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第44回 芙蓉記 第5話 渡 河

<芙蓉記登場人物リスト>


カドモス  (六合星のカドモス)中原からの流れ者

ダーナ   (勾陳星のダーナ)元オレア国天文官 魔法使い

イアソン  (貴人星のイアソン)知将、元行商人

タキス   (天空星のタキス)双鞭の使い手 魔法使い

レアンドロス(白虎星のレアンドロス)元ハニア国海軍士官

芙蓉姫   パテリア第三王女


デクスター カドモスの弟分

ラエバス  カドモスの弟分



黄武    パテリア第二王子、現在パテリア王

紅花    パテリア第四王女


ドルアス  パテリア国宰相


<諸国>

パテリア  北の山岳地帯ある小国

エーリス  パテリアの西にある同盟国、第二王女の嫁ぎ先

ピュロス  パテリアの東にある同盟国、第一王女の嫁ぎ先

テゲア   パテリアの南にある中立国

シプノス  ピュロスの南にある国。ピュロス領への野心あり

メガラ   山岳の諸国より盆地地帯にあり軍事力を強めている

カルキス  大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス

ヨアニナ  メガラ国の東の隣国


オレア   中原の大国。後の王都フローレオ近郊

バールバス オレアと覇権を争っている国。ユンクタス河から移動して来た。


<翡翠記 登場人物リスト>


グノー    主人公の兄弟子 魔法使い

メディカス  僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術

ホーネス   スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手

デュック   元宰相の子(斜行陣のデュック)参謀、双鞭の使い手

アスペル   女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手

エコー    ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー

フィディア  芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴


グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘

 ナティビタスは平安に満ちていました。

 太子が帰還後、政府軍が討伐にやってくることもなく、反乱軍は地を固めつつありました。デュックが急いだのは、東のルーバス地方の反乱軍と西のカプット近郊の不満分子との連携でした。東の反乱軍の首謀者とデュックは知己の間柄であったので、彼らは快く承諾しましたが、王朝一族を担ぎ上げていることについて不満を漏らしました。彼らが目指したものが、パテリアからの独立であり、その目的に反するものだったからです。しかしこれに対しデュックは王女は偽物でありナティビタスの住民の支持を得るためのものであったとし、共闘を求めたのでした。一方西のカプット近郊の不満分子は、政府に抑制され大きな一団を形成できないでいました。そこでデュックは配下のゲオルゲを送り、組織化を図ったのでした

 夕暮れ時、グレーティアはプエラとフディアと共に王宮内を散策し、西側の楼閣にてメディカス老師を見かけたのでした。老師は沈みゆく赤い太陽を眺め、あぐらをかいて動き一つ見せませんでした。三人はゆっくりと近づくと老師に語りかけたのでした。

「老師。今日も終わろうとしていますね」

「そうじゃな。空が真っ赤に染まる様は綺麗なものじゃの」

 振り向くこともなく、老師はグレーティアに返しました。

「見てごらん。あの大きくて丸い太陽を。形が不定な自然の中に太陽は見事な円を描く。我もかくありたいものだ。人の世の中で心の形は無数に揺れ動く、しかしその混迷の中でも、己の心が太陽の様に丸いものでありたい」

「丸い心の形ですか?」

「心に形はあるのだよ。そしてそれらは事象を受けて様々に変形する。心こそ真の人の形なのじゃ。そして丸く、清き明るき心こそが真の人の姿といえよう」

 太陽はますます赤みを帯びて、辺りの雲を染め、石柱が長い陰を作っていました。老師はあぐらを解くと、ゆっくりと彼女等の方を向いたのでした。

「私たち宗教人は心のあり方を説くのが商売でな。悩める人は大歓迎じゃ」

 老師は微笑むと、優しく三人を見ました。

「老師、芙蓉姫の十将の一人、勾陳星のダーナは魔法世界を否定したとの伝承があるのですが、多種多様な魔法を使えるほどの彼が、魔法を忌み嫌うなどという事があるのでしょうか?」

 グレーティアは唐突に尋ねました。

「それは、あるであろうな。聖職者の儂でも同業者を嫌うところがあるからの。魔法の技は自身を増長させ、社会を混乱させると判断したのじゃろう。どの様に優れた技をもっても心が伴まなければ危うい。不思議の技に優れて他者からといかに賞賛されようと、真の自分の心に従えぬものは、暗黒面に堕ちることになろう。それならば魔法の技を知らぬ方が救いだともいえる。また、魔法の技によって、心が振り回されることもあり得る。棒を持つことによって恐怖が芽生えるのだよ」

「魔法は棒のようなものなのですか」

「道具じゃ。そのものに善悪はない。問題なのは人の心なのだ。」

「魔法は、世界の森羅万象を解き明かす手助けになっていると思われますが」

「どの様に宇宙の原理を発見しても、心を救うことはできないのだよ。この辺りが私たち宗教人と哲人との違いであろうな」

「宇宙の真理は貴重なものだと思いますが」

「私たちの門は教えを説く、これは真理であると。しかしその教え自体も最後は捨ててしまうのじゃよ。それは河を渡った大きな筏を陸までも大事に抱えて持っていかないと同じじゃ。務めを果たした筏は未練無く捨て去られなくてはならない。そう、いかなる真理の教えであろうとも、役目を終えたものは最後は捨て去らなくてはならないのだ。真理にこだわるのは愚かしいことであるし、それを真理への囚われと呼ぶ。あるがままの心こそ、求めるべきものじゃよ」

「まったくもって、分かりません。真理は普遍のものではないのですか?」

「アプローチの違いじゃよ。宗教人の求めるものは安らぎなのだよ。真理を知ったところでどうなるものでもない。恨みは捨てなくては消えることは無いし、怒りの炎は頭では消し去ることはできないのじゃよ。」

「老師、私は同意しかねますが。真実を知って初めて人は正しい判断ができるのではないでしょうか?」

「真理は深く。人の命は短い。物の存在は突き詰めれば突き詰めるほど曖昧模糊といったものになる。人も同様じゃ。追えは追うほど自己の道具である物差しが怪しくなっていくのだ。人は部分的にしか真理を知り得ない」

「魔法の数は体系化して、論理によって構築され、整然としたものですが」

 グレーティアには老師の言葉が理解できませんでした。

「それも自己の足場が危うい」

「宗教人は神に祈ったり祈祷をする者だからでしょうか。考え方が違うように思えます」

「それは違う。真の宗教人は何を拝めとか、おまじないはしないものだ。よいかな、だれそれが犠牲になって救われたのだから敬えとか。神仏を拝んだから救われるなどいうことはしないのだ。全ては己の心のあり方から生じたものならば、己自身によってのみ解決がなされなければならないのだ。それを私たちは指し示すだけなのじゃ」

「老師の教えが、心を説かれているのはよく分かります。祈ってばかりでは何も解決しないということですね」

「その通りじゃ。心が汚れていて、神仏にいかに祈ろうと無駄じゃ。禊ぎを行うのであれば心を洗わなくてはならないのじゃ」

 プエラとフィディアは二人の難しい話について行けず、後ろで話を静かに聞くだけでした。

「ダーナの考え方については、弟子達のその後の行動が如実に語っているであろう」

 老師は話を戻しました。

「弟子達は何をしたのです?」

「瓊筵戦争の後、十将の配下は意志を引き継ぎパテリア国の基礎を作り上げたのだが、ダーナの弟子達も例外でない。彼らは魔法について現在あるようなものに定型化させたのじゃ。本来魔法に区別などはないが。それらは、攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、豊饒魔法、そして規格外として残った幻術に分けられた。これは単に分類されたという事では無い。定められた規格外の魔法使いは抹殺されたということじゃ。おそらくはダーナの魔法不要論と現実の折り合いから、現在の魔法が生き残ったのであろうが、約百年に渡りダーナの弟子達は魔法使い狩りを行った。瓊筵戦争をピークとして多様な魔法の出現は下火になりつつあったが、古代魔法を消し去ったのは彼らの働きによるものといえよう。」

「恐ろしい歴史ですね」

「人の心理を操る魔法使いもいたらしいので分からぬでもないが。しかし、弟子達は手を出せない問題があった」

「それはなんでしょう?」

「魔法は何故この世界に現れたのかという問題じゃ。ダーナ自身は芙蓉姫こそがその源泉であるとにらんでいたが、結論は出なかった。弟子達は魔法世界の秘密に挑んだが分からずじまい。芙蓉姫を亡き者にしてみれば分かるはずであったが、さすがに主君を殺めるわけにいかず、誰も行動を起こすことはなかった。結局彼らは炎王(芙蓉姫)の崩御を待つこととなり、原因が無くなっても魔法世界は存在しづけたため、魔法世界と芙蓉姫の関係はなかったとの結論をだしたのじゃ」

 初めて聞く話にグレーティアは驚きを隠せませんでした。古の魔法使い達は、自分のように命を狙われたのでしょう。そこにはどんな出来事があったのでしょうか。

「それだったら、フィディアにこの前の続きを聞かせてもらったらいいわ」

 プエラが提案しました。

「なるほど、芙蓉記か。それならばダーナの人となりが推察できよう」

「しかし、もう夕暮れ時だよ」

 グレーティアがプエラを諭すと

「夕暮れ時から、星々の銀世界へと空が移り変るてのは素晴らしいわ。暗くなっても星々の明かりがあるわ。」

 と彼女は言った。

「芙蓉記が好きなんだね」

「あら、決まっているじゃない。私たちのマーレの港町から古都までの旅の思い出。そして古の物語。二つはつながっているのよ。私たちは今の物語を歩んでいるのだわ」

 プエラは珍しくロマンチストでした

「今の自分たちは、辛いものがあるけどね」

「マーレでの事件も遠い思い出でで、物語も同然になっているわ。芙蓉姫と間には千年の時があるだけ。二つは連続しているの」

「歴史の中の自分か・・・」

プエラの言葉にグレーティアはそのような見方もあるものと思い入りました。

 するとフィディアが状況を察し、竪琴を懐に抱くと、みんなの前で芙蓉記を語り始めたのでした。


 カルキス二万の軍勢を追い返したパテリア連合軍は勝利に酔いしれたが、暫くすると、再び西からの脅威に怯えるようになった。そのため連合軍は長くメガラの地に留まって、本国への帰還ができないでいた。パテリアは東西両面から攻撃されることを恐れ、東のヨアニナ国と友好関係を結び、西のカルキスに対抗しようとしたのであった。ヨアニナ国はメガラを打ち倒したパテリアには警戒感を持ったが、それ以前にメガラに国境付近を幾たびも荒らされたことがあり、その敵の敵であるパテリアの誘いに乗ったのだった。ヨアニナが友好関係を結ぶ理由は南方ルーバス地方の諸国から侵略を受けこれに対抗するため西の危惧を除く必要に迫られていたからだった。

 こうして両国に友好関係が結ばれ、パテリアは西からの脅威に専念できるようになった。カルキス二万の軍勢を見たパテリア連合軍は新規兵を雇い、兵数を充実させとともに要塞の強化に努めた。防衛線は国の入り口である山関よりさらに西に広がり、ヒバボラ河まで伸び、この河を防衛線としたのだった。河の近くに支城が築かれ、左岸には軍船が浮かべられたのだった。

「このように軍事増強をして、財政は大丈夫なのか?」

 報告書をうけ、パテリア王黄武は宰相ドルアスに訊いた。

「メガラは銀山を持ち、財政を支えていました。彼らがこれまで多くの兵を雇い諸国に侵略軍を送れたのもこの財力によるものです。かつての我が国の財力ではここまでできませんでした」

「しかし、不思議なものだな。かつて国境の支城で討ち死にするはずであった予がメガラの玉座に腰掛けているのだからな」

「左様で御座います。陛下はもう少しで、平民として田畑を耕されたことでしたのに」

 少し意地悪そうにドルアスは返した。

「そう言うでない。あれは城の近くの民家に避難しただけだ。すぐに戻ってくる予定だったのだ」

 黄武王は少し、気まずさそうだった。

「ところでヒパボラ河の守りは完成したか?」

「全て整いました、いつカルキス軍が攻めてこようと安心です。山岳民の我々では水上戦が不得意ですので、熟練者を採用し水軍を創設しました。これでカルキスは河を越えて来ることはできますまい」

「なるほど。して、あの男はどうしている?」

「カドモス将軍ですか?」

「そうだ。あの男だ。予はあの男が信用できない。かつて山賊の頭領として金品を奪ったような男だ。いつこの国を乗っ取ろうとするか分かったものではない」

 王の目が鋭くなった。

「三の姫を使って大人しくさせていますが、いつ本性を現すか分かりませんからな」

「先王がご存命の時、武術大会であの男は、身の程をわきまえず、暴虐武人な態度をとった。」

「ご警戒はごもっとも、あの男武芸に優れ、人望があり民からも慕われております」

「内患をなんとかせねばな」

 王はほほを拳で支えた。

「では、奴に死に場所を与えるのはどうでしょう」

「どうするのだ?」

「カルキスに進軍するのです」

「馬鹿な!」

 王は思わず玉座より体を起こした。

「一時的なものです。カドモス将軍を先鋒としてヒパボラ河を渡って敵領内を襲い、彼を孤立させるのです。そして我々は河から撤退するという案配です」

「なるほど、しかし彼奴の仲間のタキスは残したい。魔法部隊を統率しているかな。そうだイアソンなる男は外交に優れていたな。この者も手放したくない」

「彼らには任務を与えればよいでしょう。問題なのはカドモス将軍を先鋒とするには三の姫の承諾がいります。これは陛下がご説得ください」

「分かった、それは予に任せよ」

「カルキスもまさか我々が攻め込んで来るとは思いもよらないことでしょうな。これであの国が東に興味を無くしてくれれば幸いなのですが」


 連合国会議にてパテリア王黄武は同盟国に対し、カルキス領を侵すことを提案した。諸王はこれに驚き、無謀な戦いを止めようとした。しかし黄武は強硬な態度を崩さず、諸王は折れることとなった。彼らが同意したのは、この遠征がパテリア単独で行われるものであり、ヒパボラ河対岸の支城を獲るといった積極的防衛のものだったからであった。仮に支城を獲ったあと、ヒパボラ河の制水権を奪われてもパテリアの軍が孤立するだけで、彼らには被害がなかったからである。

「王はなんで、無謀な戦いを挑むのか」

 イアソンは机の上の地図を眺め、うなった。

「メガラの支配地の防衛網がやっと完成したところで、次の宿題を与えられた。河向こうの城を落とせとは、無茶もほどがある」

 机を叩き、カドモスは忌々しく言った。

「栄えある先鋒を指名されたのだから、光栄なことだろう」

「なにがだ。あの王より命ぜられるとは不愉快だ」

「おまえの王嫌いも、困ったものだな」

「あの男が姫の兄でなかったら、打ち倒してくれたものを」

「だから王に目の敵にされるんだ。もう少し賢く振る舞えよ」

 二人の会話を興味深く聞いていたダーナに、タキスは杯を渡した。

「ごらんの通り、カドモスと王は仲が悪くてね。王は臆病な方で、今回のような行動は珍しい。おそらく宰相の差し金と思われる」

「それは危ういな」

「姫も一城を落とすだけで安全だと、王に説得されたのだが、まだ迷われているご様子」

「心優しさは美徳であっても、政治には無力だな」

「先頃ヨアニナ国と友好関係を結んだため、俺はその地に魔法の軍事指導に行くことになった。イアソンはピュロス国再興のために内政に専念させていた王に対し、防衛の為の兵を出させる使者としての任務を与えられた。カドモス一人でこの大仕事成し遂げることができるか不安だ」

「ならばカルキス周辺国を動かし、敵の戦力を分散させるのが上策だろうな」

「あまりにも突然で、まだ仕込みができていない。そこでだ。おぬしに魔法でカドモスを援護してもらいたいのだ」

「おまえの育てた魔法部隊はどした?」

「俺の代理として、王の信頼篤い将軍の指揮下に置かれた」

「なるほどカドモスは直接指揮をできないということだな」

「そうだ、この作戦はカドモスを狙ったものに違いない」

「ところで、何か忘れていないか。私は姫の命を頂戴しにきたことを」

「そうだったな。信用するなということだろう。しかしあえて頼む」

 ダーナは無視をして返事をしないと、タキスは諦めてカドモスに顔を向けた。

 数日後、イアソンはピュロス国に向かい、タキスはヨアニナへと旅立つたのだった。


 パテリア連合軍が左岸に兵を集めているとの情報はカルキスを驚かせた。彼らにとって兵力で劣るパテリア軍がまさか渡河を試みるなど信じられず。直ちに水軍に命じヒパボラ河の制水権を死守するように命じ、下流の港からも援軍を向かわせ、圧倒的船数で一気に打ち砕こうとした。また、支城に命じ、上陸を警戒させ、地上軍の援軍を向かわせた。情報の収集ではカルキスが一枚上手であり、パテリア軍は奇襲にて数の不利を補うことができなかった。

 パテリア軍が船に物資を乗せ出航しようとしたところ、すでに対岸では船が横一文に並び、前進を阻んでいた。数の上で同数の船数と判断したパテリア軍は水軍で果敢に攻め込んだが、これに対しカルキス水軍は巧みに船団を動かし、パテリアの船団に無数の火矢を放し、白兵戦を挑んできた。両軍の一進一退の攻防が繰り広げられ、しだいに水軍の熟練度が低いパテリア軍は劣勢に立ち、次々に船を沈められたいった。

 カドモスは船の上にあって、弟分のデクスターとラエバスとともに白兵戦を挑んでくるカルキス軍を撃退していた。船から船へと次々と取り付いてくる敵を、三人はなぎ倒していたが、一人の見慣れぬ服装をした男が現れると苦戦した。

 最初はデクスター一人で対応していたが、二三合すると実力が分かりラエバスと二人で応戦したのだった。しかしこの二人でも徐々に押され始め、これに気がついたカドモスは援護に向かった。このときデクスターは獲物の剣を打ち折られ、慌てて身を避けると、残ったデクスターは体当たりを食らってデッキの端に吹き飛ばされ。カドモズがやってきた時は、男と一対一の戦いとなっていた。

 両者はなんとなく相手の実力のほどを直感的に分かり、無謀な突進をやめ、にらみ合い、相手の様子をうかがった。突如、男は剣で打ちかかってくると、カドモスこれを受け止め打ち返した。

 力と力がぶつかり合い、剣が音を立てた。こうして二十合ばかり剣を切り結んだところで、周囲の海で大きな水しぶきが突如上がったのだった。この音に二人は振り向き、剣を止めたのだった。

 水に浮かんでいる一艘の船は、パテリア水軍の別働隊だった。

男は異変に気がつき、カドモスとの戦いを放棄すると、兵に退却を命じ、自らも船に飛び乗った。カドモスが見つめる中、男を乗せた船は目標を新しく現れたパテリアの船に切り替え、突進したのだった。しかし、切り替えの早さもむなしく、男の指揮する船は真っ二つに折られ、沈んだ。僅か一艘の船が来たとしても、戦況は変わるはずもないのだが、予想に反して戦況を逆転させることとなったのだった。

 この船こそ、水撃の魔法使いの一団を乗せた船だったのである。カルキス水軍の多くはこの船に警戒せず、次々にパテリア軍の船を沈めていたが、前触れも無く自分たちの船に風穴があき、河に次々に沈んでいったので驚いた。攻撃の手を止め、何事が起こったのか辺りを見渡してみると、巨大な水の渦が船を襲い、風穴を開けていたのだった。海面を怪物のように渦が飛び跳ね、迫ってくる姿に彼らは恐怖したのだった。魔法使いの援軍があったと気がついたパテリア軍は活気づき、戦況を盛り返していった。

 しかしその時、喜びもつかの間、下流から大船団が登ってきて、またたくまにパテリア水軍を取り囲んでしまったのだった。圧倒的な水軍の差があり、取り囲まれ風前の灯火であったが、パテリア水軍は冷静で、魔法使いを連れていたため強気だった。しかしその自信は簡単に打ち砕かれた。カルキス大船団の船にも魔法使いが乗り込んでいたのだった。パテリア軍の放った技と同じものが、カルキス軍からも出された。この状況に混乱していたカルキス軍は勇気を取り戻し、パテリア船に体当たりを行った。

 大きな水柱がそそり立ち、渦を作って中に体をくねらせていた。パテリアとカルキスの魔法使いの技がぶつかり合い、水柱の水流は幾度となく体を打ち付けた。巨大竜のように水音を立てて水面を走り回り、絡みついた。やがて魔法使い同士の戦いはパテリア軍に軍配が上がった。というのも、パテリア軍は兵士数では劣るものの、魔法使いの数ではカルキスの何倍の人員を保有していたのだった。水撃を得意とする魔法使いも多くおり、次々に参戦してきて、次第にカルキスの魔法を圧倒し始めたからだった。

戦況不利と判断したカルキスの提督は、魔法の餌食にならないように、密集隊形を解き、魔法の射程外に逃れるように、直ちに合図を送ったが、すでにパテリア水撃の魔法の全員が戦闘に参加していた。カルキスの船団は次々に沈められ、下流に逃れる数隻の船を打ち漏らして水上戦は終了した。

 ヒパボラ河を制圧したパテリア軍は直ちに、兵を右岸に上陸させると川縁に橋頭堡の陣地を作り、支城の攻略に着手したのだった。


 カルキス領内のに足を踏み入れたカドモスは、水の上から解放されて安堵した。蛮勇をほこる彼でも水は得意で無く、水中にあっては、素人にも一ひねりにされる恐れがあったからである。カルキス水軍を倒したことにより、パテリア領から物資は船で運搬され、徐々に足場を固めていっていた。まもなく城の攻略が可能であった。

 ヒパボラ河の両岸には、生き残った兵士が泳ぎ着き、パテリア軍はそれを追いかけた。味方であれば、救い出し、敵であれば捕らえた。カドモスはデクスターとラエバスとともに、水上戦に置ける被害を調べていた。カドモスは魔法使い集団を自分たちに最初から貸し与えてくれたのならばと、無用な被害を被ったことに憤りを感じていた。次の城の攻略には少人数の魔法使いしか投入が許されず、もし敵側に魔法使いが多くいた場合に大きな被害が出ると不安を抱いていた。

 三人が頭を悩ませていると、捕虜を連れた部隊が帰還してきた。武具をはぎ取られみすぼらしい姿になり、前後を槍で脅され引き出された兵士達は哀れな姿だった。みな力なく抵抗を見せる様子もなく、男達は地面にしゃがみ込み疲れているようだった。

 カドモスは捕虜の前に立つと全員を見渡した。負ければ自分がこのようになったことであろうと彼は思った。捕虜を見渡したカドモスは後ろに隅に鎖でつながれた人物に気がついた。「あの者は何故鎖でつながれている?」と部下に尋ねると。「あの男は、川縁で発見した時、なんの武器をもっていないのにかかわらず、素手で兵士を打ち倒して大暴れしていました。そこで刺股や縄を使い数十人で囲み取り抑え、逃亡を防ぐため鎖でつないだ次第」との事であった。

 カドモスは興味を示し、その男に近づいてみると、なんと船の上で切り結んだ男だった。

そこで、振り向き捕虜全員に大きな声で語りかけた。

「いいか。海の上の結果はわかったろうな。我々パテリアはメガラを滅ぼた。次はカルキスだ!」

 カドモスの言葉には殺気を感じさせた。

「我々は魔法なる力にてこれを成し遂げる。しかしながら共に戦ってくれる戦士も、求めている。沈みゆく船にこのまま身をゆだねるか、新しい船に乗り換えるかは諸君等の自由だ。見よ。そこに我がパテリアの旗がある。共に戦う者は歓迎しょう。飲み物や食い物を用意した、思う存分食って腹を満たすがいい。パテリアにつく者はあの旗の下で宴に加わるがよい。酒の香が満ちているぞ」

 この様にカドモスが言うと、一人二人立ち上がると、二十人ばかりが旗の下の食い物めがけて走り出した。するとそれをきっかけとして堰を切ったように大人数が走り出したのだった。

 この姿に満足した、カドモスは鎖でつながれた男に話しかけた。

「どうした。お前は行かないのか?」

 男はカドモスを見上げた。

「俺は犬ではない。そこまで飢えていない」

「プライドか?お前の服装からカルキスの者とは思えないが?」

「その通りだ。俺はずっと南、海に面したハニア国からやってきた」

「なら、なんの遠慮もいらないはずだ。俺はお前の腕前に惚れ込んだ。どうだ仲間にならないか?」

「一宿一飯の恩義というものがある」

「なるほど」

 それ以上カドモスは言わなかった。

「兄貴、何十人か従わない奴が残りましたが、河で始末しますか?」

 ラエバスが訊ねると

「解き放ってやれ、俺たちの恐ろしさを語ってもらうとしよう」

 とカドモスは返した。

「この鎖で繋がれた男もですか?」

「無論だ」

「兄貴、そいつは危険ですぜ。やたら強すぎる。始末した方がいい」

 今度はデクスターが意見した。

「俺はこの男を手に入れたい。だから放すんだ」

 カドモスの言葉に承諾しかねぬデクスターだったが、兄貴分には逆らえず、しぶしぶ男を鎖から解放させた。

「名前だけでも聞かせてもらえないか?」

 カドモスが問うと

「レアンドロスだ」

 と男は答え、一礼すると、何事も無かったように去って行った。


 パテリア軍が標的としたのが、ヒパボラ河とカルキスの王都に通じる間にある、支城だった。この城は小高い丘の上に、兵馬食料を駐屯させる石垣作りの部屋を持ち、周囲を高見櫓にて見下ろしていた。カルキス軍は通常であれば、水際作戦をとるはずだったが、パテリア軍の水上船での水性魔法使いの活躍を目の当たりにして、水の近くは危険と判断し、内陸地の地理の優位性を活かす作戦に切り変えたのだった。

 増援されたカルキス軍は城を中心として、森に隠れ、散発的に攻撃を仕掛けてきた。この攻撃はパテリア軍に被害はあまりもたらさないもので、その主たる目的はいかなる魔法使いがどれ程同行しているか探るための攻撃であった。こうして彼らは魔法の力の戦力比を計ろうとしたのであった。

 カルキス軍は幾たびかの攻撃を試みて、帯同する魔法使いの数が、以前パテリア領内でで遭遇した魔法使いより遙かに下回るという結論を出した。これはパテリアが国の守備方面に足を残しており、今回の侵攻は牽制程度のものであると判断した。そこで逆にカルキス軍は街道を外れ、森の道を進み、カルキス軍の背後に回ると平原にて待ち構えた。そして、魔法戦を挑み、敵が敗退するところを退路を絶ち根絶やしにすることにしたのだった。

 そうとは知らない先鋒軍のカドモスは七百の軍勢を率いて、西に向かって街道を進軍していた。これまで幾たびも攻撃を仕掛けられたが、本格的な攻撃でなく、あっさりと退却をしていくので、この先に何かあると感じていた。気がかりは味方本軍が未だ動く気配を見せていないことだった。このまま敵主力と遭遇したら、持ちこたえられられるか気がかりだった。

 魔法使い等は大切な戦力として本軍に置き、先鋒には僅かの魔法使いしか貸し与えられなかったため、魔法の戦いになるとこちらが餌食になるのは目に見えていた。それで余計に本軍の行動が気になったのだった。こんなことなら、あの糞野郎から強引にでも奪い取っておけば良かったと、カドモスに怒りが湧き起こった。

 この頃、本軍は先鋒軍に続き本軍が動かせないでいた。ヒパボラ河の川縁に陣を構えていた本軍は、度々となく森からの奇襲を受け、さらに背後の大河を再びカルキス水軍が姿を現し背後を脅かされ、岸辺に釘付けになっていたのであった。本軍を任された将軍は王より、支城を獲ったらカドモスを敵陣に孤立化させよとに指示を受けていたが、その様な事は意識しなくても自然に、そうなってしまっていたのであった。

 カドモスの放った偵察部隊からの報告では支城までの間には、敵軍の姿は無く、このまま進めば単独での攻城戦となるが、敵影が見当たらないのは気がかりだった。カドモスは軍を進めていると開けた場所に出た。この様な場所では突然森から奇襲を受けるという心配はなかったが、大軍が待ち構えている恐れがあった。しかし彼らの目の前に待ち受けていたのは三十騎ほどの敵影だった。カドモスは偵察の為の騎兵なのかと怪しみ、進軍を止めた。カドモスの軍勢が大半が森を出たところで、敵騎兵は走り出したのだった。カドモスは直感的にこれは騎兵に見せかけた魔法使い達であると直感し、全軍に魔法の射程内から退却するように号令し、魔法使はしんがりとして反撃する様に指示をだした。

 はたして、敵は距離を縮めると、カドモスの軍勢めがけて魔法を放ったのだった。まばゆいきらめきが草原を照らし、猛火がカドモス軍を襲ったのだが、それを防いだのは五人の魔法使い達だった。しかし多勢に無勢で魔法の威力は完全に防ぎきれずに、死傷者を多く出した。カドモス軍は今来た道を命からがら逃れると、それ以上魔法使い達は追いかけてこなかった。安全な所まで逃れ、被害を調査すると死者は百名、負傷者百五十名となっていた。

 このの状態にカドモスは支城攻略には魔法使いの増援がいると判断し、本軍まで合流しようとしたのだった。そして今来た道を戻っていくと、途中あった原っぱにでた。そしてそこで彼らが見たものは、緩やかに旗をはためかせたカルキス軍、四千だった。これだけの軍隊がどうやって背後に回ったのだと、カドモスは驚嘆した。

 前面に大軍、背後からは魔法使い、逃げ場はなかった。最後は左右の森に逃げ込むだけしかなかった。カドモス側の魔法使いは先の戦いにて全員戦死し、強引に中央突破は図れなかった。完全に袋のネズミだった。やむを得ず彼は、伏兵がいる危険性はあったが森へ逃れる道を選択したのだった。こうなうなると組織はバラバラで、皆が思い思いに森を逃げ回ることになった。なんとか敵の背後のに回り込み、本軍との合流を願ったが、地の利を持つカルキス軍は巧妙に罠を張っていた。森の中の伏兵が彼らを追い回し、開けた場所に追い込んだのだった。命からがら逃れ、開けた場所に逃れて、彼らは愕然とした。目の前は絶壁が立ちはだかっていたのである。

 三方を絶壁て囲まれた谷間に追い込まれたのだった。出口は今来た森の中、しかし、この森には次々にカルキス軍が集結しつつあり。逃れる道はなかった。カドモス軍は次第に崖に追い詰められ、眼前にはカルキスの軍勢三千が立ちはだかっていた。

「敵にはなかなかの策士がいたようだ。残った兵は四百か。ここが我らの死に場所のようだな」

 森を駆け抜け疲れ切ったカドモスは、弟分のデクスターとラエバスに言った。

「兄貴はこの崖を登ってお逃げください。ここは我らが持ちこたえます」

「馬鹿を言うんじゃねえ。村にいた時からの仲間だろう。死ぬ時は三人一緒だ」

「しかし、姫が悲しみまれますぜ」

 ラエバスは思いとどまらせようとした。

「姫には、イアソンとタキスはいる。あいつ等が守ってくれる。」

「兄貴!」

 デクスターとラエバスは涙目になっていた。

「いいか、敵左翼が薄い。そこに猛攻を仕掛けるぞ。全員一塊になって、俺の合図ととも突進だ!」

 カドモスが号令をかけると、パテリア軍はときの声を上げた。

 全軍が分厚いカルキス軍に突撃を開始しようとしたその瞬間、草原に閃光がきらめき、轟音は地面を揺らした。爆風がカドモスの体を横切り、砂煙が顔を打った。土煙を払いのけてカドモスが前方を見ると、火の巨大な柱が、何本もそそり立っていたのだった。

「魔法!」

 周囲を見渡すと草が放射状に焼き尽くされていたのだった。あまりにもの火炎にパテリアの兵士は、足が止まり口を開けていた。

 土煙がに流されて、周囲が見渡せるようになると、カドモスの眼に映ったのは、黒焦げになった森だった。巨人にひと踏みされたように、大地はへこみ、いままでそこに居たはずのカルキス三千の兵は消失していた。あまりの状況の変化に、喜びどころか、兵士達は呆然となった。

「この人並み外れた破壊力。まさか!」

 カドモスが慌てて周囲を見渡すと、なんと崖の上に二人の人が居た。芙蓉姫とダーナだった。


 ダーナに連れられ、宙を舞い降りた姫を目の当たりにして、カドモスはまだ、我が眼を疑っていた。

「間に合ってよかった。心配していました」

 芙蓉姫は草地をゆっくりと歩き、カドモスに優しく語りかけた。

「姫が、お助けくださったのですか?」

「はい、できれば魔法など使いたくはなかったのですが」

 彼女は憂いの顔を浮かべた。

「姫の助けがなくば、我々はここで討ち死にしていました。感謝申し上げます。ところでどうして、こんな最前線まで?」

「イアソンが忠告してくれたのです。貴方の命が狙われていると。そこでダーナに頼んで密かに城を抜け出しました」

「おぬしか。すまぬ助かった」

「暇だったんでな」

 カドモスが礼を述べるとダーナは素っ気なく返事をした。

「しかしどうして我々の場所が分かった?」

「愚かな質問をする。魔法に決まっているだろう」

 ダーナが手を振ると、立体の俯瞰図が現れた。それは山川、兵隊の所在、数が人目で分かったのだった。

「見ろまだ、街道の平原でカルキス軍一千が待ち構えている。姫の攻撃の音を聞いたであろうから、やがて斥候がここに到着する。再会を喜び合ってばかりもいられないぞ」

「なんということだ。これは全てが見渡せるではないか」

 初めて見る技にカドモスは興奮した。

「本軍はどうなった」

「カルキス水軍に背後を脅かされ、撤退の準備に入っている」

「我々は完全に梯子を外された感じだな。それでカルキスの支城の兵は分かるか?」

「城の守りは五百。東部方面に回された兵の大半が野戦に出ている」

「そういうことか。しかしここはヒバボラ河まで退却するのが筋だろうな」

 口惜しそうにカドモスは言った。

「確かに、正論だ。しかし我々が無事なのを知ったカルキスの知将は、残り一千数百の軍勢で河に出るまでに罠を仕掛けてくるぞ」

「確かに今回、まんまと誘い込まれた」

「そこで提案だが。逆に敵地をめざし支城を落とすというのはどうだ」

「まて、それは無謀ではないか?第一敵が待ち構えているし、支城の兵は五百もいて、我々は四百だ。とうてい落とせるものではない」

「だが、このまま河までたどり着いたとしても、本軍が全員撤退できるようにしんがりを命じられることになる。罠にはめた味方の将軍を助け、そこでこんどは本当に討ち死にするか」

「悔しいが。やむを得まい」

「我々は支城を獲ったとしても、孤立はしない。そこはイアソンがうまいことしてくれる予定だ。カドモス、敵はどうやって背後に回れたと思う?それは森を抜けるこの山道を使ったからだ。この道の先は支城に通じている。だから今度は我々がこの道を使い密かに城に迫る。敵は河の方ばかりに気を取られ、こちらに気がつくことはない。それと城攻略は私と僅かな手勢があればそれで十分だ」

 カドモスはダーナの言葉を聞いて、この魔法使いの技をもってしたら可能ではないかと思えたのだった。


 カドモスの決断は早かった、兵士等の前に立つと鼓舞したのだった。

「野郎ども!見ろ姫が助けにおいでくだされた。これで俺たちは無敵だ。さんざん森を追いかけられた礼を返さなきゃならねえ。俺たちは敵の目をかいく潜り、城を落としに行く。いいか!」

 兵士歓声を上げた。

 カドモス率いるパテリア軍は山道を一路西に向かった。その頃、カルキス軍は惨事の痕から三千の兵が魔法使いによって、滅ぼさせられたことに気がついた。兵を分散させ一挙に壊滅させられることを防ぎ、逃走したであろう東方面にてパテリア兵の逃走ルートを探索した。このときカルキス軍は自分たちの城が狙われているとは全く考えていなかったのだった。

 山道で休憩すること数回、パテリア軍は着実にカルキスの城に近づいていた。ここでダーナは必死についてきた負傷者を呼び集めると、負傷の程度に分け並ばせた。カドモス等が何事をはじめるのか、興味津々に眺めると、治療を始めたのだった。あちらこちら傷を負った者達が、傷も消え嘘のように元気になったのだった。これにはカドモスは驚き、ダーナの魔法の技は何種あるのだろうかと唸った。

 やがて到着したカドモスの軍四百は密かにカルキスの支城の森に布陣したのだった。

「城の兵は五百に対し、こちらは四百。この前の治療で負傷者は無くなったとはいえ、このまま突っ込んでは、餌食になるだけだ。城攻めの場合は敵の何倍もの兵力が通常必要とされるが、どうする?」

 ダーナが姫の魔法力を前面に戦いを挑むのでは、と警戒したカドモスは探るように訊ねた。

「そうだな。ここで姫の護衛に三百人を置き。我々は百人で城を落としにいくとしよう」

「たった百人でか?」

 カドモスは怪しんだ。

「多くては足手まといなだけなのだ。お前達は後についてくるだけでいい。話は俺がつける。お前たちは城明け渡しの残務処理要員といったところだ。まあせいぜいがんばってくれよ」

 ダーナは愉快そうにしました。

 こうして百人が選ばれると、ダーナは大通りに出ると、百人連れて堂々と正門に向かったのだった。

「よいか、今から玉を渡す、これが味方の印だ。これを持つ者は私の術の影響を受けることがない。肌身離さず持っていろ」

 ダーナはそう兵に伝えると、袋を兵隊達に渡した。小さな赤い玉だった。

「兄貴、なにが起こるんでしょうね」

 デクスターはカドモスに囁いた。

「さあな、奴を信じるしかあるまい。いいか奴が危なくなったら、いち早く助けろ。あの男失うのは惜しい」

「わかりやした」

 ダーナは百人の兵を従えて城の正面門に姿を表すと、カルキスの兵士は気がつき、警戒の銅鑼を鳴らした。続々兵士が城門の上に集まり、矢がつがえられた。

「お前達は何者か!」

 城門の上から将らしき者が叫んだ。

「パテリア軍だ。この城の代表に合わせてもらいたい」

「投降しに来たのか?」

「城を頂戴したいのだ。大人しく降参しろ」

 この言葉にカルキスの将は激怒し、一対一の決闘を挑んできたのだった。これに応じたのはカドモスだった。両者は正門のまえの広場にて、両軍が見守る中戦いを始めたのだった。カルキスの将は体も大きく、大きなハンマーを振り攻撃を仕掛けてきた。カドモスは剣を抜き向かえ打った。空気を切ってハンマーのうなりが鳴り響き、カドモスめがけて、襲った。カドモスの頭が砕かれたかに見えたとき、ハンマーは地面を強く叩き、逆にカルキスの将は首から勢いよく血を吹き出して倒れた。カドモスの勝利だった。

 パテリア軍から歓声があがった。

 すると敗れたカルキス軍は城壁の上から一斉に矢を放って来たのだった。空を埋め尽くすほどの矢が、パテリアの兵士百人を襲った。

しかし、矢は兵士達の直前の空間に刺さったかのように停止し、向きを変えると、放った射手めがけて飛んでいったのだった。狼狽える城壁の兵士をしりめに、片手でダーナは堅い城門を吹き飛ばすと、悠々と門を潜ったのだった。

 すると城の中の兵士が一斉に彼めがけて、襲いかかってきた。ダーナが再び一振りすると、地面が沼地のようになり、兵士は半身を土の中に埋もれて動けなくなったのだった。

その後ろをパテリアの兵はついてきたのだが、異様な光景に眼を見開いた。

 次の門の前はコの字に曲がって四方から石や油を投げ落とされそうだった。しかし、ダーナが石垣を軽く叩くと、地面が揺り動かされ、石積みは一気に崩壊した。倒れた門を抜けるとそこは広くなっていた。ここで待ち構えていたのは、十人の魔法使い達だった。

 ダーナの行く手を阻むように、立ちふさがった、魔法使い達は一斉に魔法の攻撃をしかけると、彼を取り囲んだ。息を尽かせぬ連続攻撃で四方から攻撃をしかけ、誰も避けることは困難に見えた。しかしダーナは前後左右上下から仕掛けられる技をことごとく防ぎ、意外な方法で解決した。カルキスの魔法使いはきちんと統制され、正確な動きをしていたのが命取りだった。ダーナは魔法攻撃を僅かに角度を変えて、流した。結果、カルキスの魔法使いは反対側に立つ、仲間の攻撃によって消し飛ぶことになった。


 魔法使いの戦いは一瞬で終わり、カドモスたちは魔法使い同士の恐るべきぶつかり合いの激しさに驚嘆していた。次に現れたのは槍を持った兵の一団だった。これらの集団が姿を見せたかと思うと、先頭を行くダーナ一人めがけて突っ込んできた。これには後ろからついてきたカドモス等は慌てて、急ぎダーナを援護に向かおうとしたが、すぐに異変に気がついた。

 ダーナが指を軽く上げると、襲ってきたカルキスの兵士は二組に分かれ戦い始めたのだった。これにはカドモスも驚き、目の前でなにが展開されているのか、訳が分からなかった。カルキスの兵は互いに槍で胸を貫き合って、地面に転がり、その横をカドモズ等は過ぎていった。

 さらに先に行くと、高台から丸太や投石を仕掛けてきた、ダーナは全ての物をたやすく空中で止めると、移動させ、空に手を振った。すると空から拳大の雹が高台の辺りに雨のように降り、地面を叩いた。それ以降、高台からなにも落ちてくることはなかった。

 門を吹き飛ばし、広場にでるとそこに待ち受けていたのは三人の魔法使いだった。

第一の魔法使いが何かを唱えると、地面から巨大な蛇がわき出した。人を一飲みしそうな巨体が鎌首を持ち上げると、カドモス等は恐れた。するとダーナが地面を叩くと、空から巨大な鷲が舞い降りて大蛇を一蹴りし、身を引き裂いてしまった。

 術が敗れたと知ると、次の魔法使いがダーナに戦いを挑んできた。どの様な技を持つのであろうかとカドモス等が固唾を飲んで見守っていると、突如男は姿を消したのだった。

周囲を見渡しても、魔法使いの姿は見受けられなかった、しかし間近に潜んで狙っている気配は、異様に皮膚に感じさせ、兵士を不安がらせた。

これに対しダーナは笑い「なるほど、こうか」と、同じように姿を消したのだった。誰もいないのに空気を切る音が無数に鳴り響き、次の瞬間、敵の魔法使が胴をを二つに切られて転がって姿を現した。いかなる戦いが繰り広げられたのか、兵士達にはさっぱり分からなかった。

 その後、ダーナは姿を現し、三人目の魔法使いに相対した。ダーナと魔法使いは向かい合い、動こうとはしなかった。二人の魔法使いの間でどのような魔法戦が繰り広げられたれるのかと、固唾を飲んで見守っていると、何事もなかった。そして、敵の男は首を傾げ周囲を見渡し、悩ましそうにその場を去っていったのだった。

「あの男は魔法使いではなかったのか?」

 カドモスは怪しみ、なにが起こったのかダーナに訊ねた。

「あの男は私の記憶を書き換えようとした。それで逆に幸せな人生にしてあげたのだ」

 このとき、カドモスは少し前の兵士達が同士討ちした理由を悟った。

 三人の魔法使いが敗れると、交代するかのように多くの兵士がなだれ込んで来た。身動きもできない数だった。敵味方入り乱れての乱戦に持ち込み、同士討ちを恐れさせ、魔法を使わせないようにする策だった。するとダーナは手で空中を掃くと、瞬く間にカルキスの兵士は倒れ、寝入ってしまったのだった。恐る恐る兵士が、地面で寝息をかいているカルキス兵をつま先で軽くつついてみても、深く寝入っていて、起きる気配はなかった。

いよいよ城の深くに至り、ここは建物で溢れていた。食料庫、武器庫があり城の本丸だった。

 ここでも魔法使いが待ち構えていて、挑戦してきた。敵の男は早かった。二十歩以上離れていたのに一瞬で、ダーナの目の前の現れ、剣で刺してきたのだった。次の瞬間、ダーナは十歩離れた所にいた。男は逃した事に気がつき、ダーナを追いかけた。そうして二人は本丸の中から、あちらこちらに姿を現し、カルキスの魔法使いが一瞬集中力を切らした時、ダーナは背後をとり決着がついた。

 どうやら、この男が魔法使いとして最後の男であったようで、次に挑戦してくる魔法使いはいなかった。全ての技においてダーナはカルキスの魔法使いを超えており、その強さは抜きんでていた。カドモスはダーナが持つ自信というものは、この実力に裏付けされたものであろうと実感した。残る多くのカルキスの兵士は怯え、戦いを挑んでくる者はいなかった。その中をカドモス等は悠々と進んだ。

ダーナが指揮官の所在を訊ねると、兵士は物見櫓の隣の建物を震えながら指さした。一同がその建物の中に入ると、指揮官らしい服装の男が副将を従えて、待ち構えていた。

「これだけの人員に装備がありながら。魔法使い一人に落とされるとはな」

 指揮官は恨めしそうにダーナに言った。

 するとカドモスが前に進み出た。

「私はパテリア国の将カドモスだ。我々は貴方の味方にさんざん森で追いかけられましてな、住まいがないので、今日からここを住まいとする。悪いが出て行ってくれ」

「ふん。まあいい。一時の間、貸し与えるとしよう。それで兵士の身の安全は保証してくれるのだな」

「無論」

「ならば、この城を明け渡すとしよう。しかしだなお前達はどうやってこの城を守るというのだ。援軍はないというに。食料も無尽蔵にあるわけでもないぞ」

「ならお前達の王都から頂戴するとしよう」

「けっ、なにを馬鹿な」

 そう言うと指揮官は配下に城の明け渡しの命令を出したのだった。こうしてカルキスの将兵が城から立ち去り、支城にはパテリア軍が駐屯することになった。


 支城陥落の知らせは東に展開していたカルキス軍の指揮官を驚かせた。彼にとって策にはまり瀕死状態だったパテリア軍が、意表をついて城を攻めるとは予想外だった。しかしパテリア軍の魔法使いの応力を甘く見積もった自分にも責任があると反省した。

報告によれば、僅か百人のよって城は落とされたということであった。魔法使いを加えた戦争は今までの常識を覆してしまうものだった。

これにより、途中の支城を押さえられ兵站が苦しくなった指揮官は、一旦王都まで退却し、支城を再度取り返かえすことを心に誓ったのだった。


 カルキスの城の上に立って、カドモスと芙蓉姫は銀の星々を眺めていた。

「異国の地だというのに、星の姿は変わらないのですね」

 しみじみと彼女は言った。

「むかしから、そうだったのだから、これからも変わらないでしょう」

「千年後もこうして、空を見上げる人々も同じ星空を見るのですね」

 眼下には、かがり火が点々と城内を照らしていた。

「それが永遠だからでしょう。しかし地上に生きる我々は、今日を生きるのが必死です。なんとかけ離れたものでしょうか」

「だとしても、私たちの心にも、あの空のように普遍なものがあると思います」

 姫はカドモスを見つめました。

「姫、私はダーナの戦いぶりを見て、彼の言っている意味が少し分かったような気がするのです」

「それは、なんですの?」

「彼は、魔法はこの世界に存在してはならないと主張しています。彼は優れた術者であるのでいち早く悟ったのでしょう。この城を落としたとき、彼の技は人のなせる技ではありまでんでした。こういった魔法世界がこの世界に現れることは混乱を引き起こすのではないかと実感しました。今回は我々の魔法が優位でした。しかし、明日思いよらない魔法が現れ滅ぼされるかもしれないのです。我々は非常に不安定な世界の放り込まれたようです」

 カドモスは正直に胸の内を打ち明けた。芙蓉姫はカドモスの手を取ると、優しく言った。

「貴方が私を守ってくれたように、私も貴方を守っているのですよ」

 彼女の真剣な眼差しに、思わずカドモスは抱きついた。

 姫は身動きがとれず一瞬驚いたが、微笑むと、それを暖かく許した。

 メディカス老師は長々と説法してますが、悟った人に語らせるには大変です。俗物が高尚なことを書くのは結構、骨が折れます。あまりにも理屈ぽくて物語をぶち壊したかもしれません。

 さて、魔法の世界でどんな世界?これって迷いますよね。おジャ魔女ドレミ、プリキュアとかリリカルなのは、みたいでいいのか?、ちょっと分かんないです。そこで魔法の世界をどの様に描くかということで、過去の文献における魔法の世界を参考にしちゃいました。ずばり、翡翠記の魔法のベースはエジプトの魔法の世界です。もちろんエジプト臭さを消すために、アンク、とかカーとかホルスの眼などの固有名詞は出していません。ですからEliphas levi, Arther Edward Waite , Aleister Crowly などの英国の魔法を期待されたらちょいと違います。エヴァンゲリヲンに登場する生命の樹みたいなユダヤ神秘主義も登場しませんし、英国のハリーポッターみたいな、おばちゃんの魔法世界でもありません。

 ただし、エジプトの魔術を描いているといっても、文献が多くあるものでもなく、内容は「死者の書」によるもので、作者が高校生の時読んだ、文語体で書かれた著書を思い出して描いている程度のものです。かなりいい加減です。

 さて翡翠記では言葉をメインにおいてありますが、それは上記の理由によってです。エジプトの魔術の世界では「言葉」というのは重要なもので、イシスが魔術の女王となり得たのは太陽神ラーの名前の秘密を知ったからなんです。名前とか言葉てのは魔術の中心なんですね。もちろん数も。(古いセフィロは、生命の樹形状ではない)死者の書によれば魔法の世界では言葉(呪文)の知識は必修科目でそれを知らないと生活できません。一種独特の世界と言えます。他にエジプトにはオシリスの密儀なるものもありますが、翡翠記では採用してません。

 翡翠記では過去の文献を多少アレンジした世界観を展開させています。本来ここの部分は主人公の兄弟子、魔法使いの「グノー」に語らせるつもりなんですが、なんせ彼がハイスペックで一人でパテリア王国を滅ぼしちゃいそうな勢いなので登場できないでいます。それでここでちょいと解説しときます。特徴的と言えば翡翠記の魔法の世界は 思念=行動(形) で直結した世界という設定なんですね。仙人が空を飛んでいて地上のギャルを見下ろして色情を抱いた途端、真っ逆さま地面に落ちるという話みたいに、思った事が形に直結する世界です。キリスト教的表現では「女を見て色情を抱く者は姦淫したと同じ事」という事にないますかね。なんか小難しくなりましたかね。時間の流れは、そのうちやります。

 とはいえ、翡翠記は軽い乗りでRPG要素を入れて書いているので、ご気楽に読んでください。


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