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第33回 芙蓉記 第2話 魔女

<登場人物>


グノー    主人公の兄弟子 魔法使い

メディカス  僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術

ホーネス   スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手

アスペル   女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手

エコー    ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー

フィディア  芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴

グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘


<芙蓉記登場人物リスト>


カドモス  (六合星のカドモス)中原からの流れ者

芙蓉姫   パテリア第三王女


デクスター カドモスの弟分

ラエバス  カドモスの弟分


黄武    パテリア第二王子、後パテリア王

紅花    パテリア第四王女


ドルアス  パテリア国宰相

フドウ   パテリア随一の武者

エイトス  メガラの猛将


ミケーネ  占い師、(アルマロスのミケーネ)


<諸国>

パテリア  北の山岳地帯ある小国

エーリス  パテリアの西にある同盟国、第二王女の嫁ぎ先

ピュロス  パテリアの東にある同盟国、第一王女の嫁ぎ先

テゲア   パテリアの南にある中立国

シプノス  ピュロスの南にある国。ピュロス領への野心あり

メガラ   山岳の諸国より盆地地帯にあり軍事力を強めている

カルキス  大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス


 グレーティア一行は何処まで続く山道を辿って、登っていくと、眼下にはパテリアの平原が広がって見えました。背後には大きくゆったりと流れるウンダ河があり、その向こうには、聖地の山々が望めました。あんな遠くから歩いてきたのだ、とグレーティアは後ろを振り返りしみじみと思ったのでした。そこからはアデベニオは遠くてよく分かりませんでしたが、シルバの森が青々と大地に広がっているのが分かりました。パテリアの国土は広く、高い山の登ったからといって一望できるものではありませんでした。彼女の生まれ故郷のマレーは遙か彼方にあり、そこからは確認できるものではありませんでした。グレーティアが世界に見とれていると、プエラも大きな石の上に飛び乗ると、指をさして何かを叫んでしました。イーリスとフィディアはその指し示す方を眼で追いかけると、大きな鳥が円を描きながら中を舞っている様を捉えたのでした。

 男達は女性達が道草を始めたので、背中に背負った荷物を下ろすと、小休止が必要だと草地に腰掛けました。別に彼等は疲れてはいませんでしたが、女連れということもあり、度々のんびりとした時間を入れていたのでした。アデベニオまでの道のりと違い、人里離れた山の中であり、政府の追っての心配もなく、犯罪者集団から狙われることもないのでそれは、行楽に出かけたような明るさがありました。

 山の高台まで到着すると、そこには平原が広がっていました。登り切った上に、別天地の大地が広がっているといったほうが宜しいでしょう。風吹く緑の草原が果てしなく北に広がり、幾重の岡を作りながら、やがては背後に白く輝く巨大なマグヌス山脈の彼方へと消えていたのでした。

 この石と草ばかりの平原をひたすら一行は北東に向かって進みました。岡の縁を幾重にも曲がって進む山道は寂しいかぎりでした。人の姿はどこにもなく、時より狼の遠吠えが山々にこだまするだけでした。

 やがて一行は丘に挟まれた土地に村を発見しました。個数は30戸ばかりの、石づくりの小さな家が、密集して存在しました。家々から立ち上った煙りにひかれ近づいてみると、塀には沢山の野菜が干され、家から出てきた鶏が道端をつついていました。村の広場を通過すると、そこにはのんびりくくつろいでいる老人達がおり、珍しい旅人を興味津々に眺めていました。イーリスが話しかけると、待ったましたとばかりに、老人達は能弁となりこの村の伝説について語ってくれたのでした。

 それによると、この村は昔からこの地にあった訳でなく、遙か昔はこの先の谷に暮らしていたということでした。今から千年も前のこと、マグヌス山脈から雪崩を打って降りてきた悪魔の軍団を神の軍団が迎え撃ち、その激戦地が彼等村人の住んでいた土地だったということでした。両軍は激しくぶつかり、その力によって大地は砕かれ山は消失したと伝えられていました。往々にして村の伝承は大げさな話が多いもので、この村のものもそうだと思えました。大男が山を一跨ぎして、その足跡が池になったとか、船が山の頂に漂着したとかなど、滑稽無糖なものが多いのでした。

 こうして、一行はその村が昔しあったと言われる土地にたどり着きました。山に挟まれた何もない土地でした。大地が枯れ果てていて、作物は実りそうにもありませんでした。神話のような戦いがあったというより、この地が作物が育たない地になってしまって、現在の地に移動しこじつけの様な話が作られたと考えた方がよさそうでした。両脇の山々は奇妙な形をしていて、このことが、何かの手によって、形を変えたと連想したのでしょう。これは単純に自然の作りだした景観で、人の手によって成し得たものではないようです。第一一級魔法使いといえど、大きな山を一つ吹き飛ばすなど不可能なことだったのです。

 この村の伝説は、奇妙な形の山々と荒れた大地に何らかの関わり合いを見出して、村人の祖先が作りだしたお話であろうということで、そのことは一同は忘れてしまいました。こうして旅の一行は村を遠く去り、高地をひたすら東南にすすみ、夜を迎えたのでした。

 まばらに落ちていた、木々を拾い集め、風を避けられる窪地を見出すと、一同は夕餉の仕度にとりかかりました。といっても簡易な食糧では、それもたかが知れたもので、とろけるスープに乾パンを漬け食するといったものでした。干し肉の塩味がたまらないようで、ソシウスは美味しそうに平らげていました。

 こうして、腹ごしらえ終わると、仲間は暖かい飲み物を片手に、雑談が始まってのでした。話題は再び、フィディアの詩のことになりましたが、彼女の語る芙蓉姫の像に不快なな気持ちをストレニウスは懐いていたのでした。彼にとって、芙蓉姫は英雄であり、鉄の女なのでした。フィディアの語る芙蓉姫は軟弱で、およそどこにでも居るような姫でありまして、女子が好みそうな恋愛の話でもあったので受け入れがたいものでした。

「俺達が教わってきた、芙蓉姫は勇ましく、勇敢な女性だ。一代で小国だったパテリアを巨大な国にしたのも、指導者としての力量があったからだ」

 ストレニウスは演説じみた、力のこもった発言をしました。

「確かにそうだ。我々ヘテロの地もかつてはパテリア領で、そこまで全土を統治したのが芙蓉姫こと、後の炎王だから」

 エコーは同意したかのように、言葉をかさねました。

「そういえば、パテリアはこれだけの領土を支配しながら、何故帝国を名のらないのだ。そに資格は十分あると思うが」

 ホーネスは素朴な疑問をぶつけてみました。するとレピダスがそれに答えました。

「炎王が大きくなった自分の国に、小さかった国の時代を忘れないようにと、帝国を名のらせなかったのだ」

「それで、王のままなのか。まあ、名目だけ帝国と言うよりましだがな。ところで、実際芙蓉姫とはどの様な人物だったのか?」

「一般に流布しているものは、ストレニウスが言った通りの人物だ。男勝りといっていい。この様な話がある。パテリアに私腹を肥やす臣下がいて、この人物は王の寵愛もあり、王家には好かれる人物だった。しかしそれは表向きの顔で、実体は強欲で情け容赦のない人柄だった。ある時、この男のあくどい行状が姫の耳にはいり、これに彼女は激怒した。ある日、王宮に臣下を招いて宴が催された時、姫は舞を披露することとした。舞の前半が終わり、一時幕屋に退いたとき、密かに姫は強欲な臣下を呼びつけると、問いただした。男は罪を認めなかったが、姫は男の態度から全てを悟ると、剣にて男の心臓を一差しにしてしまった。そして何食わぬ顔で幕から再び現れ、舞いの続きをしたといわれている」

「なるほど、それは、恐ろしく冷たい刃のようだな」

「他には、こういうのがある。姫がいつものように、お供の者と町のにでかけてみると、どこからか女性の泣く声がする。お怪しみ近づいてみと、若い女性が泣き崩れているのを発見した。姫は女性からその理由を尋ねると、無頼のやからに無理矢理、犯され悲しんでいるとのことだった。すると怒った姫は従者のを置き去り、馬に跨ると、男が去っていったといわれる方向に全速力で走った。はたして男は国境付近で国を去ろうとしている所であった。姫は追いつき、男を呼び止めると、半死半生になるまで男をなぶりつけたと伝えられている」

 ホーネスは鋼の様な女性に脱帽といった様子で、この時彼の脳裏には、芙蓉姫とは正反対に哀れな最期を向かえた、自分の国の姫の事を思い起こしていました。

 するとこれらの話しに触発されたのか、ストレニウスも姫について語ったのでした。

「フィディアの芙蓉姫は、稟としていないんだよな。これじゃ人はついてこない。恋愛の相手ののカドモスだが、一般のものと随分違っている。やつは悪党で、王子さまみたいな立ち回りはおかしすぎる。奴と芙蓉姫の出逢いもそんな恋愛ものとは違うんだな。姫が王宮で、剣の練習をしていたところ、大臣の話し声が聞こえてきた。姫は物陰に隠れて二人の会話を盗み聞きすてみると、近頃、世間を騒がせる盗賊がおり、多くの者が金品を奪われる被害が増えている。捕り手を放ってつかまえよとしたが、なかなかの使い手で取り押さえることは不可能で頭をいためているということだった。

 これを聞きつけた姫は、その様な悪党がいては民も安心してはおられないことであろうと、城の者に男について尋ねた。すると、賊は己の腕を大層自慢をしており、往来する武芸者の太刀を力ずくで取り上げているとのこと、その数は百を越えると噂され、これを真似る子供もいるという。

 ふざけた者もいるものであると姫は単身馬に跨ると、男が現れると言われる一本木の道に出かけたのだった。暫く姫が待っていると、なるほど大きな男が現れい出てきた。姫は男に宝物殿より拝借してきた名刀を指しだし、「欲しくば奪ってみるがいい」と男をけしかけたのだった。男は女から挑戦されてので、完全に馬鹿にし、ひねり潰そうとした。しかし姫の動きは早く、男は捉えるどころか見失い。気が付いたときは、地面に打ち据えられていたのだった。

 こうして男は改心し、姫に付き従う第一の将となったのだった。その仲間は星に喩えられ、男は六合星のカドモスと呼ばれるようになった」

 ストレニウスの言葉は生き生きとして、いくらでも話ができそうでした。

「でも私はフィディアのお話の方が好きだわ。そんな怒りっぽい女性はちょっとね。ねえプエラ貴女はどう?」

 イーリスがプエラに尋ねると、彼女は伏し目に赤く燃える薪を見つめていました。

「そうね。フィディアの話が本当の姿かも知れないわね。優柔不断な娘よ」

「そうなの?」

 プエラは何も答えませんでした。

「芙蓉姫の他の武勇伝でも、話そうか?」

 ストレニウスは話したくて、うずうずしてました。

「老師は芙蓉姫はどんな方だったと思われます」

「儂か、それは分からぬ。今生きている者の思いですら分からぬのに、昔の人の思いを推し量れようか。ただ、人の心はそのように強く出来ていないものじゃ」

 老師は薪を継ぎ足しました。

「ねえ、フィディア。話の続きを聞かせて貰えないかしら」

 批評を聞かされ、消沈していたフィディアは語ることを躊躇しましたが、イーリスは執拗に迫るので、不愉快そうにしているストレニウスを様子を窺いながら、ゆっくりと続きを語り始めたのでした。


 メガラの猛将エイトス率いる侵略軍を国境にて撃退した連合軍はその勢いを借りて、ピュロス国奪還を目指した。しかしまだその地にはメガラの指令が居座っており容易に取り戻せるものではなかった。

 しかもパテリアの軍は予備兵主体であり連合軍とはいっても、エーリス軍といっていいようなものだった。カドモスは進軍を取りやめ、防衛に徹するべきと主張したが、主戦論が優勢で流れは変えられず、やむなくカドモスは戦列に加わったのだった。国境まで移動した連合軍はそのままピュロス領内に進軍したが、ここでカドモス等は国境付近の拠点の守備部隊として駐留した。主力部隊はそのまま進軍したが予備兵では戦いは有利に進まず、急な進軍で物資の供給が滞りがちで、息切れを起こした連合軍はピュロス奪還を諦め帰国の途についたのだった。

 こうして侵略軍、連合軍双方とも体勢を整えるべく、本拠地に帰還し、一応の休戦となったのであった。パテリア早速、同盟国ピュロスとの国境の支える城を強化し、侵略軍の侵攻に備え始めた。こうして時が過ぎると、王が戦死した戦い、ピュロス防衛戦で壊滅した主力部隊の一部、残存兵が次々に帰還してきたのであった。パテリアの戦力は戦闘可能域まで回復していたが、それは、同じように侵略軍についても言えることであった。

 このちりぢりに逃れた主力残存兵の帰還は喜ばしいことであったが、さらに吉報がもたらされた。それは第二王子黄武の生存が確認されたことであった。王子はピュロス攻防戦で、敵の猛攻を受け、軍が崩壊するのを目の当たりにして、怖くなって逃げ出していたのであった。この逃げ足の早さが、彼の命を救ったのであり臆病は役にたっていたのであった。彼自身は父王や兄の王子が戦死したことは知らず、自分がパテリアの後継者になっているとは気が付かないで居た。服を雑兵のものと取り替えると、お供二人とともに安全な場所に潜んで戦いが治まるのを待っていたのであった。

 こうして王子が恐る恐る本国に帰還してみると、パテリアは侵略軍を撃退し国は守られていたことを知、り彼は驚いたのであった。

 王子帰還に国は沸き、志気も上がった。王子が帰還すると族長会議が行われ、黄武が王に就くことになったのであった。パテリアは王位は会議によって決まり、継承は王によって定められるものではなかった。こうして王位に就いた黄武は宰相のドルアスと今後について協議した。

「ピュロス国が敵の手に落ちたので、パテリアも同様の有様と思っていたが、守り通せていたとは驚きだった」

 王は玉座の座り心地を確かめているようであった。

「王をお迎えするべく、我らは奮戦致しました」

「口が達者だな。侵略軍はこれであきらめた訳ではあるまい」

「左様に御座います。テゲア、メガラの両軍は我が国内で破れはしましたが、その傷も近い打ちに癒えてしまうでしょう。諜報によれば、メガラは東部戦線の兵を北部に投入しているようです。それらの兵がピュロスに集められれば、この度ばかりは防ぎきれるかどうか・・・」

 王は渋い顔をした。

「猛将フドウはどうした。彼はいないのか?」

「残念ながら陛下。あの者はピュロス防衛戦で戦死しております」

「なんということだ」

 王は落胆し、玉座に崩れた。

「聞けば、敵の猛将エイトスを打ち破ったものがいるとか」

「カドモスですな」

「その者はどの様な者か?」

「陛下もご存じのはずです。先の武芸大会で優勝した者です」

「なに、妹に色目を使った、あの男か?」

「左様に御座います」

「よりによって、あの男とは。予はあの男は嫌いだ」

「陛下のお目は確かです。あの者は盗賊です。重宝し地位を与えれば、国を奪おうとすでしょう」

「おまえもそう思うか」

 王の眼が輝いた。

「はい。しかし今我々にはあの男の力がいります。」

「どうすればいい」

「カドモスをこの国から追い出せば良いことなのですが、もしあの男が敵についてはやっかいです。どうやら、カドモスは姫に情欲をいだいているようです それを利用するのです」

「色仕掛けか。妹が危険ではないか」

「そこは着かず離れずです。あの男を姫の配下の武将として、姫を通じて我々の命令を遂行させます」

「なるほど」

 王は納得したようだった。

 この時、宰相ドルアスは王に半歩近づき、小さな声で話しかけたのだった。

「王よ。私に一つの案が御座います」

「なんだ、それは」

「パテリアがメガラの傘下に加わることです」

 思わず王は立ち上がった。

「何を馬鹿なことを申すか!」

「陛下、何故中立であったテゲアがメガラと連合したのかお分かりですか?」

「何故だ」

「メガラが国力を増して、北の小国の連合では太刀打ち出来ないものとなりつつあるからです。特に職業軍人の精鋭が増えており、我々の様な半武半農ではありません。戦いの員数は同じでも、中味が違うのです」

「そんなことは分かっている。先の戦いで目の当たりにしたからな」

「そしてその勢いのなかで、先王は崩御された。あのフドウでさえどうすることも出来なかったのです」

「それは国を売ることになるではないか。族長会が許しはしないだろう」

「王よ。メガラ傘下に入れば、族長会議に耳を貸す必要はありません。上の意向に従えばよいのです」

「だが、それはエーリス国を裏切ることになる・・・」

「陛下、これは早い者勝ちなのです。ぐずぐずすると国が滅んでしまいますぞ」

「少し、考えさせてくれ」

 王の顔が歪んだ。


 カドモスはこうして正式に芙蓉姫配下の武将として、任ぜられ、彼の部下のデクスター、ラエバスも副将としてカドモスの下に就いた。盗賊団は全員、正規兵として編入され。カドモスの山賊家業も終わったのだった。


 ある日、芙蓉姫が自室で詩を詠んでいると、そこに王が尋ねてきた。

兄王は慌てて様子で、足早に部屋に入ると、姫に近づいた。

「陛下どうなされたのです?」

「兄でよい。それより悪い報せだ」

 芙蓉姫は眼を大きく開け、兄王の落ち着かない様子の顔を見上げた。

「いいか、ピュロス国に嫁いだ姉君が自害をされておいでだった」

「まあ、それは・・・」

 芙蓉姫は驚き、言葉を失い、頬から涙がこぼれた。

「伝えによると、メガラ軍が王城を攻めた際、一族は自害して果てたようだ」

「逃れることは出来なかったのでしょうか?」

「おそらく、ピュロス防衛戦で我々が敗れたあと、時を置かず攻城戦が行われたのであろう」

「なんてことでしょう」

「この報せが誤りならよいのだが」

「この事はエーリス国の姉上はご存じでしょうか?」

「妹もおそらく聞き及んでいるだろう」

「国が無くなるだなんて、信じられない事だわ。戦は何故起きるのでしょうか」

 王は妹の問に、答えることなく、近くにあった椅子に腰掛けると、探るようにして話しかけた。

「もしもだ、パテリアをメガラの傘下にいれるとしたらどう思う?」

「兄上それはどういう事ですか?」

 芙蓉姫はうつむいていた顔を上げた。

「戦いを避けるということだよ。これで国が滅ぶことはない」

「でも、それではテゲアの様に他の国に侵略に行かされるのではありませんか?」

 王は言葉に詰まった。

「私は嫌です。姉上のエーリス国をパテリアが攻めることになるだなんて」

「妹を死なせはしない。保証するよ」

「でも、パテリアは裏切り者になるわ。それでも兄上は良いのですか?」

 芙蓉の瞳が王を捉えた。

「もしもだよ。そんなわけないだろう」

 王ははぐらかすのでやっとだった。

「ところで、あの男達を姫の配下にしたが良かったか?」 

「私は大歓迎ですが。何故、私の元に?カドモスは将軍として、兄君の下に置くべきです」

「お前のことが心配なのだよ。あの者ならばお前や、紅花を守ってくれよう」

「有り難う御座います。しかし、あの者は私の護衛にして置くにはもったいない人物です。今回のパテリア領に入った侵略軍を撃退したのも彼の手腕によるものです」

「それは聞き及んでいる、必要であれば、私が姫から借りるとするから」

「是非、あの者を兄上の元に置き下さい」

「あの男を操れるのは,姫だけなんだ。分かってくれ」

 そう言われて、芙蓉姫は思い当たるところがあり、それ以上は食い下がらなかった。


 こうして諸国が次の大戦に備えて、軍事行動を控えていたことにより、擬似的な平和がもたらされていた。

この平安のうちに、来るべき災難に対処すべく人々は知恵を働かせていた。商人達は財貨を侵略軍に略奪されるのを恐れ、密かに隠し部屋に入れ込んでいた。又ある者は山間に隠れ潜む穴を作成し、生活物資を運び込んでいた。これらの人々の、生存の為の保険が裏で慌ただしく準備されていたが、表面上は人々は何事もないかのように振る舞っていた。

こうして、パテリア国内も戦争状態が嘘であるかのように、ゆったりとした時間が流れていた。町には、人々が往来し、商業が営まれていた。


 このパテリアの王都に一人の女がやって来た。この女は占いを生業として、諸国を回りパテリアの地に着いたのだった。

神秘を生業とするものは、黒ずくめで妖しい雰囲気を醸し出す装いをするものであったが、この女の着ている服は赤の明るい基調の、蝶を連想させるようなデザインであった。

女は小振りの馬車を王城の正門前で止めると、煙管を取り出し、一息ついたのだった。

青い淡い煙が煙管から立ち上り、女は意味ありげな眼差しを城の奥に向け、静かに微笑んだのだった。極彩色の鳥の羽が着いた広いつばの帽子を直すと、女は再び馬車を進めゆっくりと町を回ったのだった。

 奇妙な衣装の女に人々は、興味津々に遠目で追い、何者であろうかと詮索した。女が何かを探しながら進んでいくと、鳥の糞が沢山落ちているところに出くわしたのだった。木の枝には鳥が沢山留まり、声を上げていた。

 女は構わず、馬車を進めると、あたかもそれを待っていたかのように鳥たちから白い物が落としたのだった。女は悲鳴を上がるかと思いきや、平然とその場を過ぎ去っていったのだった。不思議な事に新しい糞が落とされた形跡はなく、空に消えていった様なのであった。

 馬車は大通りを外れ、路地に入ると、ゆっくりと石畳の坂を上り、その上の一軒の宿屋の前で停車したのであった。ここが女の目指した所のようであった。

数日後、この宿は女達が集まる人気の場所となった。それは何処から来たか分からない占い師の評判を聞きつけ、女性達が集まるようになったからであった。

 占い師は恋いや、金運、仕事運などを占うことが多いのだが、パテリアでは行方を占って貰う人々が多かった。これは先の戦いで、生死不明者があまりにも多かったからであった。戦いの影響は占いにおいても如実に表れていたのである。

 この占い師の評判は宮中まで広まり、やがて芙蓉姫の元まで届くこととなった。

芙蓉姫が羊皮の巻物に描かれた伝承記を読んでいたところ、侍女たちが隅で騒がしきおしゃべりをしているのが聞こえた。すこし耳障りだったが、その弾んだ声に少し気になった姫はこっそり近づくと、会話を盗み聞きしたのだった。

 どうやら侍女たちは町の占い師が未来を言い当てると、恋の相手についてあれこれ話してしているようなのだった。姫は未来が占えるというならこの国が存続できるかどうか占ったもらいたいものだと考えたが、もしこの国の滅亡を伝えられてしまったらどうしようと、躊躇した。だがしかし、それとは別にカドモスのことが脳裏に浮かんで、自分の未来はどうなるのかと気になってしょうがなかった。

 そこで姫は席に戻ると、侍女達に命じ占い師をここに招くように命じたのだった。


 数日後、占い師は宮中に招かれ、姫のもとに現れた。

「私の招きに応じてもらえて礼を述べます。私は第三王女芙蓉です」

姫の前には派手な衣装の占い師がいた。これは中原で流行っている服装なんであろうかと、姫は斬新なデザインに眼を奪われたのだった。

「私の様な者をお招き頂恐縮致します」

 占い師は若く、謎めいた美しさがあった。

「お名前はなにかしら?」

「ミケーネと申します」

「貴女は中原からいらしたのかしら、ともあか抜けしている気がします」

「お褒めを頂き有り難う御座います。しかし、姫様の美しさに比べたら私など足下にも及びません。私は中原からではありません。もっと遠くから参りました」

「まあ、長旅をされているのですね。どれほどの間旅をされたのです?」

「気が遠くなるほどの年月です」

「それは大変でしたね。それで何処に向かわれていたのですか?」

「私は芙蓉姫、貴女を探し諸国を巡っていたのです」

 女の頬に小さく笑みが浮かんだ。

「まあなんと、商売上手なことでしょう。嬉しいわ。貴方を歓迎いたします」

「星に導かれ、姫様の元に参ったものは居ませんか?」

 一瞬、姫は妙なことを尋ねられたと小首を傾げたが、カドモスの事が脳裏を過ぎったのだった。

「貴方もですか?」

 姫は驚いたように、占い師に言った。

「私は、彼等とは違います。しかし彼等がなに者であるかは存じています」

「カドモスが何者かですか?」

 意味ありげな言葉に姫は興味を懐いたが、占い師はそれ以上語ろうとはしなかった。

「ところで、姫様はなにか私に尋ねられたいのではないでしょうか?」

「そうでした。貴女の評判を聞きつけ、是非に占ってもらいたいと思って声をかけました」

「では、早速占いましょう」

 占い師は銀の輝く器を取り出すと、なみなみと水を注いだのだった。気が付くと、蝋燭点され、明かりが水に反射していた。よく覗いてみると、それは日の光の反射のようで、まばゆい煌めきを放っていた。

 なぜ、部屋の中にお日様の光りが輝いているのだろうと、姫は不思議がり、女を見た。占い師は厳かに、仕度を整えると身を正したのだった。

「姫様、仕度は出来ました。何を占いましょうか?」

「パテリアの未来を占って欲しいのです」

「分かりました。しかし姫様の、御心には別の事も気がかりなご様子、それも併せてみましょう」

「別のこととは・・・」

 心を読まれて、姫は狼狽し不安な様子で占い師の行動を見守ったのだった。

 女は、厳かに手を合わせ祈り、ゆっくりときらめきを放す器を、覗き込んだ。

「パテリアの未来は・・・」

 占い師の言葉に姫は唾を飲み込んだ。

「近いうちに滅ぶことでしょう」

 女の短い言葉に、姫は目眩がした。

「そして、貴方の大切な方は戦死します」

 あまりにも、飾りのない表現に、姫は声も出なかった。やっと気を取り戻した姫はゆっくりと確かめたのだった。

「それは本当ですか?この国が滅ぶというのは」

「間違いありません」

「なんという事でしょう。私たちは処刑の前の囚人のようではありませんか」

「姫。これはこれから起こる事実です。しかしながら、運命は一本道ではありません」

 姫の悲壮な顔に、明るさが戻った。

「それは変えられるのですか?」

「もちろんです。人は運命に定めに乗っています。しかし人には自由の権能が神より授けられています。運命は意志にて違う流れに変えることが可能なのです」

「どうすれば回避出来るのです?」

「私と契約を交わしてください。そうすれば、不思議の力を手に入ることができます」

 女は妖しい瞳で姫を魅了していた。

 すると脇に控え、一部始終を見ていた侍女が、姫の袖を引っ張り険しい顔で戒めたのだった。

「貴方の提案はまた今度に致します。私はこの国を信じたいと思います」

「私の予言を信じれないのも、無理ありません。しかし時は迫っており、急を要します。ここに今ひとつ、予言をいたしましょう。5日後、荷馬車が横転し豚の群が城の前に逃げます。その一頭は捕り手がら逃れ、城の中を駆けめぐり、姫の前に現れると果てるでしょう」

 こう占い師は述べ、一礼をすると去って行った。慌てて姫は呼び止めようとしたが、忽然と女は消え、それだけでなく占いの為に広げられた道具も跡形もなく消え去っていたのだった。女は居たところには、冷たく光る床が広がっているだけだった。


 この後、王城にて事件が起きた。それは町の者には、笑い話のような事件であったが、姫には心肝を寒からしめる出来事であった。その日、養豚場から屠刹場に移動していた馬車がいつもの道を進んでいたところ、狭い通路に鎮座する荷馬車を発見した。その馬車はいっこうに動く気配を見せず、早く辿り着きたい男は苛立った。あまりにも待たせるので、痺れを切らした御者は、少し遠回りになるが城の前の大通りを通って行くことにした。

こうして不本意ながら、回り道をした彼にご褒美がやって来たのだろうか、かれが城の前を通過しようとしたとき、城から綺麗な出で立ちをした、宮殿務めの侍女達に出くわしたのだった。

 御者の男は見とれ、自分はなんと幸運なのであろうかと、心躍らせた。しかしこのことが不幸を呼び、脇見運転をしていた男は、穀物を沢山積んだ荷馬車に気が付かず、激しくぶつかったのだった。路上の放り出された男が慌てて振り返ると、多くの豚が逃げ去ろうとしていたのだった。

 通りにいる人々は機転を効かせ、可哀想な御者のため豚を逃れないように追い込んだが、一部はその間をくりぬけて脱走を果たしたのだった。向かった先は王城であった。豚の襲来に、門の番兵は驚き、外に追い出そうしたが、豚の足は早く容易には捕まらなかった。しかも捕まるどころか、人に追われた豚は必死になって、城の更に奥に駆け抜けたのだった。この後を城の兵は、豚を追い回したが一向に捕まる気配はなく、調理場や馬屋へとあちら此方に姿を現し、宮中を混乱に陥れたのだった。

 こうして、宮殿を走り抜けた豚もついに最期を向かえることになった。芙蓉姫の宮殿へ迷い込んだ豚は、カドモスに見つかったのだった。彼はゆっくりと弓を構えると、矢を放った。豚は見事に射抜かれ、地面に転がったのだった。

 カドモスが自慢げに豚を回収にいくと、なんとそこには、怯えたように立ちつくす芙蓉姫の姿があった。

「姫、何をその様に怯えておいでです。これは家畜ですぞ」

 カドモスは姫があまりにも繊細な心の持ち主であることに、迷いました。

「国が滅ぶわ」

 姫は口を手で覆い、震えていた。

「この家畜と何の関係が?」

「占い師が申してました。豚はその証拠なのです」

「今噂の占い師ですか。困ったものだ。それで不吉な予言でもしたという訳ですかな」

「豚のことも言い当てました。そして国が滅ぶと」

 するとカドモスは笑って、姫に優しい眼差しを向けたのだった。

「この国は大国に攻められて窮地にあります。いつつぶれてもおかしくない。誰でも推測出来ることです。その言葉に翻弄されてはいけません」

「しかし豚が・・・」

「それも、なんらかの仕掛けがあるのでしょう。私が調べてみましょう。流言に惑わされず、姫は心やすらかでいてください」

 こうカドモスは言うと、豚を肩に抱え上げ、その場を去っていったのだった。


  カドモスに諭されて、姫は一時は心を持ち直したが、やはり豚の一件が気になってししょうがなかった。再び占い師を呼ぼうかと思案しているところで、意外なことに女に王宮で出逢ったのだった。

 占い師は今度は兄王によって、招かれていた。王は女にこの国の行く末に尋ねると、占い師は、良くも悪くも双方に道は通じ、その鍵を握るのが芙蓉姫であることを語ったのだった。王は何故妹がその様な役回りを演じなくてはならないのか理解できなかったが、噂に惑わされ戯れ事に関わったことを反省し、女を下がらせたのだった。

「これは姫様、ご機嫌麗しく」

 深々とミケーネは一礼すると、姫が近づいてくるのを待った。

「豚の事件は起きました。しかし私は貴女を信じることはできません」

「それは残念なことです。時はありませんよ」

「貴女は不思議の力によって、と申しましたが。それは何です?」

 芙蓉姫は女に迫りました。

「魔法で御座います」

「魔法・・・。それはなんなのです?」

「天地創造の力です」

「・・・」

「世界は言葉と数によって形作られたのです。それを操るのが魔法です」

「私には理解できません」

「それではこれをお見せ致しましょう」

 ミケーネはそう言うと、指を一振りした。すると女を中心に数があふれ出て、やがてそれは文字へと転じ、歯車のようになって周囲を動かし始めたのだった。机や燭台が重さを無くしたかのように、宙に漂い、ゆっくりと回転した。

 この出来事に姫は、驚き、力を無くし、床に尻をついたのだった。

「姫様、この様に、魔法の力は全てを支配します。運命も貴方の意のままです」

「そんな。魔法て。なんなの」

 芙蓉姫は呆然とし、漂う品々に眼を大きく開いたままだった。 

「次にお会いするときは、最期の時です。その決断が運命を左右します」

 こう言うと、ミケーネは指を振り、浮かんだものを元に戻すと、扉の向こうに消えてゆきました。姫は立ち上がり、魔法の技を目の当たりにして言葉を無くしていた。


 パテリアの平和な日々は、やがて終わりを告げることになった。ピュロスに駐屯していたメガラとテゲア軍が再び活発な動き見せているとの報告がなされたからであった。これは予期していたこととはいえ、迫り来る大軍を如何に撃退するか、なかなか難しい問題を突きつけられていたのだった。同盟国のエーリスの力を借りたとしても、引き分けがやっとの戦力しか持ち合わせておらず、王を中心に論議が交わさはしたものの、有効な手は見いだせなかった。結論が出ぬまま、会議は続き、鬱々とした王の前に届けられたのは、同盟国エーリスに嫁いだ妹からの届けものだった。

 王が箱の中の物を取り出した見るとそこには、両端を紐で括った袋があった。「袋の底でも破れていたのか、反対側を紐でくくっているのだな」と王は最初に考えたが、上等の布がそうなるはすもなく、「これは包装として綺麗な飾りがしてあるのだ」と結論付けたのだった。王が袋の中をとりだしてみると、豆が入っていた。「豆?」と王は怪しんだが、エーリスは上等な豆の産地。妹がこれで、豆料理を堪能するように送って来たのだと理解した。妹の心遣いに、嬉しくなり、料理長を呼ぶと、この豆で美味い豆料理を作るように指示したのだった。王は上機嫌だった。


 パテリア軍は予備部隊を本城に残すと、主力ををピュロスとの国境に集結させた。休戦の期間に強化した支城を拠点に隘路を使って、侵略を防ごうとしたのだった。また同盟国のエーリス軍もこの防衛戦に加わるため、本国を出立しパテリア国内に国境を越えて入ってきた。エーリスも参戦し地の利を行かせば、何とか追い返そうであった。

「姫どうなされました?」

 浮かない顔をした芙蓉姫を心配し、カドモスは声をかけた。

「戦が始まるのですね」

「その通りです。今度こそ打ちのめし二度とこの地を狙わないようにしてやります」

 カドモスは元気良く答えた。

「まあ、頼もしいことですね」

「とはいえ、控えに回っては、活躍の場はないですが」

「兄上は貴方を使えばよいのですが。私の護衛につけるのはもったいない事です」

「いざとなったら、私が単身前線に馬を走らせましょう。姫の国は私が守ってさしあげます」

「頼もしいことです」

 二人が会話をしていると、城内が騒がしくなった。どうやら援軍のエーリス軍がパテリア王城に到着したようなのであった。援軍にパテリアは歓喜で向かえ、門を開き、労を労おうとした。姫とカドモスも宮を出ると、入城したエーリス軍の指揮官に挨拶に向かった。

 ところが、突然王城内で一斉に声があがり、刃の交わる音がし始めたのだった。城内が戦の臭いで満ちて、悲鳴が飛び交った。この事態にカドモスは眉間にしわを寄せると、高台から城内を見渡した。

 そこには、城内で戦闘を繰り広げるエーリス軍の姿があった。パテリアの守備兵は隙をつかれて逃げまどっていたのだった。

「エーリスが寝返ったようです」

 カドモスが厳しい顔をすると

「お姉様の国が裏切ったなどと・・・」

 姫の顔から血の気が失せた。

「隠し通路を使って、早く城外にお逃げ下さい。ここは私が守り抜きます」

 カドモスがそう言うと、二人の副将を呼び、ラエバスには芙蓉、紅花の二人の姫を警護し安全な所まで、お連れすることを指示し、デクスターにはエーリスの造反を国境に駐屯するパテリア軍まで急ぎ伝えるように命じたのだった。

「カドモス、貴方も一緒に逃げましょう」

 彼の死を予言されていた、芙蓉姫は哀願したが、カドモスは受け入れなかった。

「姫、運命は自分で決めるものです」

 男は闘気に満ち満ちていた。


 城を落ち延びた芙蓉姫達はラエバス連れられ、北の山中にある小屋に匿われたのだった。木こりなどしか訪れることのない山中であったので、エーリスの追っ手に捕まる心配はなかったが、パテリアの情報が全くはいらない状況であった。山中に潜んで四日が経ち、芙蓉姫は外の様子が気になってしょうがなくなった。

 ラエバスはデクスターの報告を待つよう説得したが、姫はカドモスの生死を知りたく、森を出たがった。ところが、そんなところに、ひょっり訪ねて来る者があった。占い師ミケーネだった。

 こんな山の中の、しかも誰にも知られるはずのない場所に、訪問者などありえる話ではなかった。ラエバスは警戒し、剣を鞘をつかみ女に相対した。

「随分、離れたところにお引っ越しなされたんですね」

 女は、平然と歩み寄ってくると、微笑んだ。

「貴様、何故ここが分かった!」

「あら、私は占い師よ。分かりますよ」

 ラエバスは歯ぎしりをした。

「こんな所に隠れていたら、お国がどうなったか分からないでしょう」

 この誘いに言葉に飛びついたのは芙蓉姫だった。

「城は落ちたのですか!カドモスは無事ですか?」

 女は頬に指を置き、少し焦らせた。

「落ちました、多勢に無勢、如何に英雄でも防ぎ切れないわ。それとカドモスは行方知れず。私の占いでは、国境に向かったと出ているけど」

「生きているのですね?」

「今のところはね。ところで姫、私は二人でお話をしたいのだけど・・・」

 女はラエバスを流し見した。ラエバスは怒り、剣を抜こうとしたが、姫が止めた。

「いいでしょう。あちらにテーブルがあります。お話を聞きましょう」

 こうして、姫と占い師は向かい合わせで話をした。


「メガラとテゲアの侵略軍がパテリアに進軍しました。これに呼応して、王都を陥したエーリス軍が東進し、パテリアは前後から攻め立てられることになりました。国境の支城は強化されたとはいえ、これだけの大軍に囲まれては風前の灯火です。たとえ姫のお気に入りのカドモスが到着したとしても、防ぎ切ることは出来ません」

「パテリアは滅ぶという事ですか?」

「はい」

 二人の間に短い沈黙が訪れた。

「その運命を変えることは出来るのですか?」

「貴女の決断次第です」

「あなたと私が契約を結ぶという事ですね」

 探るように姫は言った。

「心配には及びません。貴方に利がある事ばかりです。貴方にはワルコになって頂きます」「ワルコそれはなんです?」

「力の源泉です」

「それになると、あの魔法が使えるのですか?」

「はい」

 再び、沈黙が訪れ、姫は思案をしていた。

「貴方は何が望みなのです」

「私の望みは、貴女が世界の支配者になって頂くこと」

「私がそんな者になることが・・・。私には相応ではありません」

「姫が気づかれないだけです」

「私の望みは、パテリアの国が千歳にあることです」

「分かりました。それはお約束しましょう。しかしその国もこのままでは滅んでしまいます。私の力を借りますか?」

 芙蓉姫は静かに目を閉じ、しばらくして大きく目を見開いたのだった。

「貴女の申し出を受けることにします。私がワルコになればよいのですね?」

「その通りです、では契約成立となります。早速、この国を脅かすものを退けましょう」

 女の顔に満足げな表情が浮かんだ。

「でもどうすれば良いのでしょう。私には皆目見当がつきません」

「それは、私にお任せ下さい。私の指示通りに動いていただければ、運命は変わるでしょう」

「そう願います。ところで貴方は何者なのです?」

「私はアルマロスのミケーネ。貴女の最強、最良の守り人です」

 女は姫と共にラエバスの所に行くと、大いなる技を振るう為、国境の支城に向かうことを宣言した。ラエバスはカドモスの命と違えたので、剣を抜くと妖しい占い師を始末しようとしたが、その途端、彼の体は動かなくなり、姫が去るのを止めることは出来なかった。

「さあ、姫様。旅立ちますよ」

「二人分の馬は、あちらにあるはずです」

 姫がミケーネを案内しようとすると、女は笑ってこれを制しました。

「馬は不要です。私と手を繋ぎましょう」

「どうするのです?」

「私は、空間を渡ることができます。国境までは数歩で到達できるでしょう」

「そのような・・・。国境まで馬で行っても随分遠いのですよ」

「空間も言葉によって形作られているのです。それは魔法で意のままとなります」

 そう言うとミケーネは姫の手を取り、左手で宙に何かを描いた。周囲の奇妙な歪みを感じた姫は、その渦の中に女と入っていったのだった。

 妹の紅花は姉が突如姿を消し、眼を丸くし、一部始終を見ていたラエバスは身が動けるようになると、悔しがり、地面を叩いたのだった。

 空間の海を渡った姫は、瞬く間に何処かに足をつけた。周囲を見渡すと、国境の支城の前であった。城壁にはパテリアの旗がはためき。まだ戦いは起こっていないようであった。

「姫様、ここからは貴女の舞台です。まずは城にはいり、皆を鼓舞するのです。そして、不思議の力によって、自分が敵を倒すということを宣言するのです」

「私はなんの力もない女なのですよ。倒すといっても可能なのでしょうか?」

「出来ます。私が補助いたしますから大丈夫です。ここで頑張らないと国は滅びますよ」

「確かに、貴女の技には驚かされます。信じて演技をいたしましょう」

 芙蓉姫が城にやってくると、城の兵は驚きの眼差しを向けた。姫が危険な前戦にやってくるなど考えられないことであった。姫は兵士の好奇な眼差しを受け、城内にはいり、兄王を訪ねてたのだった。しかしそこには兄の姿はなく、出迎えたのは宰相のドルアスだった。

「兄上はどちらに?」

 姫が尋ねると、宰相は眼を逸らしたのだった。

「何かお隠しですね」

 姫が追求すると、宰相は耐えられなく白状した。

「実は、メガラの大軍が此方に向かっているとの情報がはいり、王はこの城を去って終われました」

「まあ、なんという事でしょう」

「諸将には、急な病で倒れられたとして処理をしているものの、敵は迫っており、どうしたものかと・・・」

「では将軍をお集め下さい。私が兄の代理を務めます」

「姫がですか?。それは有り難いことですが」

「なにか問題でのおありですか?」

「いいえ、これで志気も上がることでしょう」

 宰相ドルアスは早速、将軍等に連絡し広間に集めたのだった。

 そこには胸に銀色の甲冑をつけ、諸将の集合を待つ姫の姿があった。

「姫、将軍等の前で作戦を宣言するのです。魔法なる神の御技を授かり、自ら先陣を切るので諸将は自分に付き従うようにと。作戦の場所は開けた平原とします」

 ミケーネは姫にそっと囁きました。

「そのような、大口大丈夫でしょうか」

「お心配なきよう」

 女は冷静だった。

 将軍等は王が病から復帰したと思い集まってみると、王の姿はなく、場違いな姫の姿があったので囁きあった。

「王の病が重く、名代として私が指揮を執ります。現状の報告をしてください」

 将軍等はとまどったものの、気持ちを切り替えると、状況を説明した。

「ピュロスに駐留していた、メガラ軍はテゲア軍を引き連れ国境に迫っています。今宵は国境付近で軍を休めたあと、明朝にはこの支城攻略にかかるでしょう」

「その兵力は、いかほどです」

「その数六千。我が方は兵力二千であり数の上では劣っています」

「しかし、我々には地の利があり、この城があります」

 自信満々の将が反論の言葉をそえた。

「エーリス国軍はどうなのです?」

「その数二千。王都を陥したあと此方に向かっています。おそらく明日正午に到着しメガラ軍と合流し、この城を攻めるととになるでしょう」

 兄君がお逃げなされることも無理もないことであると姫は思った。王族の姫が指揮をとっているためか、諸将は徹底抗戦を叫び、この城で討ち死にすることを誓い合っていた。

すると姫は大きな声で将軍等に語ったのだった。

「私はこの城にてパテリアの国を終わらせるつもりはありません!明朝私たちは、この城を出て平原にて侵略軍を撃退いたします」

「平原ですと!我が軍は二千ですぞ。お止め下さい無謀です」

 将軍等は無鉄砲な姫に呆れ、懇願しました。

「私は魔法なる力を神より授かりました。この力にて敵を退けます」

「魔法?」

 将軍等は初めて聞く言葉に、戸惑っていた。

「明日夜明けとともに、私は単身平原に向かいます。それに付き従うかはあなた達の自由です」

こう姫は言うと、広間から消えて行きました。残された将軍等は柔和な姫の豹変に驚くとともに、妄想でも懐いておいでなのかと困惑したのだった。


 翌朝、鶏の鳴き声が響き渡り、朝日が森を照らす頃、姫は銀の胸当てに白の衣装、腰には剣を提げ、白馬に乗って、ゆっくりと城門を出た。彼女の背後には、将軍等が兵士を引き連れ従っていた。

「姫、ここまでは上出来です。この進軍でいけば、この先の平原で敵に遭遇します。早からず遅からず進んでください」

 近くに居ないはずの占い師の声が頭の中に聞こえた。

「ミケーネ。私は怖いの。こんなの私ではないわ」

「貴女は国を守りたくないのですか。この程度で狼狽えてはなりません」

 女の手厳しい言葉でしたが、姫は逃げ出したくてしょうがなかった。

 程なくして姫の引き連れたパテリア軍は森を抜け平原にでると、眼前に見えたのはメガラ軍の姿だった。両軍は敵と遭遇し直ちに左右に展開し、平原の端と端に向かい合わせに軍旗がそそり立ったのだった。

 メガラ軍もパテリア軍が篭城戦に持ち込むとばかり思っていたところ、野戦を仕掛けててきたので、驚き、性急な攻めは控えパテリアの様子を窺った。やがてメガラの後衛にあったテゲア軍が平原に到着し、それは分厚い陣容となっていた。

 平原と平原の端に旗がはためき、両軍はにらみ合ったままだった。

「姫さま。貴女は魔法の力をここにいる全ての兵士の眼にに焼きつけさせるのです。貴女はまだ強力な魔法は使えません。それは私が手伝いましょう。馬で進み出たら、大きな声でメガラの悪行を非難ください。そして剣を抜いたら、私が教えた数をとなえるのです」

「やってみるわ。でも大丈夫なんですよね。私の目の前にメガラの軍勢がいて、膝が震えてしょうがないの」

「戦いは一瞬で終わります」

 それ以上、ミケーネは言わなかった。

 両軍が見守る中、芙蓉姫はゆっくりと平原の中央に馬を進めた。そして大きな声で、メガラ軍に言葉を浴びせたのだった。

「あなた達は、何故他国を侵略するのです!先の戦いで私たちは勝利し、あなた達はこりたはずです。しかし、再びパテリアの地を奪おうとするからには、私も黙って見過ごす事は出来ません。私は魔法の力によってあなた達を滅ぼします!」

 姫は腰に提げた剣を抜き放し、大きく天井にかかげると、呪文を唱えたのだった。姫の回りに数が溢れそれは、次第に形をなして文字となり、複雑な形式と変化すると発現した。平原に轟音とともに無数の業火が勢い良く走り、メガラ軍、テゲア軍を粉砕したのだった、侵略軍の居たところには無数の大きな穴が開き、周囲は黒く焦げ落ちていた。業火の残り火が草を焼き、森の木は薙ぎ倒されていた。一瞬にして全てが灰と化したが、直撃を逃れたメガラの兵は全身くろずみ地面に倒れうめいていた。周囲から煙が立ち上り、草原には、人ならぬ者の爪痕が大地に刻まれたのだった。 

 戦いは一瞬で決まった。この事態にパテリア軍は歓喜の声を上げるどころか、深く沈黙したのだった。姫の言った魔法なるものの力をまざまざと見せつけられ、兵士は押し黙ってしまったのだった。この事態に驚いたのは兵士だけでなかった、当の芙蓉姫自体もあまりの惨劇に声を無くしていたのだった。

「姫様、上出来です。運命は変わりました」

「でも、これって、やりすぎなのではないでしょうか。あの兵士には家族もいたでしょうに」

「感傷に浸るのも結構ですが、まだエーリス軍が残っていることをお忘れなく。将軍達に命じて、闘わせるのです」

 芙蓉姫は涙ぐんでいたが、ミケーネの言葉も通りで、振り返りパテリア軍を鼓舞したのだった。

「メガラ軍は私が撃退しました。残はエーリス軍のみ。手柄を上げたくば、迎え撃ちなさい!」

 姫の命令に兵士は我に返り、鬨の声を上げたのだった。だれもが神の如くの姫に感激し軍神が舞い降りたように感じ、闘志を燃やしたのだった。

 自分の役目が終わった芙蓉姫は後味の悪さに唇を咬んだのだった。

 今回の話は第13回(最初の方)のところで、フィディアが芙蓉姫の事を簡潔に述べた話を詳細にしたものです。ここで「契約」という文言を使うか少々悩みました。というのも西洋では契約は絶対的なものだから、この話も西洋風にしているのでこのルールは守るべきです。しかし芙蓉姫は契約違反をしてしまうので、契約の重みというものがなくなってしまいます。結局、この物語の世界の約束は強制力の弱いものにしました。

 芙蓉記をはっきり書きすぎたら先が読めすぎてまずいのではないかとも思いますが、芙蓉姫とグレーティアの違いを明確にさせるため書いちゃいました。

 これまで翡翠記で千年前の事を散らばらせ話させたので、その後については読者もおおよそ察しされたことでしょう。35回にビルトスが大半を解き明かすことになるので、さらに明確化します。


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