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第43回 芙蓉記 第4話 魔法の国

<芙蓉記登場人物リスト>


カドモス  (六合星のカドモス)中原からの流れ者

ダーナ   (勾陳星のダーナ)元オレア国天文官 魔法使い

イアソン  (貴人星のイアソン)知将、元行商人

タキス   (天空星のタキス)双鞭の使い手 魔法使い

芙蓉姫   パテリア第三王女


デクスター カドモスの弟分

ラエバス  カドモスの弟分


ミケーネ  占い師、(アルマロスのミケーネ)


<諸国>

パテリア  北の山岳地帯ある小国

エーリス  パテリアの西にある同盟国、第二王女の嫁ぎ先

ピュロス  パテリアの東にある同盟国、第一王女の嫁ぎ先

テゲア   パテリアの南にある中立国

シプノス  ピュロスの南にある国。ピュロス領への野心あり

メガラ   山岳の諸国より盆地地帯にあり軍事力を強めている

カルキス  大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス


オレア   中原の大国。後の王都フローレオ近郊

バールバス オレアと覇権を争っている国。ユンクタス河から移動して来た。


<翡翠記登場人物リスト>

グノー    主人公の兄弟子 魔法使い

メディカス  僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術

ホーネス   スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手

デュック   元宰相の子(斜行陣のデュック)参謀、双鞭の使い手

アスペル   女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手

エコー    ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー

フィディア  芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴


グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘


ドクトリ   オリムメガラの魔法使い、古代魔法を復活させようとしている

ビルトス   主人公の師(本名ダーナ

ベロックス  ヘテロ青竜騎士団団長

マリラ    ビリーの妻

イーリス   ストレニウスの妻


 ナティビタスの女官は新しい支配者に少々戸惑っていました。今まで宮中を警護していた近衛兵は極端に少なくなり、彼らは歩兵に編入され、王宮は裸同然の状態になったのです。このように人が少なくなると宮殿は廃墟のようで、不審者が入り込んでふいに襲われわしないかと彼女達は心配をしたのでした。ところが、王宮は何かに守られているようで、これまでに三十名のくせ者がとらえられたのでした。ほとんどが盗人でしたが、間諜らしき者も混じっていました。物騒なことに四件の暗殺未遂事件があり、一名ほどを捕り逃がしていました。それで女官達は不思議がり、王宮内を見えぬなにかが徘徊しているのではないかと、気味悪がりました。

 宮中の大きな変化はこれ以外では女官の数が増えたことでした。古都の王宮は、遷都後空屋の状態であり王族が住んでいませんでした。そのため彼女等の役目は定期的の行われる祭事と王宮の手入れに限られていたのです。ところが今回先王の姫が住まわれることとなり、彼女等の仕事も増えてしまいました。王都の女官と違い、祭事ばかりやっていた彼女等も忙しい毎日を過ごだなくてはならないようになったのでした。

 新しい姫様について、彼女等は本物かどうか囁き合いました。王族にしては姫様が儀礼に疎く、怪しむ者もいました。しかし他の者は亡命生活でそれを学ぶ機会もなかったことであろうと解釈し、姫が平民と違い貴族階級のような立ち振る舞いを感じるので、本物である可能性はあると思ったのでした。姫様が本物かどうかは結局結論が出ませんでしたが、彼女等の一致を見たのは姫様は本物であるかのように美しいということでした。ただ女官を戸惑わさせたのは姫様が女魔法使いだったことでした。

 今日も宮殿の庭にて、轟音が鳴り響きました。女官たちは、魔法使い達がいつもの様に技の修練に励んでいるのだと、音のする方をあきれたように振り向きました。

「まだ成文法が正しくないようだ。雷撃の力が増したが、命中精度が低下した。よく考えて技を放しなさい」

 ドクトリが注意すると、グレーティアは頷きました。

 宮殿の庭で雷鳴が轟き、焦げたような臭いが辺りに広がっていました。

「おもいきり技を放すといい。この城の防御機能が建物を守ってくれているようだから、何の被害もでない」

 ドクトリが促すと、彼女は呪文を唱え雷撃で地面を叩いたのでした。

「よろしい。だいぶよくなった。これで上級魔法使いの仲間入りだな。なかなか飲み込みが早い」

 ドクトリは愉快そうに彼女に話しかけ、ゆっくりと庭石に腰掛けました。

「次は風撃でも試みてみよう。できるかね?」

「他の魔法については、うまく使えません」

「ならばお手本が必要だな。エコーおまえの技を見せてくれ。」

 一緒に眺めていたエコーは前に進み出ると、一気に風撃を放しました。風を切る音が響き、空気が無数に切られました。

「ほう。なかなか素早いな。呪文を唱える時間が極端に短いし、一度に複数の技を放すとはな。なかなかの使い手だ。師匠は誰だ?」

「青竜騎士団長のベロックスです」

「あの、ヘテロの男か。道理で特徴があるな。彼の早業はパテリアでは恐れられている」

 ドクトリは納得したようでした。

「やっている。やっている」

 庭に飛び込んできたのは、プエラ達でした。彼女に引っ張られてきたのはフィディアで他にイーリス、ソロア、マリラが続きました。ドクトリは魔法の指導の手を止めると、何事であろうかと彼女達を見ました。

「先生、お茶にしません?」

 彼女達の手にはバスケットが握られていました。

 ドクトリはグレーティアに疲れが見えたので、頃合いと判断し、小休止を与えることとしたのでした。

「さすが、古都だわ。町にはいろんなおいしいお店があるの。これが今日の収穫だわ」

 プエラはそう言うと、バスケットの中から菓子をどんどん取り出して、みんなに手渡しました。菓子は上品な作りで、甘くふんわりとしてました。お茶はルーバス産で、苦みが強いがすっきりとした清涼感を与えるものでした。

「師ビルトスの禁断魔法のことにおたずねしたいのですが」

 グレーティアが尋ねるとドクトリは顔を少し厳しくしました。

「古の魔法のことか。現在我々が使う魔法は四大五元に基づいたものばかりだ、火属性、水属性とかな。しかし魔法の技をそれにとどまるところではない。世界を無数の歯車の集合体と仮定しよう。我々の魔法は末端の歯車を操作する。物質的変容としてな。それは火炎などとして現象化する。しかしさらに元となる場所の歯車を操作したとするならどうだろう。現象はさらに大きく変容をみせる。このまえパテリアとの会談の場にて雷撃を空間を曲げて防いだ者がいる。何者かが元の歯車を操作したのだ。こういうまねは私たちにはできない。この技こそ古の魔法であり。ビルトスが研究していたものなのだ」

「あの時、雷撃が外れたのは偶然でなかったのですか?」

「そうだ、我々をはるかにしのぐ使い手が、いたのだ」

「虎の爪に捕まった時、目が覚めると魔法城が破壊されたのを目撃したことがあります。」

「あの現場にいたのか?」

「はい、不思議なことに、城に残った魔法の爪痕が、師ビルトスが使っていた禁断魔法と似ているのです」

「それは禁断魔法イルマットのことであろう。そうとも古の魔法だ。」

 ドクトリはおもむろに立ち上がると、呪文を唱え始めたのでした。すると目の前の空間に球体の暗い闇が出現し、不気味なうなりを上げていました。一同は不気味さに恐れ、声も出ませんでした。

「先輩のビルトスが古の魔法のうち、一番研究していたのがこの技だ。残念ながら完成していない。制御不能といったところだ。この闇は全てを食い尽くす。たとえ魔法城であうともな。だがそれを制御できる使い手がいるというのか」

 ドクトリが思索していると、球体の闇はあたりをゆっくりと漂い始め、一同は黒い球体に目が釘付けになっていました。やがて球体は壁をかすめると、大きく円を描き上昇したのでした。その軌跡を追いかけると、壁の一部が丸く削り取られていたのでした。

一同は球体の危険性に気がつき、恐る恐る見上げると、なんと黒い闇がこちらに向かって舞い降りようとしているのがわかりました。このときドクトリは我に返り、慌てて止めようとしましたが静止が効かずそのまま彼女達の方へ落ちて来ました。エコーは慌てて風撃を放しましたが、技は闇に吸い込まれて消え、グレーティアも近くにあった棒で打ち落とそうしましたが、棒の先端があっさりと食われてしまったのでした。そして彼女達の目前に迫った時、突然黒い球体は消えたのでした。

 フィディアは頭を抱えてうずくまり、イーリスとソロアは抱きついていました。

「なんてことするのよ。この下手くそ!扱えないのならそんなもの出すんじゃないわよ」

 危険が去って、プエラは激怒。ドクトリに詰め寄りました。グレーティアはやっとのことでプエラをなだめ、彼女の気持ちを別のものへ向かわせようとしたのでした。

「フィディア。この前の芙蓉記の続きを聞かせてもらえないだろうか」

 グレーティアの突然の申し出に、フィディアは驚きましたが、プエラの癇癪が治まらないので納得すると、竪琴を片手に語り始めたのでした。


 昼間というのに天井には星が輝いていた。

軍事強国のメガラを滅ぼしたパテリアは山岳地帯の大国となっていた。これは追い詰められたネズミが猫を逆に倒したようなもので、まったく予想外の出来事であった。パテリアとしては、領土の野心はなかったのだが、必死の防衛の結果が、野心を抱くメガラ以上の成果を上げたのであった。パテリアは山岳国の盟主となり、軍はメガラに留まっていた。

 メガラの王宮にて星を見上げていた芙蓉姫は、未来に不安な気持ちを抱いていた。やっと侵略国であるメガラは滅びこれ以上、国の危機は去ったはずであったが、星の輝きが戦いを望んでいるように思えたのだった。

 芙蓉姫はため息をつき振り返ってみると、そこに立っていたのはミケーネであった。芙蓉姫は驚き眼を見開いた。

「見事な戦いでした。私の補助もいりませんでしたね」

 ミケーネは笑みを浮かべていた。

「どうやってこの王宮に?」

「造作もないことです」

 ミケーネが指を振るとテーブルが出現した。

「お茶でもいかが」

 そう誘われ、芙蓉姫は納得すると、それを断った。

「私はこれ以上、人を殺したくありません」

 彼女が訴えるように言うと、ミケーネは涼しい顔で答えた。

「それは無理なことね。望む望まないにかかわらず、戦わなくてはならないの。これからもっと大変なことになるのよ」

「どういう事ですか?」

「魔法使いはあなただけでは無くなるということなの」

「私以外に魔法を使える者が現れるのですか」

 姫は声を大きくした。

「あなたが覚醒し、世界の改変が行われたのよ。この地は魔法の世界となるの」

「魔法の世界ですって」

 彼女は狼狽えた。

「これから多くの魔法使いが現れるわ。面白いと思わない?あなたみたいな技をみんなが使うの。魔法は特別なものではなくなると言うことよ。だから貴方は自分の力に怯える必要はないの。安心しなさい」

「私の様な者がたくさん現れるというのですか。あの魔法が私たちにも襲いかかってくるというのですか」

 姫は怯え、目に焼き付いていた惨事が、ありありと蘇った。

「そういう事になります。でも安心なさい。貴方には一日の長があります。それに貴方の周りにも魔法使いがやって来ます」

「魔法と魔法の戦いになるのですね。なんと恐ろしいことでしょう。私は民をどうやって守れば良いのでしょう?」

「それは簡単な事だわ。魔法使いを倒せばいいのよ。それより急がなくては成らないことがあるわ」

「なんです?」

「魔法の世界の朝が来て、目覚める者達は、良い者達とは限らないのよ。そう、素質を持った者だけが魔法を手に入れる。人徳は関係ないのよ」

「それは、無頼の者や盗人もそうなると」

「その通りよ」

 姫は家々が魔法で壊され逃げ惑う人の姿が思い浮かんだ。

「カドモス」

 思わず姫はつぶやいた。

「彼に期待しては駄目ね。無駄死にさせることになるわ。いいこと相手は魔法使いなのよ」 彼女はその意味が分かった。

「つまり私がしなくてはならないと言うこと・・・・」

「その通り。貴方が魔法の世界への扉を開いた。貴方は魔法使いの女王なの」

「そんな、私はそんなこと望んでいません。どうか元に戻してください」

 震えながら、姫は懇願した。

「もう後戻りはできないのよ。これがパテリア国が生き残った代償というものよ。また会いに来るわ」

 姫が呼び止めようとしたが、ミケーネは指で円を描くと突如消えてしまった。そこに残された芙蓉姫はへたり込んだのだった。


 カドモスはイアソンとメガラの残存兵が西部の支城にて抵抗をみせており、これをいかに攻略するかで協議していた。兵力が少ないメガラに残兵の士気は衰えず、頑強な抵抗を見せる背景は、背後にあるカルキスの存在があると二人は読んだ。さらに警戒しなくてはならないのは味方であるパテリア王の動向であった。カドモズに好意的でない王がどんな罠を張っているか見極める必要があった。

 二人は暫く話し合いを続けていたが、いつまでまってもタキスが訪れないので、何事かあったのかと心配していた。すると、タキスが目眩でも起こしたかのようにドアに体を打ち当ててふらつきながら部屋の中に入ってきた。

「どうした!具合でも悪いのか?」

 カドモスが心配して、彼の体を手で支えようとしたが、タキスはそれを頼りにせず、ふらふらと机に近づくと、椅子に体を投げ出すように座った。

「酒でも飲んだわけでは無いみたいだが」

イアソンは鼻をで確かめると、タキスはそれに意を介さず、

「数字と文字酔いだ」と答えた。

「なんだそりゃ?」

 イアソンはこ首を傾げました。

「数字と文字が周囲の物から溢れ出して、洪水の様なんだ」

「可笑しな事を言うな」

「俺は幻覚でも見ているのか」

 タキスは額に手をやった。

 そこにやって来たのは芙蓉姫だった。彼女は思い詰めたように中に入ったのだが、二人がタキスを心配そうに介抱しているのに出くわし、狼狽えた。

「姫、どうなされました?」

 気がついたカドモスは芙蓉姫に対応すると、彼女は構わずタキスの心配をしました。

「具合でも悪いのですか?」

「なにか幻覚のようなものを見ている様なのです。なにやら文字で辺りが溢れているようなのです」

 もしやと思い、姫はタキスに近づき、言ったのでした。

「貴方は私と同じ魔法使いになったのかもしれません。いいですか思い浮かんだ言葉を唱えなさい」

 命じられるまま、タキスは何かをつぶやき、その瞬間空気を切る音がして壁に横一文傷が走ったのだった。この現象にカドモスとイアソンが声を失い、立ちすくんだ。すると幻覚が終わったのか、カドモスは頭から手を放し晴れ晴れとした顔になっていた。

「姫、これは?」

「そうです。貴方は魔法使いになったのです。その幻覚は魔法の言葉が出口を求めて迷っていたからの出来事だったのでしょう」

 姫は胸に手を置きました。

「壁の傷から、どうやらその様だな。これで姫の負担が軽減されて助かる」

 カドモスはタキスの肩を軽く叩きました。すると芙蓉姫は顔を曇らせカドモスに言ったのだった。

「大変ながこれから起きるのです。実は私はミケーネから、この世界が魔法の世界になったと聞かされたのです。そして私のような魔法使いが現れると予言されました」

「魔法の世界?」

「そうです不思議な技が日常となる世界です。このことで私は不安になり貴方に相談しにやって来たのです」

「そして、新しい魔法使いの誕生に出くわしたというわけですな」

 イアソンは厳しい顔をしました。

「仲間に魔法使いが増えて、結構なことぢゃないか」

「いや、そうともいえない。ここが魔法の国となったというのであれば、当然敵にも魔法使いがいるようになったずだ。逆に優位性が無くなったということだ。」

「なるほど。敵にも軍を焼き尽くす者が現れたということか」

 カドモスが苦々しくしていると、芙蓉姫が訴えるように言いました。

「そうではないのです。ミケーネから言われました。魔法の資質は良き者だけに授けられるのではないと」

「そうか、ちんぴら共も対象となるか」

「国と国の戦の前に、治安が急がれるということか。だが魔法使いをどうやって鎮圧する?」

「魔法使いには魔法使いを使うのが良いだろう。まずは我々に協力できる魔法使いを集め、数で圧倒するしかあるまい。とりあえず我々は一名確保した」

 イアソンはタキスに視線を送ると、彼は軽く頷いた。

「私も協力できます。」

 芙蓉姫も協力を申し出たが、イアソンは却下した。

「魔法使いを集めるのは私たちが行います。姫にはタキスに魔法の使い方をお教えください」

「そうです。少しでも優位に立つには、数を集め、教育する必要があります。魔法の世界となったのであれば早く順応したほうが勝ちです。我々は一歩リードしています」

 カドモス、イアソン、タキスの三人はもう頭を切り換えていた。この様子に芙蓉姫は不安から少し解放されたような気持ちになったのであった。


 このことはパテリア王に伝えられ支配地域で異変が生じた者は直ちに報告するようにとの命令が下った。イアソンは芙蓉姫より魔法の使い方を習い、技を放つこつを得たのだった。

 西部の支城にこもるメガラの残党はほどほどに対応し、今は魔法使いの発見にパテリアは全力を注いでいた。幻覚を見るようになったという人物の噂を聞きつけると、馬で駆けつけ城に集めたのだった。こうして程なくして四百人近くの魔法使いを集めたのだった。

「少し強引すぎたかな」

 カドモスが尋ねると

「仕方あるまい。説得に応じなければ無理矢理にでもしないとな」とイアソンは返した。

「他国では、そろそろ異変に気がつき始めるころだ。魔法使いだと気がつくのにどれだけの期間があるか。その頃には我々は魔法使いの治安部隊と魔法使いを編入した軍団を創設しておきたいものだ」

「その点は順調と言える。今隊の規律や魔法についてタキスが指揮と取っている。まもなく精鋭が出来上がることだろう。それとは別だが、何故か最近女の狂人が発生している。これは関連があるのだろうか」

 二人は魔法使いの魔法使い達の仕上がり具合を確かめにタキスのもとを訪れた。タキスは大忙しで部下に指示を出しており、彼らがやってきたことに気がつかないでいるようだった。

「お疲れさん」

 カドモスが声をかけると、やっとタキスが顔をあげた。

「この前つれて来た奴だが、不満たらたらだったぞ、首に縄をつけて引っ張って来たのかい?」

「ネックレスじゃなく、きれいな腕輪のサービスだったかな」

 カドモスが茶化すと

「まあいい」とタキスは諦めた。

「だいぶ使えそうに、なったか?」

「治安部隊を優先的に育てている。町で覚醒した無頼漢の魔法使いがいて、これを鎮圧するため初の実践をした。相手は魔法についての素人であったことと、こちらの人数が多かったこともあって治安を維持することができた。残念ながらその男は魔法で切り刻まれて無残な最後だったがな」

「軍隊方面はどうなっている?」

「こちらも試行錯誤でな。使える魔法を調べながら訓練をしている。この部分ではおまえ達の意見も聞きたい。われわれは魔法にどんな種類があるのか全く分からないでいる」

「苦労は多いが、その点を解明してくれれば他国より有利になる。その舞台としては西のにこもる残党の巣を相手にしようと思う」

 イアソンが具体的目標を言うとタキスは腕を組んだ。

「四百人近くを集めてもらったが、戦闘として使えるのは三百人なんだ。その一部は治安舞台に配属され、軍隊には二百人弱といったところか。あと百人は戦闘には使えない、補助要員だな。植物の成長を促進したり、幻覚を起こしたりとか、簡単な治癒を行ったりみたいなものだ。魔法は多種多様だな」

 カドモスは難問を押しつけられ苦戦しているタキスを同情し、注文をつけるのを控えることとした。そして全てを知る女として占い師のミケーネを思い起こしたのだった。


 カドモスは弟分のデクスターとラエバスを伴って、拠点にしているメガラの王都より南に向かって馬を進めていた。今回は山沿いの村の娘が悪魔に魅入られ奇行をしているとの情報を得ての出発だった。タキスによれば魔法使い化するときの幻覚症状の後、何故か女性は発狂することが多く、理由が分からず首を傾げていた。村の事件もその症状の現れであり早く収容し幻覚から解放する必要があるとのことだった。

 三人が村に着いてみると、家から火の手があがり黒煙が空に舞い上がっていた。何事かと、三人は馬を走らせると村人が逃げ惑っている姿を目撃した。馬から下り村の坂道を一気に駆け上がると、そこにはケタケタと笑い建物を燃やし尽くしている狂気の娘と出くわしたのだった。

「いかん、女魔法使いだ。うかつに飛び込めばこちらが餌食になってしまう」

 カドモスは物陰で二人を止めた。

「兄貴、ありゃ本当に気がふれてますぜ」

 ラエバスは物陰から様子を見ました。

「説得と言うわけにはいかないだろうな。このまま放っていたらこの村が焼き尽くされてしまう。可哀想だが始末するしかあるまい」

 カドモスは剣を抜くと、物陰に隠れながらデクスターと共に、娘に近づいていった。ラエバスはその場に留まり弓をつがえて援護に回った。至近距離にカドモスは近づくと、娘が狂気に笑いながら後ろを見せた時、一気に襲いかかった。地面を蹴る足音に娘は振り返り魔法を放そうとした。しかしその瞬間、右腕に矢を受けひるんでしまった。このときを逃すまいとカドモスは剣で娘の胸を貫こうしたところ、先の矢の痛みで娘は地面に倒れ、剣は外れてしまった。娘は苦痛に地面に転げ回り、慌ててカドモスは地面に剣を突き立てようとしたところ、娘から火炎が飛び出してきたので、反射的にこれを避けた。しかし服に火がつき、慌てて退却するとデクスターは彼の背中の火を消した。

 腕に刺さった矢を抜いた狂女は、カドモス達に怒りの形相を見せると、火炎を放ってきた。三人は横に逃げ建物に隠れたが、業火が家を襲い粉々に吹き飛ばしたのだった。その後逃れるように走ったものの、魔法使いの火玉が襲いかかり、隠れ場のない草地に追われてしまった。カドモスはしまったと、舌打ちし、小川まで走り抜けようとしが、それより早く業火が襲ってきたのだった。

 カドモスがしくじったと心で叫んだとき、狂女の放った火球はその威力を空中で止められいた。三人がなにが起きたか驚き振り返ると、そこには火炎と水がぶつかりあっていた。(これは魔法・・・)

 カドモスが状況を把握し、村の入り口の道を見ると、一人の男が立っていた。狂女は攻撃の矛先をその男に向け、両者の魔法使い同士の戦いとなった。当初その力は拮抗しているかのように見えたが、次第に力の差は明らかになり、彼女は水の中で溺れ死んだ。

 男はそのまま立ち去ろうとしたが、カドモスは慌てて追いかけた。

「そこ御仁、お待ちあれ」

 すると男は立ち止まり、振り向いた。

「お助け頂き有り難うございました」

「礼には及ばない、この国には前からあの様な者がいたのか」

「魔法使いのことかな」

「魔法使い?」

 男は初めて聞く言葉のようだった。

「あなたも使った不思議な技だ。俺たちはそう呼んでいる」

 すると男は理解したように軽く頷いた。

「噂では、北の国々の戦いで、軍団が一瞬で焼き殺されたと聞く、それは本当のことか?」

「誠だ。我らが主。芙蓉姫のことだ」

「おまえ達の主だと」

 男は眼を大きくした。

「我らはパテリア国に仕える者だ。今メガラは我々の支配下にある」

「この国ではいつから魔法を使うようになった?」

「ここ一月ほどだな。だがそれ以前は姫一人だ」

「そういうことか」

 男は背を向け立ち去ろうとしたので、カドモスが押しとどめようとしたが、突如男は姿を消したのだった。彼は驚き周囲を見渡したが、周囲には農地が広がっているばかりだった。


 数日後、突如メガラ王宮に侵入してくる不審者があった。その男は正門から堂々と入城し、警備兵を眠らせると、無人の城を歩むかのようにどんどん奥に進んだのだった。

イアソンは何者かが宮殿に侵入したとの知らせに急ぎ、駆けつけると、広い王道を一人の登ってくる男を目撃した。たった一人歩んでくる姿を目撃し、これは何かあると察したイアソンは警備兵を待機させると魔法使い二名に捕縛を命じた。魔法使いの一人は幻覚を起こし、もう一人は離れたところから物を動かす技を使えた。

二人の魔法使いは、男の前に立ちはだかり、行く手を止めた。

「何者!ここは王宮と知ってのことか」

 魔法使いは指を指して、問いただした。

「ここに芙蓉姫がいると聞いた本当か」

「その通りだが、姫になんの様がある?」

「芙蓉姫を捕らえに来た」

「なにっ!」

 言うやいなや、魔法使いが指を指し示すと、男は急に立ち止まり周囲を見渡す仕草をした。端からは何も無いようだが、男には周囲を闇に囲まれたように見えたのだった。しかし男が気合いをいれると、幻影は吹き飛び、魔法使いは尻餅をついたのだった。仲間が破られたと気がついたもう一人の魔法使いは、男の周囲の周囲に三十本ばかりの刺股を出現させると攻撃を始めた。男を囲み縦横無尽に刺股が襲いかかったが男は、これらを軽々と交わし雷撃にて粉砕すると、突如魔法使いに迫り眠らせた。

 男の強さに驚嘆したイアソンは、物理攻撃は不可能と感じ自分の舌先がふさわしいと判断した。彼は拍手しながら近づいていったのだった。

「おみごと。貴方が並の方ではないと分かった。それでこの王宮になんのご用です」

「世の混乱の元凶を捕らえにきたのだ」

「元凶なんの事です?」

「今、魔法使いに成る者が現れ、社会を混乱させている。その元凶はここに住む芙蓉姫と判断した。」

「われらが主はその様な方ではありませんぞ」

「どうかな」

「ならば直接、姫に会って判断したらどうだ」

「よかろう」

 男を挑戦的態度を受けるとイアソンは部下に指示を与えた。男はイアソンに連れられ宮殿の奥へと進んだのだった。宮殿の大広間に芙蓉姫は次女達とともにいた。脇はカドモスとタキスが守っていた。

「この方が殿下であらせられる」

 イアソンが紹介すると、男は深々く礼をした。

「おぬしは!」

 驚いたのはカドモスだった。

「どうしたのです?」

 その様子に姫は彼に問いました。

「この方に、村で狂女に襲われた時に救ってもらいました」

「そうですか」

 そうして姫は男に向かい語りかけた。

「家臣をお助け頂き有り礼をいいます。それで私になに用でしょう」

 すると男は恭しく言った。

「お目通り頂き、有り難うございます。いま世界に魔法使いが出現し混乱をしております。心正しき者がこの技を得ればよいのですが、悪しき者や気がふれた者も魔法を使う事態になっています。しかし一番の問題がこの技を国が使うようになることです。そうなると今以上に多くの命がなくなることになります。それで私はこの問題を解決しようとしました」

「それが姫とどんな関係がある?」

 カドモスは口を挟みました。

「全ての現況は姫から現れていると判断しました」

「それで、どうしたいのです」

「魔法使いの発生を止めて頂きます」

「私にはできません」

「では、お命を頂戴したい」

 この時、タキスが動き空撃を放すと、男は空撃でこれを受け止めた。二人の間に魔法の力がくすぶった。

「タキス。おやめなさい」

 芙蓉姫が指示すると、タキスは攻撃をやめた。

 カドモスは激怒した。

「黙って聞いていれば推測にしかすぎないのではないか。いったいどんな理由だ」

「私は中原のオレア国で天文官をしていた。最近天井に怪しい星が現れ、それを観測していると北から異変が生じているのが分かった。程なくして、魔法使いになる者が現れ社会が混乱し、その原因を天球にて調べると、この地より発生していた。そして心の衝動が私にその地に向かうように指し示しているようだった」

 カドモスはもしやと思い彼に尋ねた。

「あなたは何かの星に導かれていないか?」

「私は勾陳星を追いかけて来た」

 するとカドモスは眼を輝かせて、微笑みました。

「その衝動は勘違いだ。姫を倒すためのものでない。むしろ守るためのものだ」

 男はカドモス言葉に心が揺らいだ。

「私も中原から六合星を頼りにこの地にやってきた。イアソンは貴人星、そしてタキスは天空星だ」

「この衝動は原因を察知したからというのでは無いというのか」

「そうだ、おまえは俺たちの仲間だ。いいことを教えてやろう。姫に魔法を教えたのはミケーネという女占い師だ。こいつに尋ねれば全てが分かるだろう」

「ミケーネ。何者だ」

「謎の女だ」

「その女はどこで会える?」

「姫を訪ねてくるのだが。まったく不定だ」

「ならば、また出直すとしよう」

 男が立ち去ろうとすると、イアソンが呼び止めた。

「どうだろう。ここで留まって女を待つというのは」

「だが、私は魔法使いが現れた原因は姫にあると読んでいるのだが」

「その考えは尊重するが、俺は単に誤解しているとしか思えないのだ。どうだろう女の話をい聞いて判断するのなら、それまでここで待つというのは」

「構わんが」

「姫、そういうわけで。彼を客人として迎え入れたいのですが」

 イアソンが同意を求めると姫は承諾した。

「歓迎する。俺はイアソンだ」

 イアソンが手を差し伸べると

「ダーナだ」

 と男は返した。

 男の敵愾心が和らいだので芙蓉姫は天文官であったダーナに尋ねた。

「天に新しい星が、輝いていますがなにかご存じですか?」

「あの星は恒星でもなく、惑星でも無く、しかし彗星とも違います。あっては成らない星といえます。不思議なことに、場所を変えると角度が変わります」

「これまで現れたことはないのですか?」

「伝承によれば、神話の時代に現れたとか。定かではありません」

「神話の時代にですか」

「これは作り話の類いのものです。神代、神々の戦いあり。七つ星の妖星が天空に登り、ムリティ山脈の彼方、草原に神剣眠るとあります」

「星は七つなのですね?」

 芙蓉姫は念を押した。

「はい。しかし星は一つしかありませんが」

「ミケーネは七つと予言しました。偶然ではないのでしょう」

 姫の思い詰めた様子に、ダーナは理解できないでいた。しかし、ここには世界の秘密が潜んでいると直感した彼は暫く、彼らと行動を共にすることは正しいと判断した。


 パテリアは四百人ほどの魔法使いを揃え、組織化を始めていた。姫の命を狙う魔法使いが加入したので、少々不安はあったもののタキスは歓迎しパテリアでの魔法使いへの取り組みを説明した。それによると、パテリアの主目標は魔法の他国に先駆けての軍事利用と、魔法兵団の組織化、また治安部隊としての魔法要員を揃えること。魔法の原理の究明と、技の体系化。軍事における戦術の開発、さらに魔法適正者の発見方法と教育プロセスの構築であり、広範囲に及んでいた。

 魔法の発現はここ最近に各地で起こり始めたことであり、老若男女ランダムに起こっていた。魔法の特徴も多岐にわたり、大きな破壊をさせるものから、遠くの声が聞き取れたり、肉料理を豆で合成してしまうものなど、さまざまだった。

 魔法については謎だらけで、どういった原理でこのような現象が起き、術者がいかなる影響を受けるかまったく不明であった。この現象についても、いつまで続くか一切謎だった。魔法の力を中心にして軍を編成し作戦を練って、本番の時、消失してしまう可能性も含んだ、危ないものに手をつけていたのだった。

 ただダーナはパテリア国がこの分野で、他国より一歩リードしているのは理解できた。現在、魔法使いの発現で諸国は混乱し始めている段階で、恐れから魔法使い狩りが計画されているところであろう。やがて誰かが軍事利用を思いつき、次第に組織化されるのは間違いない。この分野をここで研究する事も悪くないと、ダーナは考えたのだった。

 これまでタキスが集めたデータによると、軍事利用に有益な攻撃性の高い魔法については適正を持った魔法使いの女性の発狂現象が多発しており、対応に苦慮しているとのことであった。カドモスと出会った村で、娘が発狂し暴れ回っているのに遭遇しこの問題については実感できた。性によっては使っては危険なものがあるようだ。

 ダーナはタキスとともに、魔法演習場に行った。それはメガラの北東森の開けた場所にあった。魔法使いは班に分かれ、模擬の実戦訓練をしていた。攻撃性の高い魔法の技が集められていた。

「魔法使いを通常兵の中に一人入れるのがいいか。魔法使いを一分隊として行動させたほうがいいかで悩んでいる」

 タキスはそれぞれの場合の効果にて幾度か検証を行った。現在の魔法使いの威力から複数の魔法使いが必要であるとのおおよその結論は出していたようであったが、術者が一人で千人を滅ぼすことが可能である事例を知っているので迷っていた。

 丁度この日は芙蓉姫も演習場に訪れており、イアソンが新米魔法使いの手本にと姫に技の披露をお願いすると、彼女は快く引き受け、前に進み出ると腕を上げ技を放ったのだった。巨大な炎球が荒れ狂って飛び演習場を広範囲に叩いた。草地だったところは黒く焦げ大地が軽くへこんだ。

 あまりにも威力の大きさに新米魔法使い達は驚嘆し、自らの未熟さを悟ったのだった。ダーナも同様に驚き、これが人のなせる技であろうかと眼を見開いた。これであるなら一人で千人を相手にできると言ったタキスの言葉を信じれた。この時ダーナは逆に女性である芙蓉姫が狂わないのは何故であろうかと疑問に思った。この仮説はどこか間違っており、ある条件下では女性は狂人化しないのかとダーナを悩ませた。

 タキスが最近軍事目的で攻撃以外の魔法で取り上げたのは、剣や弓からの防御をする魔法使いだった。希有な存在の魔法で鎧も盾も持たないのに、刃を跳ね返すのだった。しかし使い手は老婆でとても戦場に送る出すというわけにもいかず、若い男でこの術を使う魔法使いはいないのかと、タキス等は躍起になって探している。

 魔法の研究が進められる中、治安部隊は実戦を繰り返し、熟練をしていた。旧シノプス領にてメガラの残兵が魔法使いを中心とし村を荒らし回っているとの情報がもたらされた。タキスはダーナと共に魔法使い治安部隊を引き連れ、馬でシノプスに向かったのだった。

 現地に到着してみると、村には魔法の傷跡が残り、破壊の具合から二人の魔法使いがいることが読み取れた。村人に賊について尋ねると、二週間前にこの辺りに流れ着いた者たちで、メガラの兵であるとのことだった。彼らは村にやってくると、食料や財貨を要求し、村の強者が抵抗をみせると不思議な技で家々を打ち壊し、村人を恐怖に陥れると、近くの廃墟の古城に住み着いたということだった。

 直ぐに治安部隊は賊にねぐらに向かい、城門に迫った。ここでタキスはこちらが魔法を使えることを悟られないように、わざと弓にて賊を攻撃すると、甘く見たのか、賊の頭領が堂々と馬で出撃してきた。

「パテリアの治安部隊か。おまえ達の姫は残酷な尼だな。全員丸焦げにしやがって。情けてもんがないのか。俺たちはおまえ達に同じ苦しみを味合わせてやる。」

 そう言うと賊の二人は魔法を繰り出した。激しい轟音とともに稲光が飛んでいったが、それは途中で別の魔法の力でぶつかり、空中に逃げ場を求めてて大きな閃光を放った。

賊の頭領は自分たちと同じ魔法使いが治安部隊にることに気がつき狼狽えた。今までの自信は吹き飛び、慌てて城内に逃れようとしたが、待機していた治安部隊の一斉魔法攻撃に一人は一瞬で粉々に体を吹き飛ばされ、もう一人はその威力で吹き飛ばされ門にしがみついていた所を小さく切り刻まれ肉片と化した。

「私は魔法が戦いに利用されることは、好きでないのだがな」

 ダーナは批判めいたことを言った。

「もう世界がこうなったんだぜ。魔法も使わなくては治安も守れない」

 タキスは困った顔をした。


 西で抵抗していたメガラの残党は、隣国カルキスの援軍をアタにして小城でがんばっていたが、いつまで待ってもメガラは動こうとしなかった。実はこの頃カルキスにおいても魔法使いが現れ、国が混乱をしていた。町は荒らされ、その対応に追われていた。カルキスが来ないという事実は、小城で抵抗していた兵士に伝わり、脱走者が続出していた。ほどなくして、パテリアの攻撃が強まり城は落ちた。

 こうしてパテリアのメガラ支配は完成し、この山岳地方一帯はパテリアの支配地となったのだった。しかしメガラ王家の滅亡はカルキスの腰を上げさせた。メガラより姫がカルキスへ嫁ぎ、両国は同盟関係にあったのだった。当初カルキスの軍事力が勝っていたので、安心仕切っていたカルキスは東に注意を向けることがなかった。ところがあっけなくメガラは滅び、カルキス王家を驚かさせた。メガラ王国を復興させるべく西部より兵を移動させたが、危険な能力をもった者達が現れ、国が混乱し遠征は中断された。

 奇怪な現象が次第にパテリア国が軍事で使用したものと同種のものであるとの判断したカルキスは能力者には能力者を対抗させるべきと、魔法使いの組織化を進め、国内の治安を数ヶ月して安定させた。そして魔法使いを使ってメガラ奪還にために軍を進めたのだった。最大の難所ピパボラ河を難なく渡ると軍はメガラを囲む山々に迫った。彼らの目の前にはメガラ防衛の要所の関が待ち構えていた。

 このことはメガラ駐屯のパテリアにも伝えられた。パテリアを中心としたエーリス国、テゲア国の連合軍はこれにいかに対応するかで協議した。これまで連合軍の間で協議されていたのは領土の分配であり、仲間同士の駆け引きを繰り広げていたのだったが、今回は一致団結していた。彼らが恐れていたのはカルキス軍の軍勢の数であった。報告によれば総勢二万の軍勢で、兵の装備を充実しているようだった。これに対しパテリア連合軍は五千の兵数であった。しかも山岳の国々のためか装備も古めかしいものばかりであった。さらに困ったことに、メガラは東西に国の入り口があり、西だけに兵を回すことはできず、東国からの進入を警戒しなくてはならなかったのだった。結局東の防衛に回せる兵数は三千となり数的に不利な状況であった。ピパボラ河にて上陸を阻止しよとする案を出されたが、山間の国の兵は水上戦が不得意で、上陸した後、平野部での戦いになると数的に不利となるので、メガラの入り口の関の要塞で迎え撃つことにしたのだった。

 

 「おまえ達は二万の軍勢をどうやって迎え撃つ、亀の様に甲羅にこもるのか?」

 ダーナは関の城壁の上に立ち、迫り来るカリキスの大群を目の当たりにして、カドモスに言った。

「この堅い城壁は簡単に破れない。持ちこたえさせるさ」

「どうかな、確かにこの関は強固にできているし、両端の山は険しい。しかしその先の山はどうだ、軍勢が越えられないようには思えないが。」

「確かにここで守ってばかりでは、遠くから回り込まれたら。内と外の戦いをしなくてはならなくなる。一気に片をつけたいのだが」

「敵が近づいてこないというわけか」

「大軍勢で迫って来ているが、あの位置から前に出ようとしない。」

「弓矢との距離をとっているのではないな、あれは魔法との間合いだ」

「となるとカルキスも魔法使いを連れてきているということか」

 カドモスは忌々しそうにした。

「防御魔法はどうした?」

「あれは使い物にならん。自身だけで他人を守れない。もっと発生が多ければな、戦士として使えるのだが」

 二人が話していると、カリキス軍に動きがあった。軍勢の中から梯子を持った一団と弓兵は前進した。それらは分散すると一気に城壁めがけて押し寄せた。

「来やがった!」

 カドモスが合図すると、城壁の兵は守備を固めた。

 梯子を持った兵を城壁の上から射殺そうととすると、下から弓兵が援護し。城壁には次々に梯子がかかった。次々にカリキス兵が壁にとりつきどんどん登ってくる。予想外の早さにイアソンは魔法使いを投入を決断し、梯子の取り付き先の援護に向かわせた。魔法使い達の成果は直ぐに現れ、大半の梯子を退ける事ができた。

 だがこれが囮だったことにイアソンは直ぐに気がつくのだった。突如城門に爆音が鳴り響くと、一斉にカリキス軍がそこを目指して突進して来たのだ。魔法使いによって城門を破られたと悟った、イアソンは直ちに魔法使いを大量に投入し、進入した魔法使いを倒すとともに、城門の死守を命じた。

 カルキスの魔法使いは見事、奇襲による城門の破壊に成功したものの、直ぐにパテリアの魔法使いに囲まれ全員討ち死にした。パテリアの魔法使いは組織的に訓練され魔法の威力も大きかった、付け焼き刃のカルキス軍とは違っていたのである。

 パテリアの魔法使いが城門を取り返した時は、カルキスの軍勢が目の前に迫っていた。彼らは横一文に並ぶと一斉に魔法の技を放った。無数の閃光がカルキス軍を襲い、一瞬にしてカルキス軍は消滅した。芙蓉姫ほどの威力はなかったものの、複数の魔法使いによる攻撃は状況を一変させた。

 ここで肉弾戦になると魔法使いは弱いと判断したイアソンは、直ちに屈強な兵で城門を守らせると、魔法使いを城壁に上げその援護に回らせた。カルキス軍は城門の二次攻撃をしかけたが、弓と魔法の攻撃にさらされ城門を奪うことはできなかった。カリキス軍は一旦攻撃をやめ、当初の位置まで後退した。

「第一次の攻撃は退けたというわけか。しかし、門は壊された、敵が山越しから背後を狙うのも時間の問題だ。同じ事を繰り返してはじり貧だぞ」

 ダーナが他人事の様に尋ねると

「それはお互いだまし合いだからな。なにか気がつかないか?」

 とカドモスは返した。

「タキスの存在か」

「そうだ、魔法使いの奴がこの場にいないのだよ」


 その頃、タキスは十名の魔法使いと同じく十名の精鋭の兵士を引き連れ、カルキス軍の背後に回り込んでいた。これまでカルキス軍の斥候に出会うことも無く、彼らの行動は悟られていなかった。彼らが狙うのはカルキスの兵站部隊であった。

 いきなり強襲をかけると、カルキス兵は油断していたのか、さしたる抵抗もなく制圧した。そうしてヒパボラ河に至ると輸送船を水が得意な魔法使いで襲わせカルキス軍を背後から脅かした。

 一方山越えをして背後からパテリアの関を襲うつもりであったカリキスは気づかれず裏に出たので、作戦は上々まもなく関を襲えると期待した。暫く行くと二股に分かれ、大将は左に向かう決断をした。しかし副将達は反対し右を向かうことを進言した。このとき大将は右は登りになっており行き止まりのようであるのに対し、左は下りで開けていると主張したが、副将の眼にはそれが反対ではないかと思えたのだった。仕方なく命令通りに左の道を進むと、次第に両側の山が迫ってきて谷間を進んでいるようになった。やがて開けた所に出るとそこは断崖に囲まれた行き止まりだった。

 ここで大将は罠に気がつき慌てて引き返そうとしたが、狭い出口にはパテリアの兵が塞いでおり、崖の上から弓矢の一斉攻撃を受け、カルキスの奇襲部隊は壊滅した。この作戦には魔法使い達が関係しており、攻撃そのものはできないが、遠くを探査できる能力者、広範囲でなく一人だけに錯誤をもたらすことができる能力者がカルキス軍をおびき寄せたのだった。

 こうしてカルキスの第一次攻撃は終了し、日を変えて総攻撃を繰り返していた。しかし兵站を遮断され、物資が底をつき始めたこともあり、本国への退却となったのだった。パテリア軍はカルキス軍退却し始め、胸をなで下ろしたのだった。


 タキスは自分の率いる部隊が縦横無尽に駆け巡り、相手を悩ませたことに満足していた。そして意気揚々とダーナの前に現れた。

「どうだい。俺たちの働き見てくれかい。俺たちは強い。仲間になっても悪くないぜ」

「今回は勝った。はたして次回はどうかな」

 ダーナの歓迎しない言葉に、タキスは不愉快な顔をした。

「今回の戦いが、世界で最初の魔法使いを使った戦争だろうな。しかし何か忘れてないか。中原はもっと人が多いといういうことを。魔法使いもおそらくここの比ではない」

「それは」

 タキスは反論できなかった。

「私はこの世界の有り様は間違っていると思う。魔法の世界はあってはならないのだ」

サッカーのワールドカップ真っ盛りです。睡眠不足になってしまいますね。

おかげで翡翠記のアップが予定より一週間遅くなりました。

芙蓉記四話目となります。今回は翡翠記の物語の中で語られた、昔この国に魔法は無かったという証言のところが描かれています。だいぶ前なので作者も第何回に書いたか忘れてしまいました。

歴史設定がもともとそうなっていたのを、翡翠記で記述しただけなので見返す必要はないんですね。気になる人は探してください。

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