の無いまま、命令を遂行したものの、これだけの大仕事をやるだけの、甲斐があってほしいものだと密かに思っていました。これまで老人のとんでもない発想に振り回され放しで、少々不満を持っている彼でしたが、これまでとんとん拍子に事が進んできたことに、逆らう勇気はありませんでした。

一体何が起こってくれるものやらと、少々諦め気味でした。

 ほぼ住民を避難させた頃、魔法使いのフィデスのもとに、伝令がやって来ました。それによると、一カ所に留まっていた怪物に動きがあり、まるで軍隊のように、怪物が列をなし南下を始めたということでした。この報に直ちにフィデスは兵に作業を中止し、撤退の命令をだしたのでした。後は思惑通りに怪物がコースを進んでくれることを祈るばかりでした。非常事態のため、ルースには兵と魔法使いを集め万全の体制を整えたのでした。

 この情報は直ちに、海辺のハレエレシスにも伝えられ、彼らも撤退を始めました。海辺に浮かぶ雲は、先ほどより内部が黒さを増し、稲光が走っていました。さわやかな海風に代わって、重たい冷気が吹き出してくるようでした。そしてみるみるうちに、灰色の雲の門が開き、不気味なうなり声が聞こえたような気がしました。

「いよいよのようじゃ。我らは急ぎ、あの丘まで退却するとしよう。事の顛末を見届けよう」

 こうして三人ははるかに、離れた地から今後の展開を見届けることになりました。それからどれだけ、経った事でしょうか、開いた雲の門から次々に海竜が飛び出し、辺りの海を縦横無尽に飛び跳ねました。巨大な異形の生物でしたが、遠くからはそのすさまじさは分かりかねました。しかしこれと呼応するかのように、無数の怪物が冥界の門から飛び出して、陸地目指してすすんでいました。遠くからはそれは蟻の大群がだかりになって浜辺を目指しているようでした。それらが白い砂浜に上陸した時でした、砂浜の高台に姿を現したのは、怪物の大群でした。それは浜辺にたどり着いた怪物達を迎え撃つように高台に横一文に並んだ怪物の姿でした。この一団は内陸部で集合した怪物達で、南下の旅を終えて海岸に達したのでした。

 白い砂浜を境に海から上陸しようとする黒光りの怪物とそれを阻止しよとする、陸からの怪物が浜辺をにてにらみ合い、奇声を上げていました。その背後には大きな灰色の冥界の門がそそり立ち、異様な風景があたりに展開されました。

 これを遠くから眺めていたハレエレシスは、この状態は人の力でどうすることもできないものであると、人間のちからの無力さを感じました。異界の生物の戦い。人間ごときが割居るものではなかったのです。やがて黒い怪物が辺りに海を埋め尽くすと、冥界の門は静かに扉を閉じ、風に流されるように宙に消えていきました。そこにまるで無かったように空は澄み渡り、雲一つ残っていませんでした。

巨大な竜が咆哮をあげると、それを合図に黒い怪物達は浜辺を駆け上がりました。すると陸側の怪物達雄叫びを上げると、丘を下り浜辺に突撃したのでした。延々と続く浜辺の至る所で怪物のぶつかり合いがはじまり、食うか食われるかの戦いが始まったのでした。

遠くから眺めるハレエレシス達には、怪物達が相手の体を食いちぎり、引き裂き、突き破る様はわかりませんでしたが、蟻のように突進し、浜辺の亡骸と化していっている様子は分かりました。戦いも中盤戦にさしかかり、陸からの怪物も、海からの怪物も相当の被害をだしたころ、巨大な竜達が戦いに加わってきました。遠目からも確認できるような巨大なものでした。これら等の物が体を押し立て、咆哮をあげると、陸地の土が大きく弾け飛び、海は切り裂かれ巨大な水しぶきを上げたのでした。その声はハレエレシスの所まではっきりと聞こえ、ただならぬ咆哮であったことをさとらせました。

この咆哮に周囲の小型の怪物も巻き込まれ、次々に吹き飛ばされ、巨竜を囲む怪物達は姿を消していったのでした。浜辺が広範囲に削り取られた頃、巨竜の大半は体を吹き飛ばされ、両軍が戦力の大半を失っていました。それでも怪物達の戦いは収束せず。海岸で広範囲に殺し合いを繰り広げていました。

この様子にハレエレシスは瓊筵戦争が普通の戦いでは無いことを実感させたのでした。激しい力を秘めた怪物達が、全滅覚悟で徹底的に戦う、そんなものだったのです。

黒光りの怪物達の獣の王が、王に引き裂かれ倒されると、周囲の巨竜達は丘の獣の王に収集攻撃をしかけ、陸の獣の王の体を貫き倒しました。いきり立った陸の竜達は巨体をぶつけ、海側の竜を海に突き落とすと、そのまま絡み合って、両者とも海で果てました。怪物達の両軍の中核は滅び、指揮するものいなくなりましたが、浜辺の各所では小型の怪物同士が戦いを相変わらず繰り広げ、治まることをしりませんでした。

 戦いが終わったとおぼしき頃、魔法使い達を引き連れたハレエレシスは激戦地の浜辺に行ってみると、大小様々の怪物の亡骸が横たわっていたのでした。生き返り不意に襲いかかれないように、注意しながら先に進んでいると、瀕死の状態の怪物が、松の木の下で血を流しながら四頭ほど立っているのを目撃しました。体の色合いから陸側の怪物の生き残りでしたが、ハレエレシスの姿を見かけると、林の奥に消えていってしまったのでした。

ハレエレシスは波が寄せ来る浜辺に立ち、人々を恐怖に陥れる怪物ながら、最後まで死闘を繰り広げ、骸となった彼らに、憐憫の情が起こったのでした。


 今回は怪物達の大戦争でした。怪物同士のぶつかり合いは次回まで続きます。本当は三つの戦いを全部いれるつもりだったのですが、ちょいと長くなりそうなのでぶち切りました。おかげで主人公達が一人も出ない回になってしまいました。でも、第四回に怪物を登場させて以来、やっとのことで怪物の本来のお仕事をさせることができました。これまですーと悪役でしたからね。

 ところで、普通、小説を書く人てのは推敲するんでしょうね。じつは以前、良い作品にしたいなと思って見直してみたら、あんまり変化なかったんですね。要するに文才がないので、直せないということですね。そこで、馬鹿の考え休むに似たりということで、見直しなんかしてません。書いたときのまんまです。

 一発勝負でやつです。

そうそう、このお話は童話なんだからとですます調で書いていると以前述べましたが、ドふとエフスキーみたいに、だらだらと書きたいというのも、なんかあります。

だらだらといえば、第一回から四回までは、海辺の町のだだの日常をだらだらと、進めたいと考えていたんですね。でも平凡な日常の話が思いつかなかったのでカットしちゃいました。

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