第32回 芙蓉記 第1話 出逢い
<芙蓉記登場人物リスト>
カドモス (六合星のカドモス)中原からの流れ者
芙蓉姫 パテリア第三王女
デクスター カドモスの弟分
ラエバス カドモスの弟分
黄初 パテリア王
御形 パテリア王妃
幸武 パテリア第一王子
黄武 パテリア第二王子
紅花 パテリア第四王女
ドルアス パテリア国宰相
フドウ パテリア随一の武者
エイトス メガラの猛将
<諸国>
パテリア 北の山岳地帯ある小国
エーリス パテリアの西にある同盟国、第二王女の嫁ぎ先
ピュロス パテリアの東にある同盟国、第一王女の嫁ぎ先
テゲア パテリアの南にある中立国
シプノス ピュロスの南にある国。ピュロス領への野心あり
メガラ 山岳の諸国より盆地地帯にあり軍事力を強めている
カルキス 大河の上流あり、国力は十分。後の古都ナティビタス
オレア 中原の大国。後の王都フローレオ近郊
バールバス オレアと覇権を争っている国。ユンクタス河から移動して来た。
<翡翠記登場人物>
グノー 主人公の兄弟子 魔法使い
メディカス 僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術
ホーネス スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手
レピダス 黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手
アスペル 女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手
ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手
ソシウス 斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手
エコー ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー
フィディア 芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴
グレーティア 主人公
プエラ 主人公の幼なじみの娘
アデベニオを発って数日後、一行はウンダ川上流の橋に到着しました。ウンダ川の上流といってもまだ川幅があり、容易に橋など架けられるものではありませんでしたが、古の魔法の技にて両岸を繋いでいたのでした。その橋は黒ずんでいて、表面が歪な形をしていました。大河の中流、ビダ街道を繋ぐ橋は、大きく見事なレリーフで飾られていましたが、この橋は対称的に岩そのものを、飾りとしているようでした。
橋の中程までやって来たとき、プエラはフィディアとともに上流を眺めました。河を渡る心地よい風に、その流れ行く先を追いかけると、白い帆を脹らませ、船が水面を軽やかに走っていました。河は左右の大きな山を避けるようにうねりながら、背後の巨大な山々消えその先は分かりませんでした。山々の背後には白い衣のマグヌス大山脈がそびえ、それは天地を支えているかのようでした。
これから目指すのは手前右手の山々でした。マグヌス大山脈と比べれば、子供のような山々でしたが、平野部のもと比べれば随分高い山でした。山には斜めに層が走り、それをうち消すかのように表面は滑らかに削りとられていました。この山々の反対側には鉱山で有名なカプットがあり、その上流には目的地のアルタスがあるのでした。
一行を引率していたのは、メディカス老師でした。レピダスは山越えにあたり、案内人を探す予定でしたが、老師が申し出たので、お任せすることにしたのでした。老師は若い頃、山々を巡る修行を行い、アルタスへの山道も心得ているということでした。ただその記憶は何十年も昔のことであり、一抹の不安もかかえていました。
麓の町で食料品を仕入れると、一同の長い山々の旅が始まったのでした。果てしなく続く上り道に女性達は音を上げ、何度も休みをとりながら頂上を目指しました。意外だったのは老師で、ご老人なので一番にくたびれてしまうと思いきや、足取りは軽く若い者に負けてはいなかったのでした。これにはストレニウスも舌を巻き、「老師はお若い」と褒め称えると、メディカスは「三本目の足も、元気じゃよ」と高らかに笑ったのでした。
山の中の最初の野宿で、一同はたき火を中心にして環になって座りました。イーリスの作った簡易の料理はフィディアに負けず上手に出来上がり、皆を満足させました。ここで話題はアデベニオでのフィディアの竪琴の秘密のこととなり、皆が不思議がりました。芙蓉記を詠み上げるだけで、何故その様な効果があるのか?また他の者がやっても同じようになるのかが語られたのでした。そして異邦人のホーネスが芙蓉について尋ねると、レピダスが彼女について説明したのでした。
それによると、芙蓉は今から千年前のパテリア国、第三王女ということでした。当時、この地は大小多くの国が乱立しており、その中の小国の姫ととして彼女は誕生したのでした。姫ながら武芸を好み、聡明で、その美しさは近隣に知られていました。彼女が十六才の時、パテリアは隣国からの侵略を受け滅亡しそうになりました。この時彼女の眠っていた才能が開花し、魔法の技を自ら見出すと、最初の魔法使いとして国を守ったのでした。彼女は知勇に秀で、それを惹かれ多くの勇者が次々に集まったのでした。弱小国であったパテリアも屈強な軍団と変わり、次第に周辺国を統合していきました。その殺戮、破壊のすさまじさから敵からは炎王と恐れられ、戦わず軍門に下る国も現れていました。
投降した国の王は、その地位を約束され安泰でしたが、ひとたび裏切ると彼女の制裁は厳しいものでした。かつて、パテリアに投降した国があって、後に芙蓉が遠征したときの留守をねらって謀反を企てる者があり、これを知った芙蓉はとって返すや、謀反者の一族のみならず、町全体を女子供関係なく、焼き払って誰一人生き残ったものはいなかったと伝えられています。彼女の鉄の意志が屈強なパテリア軍を作りだし、彼女なくしてこの軍団はありませんでした。芙蓉姫は軍神のような存在なのでした。
レピダスのこの説明にホーネスは、かつてガッリアの学者が答えた女魔法使いとは芙蓉姫のことではなかったのか、と思い当たのでした。
しかしレピダスの説明に猛反発したのはフィディアでした。いつもは引っ込み思案で大人しい彼女が声を荒らげたので、皆は驚きました。フィディアは勇ましい芙蓉の姿を否定し、それは本当の彼女の姿でないことを力説しました。あまりにも熱心に伝えようとするので、老師がフィディアに伝えられた芙蓉姫伝承をみんなに話して聞かせるように提案しました。そこでフィディアはゆっくりと話し始めたのでした。
パテリア黎明期、今日パテリア国と言われる地には大小五百の国が興っていた。その国の起源は、元々と定住していたもの、他から移り住んだ者、本国から別れ独立したものなど、様々なものであった。この地に新種の麦が伝わると、人口は増加に向かい、小国があちら此方に興り、商工業が登場し始めた。国とは言ってもそれは都市国家のようなものであり、現在のような帝国規模の国と比べたら、小さな町に過ぎないものであった。しかし大河の平野部には遙か昔から人が住み着き、興亡をを繰り返し、属都市を持つ国家と成長したものも存在した。それ以外は新しく興った国家であり、緩やかな連合体を形成していて、力を付けつつある、富裕国家の軍事力に対抗していた。
ヒパボラ河中流、現在の王都フローレオの辺りにオレアなる国家があり、その支配地を拡大させていた。この一帯は土地が肥えているため、農作物は良く育ち、人の食は安定して供給でき、国は職業軍人を多数かかえるだけの財力を持っていた。この地域をオレアが支配してしまうのは自然のなりゆきといったもので、このままこの国がこの一帯を支配し版図を拡大させるかと思いきや、そうはならなかった。豊かな土地には同じように国家が発展するもので、同様な経済力と軍事力を有する国が隣に登場したのであった。
隣国の名前バーバルス。もともとは東のユンクタス河中流を領地とした者達であったが、北からの騎馬民族の侵入により、土地を追われヒパボラ河に移り住んだ一族であった。騎兵との戦いを繰り返していたためか、戦闘にすぐれ、瞬く間に周辺の小国家を併合し、もともの定着民であったオレアと並ぶまでの経済力軍事力をもつ国家になったのだった。
両国は過去に何度も領地を巡る争いで、ぶつかり合っていたが、二年前休戦協定を結び、もっぱら他方面に勢力を拡大することに、目標を変えていた。しかし、この度はオレアの属国が相続問題で二つに割れ、一方がバーバルスの保護を求めたことにより事態は急変した。バーバルスとしては要所にある属国を味方にしておきたく、支持に回ったのであった。
こうして両国の休戦協定は破棄され、正面からぶつかることになったのであった。
この戦いに、雑兵として参加した三人の若者がいた。同じ村の三人は将軍となる志をもって、バーバルスの兵士応募に参加したのであった。応募といっても、雑兵の募集で、正規の兵を求めたものではなかった。ほとんどの兵士は農民で、農閑期に副収入を稼ぎに雇われ、戦いが一段落すると元の農民に戻っていくのだった。しかし彼等はそういう一時雇用の兵士を望んだわけではなかった。戦いで武勲をあげ、正規の兵士として雇われることを目標としていた。この時代、専門軍人の数は少なく、採用されるには明らかな結果が必要だったのである。彼等は精鋭として雇われ、農民兵士を指揮したり、率先して敵将と戦い、一騎打ちでうち破ったり、不安な兵士を鼓舞したりする勇猛な武将になりたかったのである。こういった武将の存在は重要で、もし敵将に蹴散らされようものなら、農民兵は槍を投げ捨て、一目散にちりじりになって逃げてしまい、軍が崩壊する危険性があったのだった。それだけ武将は花形であったといえる。
三人の名はカドモス、デクスター、ラエバスであった。彼等のリーダーは年長者のカドモスであり、他二人は弟分のような関係にあった。三人は村では、徒党を組んで悪戯していたが、村長の口車に乗せられ、武将になるべく村を出たのであった。バールバスの兵募集を聞きつけると、さっそく入隊し、支給される簡易な胸当て、兜、槍を受け取ると、戦いに胸躍らせたのであった。
戦いはというと、戦場まで、重い武具を持った行進で、青い空に鳥がさえずるなどと、のどかなものであった。武具を身にまとったからといて、修羅場に何時も居るわけではないのである。それは想像した蛮勇を奮うものでなく、単調な労働に近いものであった。前の男の後ろ姿を眺め、延々と行進するのである。しかもこれだけでなく人間たるもの、飲み食いはしなくてはならず、ここで少しいざこざが起こり、うっとうしさを感じさせた。
だがこうした、気の抜けた行進は目的地に近づくと、豹変したのである。死の気配を感じてか、兵の瞳は真剣なものになっていた。
敵のとの遭遇は辺りが見渡せる平地であった。両軍は左右に翼を展開し向かい合ったまま、時期を窺っていた。兵力は互角。一万と一万が相手の動向を固唾を呑んで窺っていた。楽に相手を突き崩すことなど不可能に見えた。
カドモス等は右翼に編入され、槍を天にかかげ、命令を待てば、天井から注ぐ日差しが痛く感じられた。
やがて、号令があり、全軍が隊列を保ったまま前進し、敵との距離を縮めた。するとオレア側もゆっくりと歩を進め、両軍は弓の射程内まで到達したのであった。まもなく指令が起こり、全軍槍を構えハリネズミの様な固まりとなって、草原を疾走したのであった。同様に敵軍も突撃をし、中間点でぶつかり合うと激しい攻防がくり広がられた。
カドモス等のバールバス右翼はオレア左翼に圧力をかけ、敵は後退をし初めたのだった。
この時、バールバスの中軍と左翼は敵の圧力を押し返しており、右翼は敵左翼を崩し、敵中軍の側面に脅威を与えれば、勝負はバールバスのものに転がり込むのは必定であった。
この段階で、両軍の陣形はかなり崩れたものとなり、将等は必死で形を維持させようとしていた。カドモス等が敵兵を蹴散らしていると、眼前に馬に乗った敵将を発見した。
彼は、その厚い守りの中に飛び込むと、護衛の兵を瞬く間に刺殺し、馬上の敵将を槍で一差しに殺してしまったのであった。カドモスは敵将の御首級を頂戴すると、残された馬に跨り、槍を振り回して縦横無尽に駆けめぐったのであった。
これで、バールバスの勝利は確実に見えたが、なんと味方中軍が敵の圧力に負けて崩壊していたのであった。みるみる間に崩した敵左翼は中軍と合流し一塊りとなり、斗出した右翼を背後から襲ったのであった。バールバスは左右に分断された状態になり。
将の指令が届かなくなると、雑兵は戦いの趨勢はオレアの勝利になりつつあると判断し、命失ってはたまらないと、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったのであった。見事にバールバスの軍は崩壊し、精鋭の正規兵は追撃を振り切り本国に退却したのであった。 こうして中原の大規模な戦いは終わり、伝承の一つとなったのであった。
さて、敵将を倒したものの、戦いに敗れ、三人は敵の追撃を必死で逃れ、やっと一息つけるところまで、到達したのであった。三人とも疲れ果て、穴蔵を発見すると、崩れるようにして寝入ってしまったのであった。彼等が目を覚ましたのは真夜であった。空腹にいてもたってもおられず眼が開いたといっていい。僅かに携帯していた乾パンで空腹をしのぐと、注意深く敵兵が近くにいないか調べたのであった。
「まだ、ここは安全じゃない。うかうかしていたら、残党狩りに遭ってしまうぞ」
暗闇に眼を凝らしながら、カドモスは辺りを窺った。
「兄貴、すぐにここを発ちましょう。このままでは、捕まりる前に干上がってしまいますぜ」
弟分のラエバスが、残り少ない食糧を気にして言った。するともう一人の弟分のデクスターが敵からぶんどった刀を肩に掛け、顎を掻きながらカドモスに語りかけたのであった。
「負け戦とは言っても、敵将の首級は頂いたんだ。バールバスに行けば、正規の兵士として雇ってもらえるのは間違いない。兄貴逃げる先は決まっているのだろう?」
「そうだなあ」
カドモスは大きく呼吸をすると、頭を天井にむけ、輝く星々を眺めたのであった。
兄貴分がハッキリした返事をしないのを、怪しみデクスターは、暫しの沈黙を耐えた後恐る恐る尋ねたのだった。
「まさか、兄貴は村へ帰るんですか?」
「馬鹿な、それじゃ物笑いの種だ。俺達は天下に名を轟かせるために村を出たんだ。男子たる者、一度の負け戦で折れたりしまいものだ」
その言葉は、自信に満ち溢れたものだった。
「なら、すぐ出立しましょう」
今度は、ラエバスがせき立てた。
「まあ、待て!」
相も変わらず、カドモスは天空を見上げていた。兄貴はなにをそんなに一心に夜空を見上げているのかと怪しみ、釣られてデクスター達も瞬く無数の星々を眼に捉えたのだった。
何処までも真っ暗闇の世界を帯状に薄い膜のようなものが天空を横切っていた。その中に大小さまざまの星々がひしめき合って輝いていた。
そらは何処までも深淵としていた。
「北だ!」
カドモスは閃いたかのように、言葉を発した。
「北ですか?」
「そうだ」
「兄貴、バールバスは東ですぜ」
デクスターは怪訝はようすで、カドモスの顔を見たのであった。するとカドモスは笑って、天井の強く輝く星を指さした。
「あの星は、俺の星、六合星だ」
指された先を弟分達は必死で追いかけたが、どれを指しているのか分からなかった。
「俺は、道に迷った時、星に問うのだ」
「星にですか?」
「そうだ、あの星は北を示していた」
「星がですか」
ラエバスは呆れたように、声をあげたのだった。
「兄貴、そんなことしたら、折角の功績がふいになってしまいますぜ」
同様に、心配してデクスターも反対した。
「兄弟、心配するな。何かが俺を呼んでいるような気がするのだ」
カドモスのいきあたりばったりの行動にいつも面食らう二人だったが、これまでその勘は当たっていたので、弟分はそれ以上、口を挟むことを止め、カドモスに従って北に逃れることにしたのであった。
ヒパボラ河を上流に向かって上ってゆくと、途中で河は二つに分かれる、この右手がこの河の本流で、その本流の左岸をさらに北に三人は向かって行ったのだった。ここまでくると、オレア国もバールバス国もはるか南であり誰も彼等が落ち武者であろうなど、想像できないのだった。戦いにおける彼等の戦利品といったら、胸当て、剣、槍などと僅かな物だった。カドモスが討ち取った敵将ものは、兜は路銀として途中で売りさばき、他は鍛えられた一振りの剣を残すのみだった。
途中、船の渡しを発見すると、カドモスは暫し考え、対岸に渡ったのであった。此処まで行くのやらと、弟分たちは諦め顔で付き従っていったが、流石に平原がなくなり、岡が多くなると不安な感情が込み上げたきたのだった。辺りを見れば三方に大きな山々広がり、その背後には巨大なマグヌス山脈が控えていた。
カルキス国に到着すると、そこは山あり、河あり、平原ありと、世界を小さくまとめたような良い土地であった。中原の国と比べたらまだまだの町ではあったが、商工業も発達し暮らすには良い所だった。二人の弟分もここが気に入り、カドモスは少し迷ったものの更に北を目指したのだった。
メガラの町まで来ると、そこは戦いの臭いがする町だった。武具に身を包んだ者が町を往来し、戦がこの一帯で行われているのは、確かだった。この町は周囲を山に囲まれているものの、広大な盆地の中にあり、農地も広く、豊かだった。おそらく周辺国を併合しようとしている国であることは読みとれたのだった。
弟分は先進の中流国からこのような山に囲まれた土地に来たことに不満はあったが、戦いの匂いに接し、この国に仕えることを欲したのだった。カドモスは町の酒場でこの国の王について尋ね、兵士を観察した後、この国を後にしたのだった。ここで仕官するつもりであると思った二人は驚き、顔を見合わせたのだった。
テゲア国はさらに小さな国だった、メガラ国より小さな盆地にあり、もっと山間にあった。この国の隣には同規模のシプノス国があり、北にはさらに小規模なピュロス国とパテリア国さらにエーリス国が存在していた。テゲア国はメガラ国ほど周辺国併合に貪欲でなく、自国領で満足しており、戦を避けていた。しかし、強国からの防衛にために兵は鍛えられ、いつでも戦える状態であった。
ここで、カドモスは何を思ったのかパテリア国とテゲア国の境付近で山賊家業を始めたのだった。路銀が底をついたのが一番の理由であったが、暫くの間周辺国の様子を窺うことにしたのだった。
こうして三人は、山間の廃墟にねぐらを構えると、裕福そうな旅の者を襲い、金品を巻き上げたのだった。もちろん無駄な殺生はせず、抵抗するもの以外は傷つけることはなく、巻き上げても、身ぐるみ剥ぐなどということはしなかった。大事なお客が来なくなっては困るのである。こうして日々を重ねているうちに、手下十五名をかかえる大所帯になったのだった。
この頃になると周辺国の事情もだいぶ分かり、途中通過したメガラ国が周辺国併合に野心を抱き、軍事的脅威を与えていることが分かった。その隣のシプノス国も劣らず野心を持っていたが、国力が及ばず、もっぱら防衛に専念するような状態が続いたので、北の小国ピュロスを自国領として力を増そうとしていた。これに対しピュロスはパテリア、エーリス国との三国同盟により対抗していた。またテゲア国は穏健な王で戦いを嫌い中立の立場をとっていた。
このような小国併合の動きは世界のあちら此方で起こっており、彼等が最初いた中原の戦いもその様なものであった。違いと言えばその規模の違いであり、三百の手勢で戦い合うもので、ますます将の武芸の力量がものをいうものであった。
ある時、これらの国々の情報とともに、ある情報が山寨の主カドモスの元にもたらされた。それはパテリア王族のものであったが、その国の第三王女の芙蓉姫がたいそう美しく、透き通るような肌をしているとの話であった。歳は十六才。第一の王女はピュロス、第二王女はエーリス国に嫁いでいるので、この三の姫は中立を保つテゲア国に出されるのではないかと噂されていた。
手下が三の姫を盛んに褒め称えるので、面白くなったカドモスは一度その姫とやらの顔を拝みたくなって、弟分二人に留守を任せると、手下一名を連れてパテリア国に向かったのだった。
パテリア第三王女、芙蓉姫はその深い緑の瞳でベランダから遠くを眺めていた。暖かい春風が庭の花の香を運び、柔らかな日差しが降り注いでいた。
虫たちが羽音を立てて飛び回り、じっとしてようものなら眠ってしまいそうであった。
パテリアの山々は静かで動かず、その山をいくつも越えたところに戦があっているなどとは信じられる事ではなかった。あまりにも平穏な日々に、父君が申されたような争い事があっているなどと、姫には実感できなかった。
巷では姫がテゲア国に嫁ぐのではないかと噂されており、それはありえることであるとは思っていた。姉上は二人とも嫁ぎ、国と国の繋がりを結ぶ役目を負っており、それは自分にも王家の娘として担わされている運命だと自覚はしていた。しかし、国を離れどこの誰とも分からない人物に嫁ぐのは、不安が大きく、ずっとこのままパテリアに住みたいと願っていた。
ベランダから下を見下ろすと、警備の兵士達が二組で横切ってゆき、交代したと思われる兵士は仲間と剣を振るって談義をしているようだった。「ああそうか」と姫は思った。
もうすぐ、御前試合が行われるのであった。パテリアでは毎年、腕に自慢の男達が武芸の腕を披露するために、王族の前で試合をする習わしとなっていた。参加するものは、パテリアの国民と限定されす、どの国の者でも許されたのだった。他国の者の参加を許すのは、始祖の有り様に倣うのと、国内だけでは、勝者が絞られてしまう事によるものであった。
従って、パテリアの男はよそから来た者達に栄誉を奪われならずと、闘志を燃やすのである。
「姫さま、その様に身を乗りだされては、危のう御座います」
彼女の背後から語りかける声がして、振り返ると侍女のカルメラが不安そうな眼差しを向けていた。
「心配しなくても、いいわ。剣の練習を一生懸命にする姿に見とれたのです」
「左様で御座いましたか。この時期になると、兵士も落ち着きませんねえ。どうせフドウ様が優勝なされるのに決まっているというのに」
侍女は達観したように、断言した。
「でも、分からなくてよ。もっと優れた武芸者が現れるかもしれませんよ」
姫はフドウなる男が好きになれなかった。三年連続優勝していて、増長満になっているいるのもさることながら、優勝後の王家の宴席に招かれた時の、彼女を見る目が妙に気持ち悪かったからである。嫁ぎ先の夫は、あの様な毛むくじゃらな男でないことを姫は願うだけであった。
御前試合の日は訪れ、各地の猛者がパテリア王城に集まってきた。これから五日間の戦いが行われ、最期まで勝ち残ったものが勝者となる。得物は木製として、木刀であれ、木鎚であれ、槍であれ自由であった。予選を勝ち抜き、最期の一日は王家の前で御前試合を行い優勝者が決まるのであった。最初の4日間は、試合は町の広場で行われ、この間町はお祭り騒ぎとなる。あちこちに、露天が立ち、密かに賭け事が行われる。
最初の二日間は、強者弱者入り乱れて、武芸の心得の無い者が力を頼りに棒を振り回すような、滑稽な試合が展開されるのだが、三日目にもなると、そこそこの腕の者が残り、良い勝負を繰り広げる。四日目になると、今年の実力者が揃い、人々はどの武芸者が優勝するのか、あれこれ談義を始めるのであった。
姫は今年の猛者について、侍女にあれこれ話を聞いた。四日目には昨年同様の者達が残り、四名の新顔があるということだった。人々の本命とするのは、やはりフドウであったが、昨年決勝で戦った相手も調子が良さそうであった。興味深いのが、新顔の中の一人で何処の誰だか分からないが、たいそう強い男がいて、二日目までは素手で相手を倒していとのこと。この武芸者が今回は予想を覆えす存在になるかもしれないという事であった。
姫は何故かその武芸者に興味を持ったのだった。何処か来たか分からない男、彼はどの様な人などだろう。でもそれは一瞬で、侍女は明日の御前試合の予定について話し始めると、断ち切れてしまったのであった。
五日目、パテリア王の黄初は壇上の玉座に力強く腰掛けると、これまで勝ち残って来た、猛者達を満足そうに見下ろしたのであった。その隣の玉座には王妃の御形が座り、第一王子の章武、第二王子の黄武と続き、第三王女の芙蓉がいた。そして彼女の隣には第四王女の紅花が腰掛けていたのであった。
姫は勢揃いした猛者達を前に、父君が興奮気味で、放っていたら自分も参加しかねない勢いがあったので、男性というものは幾つもになっても、撃ち合いを好むのであろうかと思った。
やがて試合は行われ、ほとんどがにらみ合いだった。高度な駆け引きが行われているのだろうが、姫にはさっぱり分からず、ただ男達が棒をもって、じりじりと足を進めているだけのにしか見えなかった。しかも動いたかと重うと相打ちのような結果で終わり、
審判が勝者を指して、初めて分かるといったものだった。
しかし、そんな姫でも注意を向けたのが、昨年は確かに居なかった武芸者であった。彼は試合が始まると、何事もなかったかのように平然と間合いを詰めると、意を削がれ呆然となった相手を一気に倒したのだった。この時姫は侍女が言っていた、素手で相手を倒していた人物とはこの人なのではないかと思ったのだった。
試合は意外な展開で、フドウの好敵手で決勝戦で戦うはずであった男は、新顔の武芸者に、一瞬で右手を打たれ敗退し、決勝戦はこの人物と昨年の優勝者のフドウということになったのである。この結果に、町の者は騒ぎ初め新顔に賭ける者が続出したのであった。
決勝戦は頂点を極める戦いであった。フドウは得意の槍を、新顔の男は剣を得物として戦い合った。長物の槍が有利に見えたが、新顔の男は槍の突きを交わしながら、間合いを詰め一気にフドウの胴を打ち抜いたのだった。これにて勝敗は決し、新顔の男が優勝者となったのであった。
王はこの試合にいたく感激し、人々の前で彼を讃えるとともに、賞金を授与したのであった。この後王は、優勝者を宴席に招き、その労をねぎらう事にした。
王族との食事は歓迎されたものではあったが、警戒もされていた。据えられた席は長く、王までは随分離れていた。それでも黄初王は上機嫌で、大声で優勝者に話しかけたのであった。
「そちの名前はなんと申す?」
「カドモスと申します」
村育ちの彼にとって、かしこまった席は窮屈だった。
「見事な剣だった。どこぞかの師匠について修行したのか?」
「我流に御座います」
「それで、奔放な剣であったのか。それは才能というものだな」
王は上機嫌で葡萄酒に口をつけた。
「出身は何処か?」
「ヒパボラ河中流の小国です」
「それは随分遠いところから、中原の地はここに比べたら随分豊かな地であろう?」
「はい、農作物で溢れています。しかし、戦乱続きで民の暮らしは豊かではありません」
「左様か、それはこの国も同じだ。大国が国境を侵して、攻めてくる」
王の顔に一瞬、苦悩が表れた。
「そちは、そんな遠いとろから何故こんな山奥の国の武芸大会に参加したのかな?」
「それは三の姫のお顔を拝見したいたしたく」
王子の幸武と黄武はカドモスの返事に不快感を表にし、睨み付けたのだった。ところが 黄初王は暫しの沈黙の後に高笑いをして、一同を驚かせた。
「姫に逢いたくて、やって来たと申すか。仕官ではなく。それで拝んだだけで満足か?」
「出来れば、お話しできればと」
厚かましく、カドモスは願い出た。
「面白いやつだ。姫よ。この男がそう願い出ているが、話し相手になるか?」
この問に王妃御形は諫めようとしましたが、王はカドモスが気に入ったのか、おかまいなしだった。四の姫の紅花は父君が姉君に、誰とも分からぬ男の相手をするかどうか尋ねたので、その返事を固唾を呑んで見守ったのだった。
「私は、勝者の方をねぎらってもよろしゅう御座います」
三の姫は寛容であった。この返事に兄王子は不満で、父君を攻めるような眼差しを向けたのだった。
「何故、私の申し出を受けられたのです?」
カドモスは三の姫に率直に尋ねると
「貴方は遠くから私を訪ねていらっしゃったんでしょう?その方に失礼なことは出来ませんわ」と姫は言葉を返したのだった。
宴席を外れ、星の見えるベランダで二人は語り合っていた。近くに侍女と護衛の者が控えていたものの、姫と二人だけで話せるとは、ありえない事であった。
「貴方は私を訪ねて、中原からこの国に参られたと申されましたが、その様なことはあり得ないことです。本当は何をしにこのパテリアに?」
「パテリアに婉然たる三の姫あり。との手紙を受け取りまして。参ったのです」
「信じられません」
姫が真剣な眼差しを向けると、カドモスは観念したように手を上げました。
「嘘です。星がこの地に導いたので、まいりました」
「星ですか?」
意外な答えに、姫はカドモスを見つめました。
「私は、運命のまま旅をして来ました。そしてこの地で姫に出逢ったと言う訳です」
「魅力的なお話だわ、でもそんな作り話を私が信じるとお思いですか?」
「真実は一つ、信じるか、しないかは姫のご自由です」
網カドモスは恭しく礼をすると、姫はどうしようかと頬に指を添え思案した。
「信じるとしましょう。でも、はるばる見えられたのに、私は貴方になにをして差し上げれません」
「姫の、その笑顔だけで十分です。これに勝る宝石は御座いません」
「まあ、お上手なこと」
芙蓉姫は微笑みました。
「しかし、王は何処誰とも分からぬものに、何故この様に厚遇なさるのでしょうか?」
「それは、私たちの始祖が流れ者だったからです」
「それはどの様な?」
「パテリアを建国した始祖は遙か東の地より、この地にやって来た武芸者でした。ラウド海の彼方の地から辿り着いたと伝えられています。始祖はこの地の混乱を武芸で鎮め、平安をもたらしたのです。それで、この国には毎年、始祖に捧げる、武芸大会が行われるのです。そしてその勝者が歓迎されるのもそういった理由だからです」
「なるほど、でなかったら、私の様なものが姫と会話などできない相談だ」
カドモスは納得したようであった。
「そういえば、王家の方々の名前が異国の様であったのは、始祖と関係があるのでは」
「はい、その通りです。王家の者だけが伝承の名前を名付けられます、さらに私たちは名前だけでなく、儀式にいても特殊なことが伝えられています」
二人の話は弾み、時が経ちました。
星々が天を少し移動した頃、なにやら周囲が騒がしくなってきた。酒によって騒いでいるというより、何かが起こって声を上げているといったものだった。
カドモスと姫が怪訝なようすで、成り行きを見守っていると、武具に身を固めた一団がややって来たのだった。
「姫、此方に」
兵士のを率いていたのは宰相のドルアスであり、その顔は険しい表情をしていた。
「なにが、あったのです」
姫は困惑した。
「その者、国境にて旅人を襲う山賊に御座います。顔を覚えていた者が居て、報告してきたのです」
「なんですて!」
驚き姫が振り返ると、カドモスは静かに笑っていた。
「ばれちゃ。しょうがない。確かに、その盗賊団の首魁は俺だ」
開き直った、カドモスは椅子に片足をかけ、親指で自分を指した。
「あなたは・・・」
姫は言葉が出なかった。
「おっと姫さん。星に俺が着いてきたのは本当だぜ。楽しい語らいも終わりのようですな。これでお暇いたします」
恭しく別れの挨拶をすると、カドモスは疾風の如く兵士を蹴散らすと、城壁を軽々と飛び越え、闇夜に姿を消したのだった。
残された姫は呆然としたままだった。
数日間、三の姫はお勤めが上の空だった。
目の前で捕り物が行われ、気が動転したこともあったが、力強いが優しいカドモスの言葉や仕草が忘れられないでいたのだった。城には、もちろん男性は多数いたのだが、それは庭の植物のようで弱々しく、それに対しカドモスは野の草のように、なんともいえない強さを感じさせていたのだった。何処かに憧れの様なものを姫は持ってしまったようだった。(もう一度逢えないかしら)と、ふと、姫は思った。
でも直ぐさま(なんてこと、でしょう。あの人は山賊なのよ!)と姫はうち消したのだった。毎日が同じように流れ、退屈な日々が続いていた。
ある夜、姫は庭先をそぞろ歩きしていると、足下に小石が小音をたてて、転がってきたのだった。瞬間、姫は小石の投げられた元を追いかけると、そこには、木に登ったカドモスの姿を発見したのだった。
口を開けて驚いたままの姫の前に、素早くカドモスは進み出ると、花束を差し出したのだった。
「これは?」
「野から摘んできた花です。山の奥、崖の上に咲く珍しい花と聞き及んでいます。花言葉は永久に愛を、だそうで」
カドモスは照れくさそうにした。
「あなたがこれを?」
「はい」
「有り難う。でも、こんな所に来ては危険です。捕まってしまいます」
「私は、姫の為ならどんな危険なこともします。この花がその証明です」
「まあ、その様な」
すると、カドモスの存在に警備兵が気が付いたのか、彼等の方に近づいてきたのだった。「そこに誰かいるのか!」
兵士が呼びかけると
「私です」と姫は返事を返したのだった。
「これは失礼しました。先頃の賊騒ぎがありましたので、警戒していました。もうお部屋に戻られたほうが安全です」
そういうと警備兵は去っていったのだった。
「姫、私はこれでお暇します。今度はもっと素晴らしいものをお持ちしましょう」
「ご厚意を持って頂けるのは嬉しいのですが、私は何処かの国に嫁がなくてはならない身です」
「なら、私は貴方が嫁がれる時、奪って差し上げましょう」
「まあ。あなた」
姫は可笑しさを堪えた。
「私は山賊ですよ。欲しい者は頂くのが商売」
そういうと、カドモスはにっこり笑い、木々をつたって城の外に消えた。姫は花の甘い香りを嗅ぐと、嬉しそうに小さく舞ったのだった。
この年、事件が起こった。これまでシプノス国はメガラ国の侵攻を国境線で追い返していたのだっが、それが破られ、王城近くまで進軍されるという事態が発生した。これにはシプノス国も指をくわえているはずもなく、直ぐさま、主力軍が迎え撃つことになったのである。五千と五千が丘陵地で遭遇し、大戦となった、当初地の利を生かしたシプノス軍が優勢であったが、一騎打ちにて将軍がうち倒されると、指揮は低下。メガラ軍の紡錘陣形に二つに裂かれシプノス軍は崩壊した。その後、勢いのまま、メガラ軍は王城に迫ると、これを包囲したのであった。
この強硬な作戦はメガラにとっても危険な賭けであった。背後には更に強国のカルキス国が控え、盟約を一方的に破棄し、背後から襲われる恐れもあったからである。また中立を保つテゲアが動き、本国に軍を差し向けたとすると、全兵の半数を進軍させていたメガラ軍は、都にとって帰らなくてはならなかったからである。
しかし、両者とも動くこともなく、事はメガラの思い通りに進んだ。籠城戦で城門を突破された、シプノス国の王城に煙が立ち上り、一国が落ちたのだった。シプノス国の王族は何処かへ逃れ、その宮殿には遠征軍指揮官が居座ったのだった。
この報は北にあるピュロス国、パテリア国、エーリス国にもたらされ、至急協議が行われた。これまで三国はシプノス国の脅威にさらされ、特に境界を多く接するピュロスは安堵したのだった。しかし反面、領土を拡大したメガラ国が、このまま軍を進める恐れもあり、その対策を練った。一月の間、メガラ軍はそれ以上の軍事行動をする様子もなく、一応の収束とみた三国は、これまで中立を保ってきたテゲアに働きかけ四国同盟を締結しようとの結論に達したのだった。シプノス国が存在する内はテゲアも中立を保てていたのだが、メガラの勢力が拡大したので、そうもいかなくなるのは目に見えていた。折しも、パテリア三の姫をテゲアの王子に嫁がせるという、縁談話があったので、これに便乗する形となった。
ところが、その翌月メガラ軍は本国から守備隊二千を迎え入れると、五千でピュロスに向けて進軍したのであった。未だ完全にシプノス国を支配していないのでに三ヶ月後を想定していた三国は驚き、慌てて迎え撃つ準備した。ピュロスは全兵の三千で待ちかまえ、パテリア二千、エーリス二千も至急、ピュロスに救援に向かった。単純な兵数では連合軍七千対メガラ軍五千の戦いで、有利であったものの、多国籍軍であったので連携が問題であった。
援軍到着まで、支城にて進軍を阻止してきた、ピュロス軍は援軍が到着すると、全軍をもって、敵を殲滅することにした。この戦いでは、パテリア王黄初、第一王子の幸武、第二王子の黄武も遠征に加わっていたのであった。この時代、王族が前線での戦うのは当然であった、そうでなければ兵士は着いてこなかったからである。また強い武将の存在も重要であった。今回パテリアは御前試合で準優勝であったフドウが随行していた。
連合軍がメガラ軍五千を迎え撃ったのは、伏兵を潜めやすい地であった。地の利を生かし、敵を駆逐するつもりであった。数も有利、地の利もありで十分勝算はあった。
しかしここで意外なことが起こったのであった。それはテゲア軍三千がメガラ軍と合流し、この戦いに加わって来た事であった。
中立を保ってきたテゲアが、しかも敵方についたことは三国には衝撃的なことであった。兵数では侵略軍が勝ってしまったのである。このテゲア軍の合流も、戦いのさなかに起こった。連合軍は地の利を生かして有利な戦いをしていたが、突如現れたテゲア軍に戸惑い、判断をしかねていたところを襲われたのだった。パテリア軍は運悪く、両軍に挟まれ敵の集中攻撃を受けて、崩壊し、さらにピュロスとエーリスは浮き足だったてバラバラの攻撃を繰り返した。これに対しメガラ軍は統制がとれ、無駄のない動きを見せた。また有能な将も揃い、連合軍側の将をうち破っていた。この倒された将のなかにフドウの名前があった。
野戦は侵略軍に勝利に終わり、このうちパテリアの被害は甚大で王は槍に刺され果て、第一王子は敵の矢に当たって戦死、第二王子は行方不明の事態となっていた。エーリス国は国境まで逃れ、ピュロス軍の残存兵は王城戦へと向かったのだった。
連合軍敗退の知らせは、パテリア王城に届けられ、王妃御形は気が動転し病にふしてしまったのだった。次々に帰還してくる兵士達。情報は本当の事だった。次々に傷付いた兵士達を見て、芙蓉姫は戦いの恐ろしさを感じた。今頃は父王や兄君の首は切り取られ、見せ物となっているはずだった。
兵士のうめき声、と疲れ果てて壁に横たわる多くの兵士に、労いの声を掛けるのは辛いものがあった。いつまた、ここに敵が押し寄せてくるのか分からないのである。そんな姫の脳裏に浮かんだのはカドモスの姿であった。姫は一介の武者に淡い希望を描いていた。
数日後、同盟国ピュロスのその後の様子が伝えられ、王城は陥落したのことであった。このことは、事実であり、暫くして、兵士がパテリアに逃れて来たのであった。
この事態に宰相は芙蓉姫に王代理を務めさせ、連合国の防衛網をパテリア国境に敷いたのだった。政治の矢面に立たされた姫は、戦況報告に狼狽するばかりで、その場から逃れたい気持ちになっていた。
この時、パテリア王城を尋ねてきた者達が居た、三人は、兵士でごったがえした城の広場を抜け、王宮にやって来たのだった。無防備といえば無防備で、城は侵略軍の事に目が行って警備は甘くなっていた。また連合軍の兵士が多くいたこともその理由だった。
なにやら騒がしくなったので、姫がそちらに向かってみると、そこにはカドモスが居たのだった。
「姫、お助けに参りました」
恭しくカドモスは礼をしたのであった。
すると宰相のドルアスが厳しい顔で兵に捕縛するように命じ、兵士達は彼等を取り囲んだのだった。
「お待ちなさい。その者に手出しはなりません!」
姫が命じると、兵士は止まり、宰相は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「姫、この者達は、犯罪者ですぞ!」
「分かっています。しかし今は国家の存亡の時です。かの者の武芸の腕は承知のはずでしょう。私たちはフドウを失ってしまいました。彼に代わる強い武将が必要なのです」
宰相は渋々兵を解散させると、その場を姫に譲った。
「ようこそ参られました。これこの通り、私が王の代理を務めています」
姫は自嘲した。
「それはパテリアにとって僥倖でしたな。姫なればこそ、私という将を手に入れる事が出来た」
「誠に」
姫は微笑んだ。
「これにいるのは、配下のデクスターとラエバスです。以後お見知り置きを」
カドモスが紹介すると、二人は一礼をした。
「この二人は、武芸に優れているので、お役に立ちましょう。また配下のもの15名も連れてまいりました」
こうして、カドモス等は姫の肝いりで連合軍に迎え入れられ、将となったのであった。
パテリア国に集まった、連合軍の兵数は、エーリス国三千、パテリア国二千、ピュロス国千の総数6千であった。これは予備兵も含めた総数で、老兵や経験の浅い兵、さらに怪我を負ったが戦えるものを含んだ数字であった。先の戦いで精鋭を亡くし、その戦力は数字ほどはなかった。
連合軍はパテリア王城にて、メガラとテゲアの混成軍に如何にいかに戦うか協議をかさねていた。シプノスからピュロスと連続して戦い続け、息が切れる頃ではないかと、楽観視する者もいたが、ピュロスの時がそれで失敗したので、油断はしていなかった。敵の進軍路について、テゲアからパテリアに入ることも考えられたが、この度の作戦はメガラ主導で行われているため、ピュロスとパテリアを結ぶ本道を進軍して来るであろうと結論をだした。時期としてはピュロスの足場を固めたあと、西に向かうと判断し、一月後と読んだ。
この作戦会議には、三国の王族や武将が集まり、協議を重ねていた、決戦地がパテリア領にあるため全体の調整をパテリア王代理の芙蓉姫が務めていた。精鋭がほぼ残った、敵軍八千を予備軍六千で叩くか、それが最大の問題であった。彼等が出した結論は、隘路に誘い込み、矢にて戦力を削るということであった。袋小路に追い込むということであったが、その蓋をするのが誰であるかという問題にぶつかった。
敵には、勇猛な将軍がいて、三国一の武芸者フドウを倒したのは、エイトスというバトルアックスを得物とした男であった。この男は中原から来た男で、行く度の戦いにて戦功を重ねその名を知らないものがいなかった。この者が、兵を率いていたとすると、借りに袋小路に誘い込んだとしても、出口をうち破ってしまうであろうと予想された。
全員に重い空気が立ちこめたとき、芙蓉姫は皆に提案したのであった。
「このエイトスという男は、この度の征服軍を率いる中心です。彼をここで討ち取っておかないと、その勢いは止まりません」
「しかし、彼は武芸に秀でた者、我が国の将といえど、太刀打ちできるか」
エーリス国王は渋い顔をしました。ピュロス国王も同様でした、兵は残ったもののピュロス防衛にて、有能な将は全て失っていました。
「我がパテリアにはエイトスをうち破るであろう将がいます。その者は御前試合にてフドウをうち倒しています」
一同に驚きの声が上がった。
芙蓉姫が、カドモスを紹介すると、一同は彼の堂々とした姿に眼を見張った。
「カドモスと申します。その大役、若輩なれど務めさせて頂きます」
カドモスは礼をすると、早速語り始めた。
「エイトスなる者は私が引き受けます。敵を隘路に誘い込むだけでは、手ぬるいといえます。中原流の戦いで申し上げれば、弓だけでなく火計を持ちうるべきです。この地は山岳地帯ですので、断崖も多い、これを用いない手はありません。巨石を落とす、さらに追い込み崖から転落させるなど、各個撃破をしなくてはなりません。兵の熟練度からいって、真っ向勝負は避けるべきです」
作法に則った戦い方を続けてきた、彼等にとってそれは掟破りの卑怯な手に思えたが、存亡の危機にあってそうも言ってはいられなかった。ピュロスとパテリアを繋ぐ道に様々の罠を仕掛けたのだった。
一ヶ月後、予想通りピュロスを平定したメガラ軍は守備部隊一千を残すと、四千の兵を率いてパテリア侵攻を開始した。これに合わせてテゲアからは兵二千が加わった。兵としては連合軍と同数であったが、中味は精鋭ぞろいであった。
メガラの指揮官はテゲアの離反を警戒して、ピュロス王城に残り、遠征軍の指揮を任されたのが、猛将と名高いエイトスであった。
堂々たる進軍であった。先の戦いにて、連合軍は完膚無きまで打ちのまされ、残るは予備兵等であると読んでいたエイトスは無人の野を進むかのように、意気揚々としてパテリアの王城を目指していた。行程も中程に差し掛かり、開けた草地の出た、なにかあると嗅ぎつけたエイトスは長蛇の陣にて、そのまま進むと、眼前に鶴翼の陣にて待ちかまえる連合軍と遭遇した。
エイトスは敵、見ユに嬉しくなると、左右に陣を展開し前進させた。矢が届く範囲まで両軍が接近すると、兵は敵目がけて全速力で野を駆けた。両軍が激しくぶつかり合うと、メガラ軍は次第に押し始めた。連合軍の将はたまりかねて、退却を支持すると、雑兵は我先にと逃げ去ったのだった。この事態にエイトスは予備兵の集まりが精鋭に叶うはずも無しと、悦に入り、この機会をのがさず、連合軍を壊滅せんと、追撃を開始したのだった。
戦功欲しさに、兵は我先にと敵を追いかけていたが、次第に両脇を挟まれた隘路に入っていっているのに気が付いたのであった。両側に高くぞびえる茶色の崖。この時、エイトスは敵の誘いに乗ってしまったことに気が付いたのだった。あわてて退却を指示したが、崖の上から無数の矢が飛んで来た。多くの兵が矢の餌食になったが、開けたところに出れば建て直しは可能だった。ところが平原に出る寸前の隘路にて、兵を引き連れた三人の武将が馬に跨り待ちかまえていたのだった。カドモス等であった。
その姿は、威風堂々としたもので、英雄に相応しい風格を持っていた。
「お前達は、行く手を阻むか!」
エイトスは怒鳴り上げた。するとカドモスは涼しい顔で言葉を返したのだった。
「俺達は山賊でな。此処を通りたかったら、通行料を頂戴するぜ」
「金でも欲しいのか。生憎ここには無いぞ。他をあたれ」
せせら笑いながら、エイトスはあしらった。
「なあに。欲しいのは、お主の首よ」
この不敵な言葉にエイトスは激怒し、単身馬を走らせ躍り出た。すると、カドモスも槍を小脇にかかえると、相手の動きを計るように、馬を前進させたのだった。エイトスが激流のように襲いかかったが、カドモスは清流のように静かだった。まるで相手のするがままに任せたような、無防備さであった。両者がぶっかった瞬間、エイトスの武具の一部が剥がれた。
エイトスはこの瞬間、相手の実力を悟ったのだった。
(こいつは油断ならぬ)
エイトスは敵の切っ先の鋭さに、汗が噴き出した。
両者にらみ合っていると、予想外の展開にエイトスの副将二人は加勢に飛び出した。
すると、カドモスの弟分のデクスターとラエバスも邪魔をされてはいかんと敵副将を迎え撃ったのだった。
次に、カドモスとエイトスが馬を走らせ、ぶつかり合うと、エイトスの斧は空を虚しく切り、カドモスの槍は敵の胸を貫いたのだった。貫かれたまま、馬からエイトスは地面に叩きつけられた。即死だった。
これにエイトスの副将は驚き、気を取られている間に、デクスターに切り落とされ、もう一人はラエバスに喉を刺されて落馬した。
連合軍は圧勝に歓喜の声をあげ、侵略軍は静まりかえった。
カドモスが全軍に突撃の指示をだすと、兵は怒濤のようにメガラ軍を襲った。指揮官の居なくなった軍は、統率もなく、バラバラに戦いを繰り返すと、隘路の奥へと追い込まれていったのだった。
その先には、矢の雨は待ち受け、巨石が転げ落ち、業火が待ち受けていた。こうなると軍としての形は無くなり、逃げまどう人と化していた。そして彼等の最期は断崖に追いつめられ、落ちて果てたのだった。
かくしてメガラとテゲアの侵略軍六千は露消え、連合軍は勝利したのだった。
この後、連合軍はピュロス奪還を志したが、メガラ側に知将がおり、易々と進軍をゆるさなかった。しかし、この度の戦いでカドモスはメガラに地獄の将として知られることとなったのであった。
パテリアの王城に凱旋すると、カドモス等は花で人々に迎えられた。人々の顔に解放された笑顔が浮かんでいた。
「姫、敵は多くの兵を失い、もはやこの国を攻める力はございません。これ全て姫の天運によるものです」
カドモスは姫に報告をした。姫は彼が無事帰還したので嬉しさのあまり抱きつきたくなったが、公の場であったので耐えたのだった。
「これは、貴方がもたらして呉れたものです。パテリア国を代表して感謝します」
姫はカドモスを、カドモスは姫を見つめました。
「凱旋のお祝いに、この花をささげましょう」
姫が一輪の花を差し出すと、カドモスは恭しく頂戴した。
「花言葉は?」とカドモスが問うと
「あなたと共に」と姫は答えた。
アラビアンナイトみたいに、物語の中に物語があり複雑なお話となってきました。
この手法が良かったのかどうか、作者にも分かりません。ですます調で翡翠記は乗りが悪いので、ここで函にしても影響なしと判断しました。
芙蓉記はもともと過去の出来事を概説する程度だったのですが、翡翠記が恋愛ものを完全に排除していたので、あえて物語にしました。
翡翠記はお分かりの様に、豪傑が集まってきて敵を打ちのめすお話で、主人公は影が薄いのですが、芙蓉記ではカドモスと芙蓉が前面に押し出され、周囲の連中は登場程度となります。
物語ではこういう恋愛ものが分かりやすくて、支持されることでしょう。翡翠記もこの形式でも良かったのですが、恋愛ものより豪傑ものを選択して、感情移入がしにくいものになってしまいました。
カドモスは登場時点で方丈記のような出だし、をしようとしたのですが、何故かここで「隠し砦の三悪人」を連想しこんなになってしまいました。
芙蓉記は3回ほど続きますので、翡翠記の先を読まれたい方はご容赦願います。




