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第31回 新たな旅立ち

<登場人物>


グノー    主人公の兄弟子 魔法使い

メディカス  僧侶(酔遊仙のメディカス)防御魔法、治療魔法、躰術

ホーネス   スカラ国戦士(神槍のホーネス)槍の使い手

レピダス   黒虎騎士(銀弓のレピダス)弓、双頭槍の使い手

アスペル   女盗賊(黒豹のアスペル)スリング、手裏剣、メイスの使い手

ストレニウス 赤鬼騎士(重戦車のストレニウス)双手剣の使い手

ソシウス   斧使いの大男(旋風のソシウス)バトルアックスの使い手

エコー    ヘテロ青竜騎士(鎚人馬のエコー)風の魔法使い、ヴォーハンマー

フィディア  芙蓉記伝承者(譚詩曲のフィディア)竪琴

グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘



ビルトス   主人公の師(本名ダーナ)


芥子菜王妃  パテリア大国王妃

歴山太子   パテリア大国王子、嫡子

那破皇子   パテリア大国王子

蘭公主    パテリア大国王女


ウーマー   デスペロ配下上級魔法使い

ウレペス   デスペロ配下上級魔法使い

プロディティオ デスペロ配下上級魔法使い、那破皇子支持者


コレガ    黒虎騎士、レビダスの友

ソダリス   黒虎騎士、レピダスの友


コンスピロ  那破皇子の世話役

クロレア   蘭公主のお世話役


スパーバス ベラ家家長、魔法属性の武器使い

ツタメア  スパーバスの妻、幻術使い

ラバックス ペラ家長男 高利貸し

オディーマ ベラ家長女、幻術使い

アクセンド ベラ家次男、魔法属性の武器使い

 アデベニオの惨事から五日が経ち、怪物の来襲の心配がなくなると、寺院に避難していた人々は家に帰り始めました。瓦礫の町にテントが数多く張られ、星の屋根をもつ竈からは空に向かって、煙が立ち上っていました。自治政府は難民に対し救援物資を提供するとともに、町の再建の計画を立て始めていました。ところがそこに行幸に出かけたはずの東の教皇が舞い戻ってきて、政府内は著しく混乱をしたのでした。

 東の教皇は、町が怪物に襲われ、多大な被害を与えたのも、政府のこれまでの政策が悪く、外側の町を無計画に放置したまま、なんの対策もとらなかったために起こした人災であると、改革に消極的な西側の教皇を非難したのでした。彼は、外の城壁が貧弱なことで、法力を頼りにし過ぎて強固な外壁を作らなかったことが一番の原因と主張し、改善を要求したのでした。また町の防火の観点から、区画整備されて安全な構造とし、聖地に相応しい街並みに改善すべきと合わせて力説したのでした。

 これに西の教皇は反発し、以前から東の教皇は町の改造を主張し、今回都合良く町が破壊尽くされたので、一連の事件を東の教皇の策略ではないかと怪しんだのでした。怪物の来襲により西の僧兵の被害は甚大で、死傷者はかなりの数に上っていました。このまま、争いともなると東の教皇が優位となり、さらに事件当時、東の教皇は不在であったことからなどが理由でした。このことを西の教皇は東の教皇に追求すると、東の教皇は笑ってこれを否定し、偶然が重なったことと一蹴し、証拠を求めたのでした。西の教皇は全て憶測の域を出ていませんでしたので、言葉に詰まり恨みの心を胸に秘め、しかたなく提案を受け入れたのでした。

「僧侶も集まれば只の人か」

 メディカス老師は腕を組み、大きくため息をつきました。

「それはどういう事でしょう?」

 一緒に高台から町を見下ろしていたレピダスは尋ねました。

「一人では悟ったつもりでも、集団の利害の中にあると振り回されるものであるということじゃ」

「それは教皇の事でしょうか?」

「それもあるが、儂も含めてじゃ」

「老師がですか、ご冗談を」

「人は集まらねば生きてゆけぬ、されど組織の中では自己を見失う」

 老師は寺院内を従者を引き連れて移動する、高位の僧を見下ろしました。

「今回の事件は作為的なものを感じます。原因となった卵は、人間の手によって持ち込まれたものです。彼等の正体は未だ分からず終いで、目的は町の破壊だとしか思えません」

「それで誰が卵をもたらしたと思うのかね」

「百雷でしょう」

 レピダスの自信をもった言葉が発せられました。

「儂もそう思う。シルバの森深くに侵入し卵を持ち返るとは、剛胆な者がいるものじゃ。それで、どういう理由で百雷が犯人と判断した」

「仲間のソシウスとストレニウスがハンターに誘われたさいに、百雷が獣の王の所に魔法使い達を向かわせたとの情報を得ています」

「なるほど、しかしならず者から真犯人まで辿り着くことはできぬな。解き明かすには長い時間がかかることだろう。ところで何か悩み事でもあるのかな?」

 老師は浮かぬ顔をしたレピダスを見て問いかけました。

「いいえ、その様な」

 レピダスは軽く視線を逸らしました。

「あの娘のことじゃな」

 老師は逃しませんでした。

「見抜かれていましたか。私はかつてあの娘を殺そうとしました。ところが皮肉なことに逆に助けられてしまいました」

「そうであったか」

「その恩義という訳ではありませんが、一緒に旅を続けることになったのです。その内に、国家から命じられたまま行動していた自分を疑問に思うようになり、自らの手によって娘が善なのか悪なのか見出そうとしたのです。国家は女魔法使いは世界を破滅させるものとしてその抹殺を命じています。しかし私の目にはどうもそうは見えない。むしろ守るべき存在に思えてしょうがないのです。しかし・・・」

「しかし、今回の件があって、迷いが生じたと言う訳じゃな」

 老師は言葉を補いました。

「その通りです。獣の王を説き伏せるなどと、人ではありえません。彼女は深く怪物と関係しているのでしょうか?かつて宰相は各地に現れる怪物の元凶は魔法使いの娘であると述べました。その言葉が甦ってくるのです」

「あの娘はただの人ではあるまい。我が友、ビルトスが命を賭して守った存在じゃからの」

「ビルトスとは魔法博士ダーナのことでしょうか?」

 レピダスは老師に問いました。

「その通りだ。彼は自分の名前に、高名な魔法使いの名前があるのを恐縮し、身近な者にはビルトスと名のっていた」

「そうでしたか。しかしダーナは答えを残してくれませんでした」

「あの娘がなんであるかは全くの謎だ。しかしビルトスが世界を滅ぼす存在を守ろうとするとは思えんな。むしろ、世界を守るのに必要な存在ではないだろうか」

「そうであることを私は願います」

 レピダスは俯き加減になりました。

「まだまだ、謎だらけじゃ。あの娘もだが、フィディアという娘も怪物の動きを止めた。不思議であろう」

 老師はレピダスに視線を送りました。

「確か、あの詩はダーナ伝承のもの」

「その通りだ。ただの詩が何故あの様な効果をもたらすのか、全く不明じゃ。ビルトスはなにかをしようとしていた、それを我々は確かめに行く。答えを出すのはそれからでも遅くはあるまい。それまでは自分の勘を信じることだ」

「はい」

 レピダスは直に従いました。

「ところで、そちらは旅の仕度は出来ているか?」

「いつでも旅立てます」

「結構だ。儂のほうも引継が終わる。山越えでアルタスへ向かうから、必要なものを準備しておくように」

「山越えをされると思っていました」

「読みが良いの。あの怪物の一軒以来、儂等の行動が目立っての。あの竪琴の音はなになのかとか。獣の王に娘が歩いていったのは何故だとか、追求が厳しいのだよ」

「それは難儀されておいでですね」

「儂等の方が知りたいのだというのに、皮肉なものだ」

 老師は苦笑しました。

「我々も逃れる身で、注目を浴びてしまって、外にもなかなか出られない状態です。今日も仲間は部屋に閉じ籠もりきりです」

「今回の件は政府の耳にはいるであろうな」

「おそらくは。そして、グレーティアのことを感づくでしょう」

「ならば出立は急がねばな」

「はい」

「明日、宿を払って寺院に来るがよい。儂も旅の仕度をしておく」



 元虎の爪の構成員だったオディーマは家族の仇を追いかけていました。縄張りを任されていた一家が惨殺され、一家の名前は地に落ちました。今は別の支配者が町を治めていることでしょう。その仇というのが、彼女が道ですれ違った一行でした。大きな男二人に三人の少女、そして馬に跨った一人の男。この男の提げていた白い矢が印象的に記憶に残ったいたのでした。あの時、仇なす存在であると気が付いていたら、敵討ちを行うことが出来たところでしたが、無情にも運命は彼女に好意的ではありませんでした。仇を間近見せつけてくれたものの、手出しは出来ず、思いでの中で敵は何度でも彼女の前に現れるのでした。その現実との溝を埋めようと必死になって追いかけようとしましたが、仇のは全くの行方知れずになっていました。

 あの白い矢を持つ男は何処に行ったのか。彼女は深く悩みました。彼等は南より無法地帯にはいりそのまま北東に向けて通過していました。これはなんの行動なのか?

 彼等は無法地帯の誰かに会いに行き、そして還っていったのが。それが一番ありえる線でした。

 問題なのが、虎の爪の本拠地以降の足取りが掴めないことでした。虎の爪は彼等に制裁を加えようと、捕らえたところまでははっきりしていました。拠点に一番近い町で、調べても彼等を目撃したものはいませんでした。幸い、シルバの森を抜ける道が一本道であったので、彼女は手がかりを求めて、東に向け追跡を開始したのでした。

 しかし、成果ははかばかしくなく、人相書きを見せても目撃者はおらず、この間どんどん仇が遠くに去ってしまうかと考えると、気ばかりが焦ってしまったのでした。

 これで手がかりが消えたかと思った矢先、四つ目の町にて彼女は目撃者を発見したのでした。人相風体が一致し、急げば追いつく可能性がありました。そこで彼女は、丹念な聞き込みをやめ急ぎ東に向かったのでした。

 あの一行が近くにいると思うと、なんとしても追いつこうとしました。シルバの森は一人では危険な所でしたが、一心の気持ちが、その様な恐怖を退けていたのか、単身彼女は道を急いだのでした。

 暫く行くと、アデベニオへ向かう道に出くわしました。この道はシルバの森の中をアデベニオに抜ける最短の道でした。しかし、この先には、百雷の本拠地があり、虎の爪の構成員であった彼女にとって案配の悪いものでした。一行は百雷への道を進んだのか、そのままシルバの森を抜ける道へと行ったのか、彼女は悩みました。ここで選択を誤ると、追いつくことは出来なくなってしまいます。二股に分かれた道の真ん中で、彼女はじっと思索し、己に問いました。そして彼女は勘を頼りに森を抜ける道を選択したのでした。

 ここまで来るとシルバの森の木々もまばらになり、草原が広がっていました。その中を蛇行しながら道は続き、彼女は一人、道を辿っていったのでした。この姿を遠くで見れば、女が一人この様なところを歩いているなどと、奇妙なものに見えたはずでした。そのことは無法地帯を出る寸前に証明され、彼女を格好の獲物と見た三四人の男共の追い剥ぎに出くわしましたのでした。女の一人旅に気をよくしたのか、にやけた態度で彼等は取り囲んだのでした。

 女の一人旅は命を奪われはしないものの、攫われたり、性的はけ口として扱われるのが通常でした。草原の真ん中で、周囲に助け求める相手がいないとき、女性は恐怖で顔が歪んでしまうところでしょうが、彼女は違いました。彼女はこういった荒くれ者の世界で生まれ、生きていた者で、一切動じることもなく、彼等の行為鼻で笑ったのでした。

 男等は、女に軽くあしらわれたことに激怒し、刀を抜くと本気で彼女を始末しようとしました。ところが次の瞬間、悪漢どもは慌てたように刀で空を必死に斬りつけ、怯えながら四散してしまったのでした。

 無頼の輩は彼女の幻術によって惑わされ、命からがら逃げていったのでした。故郷の別れの挨拶か、と彼女は愉快に笑うと、こうして無法地帯を去り法治世界に足を踏み入れたのでした。

 アデベニオへ向かう本道に出ました、ここで再び彼女は北に向かうか、東に向かうかで再び迷いました。もし仇がアデベニオを目指しているならば、百雷の道を選択したはずです。無法地帯を避けて回り道をしてアデベニオを目指したということも考えられましたが、これまでの情報によれば、強者どもの集まりが無頼漢などに恐れて回り道をしたなど想像できず、彼女は東への道を選択しました。

 道はシルバの森を抜ける、凹凸の激しい道と違って、平らかで広く、整備されていました。多くのものがこの道を辿って、アデベニオに向かい、これが国家というものの力であると実感しました。

 道の途中で、彼女は丘の上が崩れている場所に出くわしました。そのまま見過ごしそうなものでしたが、たまたま彼女が鳥のさえずりに視線を高台に向けたために気がついたのでした。大きく砕かれた地面、一級魔法使いの攻撃が、この高台に加えられたことが分かりました。何事が起こったのであろうかと、彼女が周囲を調べると、争った跡を発見しました。ここで小さな戦闘があったことは確かのようでした。大地にのこった爪痕から、そう昔の出来事でないようでした。しかし、起こったであろう事件に彼女はこれ以上の詮索はやめました。ここで起きたことは、仇についてのなんの情報をもたらしはしないからでした。彼女は、早々にその場を立ち去ると次の町を目指しました。

 町の周囲には焼けた跡の木々が残っていました。どうやら大きな火災が起こり周囲一帯を焼き尽くしたようでした。町の周囲にはあきらかに急造と思える塀が作られていました。

ここで、オディーマはどのくらい前に、仇が通過したのか調べました。

 町の入り口にいた人をつかまえて、尋ねてみましたが、目撃者はいませんでした。幾人か宿の主に尋ね、成果はなく、この町でいつまでも留まっては、どんどん離れてしまいます。そこで彼女は次の町を目指そうと決心し、最期に一人の人物に話しかけると、なんとその人物は人相書きの顔に見覚えがあったのでした。

 その人物の証言によると、一行は西に向かって旅立ったという事でした。これには彼女も我が耳を疑いました。あの一行は西から来た者達でした。それが西のみ向かったとは考えられませんでした。そこで、彼女は再度、似顔絵の人物に間違いないかと問うと、町の者は自信をもって、間違いなしと答えたのでした。

 これには彼女も信じざるを得ず、今来た道を戻っていったのでした。ここで彼女は一行がシルバの森に引き返したのであれば、自分と遭遇したはずなのにそれが起こっていないことから、仇はアデベニオに向かっているのではないかと推測しました。急ぎアデベニオへの街道を旅していると、とある町で、大男が商人の屋敷に押し入り金品とそこの女中を攫って逃げたとのうわさ話を聞きつけました。大男というのが、ひっかかり、その屋敷に行くと、一行の一人がここで盗みをはたらいているのが分かったのでした。攫われた女中の同僚は仲間の安否を心配していましたが、彼女は興味が無く、むしろ間違いなく追いかけていることに、確信を得たのでした。

 こうして彼女はアデベニオまで到着し、町で仇を追い求めたのでした。アデベニオは聖地の町で、大きなものでした。沢山の巡礼者で溢れ、この中から仇を探すのはなかなか骨が折れる仕事でした。こうしてなんの成果もなく日々が過ぎていったころ。町が大騒ぎになって来ました。町の外に住む人々が続々と城内に避難し、彼女が宿泊している宿の通りは人でごった返していました。宿の主人の話では、シルバの森の怪物が大挙してやって来るとのことでした。僧兵がそれを迎え撃とうと、城の外に集まっており、用心の為外に住む者がぞくぞくと入城しているということでした。

 シルバの森に育ち、虎の爪にいた彼女にとって、怪物の暴走などそれほど恐れるものではありませんでした。虎の爪では他勢力との戦いにおいて、怪物の暴走を仕掛けることは多く用いられるからでした。大抵の怪物の暴走ならこの城の防備で十分と言えました。もしこの町が壊滅しるというのなら、それは獣の王が報復にやって来た時でしょう。彼等に魔法の攻撃は通用せず、恐るべき破壊力をもっているからでした。

 彼女は人々の狼狽える様を楽しみ、自分も当事者であることを忘れ、町に出てはそぞろ歩きをしました。ひしめき合った、荷馬車の間をすり抜け、中央広場まで近くまでやって来たとき、城の外から、怪物の咆哮が響いて参りました。もうすぐ怪物が押し寄せて来くるようでした。

 人々には不安な顔が溢れ、母親の抱かれた赤ん坊は何かを察して、大声で泣いていました。オディーマは次第に大きくなる、城の外から響いてくる破壊の音に、この響きは普通の怪物の暴走なのではないと感づきました。それは聞いたこともない、轟音でした。これは獣の王の来襲なのではと、彼女が思い始めた矢先、群衆の中に見知った顔を発見したのでした。その人物は三人の娘で、内二人は似顔絵にあった者達でした。

 この時、彼女は、獣の王の来襲への不安は消し飛び、復讐の炎が燃え上がったのでした。急ぎ、その後を追いかけようとしましたが、中央広場に集まった群衆に行く手を阻まれ、取り逃がしてしまいました。仇の娘が向かった方向は南門でしたので、彼女は勘を頼りに追いかけました。

 南門近くに行くほどに、人で溢れていました。遅れて入城した者達が、さらに奥に逃れようとして、部分によっては動けないほどになっていました。先に入った者達より後に入った者達の流入が多く、彼女は南門を目の前にして、群衆の中で身動きが出来なくなっていました。

 そうこうする内に、怪物達が南門を攻撃をし始め、攻撃魔法の使い手が門の上から応戦をしました。しかしその攻撃も虚しく、獣の王の軍団に一蹴され、城壁に鋭い衝撃が走り破壊されそうになりました。南門が破られそうになると、城内の人々は恐怖でひきつり、我先と奥に逃れようとして、押しつぶされる人が続出しました。オディーマはそのなかで身動きできなくなり、怪物が門をうち破ってくるのを、見るだけしか出来ませんでした。 守備の僧兵がいなくなり、門は砕かれ、内と外が大きく繋がって、城壁に大きな穴が開いたような感じになりました。そして怪物が城内に侵入しそうになったとき、一人の僧を中心として、得物を持った数人の男達が立ちはだかったのでした。

その男達を遠目で見たとき、彼女は我が目を疑いました。その男達は、仇として追いかけている者達でした。彼女は必死で、南門の男達に近づこうとしましたが、彼女の意志に反し、怪物の来襲から逃れようとする群衆に流され、どんどん遠ざかってしまいました。怪物が城内に入ってくると、男達は縦横無尽の動きをみせて、怪物達をうち倒してきました。まさしき鬼神の動きと言った様子で、瞬く間に、怪物は地に伏してしまいました。

 この様子に、彼女は驚き。両親を殺した、仇の実力をまざまざと見せつけられたのでした。父、母や兄弟が殺されたのも頷けました。このような敵を自分は追いかけていたのかと、その戦う様が脳裏に焼き付きました。

 オディーマが驚きの眼差しで、仇を見ていたとき、突然、城壁の上から、場違いな竪琴の音色が流れてきました。最初は怪物の咆哮でかき消されていましたが。怪物のうなり声が次第に治まってくると、明瞭なものになってきました。そして音の主は障壁の上の娘であることが分かったのでした。まさしく思いもよらぬ出来事でした、その娘は音色に会わせて詩を読み、怪物を鎮めているようでした。娘は遠目でありましたが、中央広場で見失った娘の一人であることがわかり、また別の二人は障壁の階段を舞い降りると、一人が怪物のなかで一番大きな竜に向かって歩き始めたのでした。

 人々の恐怖は薄れ、奇怪な出来事に声もなく、見守っていると、やがて獣の王は大きな巨体を反転させると、それに合わせて他の怪物達も城門を背に森に向かっていったのでした。しばしの沈黙のあとに、一斉に人々から歓声が上がりました。

 死の恐怖から人々は開放され、お互い見知らぬ者同士抱き合って喜び合っていました。彼女も、これらの出来事に、阿呆の様に立ちつくし思考は停止したいました。暫くして歓声の中彼女は我に返り、仇を追い求めましたが、喜び城の外に飛び出す群衆に流され、どんどん城外に押し出されてしまいました。障壁の下では仇の者達が、肩をたたき合い喜び合っている姿を見つけられましたが、その場に近づくことは出来ませんでした。こうして仇を目の前にして、皮肉なことに彼女は近づくことも出来ずに見失ってしまったのでした。



 王都フレーレオに繋がる白い橋の上を黒虎騎士のコレガとソダリスは帰還の途に着いていました。二人の目の前には、巨大な白い城壁がそそり立ち、その上には青いパテリア王国の旗がたなびいていました。この国随一の都市は、その巨大さと荘厳さで来訪者を圧倒し、ここが世界の中心ではないかと錯覚させるのでした。まさしく王都と呼ぶに相応しい都でしたが、その王都の姿が二人には重くのしかかって来ていたのでした。

「いよいよ、還って来たと言う訳だが・・・」

ここまで言って、コレガは口ごもってしまいました。

「王都に入らざるを得ないだろうな。そうでなかったら、このままとんずらするしかない」

 ため息混じりにソダリスは言い、都の背後に浮かぶ白い雲を眺めました。

「そうだな。帰らざるを得ないか。至極当然の答えだな」

「そうとも、俺の答案は百点満点だからな。してその気分は?」

「母親に、叱られる子供の気分だな」

「違いない」

「蘭公主のお怒りを想像したら、気が滅入ってしまうよ」

「俺がいるだろう、二人で叱られるとしよう」

 二人は馬上で、苦笑いをしました。

「それにしても、レビダスが黒虎騎士を辞めてしまうとはな」

「意外だった。あの男は職務には忠実だったからな」

「俺達の方がいい加減といえるが」

「それはお前のことだろう」

「馬鹿を言え。お前も同類だ」

「そうなのか?」

 ソダリスはとぼけてみせました。

「騎士たる名誉も捨てて、あんな訳の分からない連中と旅をしているだなんて、気でもふれたとしか思えぬ。公主にこんなにも好かれ、宰相からも実力の程を認められていたと言うのに。お前は彼奴に何が起きたと思う?」

「そうだな、奴の何かが変わったんだろうな」

「何かか?」

 コレガは言葉の意味が分からない様でした。

「なあ、お前どう思う?俺達の知っている奴と今の奴。どちらが本当の奴だと思う」

「妙な事を言う。まるで本物はどちらかと尋ねているみたいだが」

「今ある奴が、本当の姿だとするなら、黒虎騎士などの飾りなど無用だという事だ」

「なるほど、それは面白い考えだ。娘に出逢って、奴は本当の自分を発見したとでも」

「そう考えたほうが、奴の転身の理由がつけやすい」

 コレガは口を閉じ、ソダリスの言葉を自分に当てはめていました。

「本当の自分か。確かにそれなら、これまで積み上げたものを捨て去るだろうな」

「だが、周囲はそうはいかない」

「蘭公主の事だな」

「あのお方は、あまりにも純真だ。我々の言葉を聞いて御納得されるかどうか」

「彼奴も罪作りな奴だ。女の心をこうも惑わすとはな」


 王都に入城したコレガとソリダスはその足で、事の次第を公主に報告に王宮に参内しましました。公主の宮は後宮の奥にあり、狭くそそり立つ壁の間を通り抜け、二人は公主にもとにやって来ました。両名が帰還したとの報告を係りの者に伝えると、二人は静かに公主がお出ましになるのを待ったのでした。暫くすると、奥から女官を引き連れて蘭公主がふたりの前に姿を現したのでした。

 公主が、席に腰掛けると、女官たちは両脇に立ち、コレガとソダリスのを威圧しているようでした。

「両名、ご苦労様です」

 蘭公主の言葉が発せられると、二人は深々と礼を致しました。

「ところで、私はちゃんと命令したはずですが。レピダスの幽霊を連れて来なさいと」

 公主の厳しい言葉が飛びました。

「幽霊なので、見えないと言う事なのですか?」

 公主は迫って参りました。

「恐れながら、我々は幽霊を捕らえることは出来ませんでした」

「ほう、それはどういう事ですか?」

 蘭公主の広げられた扇子が閉じられ、音を立てました。

「レピダスは生きていました」

「そうでしたか。それは喫驚しました。では連れた来たのでしょう?」

「それが・・・」

 コレガは口ごもってしまいました。

「生きていたと分かって、そのまま帰ってきたのですか。何故私の元に連れて来なかったのです!」

 公主の怒りの言葉に、二人はなかなかレピダスの事を伝えられませんでした。

「それで、あなた達は、レピダスに会ったのですか?」

「はい、我々は公主に頂いた手がかりをもとに、彼を追跡し発見し、探し当てました」

「そうですか。それで彼は元気でしたか?」

 公主の顔が少しほころび、柔和になりました。

「以前と変わらず、元気な様子でした」

「それはよかった。私は様子が変わってしまったのではないかと心配していました」

 公主は安堵したようでした。

「しかし、殿下がご心配されていることを、伝えましたが、彼には届きませんでした」

「そうでしたか」

 公主に暗い影が差しました。

「それで、彼は何処にいたのですか?」

「彼は旅の途中で、おそらくはアデベニオを目指していたと思われます」

「そんな所に、僧侶でもなるつもりなのかしら」

「我々は、帰還するように説得しましたが、彼は応じず、こともあろうか騎士の身分を捨てたのです」

「なんと!それは何故です」

「分かりません。我々は殿下の御心を伝えましたが、彼は自分の事は死んだものとして伝えるよう我々に頼んだのです」

「何故そんな事を」

 公主は狼狽えました。

「おそらく、殿下の行く末を思い計ってのことでしょう」

「なんということでしょう。私の気持ちは伝わらず、別れの言葉を投げかけられるとは」

「今のレピダスは別人です。殿下の好きだった騎士は死んだものと考えてよろしいかと」

 悲しみを堪えているのか、公主は目を閉じ内省しているようでした。

「分かったわ。レピダスは誰かと一緒ではありませんでしたか?」

「はい、六名の者と旅をしていました」

「その中に美しい娘がいたでしょう」

 蘭公主の鋭い目が二人に向けられました。

「殿下の秀麗さに勝るものは、おりましょうか、普通の娘はいましたが」

「お世辞は結構です。ではこの様な娘はいましたか?」

 公主は一枚の人相書きを二人の前に出しました。それは正確ではありませんでしたが、娘の姿を如実に描き出していました。

「これは、透視術でのぞき見たとき、レピダスと一緒に踊っていた娘の絵姿です。はっきりとした容姿はわかりませんでしたが、この様なものです」

 この人相書きを見せつけられ、公主の執念を感じたソダリスは懐から一枚の絵を取り出したのでした。

「恐れながら、我々はこの様な人相書を手に入れました。この娘がレピダスの旅の一行の中におりました」

「これは」

 その人相書きを公主は受け取り、驚くように見入っていました。

「私が透視術で見た娘はこの者です」

「美人かどうかは、さておき、この娘とレピダスは無関係なのではないでしょうか」

「そんなことはありません。私には分かります。この娘が原因です」

「しかし、それは飛躍しています」

「私の感が、そう教えるのよ」

 コレガとソリダスは顔を見合わせ、困惑しました。

「あなた達が任務を失敗したのなら、きつく問いただすつもりでした。しかし王妃殿下から両名を罰しないようにとのことですので、私は仰せに従います。でもこの娘の人相書きを入手したことは、成果とし、満足いたしました。あなた達は私の見込んだ騎士達です。長旅で疲れた事でしょう。しばしの休息をとりなさい。あなた達は本当は私の仕事でなく、北に女盗賊を捕らえるという任務があるのでしょう」

 公主はこう言うと、席を立ち女官を連れて奥に消えていったのでした。報告が終わり、きつく詰問される可と思いきや、公主が大人しく引き下がったので、二人は胸を撫で下ろしたのでした。

「なあ蘭公主は人相書きをえらく気に入ったようだが、あれをなんに使うつもりだろうか?」

「さあなあ、あの様子では簡単に諦めたとは思えない。また変なことを考えてるに違いない。いずれにせよ俺達は解放されたと言う訳だ」

コレガとソリダスは疲れたように王宮を後にしました。


 お世話役のクロレアは、蘭公主の物わかりの良い態度に、安堵どころか不安な感情を懐いていました。普通だったら、癇癪を起し、黒虎騎士の両名を罵倒した後、直ちに引き返しレピダス殿を連れ返すように厳命したところでしょう。ところが、今回は二人を労い、任を解きました。もちろん王妃様がこれ以上、黒虎騎士を私的な事で使うことを戒めたのが理由であるとは分かっていましたが、公主の諦めの良さには合点がいきませんでした。こう言う時には何かある、と彼女の長年の経験が予感させていました。

 クロレアは公主の後を着いてゆくと、公主が振り返り、とんでもないことを言いだしはしないかと、怯えていました。

「クロレア。私いいこと思いつきました」

 蘭公主は自室に向かう通路の途中で、突然振り返りました。その顔は、怒りの顔というより満足げな笑みを浮かべていました。

「いったい、どの様な・・・」

 クロレアは公主の顔を見ると、恐る恐る尋ねました。

「母君は政の大事な人材を、私用で使ってはいけないと、申されましたね」

「そうですが。公主、また何かなさるのですか?」

「もちろんよ。レピダスは生きているのよ。ここに呼び戻すのです」

「ですが、親友のお二人でも説得に失敗しているのです。それは難しいことでは」

 クロレアは公主の執念深さに、困惑しました。

「それは、原因を取り除かなかったからです。今回は、生存が確認出来ただけでも収穫です。彼等には再び説得に行ってもらいます」

「はあ」

 クロレアは二人はやっと解放されたのに可哀想なことだと思いました。

「秘密裏にあの者達を呼べないかしら?」

「あの者達とは誰です?」

「百雷」

「公主、それは・・・」

 クロレアは気が動転しました。

「犯罪者集団でしょう。知っているわ」

「王国の民を脅かす存在ですよ、お国は彼等を取り締まっているのですよ。それを宮殿に呼ぶなどと」

「私は、こう見えても王の娘、綺麗事では国が治まらないのは存じています。そして百雷が政府と結びつくことによって、存続していることも」

 公主の瞳が輝きました。

「彼等を呼んでどうされるのです?」

「彼等に依頼したいものがあるの」

 公主の顔には反論を許さない、意志が読みとれました。

「わかりました。それが何であるかは分かりかねますが、手配してみます。但し、私は百雷との繋がりがありませんので、プロディティオ殿に相談する事になります。秘密裏に事を進めることは出来ませんが」

「それは妥協しましょう。但し、彼には口止めをするように」

 クロレアは公主がいったいなにをしでかすのか不安で、当分眠れない夜が続くだろうと思いました。


 数日後、蘭公主の前に参内したのは、みすぼらしい男でした。大きな体格でもないし、人を威圧する要素はまるでありませんでした。言葉も柔和で、どこそかの店の主であると紹介されたら、そのまま信じてしまいそうでした。どうみても、彼が犯罪者組織の幹部とはとても思えず、公主は拍子抜けして、蘭公主は内心からかわれているのではないかと疑いました。

「この者が百雷なのですか?」

 公主は男に聞こえないようにクロレアに耳打ちしました。

「間違い御座いません。プロディティオ殿が手配しましたから」

「分かりました」

 公主はまだ納得出来ない様子でしたが、男に話しかけてみることにしました。

「私が公主の蘭です。求めに応じてくれて感謝致します」

 公主が話しかけると、男は恭しく胸に手を当て礼をしました。

「お呼び出しを頂き、恐れ入ります」

「百雷は人々から恐れられていると、聞き及んでいますが本当でしょうか?」

「はい、我々は恐怖と欲望を糧としております」

「あなた達は、町を襲ったりの略奪行為をするのですか?」

「それは反乱軍がやる上等手段ですな。それには大規模な仕掛けが必要です。我々は法の規制の隙間で生きるものです。法をかいくぐって商いをしていると申しましょうか」

「私は、殺戮を繰り返しているのだと思っていましたが」

「私どもは、そういった狩人でなく、栽培者といったところです。作物を育て実りを少しずつ刈り取る、地道な努力で利益を上げている。その様なものです」

「おかしいですね。それでは誰も恐れないでしょうに」

「嫌がる者を刈り取るのに、恐怖が必要です」

「そういう事ですか」

「我々は忌み嫌われていますが、人の世には法の枠にどうしても収まらない者が登場するのです。そう言った受け皿に、私どもはなっているのです」

「あなた達の事はだいたい分かりました」

 公主は見た目と違って、落ち着いた、響きのある言葉に、男が何かを秘めた者であることを感じ取っていました。

「百雷の貴方を呼んだのは他でもありません。その実力を見込んでのことです」

「我々を評価いただき、恐悦いたします」

「ある者を殺して貰いたい」

 後ろに控えていたクロレアは、公主の言葉に驚き、声を出しそうになりました。

「殺害ですか。それは王家の力で容易く出来るものではないでしょうか?」

「その通りです。しかし私には許されません」

「なるほど、しかしその殺害の相手が一国の王や臣下では我々は容易に出来るものではありませんぞ」

「心配におよびません。旅の娘を一人殺害して貰えればいいのです」

「娘ですか」

 百雷の男は少し苦笑いした様でした。

「それは容易い事ですが、それがお望みの件ですか?」

「そうです」

 公主は男の冷笑に似たものを感じて反発しました。

「それでその娘について我々が特定できるものがあるのでしょうか?」

「あります。クロレア。例のものを渡しなさい」

 公主は彼女に顔を向けると扇子で指示を出しました。クロレアは嫌々ながら、歩み出ると人相書きを男に渡しました。

「この娘がそれです」

「なかなかの美人の様ですな」

 意地悪く、男は絵の人物を評価しました。

「最新の情報ではアデベニオ近辺にいるようです。これで探し出せますか?」

「十分な情報です。アデベニオは我々の勢力圏内です。何処に隠れていても、容易に探し出せます」

「安心しました」

 公主は満足した様子でした。

「ところで、この娘。どんな悪さをしたのです?」

「私の大事なものを奪ったのよ」

 公主の憎しみの言葉が、辺りに響きました。


 歴山太子は寝室に飾られた、一枚の絵画を前に葡萄酒を味わっていました。お気に入りの一枚は宮殿の奥の倉庫に忘れられた存在として取り残されたものでした。彼自身は絵画にそれほど執着を起こす人物ではなく、嗜み程度に見識をもつだけのものでした。むしろ剣は真剣に取り組み、指南役を唸らせる程に実力をもっていました。彼が一国の太子でなければ騎士として、有能な人物となっていたことでしょう。芸術という点では、彼は絵より楽曲を好み、自身の竪琴の腕前は周囲の者を聞き惚れさせるものでした。

 かれは知性においても秀でていて、数多の学者から指導を受け、学術についても造詣が深いのでした。判断力、行動力も高く、彼が太子であることは必然であり。人徳が高く、文武両道に秀でていたので、パテリアの将来は明るいものであると、人々から思われていました。

 その絵画を発見したのは、武具一式の保管場所を探して、奥の倉庫部屋に向かったとき、使用人たちが、部屋を整理しているのに出くわしたからでした。使用人達は太子がこの様な場所に現れたので、緊張し、整列すると隅に控えました。

 太子が彼等が運び出そうとしているものを、珍しそうに眺めていると、運び出された荷物の中に一枚の絵画を見出したのでした。太子は誰とも分からない肖像画に惹かれ、手に取ったのでした。そしてどこからかこの絵が欲しいという感情が芽生えたのでした。

 使用人に尋ねると、この道具は王宮から持ち出され、一部は市場で売られ残りは処分されるということでした。その話を聞いた太子は、この絵がどこぞかの誰かに渡ってしまうのを惜しみ、自らのものにしようとしたのでした。

 その絵が何の絵なのか太子は全く知らず、魅惑的な容姿の肖像画に惹かれ、積もった埃を払うと、寝室の壁に飾ったのでした。この絵は直ぐに、寝室の掃除にやって来た、侍女達の目にとまり、噂として広まっていったのでした。その美人の絵画に侍女達は太子の皇太子妃になるお方は随分大きなハードルを越えなくてはならないと、皇太子妃競争の相手を予想していました。そのような后選びのとんでもない噂話しに全く感心のない太子はお構いなく、一室で絵画を前に一休みするのが日課となっていました。

 以前太子は、妹の蘭公主は騎士であるレピダスに熱を上げているのを、嘲笑していましたが、この絵に出逢って、どことなくその気持ちが分かるような気がしてきました。もちろん妹のように、節度を越えて行動するなどあり得ないことでしたが、この絵の様な人物に出逢ってみたいと思うようにもなっていました。

 すこしほろ酔い加減になった太子は、竪琴を片手に、綺麗に刈り込みがされた庭園に赴くと、お気に入りの曲を奏でたのでした。この音色に侍女達は夢心地になり、心の中におとぎ話の世界を描いていました。太子が二参曲奏でたところで、少し離れてところを、蘭公主の宮から絵師が帰ってくるのが見えました。

 絵画などに全く興味のない妹が絵師を呼ぶとは珍しく、興味を起こした太子は尋ねたのでした。絵師は、どうやら人相書きの複製を依頼されたようで、それは美人の人相画であり、原画を描いた絵師も相当の腕前の者であったろうと語っていました。妹の奇妙な行動に首を傾げた太子は、妹の行動を怪しみ、美人画という言葉にも興味をそそられ蘭公主の宮に向かったのでした。

(兄上がなんで私の所へ?)

 急な訪問に驚いた蘭公主は、ほおばった菓子を喉に詰まらせ咳き込みました。お世話役のクロレアも狼狽え、右往左往しました。

「お茶の時間だったかな。邪魔をしたね」

 太子は陽気に、足取りも軽く公主に近づきました。

「兄上、なんの御用ですの?」

「可愛い妹の顔を見ないと寂しいのでね」

「嘘、仰い。寝室の絵の人がいれば十分なくせに」

「馬鹿だな。あれは絵だよ。現実に勝るものはないよ」

 とぼけたように太子はいいました。

「私になんの御用なのです」

「妹のよからぬ企みを聞きつけてきてね」

 クロレアの頬が引きつりました。

「なんの事かしら?」

 公主は太子の顔が直視出来ずに、顔を背けて対応しました。まさか、太子が百雷に暗殺の依頼をしたのを聞きつけて、宮まで乗りこんできたにではと、公主は考えました。そう考えないと、日頃宮までやって来ない太子が堂々乗りこんでくるとは思えなかったのです。

「なるほど何か隠しているな」

 太子は公主に迫りました。

「私が兄上に何を隠すと言うのです?」

 公主は緊張で少し震えていました。

「駄目だよ。君は絵師に絵を描かさせているね」

「どうしてそれを・・・」

 この時、クロレアは太子が事の全てを知らない事を察し、二人の会話に割り込んできました。

「太子。その通りで御座います。いままで散々絵師を困らせておいででした」 

「美人画の事か?」

「さ、左様に御座います」

 ここまで来ると公主も事が発覚していないことを悟り、クロレアの会話に乗っかかりました。

「あの画は力作だっわ。本人に生き写しのはずよ」

「美人の人相書きか」

 太子は少し考えているようでした。

「面白い、私にも見せてくれ」

「クロレア。あれをお見せして」

 慌てて、はぐらかす様に公主は指示を出しました。クロレアは部屋の隅から箱を持ち出すと、恭しく一枚の画を太子の前に指しだしたのでした。太子は人相書きを受け取りると食い入るように見ました。

「これは人相書きなのだな?」

「そうです」

「この娘はいるのだな」

 太子の瞳は輝き、興奮しているようでした。

「お気に入りなら差し上げますわ」

「本当か?」

「一枚くらいどうてことありません」

「ところで、何故この様な絵を描いたのだ?」

「そ、それは」

 蘭公主が言葉を詰まらせると、クロレアが助け船を出しました。

「それは太子の身を案じてのことです。噂では絵の中の人に御執心とのこと、世の中には沢山の美しい方がいらっしゃるのに、それでは不憫なことです。そこで公主さまは、太子に目を外に向けて頂きたく、生きた美人画をお見せしよとお考えなのでした」

「そうであったか。私も知らぬ内に妹に心配をかけていたのだな」

 太子は反省している様子でした。

「兄上、それは黒虎騎士のコレガとソリダスが旅の途中で見かけた娘の似姿です。兄上ならもっと綺麗なお后様を迎えることが出来ますわ」

「すまんな、心配をかけて。もっと悪いことを考えていると思っていた」

「兄上、それはないことですよ」

 公主は微笑むと、太子も頭を掻きながら笑い、その場を立ち去ったのでした。太子が帰ったのを確認した蘭公主は、暗殺依頼が発覚しなかった事に胸を撫で下ろしました。しかし、心の隅で兄にとんでもないきっかけを作ってしまったのではという不安も過ぎったのでした。

 蘭公主から手に入れた人相書きを空にかざして、太子は見とれていました。

(こういう娘がいるんだ)

その絵は太子の胸に深く突き刺さり、夢心地にさせました。


 アデベニオの東門から少し行ったところの寺院にグレーティア一行は集まっていました。獣の王来襲の事件以来、彼等は注目を浴びて一歩も外に出られなくなっていました。彼等にとってアデベニオに留まることは辛いこととなり、早く人々の記憶から忘れ去れることを願っていました。結局彼等がこの地を去るということで、この問題は解決され、旅の始まりとしてこの寺院に訪れることは久々の散歩となったのでした。

 メディカス老師の指定した寺院は通りから入った、簡素な作りの寺院でした。このため人の出入りも少なく、彼等が落ち着いて休んでいられるような場所でした。ここでグレーティア達は老師の到着を待つことになりました。

 約束の刻限までは未だ間があり、暇をもてあましたソシウスとストレウスは腕相撲をして、力を競い合い初めました。机に肘をかけた二人をみて、飛び跳ねてプエラとイーリスが駆け寄ると、それぞれを熱の入って応援を始めました。すると、レピダスが笑いながらやってくると、審判なしに勝負はあり得ないとソシウスとストレニウスの間に入り、二人の組み腕を公平に調整しました。ホーネスとエコーは大男の勝負に興味を示し、気合いが入るよう、盛んにけしかけていました。そしてグレーティアとフィディアは遠巻きにその戦いぶりにをのぞき込み、二人の真剣勝負に机が壊れてしまいはしないかと、心配していました。

 両者の戦いは、左右の腕で三度、熱戦が繰り広げられ、接戦の末、ストレニウスに軍配が上がったのでした。大男がの二人が真っ赤になって戦ったあと、今度はプエラとイーリスが女の戦いを繰り広げ、プエラが手首を巻き込むと一気に引き倒して、勝負はプエラの勝ちとなったのでした。

 一同が盛り上がっていると、そこにこの寺院の僧がやって来て、待ち人が来たことを伝えたのでした。グレーティア達は相撲をお開きにすると、老師の到着を待ちました。すると、トゥーリス寺院で見かけた僧が部屋に入ってくると。その後からメディカス老師が現れたのでした。

「お待たせしたのう。みんな旅の仕度は整ったかの?」

 旅装束に身を包んだ老師は、杖を片手にこやかに話しかけたのでした。

 一同は起立し、一礼すると、老師達の為、席を開けました。

「山越えの為の、準備は出来ました。あとは決行するだけです」

代表してレピダスが報告をいたしました。

「ならば宜しい。途中には宿などないから、野宿となろう。雨風に耐えうるようにしないとな」

「心得ています」

「儂より、お前達のほうが手慣れたものであったようじゃな」

 杖で肩を叩き、老師は満足そうでした。

「冬の山越えでないのが、幸いでした。アルタスまでは、随分と長い高地の旅となりますので、防寒については万全の対策をとりました」

「なるほど」

「私は疑問に思っていたのですが。何故ビルトスは直接アルタスに向かわず、アデベニオを通過しようとしたのでしょうか?」

「そうじゃのう」

 老師は鬚を撫でると、思索をめぐらしました。

「おそらく儂を仲間にしょうとしたのじゃろう。十五年前、彼は自分の命を賭して、計画を遂行すると言っていた。その計画とやらは語らず終いであったが、国と大きく関わる事なのであろう。そして礎としてアルタスにデュックなる人物を留め置いたようなのじゃが」

「その計画を、その人物が知っていると」

「おそらくな」

 一同はただ逃げるだけの旅から、何らかの目的をもったものと変わり、自分たちがなにか途方もない船に乗ってしまったのではないかという、不安を抱きました。

「ともかくじゃ、ビルトスがどんな吃驚箱でお出迎えするのか、覗きにいってみるとしよう」

 老師は立ち上がると、弟子に向かって話しかけました。

「儂は、しばし旅に出る。友の志を成し遂げるのが目的だが、儂のいない間は、二人助け合って寺を守るように。お前達は長年の修行により、全てをまかせて良いほどに大成した。後輩の指導をしっかりとし、人々の心を救うのじゃ」

 弟子の二人は深々と礼をすると、老師との別れを悲しみました。

「さあ出発じゃ」

 老師のかけ声に、一同は荷物をかかえ、寺を後にしました。十名の旅の仲間はゆっくりと北東に向かって歩き始めました。空はどもまでも青く、初秋の風が心地よく吹いていました。


 聖者というものは、なかなか仲間として描きにくいところが有ります。まず人殺しと無縁です。翡翠記では主人公達が人を平気で殺めるのですが、そこに待ったをかける人物がいては、その行為の正当性を考慮にいれないといけないので、難しくなります。完全な破戒僧であればいいのですが、高僧となるとやっかいです。

 そこで、僧侶に与えた属性が防御の法術と治療術としたわけなんですが、これはRPGの古典では定番そのもののなってしまいました。僧侶=治療 が何故有るかというとやはり、ジーザスクライストのお話が根底にあるからなんでしょうか。

 オディーマは漫画「サスケ」にて、女忍者がサスケを執拗に付け狙うお話を連想して書いてしまいました。彼女が最期にどうするかは、ちょっと迷っているところです。初期案のようにすべきなのか、悲惨な最期を遂げるか、未定です。

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