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第3回 旅立ち

<登場人物>

ビルトス   主人公の師

グノー    主人公の兄弟子

グレーティア 主人公

プエラ    主人公の幼なじみの娘

ソシウス   斧使いの大男


ホスティス  ヘテロ国魔法宰相

セラペンス  ビルトスと死闘した魔法使い


 お母さんは夕飯の準備をしていました。外も少し暗くなり何時まで経っても帰ってこない息子に心配していました。もちろん郊外の森まで先生を訪ねて出て行き、簡単には帰り着くものでないことは分かっていましたが今日は何故か不安感で一杯なのでした。これといった理由というのはないのですが息子が出て行った時から抱いている気持ちでした。店のドアの呼び鈴が鳴りました。もしや帰ってきたのではと慌ててお母さんは店にかけだしてみましたがお客さんでした。お父さんはというと作業場で靴の型を考案中で全く心配していない様子でした。老婆心とは分かっているけど早く息子の顔を見たいと、つい店のドアを開けて外のの様子を窺ったりいたりするのでした。


 日も完全に沈み町に灯りが点る頃、呼び鈴が鳴りました。

 急いで店に行ってみるとそこに立っていたのは隣の娘のプエラちゃんでした。

「いらっしゃい。なんのご用?」

 お母さんは優しく語りかけました。

 すると少女はもじもじしながら言葉が出せないようでした。

(どうしたのかしら。いつも元気な娘が面白いわ)とお母さんは少女が可愛く思えました。

「あ、あのね小母さん」

「なあに」

 幼い子供に相対するようにお母さんは返事をしました。

「小母さん、私がリンゴをトマトと言っても信じられる?」

 唐突な質問にお母さんは首を傾げました。

「それはそのトマトをよく調べないとね」

「それが魔法で変えられたとしてです」

 少女は訴える様な仕草をしてお母さんを見つめました。

「魔法で?」

「そうです」

 真剣な瞳がお母さんに向けられました。魔法という言葉にいやな予感がお母さんの胸を過ぎりました。

「グレーティアがどうかしたの?」

 こくりとプエラは首を縦に振りました。

 この時お母さんは息子が大変なことになり、そのことをこの娘は知らせに来たのだと分かったのでした。

「店のドアの前にいるの。中に入れるから驚かないでね」

 プエラはそっと店のドアを開けると静かに中に入ってくる少女の姿がありました。お母さんはなにがなんだか理解できませんでした。目の前にいるのはしっかりした体格の息子でなく小柄で柔和な体つきの少女だったからです。でもその少女は息子が着ていた服を着ていました。よくよく見てみると全体的に丸みを帯びて愛らしくなってはいるものの何処かしら息子の面影を残しているように思えるのです。その瞳は深緑できりりと引き締まった目ではなく柔和なものになっていましたが、お母さんはその瞳に息子を見いだしたのでした。おそるおそるお母さんは訊ねました。

「おまえなのかい?」

 彼女は小さく頷きました。

 お母さんは驚きのあまり声も出ず、ぼうぜんと立ちすくみました。

「魔法で変えられたの」

 プエラが説明します。するとお母さんは我に返り慌てて作業場のお父さんを呼びました。その声にお父さんは重い腰を上げて何が起こったのかとやってまいりました。店の中には妻に隣の娘、もうひとり男装の少女がいたので、隣の娘が変わり者の友達でも連れてきたのかと思いました。

「あなた大変。ここにいるのグレーティアなの」

 お母さんは震えながら少女を指さしました。お父さんはお母さんがとんでもない事をいったのでからかいでもしているのかと思いましたが、念のため少女に尋ねました。

「おまえそうなのか?」

「はい、お父さん」

 綺麗な少女の声が返ってきました。

 お父さんの顔が深く歪みました。そして右に左に居場所を求めるように動き再び元の意位置に戻ると言いました。

「いったい何があった!」

「それは私が説明します」

 すぐさまプエラが口を挟み、彼女に代わってこれまでのいきさつを説明しました。

 全ての説明が終わるとお父さんは力が抜けたように近くに椅子に腰を落とし、暫く手を組み考え込みました。お母さんはただおろおろするばかりです。

「ビルトス先生が正体不明の男達に殺されただと。しかもお前は女にされ。そいつ等に命を狙われているというのか」

 あまりの事にお父さんも答えが出せないようすでした。

「ビルトス先生は早くこの町から逃れよとおっしゃられたそうです」

 プエラは迫り来る敵に対し何を成すべきか指示された事を伝えました。

「逃げるいっても何処へ」

「アデベニオのある人を訪ねよと申されました」

 彼女が今度は自分で答えます。

「そこに逃れよと・・・」

 お父さんは何か記憶の糸を辿っているようにも見えました。

 ここにいる娘は確かに息子なのであろう。命を狙う者も本当だろう。しかしそこに行けば本当に安全なのか。あそこは寺院が集まる町、修行者の町だ。あの町に身を隠すということなのか。平穏な暮らしに降って湧いたような災難でした。しかしぐずぐずはしていられないのも事実でした。

「他に選択枝はないし。そこに逃れるしかあるまい」

 お父さんは苦悩の色を浮かべました。

「私はこれで失礼します」

 突然プエラはそう別れの挨拶をすると店から飛び出していきました。慌ただしくプエラが飛び出したので彼女はさよならもいうこともなくお別れしなくてはならなくなったことに寂しさを覚えました。

「儂が一緒についていこう」

 お父さんはイスから立ち上がりました。

「一人でまいります」

「馬鹿な、女の身では旅は危険だ」

 お父さんは声を荒らげました。

「僕には魔法があるし武芸の嗜みもあります。あの様な追って相手にお父さんがいては戦えません」

 彼女はきっぱり断りました。

「儂が足手まといというか」

「いいえ、お父さんはこの店にいてお母さんを守らないと、安心して先に進めないということです」

 お父さんは黙りました。

「こんな日がいつか来るとは思っていたわ」

 お母さんは悲しそうにお父さんに語りかけます。そして娘に近寄るとそっと慈しむように抱きました。

 お父さんは過去の出来事を語り初めました。

 靴屋を始める前、若い頃お父さんは兵士でした。戦場に出たものの殺し合いに恐怖し脱走しました。しかし食糧も金も持っておらず、空腹のまま逃亡生活。民家を襲う勇気もなくのたれ死にしそうなところをビルトス先生に助けられたのでした。その後先生に知り合いの靴屋を紹介してもらって以降この仕事を生業としてきました。妻も迎え子供も生まれたある日先生は赤ん坊を携えて夫婦の前においでになり。この子を実の子供として育てて欲しい申されたのでした。養育費も準備されており恩人であったので快く引き受け今日に至ってということでした。

 先生はこの赤ん坊がどの様な生まれの子なのかはいっさい説明されず、この町に居を構えると度々訪れては成長を確かめられていたのでこの子の将来は先生にお任せしようと思っていたという事でした。


 彼女は初めて聞く事実に驚きを隠せませんでした。事情が分かればなおさらのことこれ以上両親に迷惑をかけては成らないと決心したのでした。

「お前の素性がわかれば、命を狙う理由も分かるのだが。儂はなにもしてやれない」

「お父さんその答えは僕が見つけます」

 力無く項垂れるお父さんに優しく彼女は慰めました。

「早く町を立ったほうがいいだろう。直ぐ旅の支度を」

 お父さんは彼女の肩を軽く叩きました。


 慌ただしく旅の支度が整えられました。お母さんは着せる衣装に迷いました。女物といえば自分の服ですが一人旅に女の服では不安です。しかし今着ている服はは大きすぎてこれもどうかしています。しまい込んだ子供の昔の服を引っ張りだして丈に合いそうなものを選び出しました。胸とお尻が窮屈そうでしたがこれは仕方がないことでした。背嚢には換えの下着やら食糧を詰め込み、雨風や寒さをしのげるようフード付の外套を用意しました。またお父さんは長旅に耐えられる小さな足に合った靴を選び、いま集められる精一杯の旅に十分な金を準備いたしました。

 全ての準備が揃うと最後の晩餐をおこない出発の時はやってまいりました。


 家族は店の前にいました。店の明かりが三人を照らしていました。

「必ず生き延びるんだよ」

 お母さんは悲しそうな声で彼女を抱きしめました。

「再びここに戻って参ります。それまでお母さんお元気でいて下さい」

 お父さんの方を振り返ると、お父さんは何か手に持っていました。そしてそれを彼女の方へ差し出しました。

「儂が昔使っていた剣だ。使わぬことを祈る」

 彼女はその剣を受け取ると腰に下げました。

「お父さんお母さん行ってまいります。」

 元気良く彼女はそう言うと町の通りの暗闇に消えて行きました。

 お父さんとお母さんは名残惜しそうに、その場にたたずみ何時までも暗がりのなかに姿を追い求めたのでした。



 町を抜けた丘の上にグレーティアはいました。

時は初夏。陸からの風が海に流れ、髪が緩やかに揺れます。辺りには静けに満ちて、人の気配はありません。見下ろす眼下に町の灯りがほんのり見え、海では漁火が点っていました。空には星々が煌めき東方には上弦の月がやわらかな光を投げかけ、淡く辺りを照らします。

 彼女は住み慣れた町を見下ろし、その中には彼女の両親の語らう様子や友人らが楽しい夕餉の一時を過ごしている姿を思い浮かべました。つい昨日までは自分もこの町なかで同様の平和な日々を過ごしていたのですが、今はその町を離れ旅人として眺望しています。自分はもうこの町の住人ではないのだと彼女は思いました。

 しばしこの場に佇み故郷の町の姿を目に焼き付けた後に、振り払うかのように町の灯に背をを向けました。向かうべき方向には闇が広がっていました。人気のない薄暗い世界。月の光によりかろうじて大地に様子は伺い知れはしましたが、昼の明るさに満ちた畑の姿とは違いどこまでも闇が限りなく広がっているようにも思えました。吸い込まれて行きそうな闇の中にこれから消えていくのかと思うと怖い気持ちがしました。大地に一人あることに恐怖がつのったのでした。ただ救いといえのはこの暗闇の中でも降るように輝く星々が空を覆っていたことでした。あの星の光を心の支えにしてこの闇の中に飛び込んで行こうと思いました。

 意を決して彼女は岡を西に向かう畑中の道を歩み始めました。


 ただ一人の足音に寂しさがつのります。たった一日で自分の運命がこんなにも変転したことに彼女は心の整理が出来ませんでした。ついお昼までは満ち足りた日々。お父さんから用を仰せ付かって港をのんびり散歩したのは昔のことではありません。町の様子も変わりなくお父さんお母さんもいつも通りでした。このままこの満ちたりた生活がどこまで続くのではないのかと思えたのでした。しかし、お父さんの将来の道について質問され、その生活の慣れきってしまって安穏としているのに気がつきました。そして将来の道について決着をつけなければならないと思ったのでした。

 この決心は今から思えばほんの階段を一段上がる程度の、まだ保護された環境に首まで浸かった甘いものでした。自分が砂の上の楼閣の上に立っているのに気がづかず、腰掛けようか立っていようか悩んでいるようなものでした。進路についての悩みも今までの生活の延長線のものでしかありません。

 しかしのどかな岸辺に上流から突如激流が襲いかかるように、運命は全てを押し流してしまいました。今やこの町に住むことも出来ず、人として最低限の命を守るという事に一所懸命にならざるをえませんでした。追っては迫っているのです。

師の最後の口から出た、一人で生きていくのだと言う言葉が胸に刺さります。帰る所もなくなんの保護もないのです。背中に背負った背嚢の僅かな品と身一つで世界に飛び出して行かなくてはならないのです。

 あの魔法使い達は何者だったのだろう。なぜ自分の命を狙うのか。全てが謎ばかりでした。だたはっきりしていることは師は自分のため命を投げ出して救ってくれた事でした。師の為、自分の為この困難は乗り切っていかなくてなならないのでした。この町での平和な日々こそが偽りの姿だったのであり、本来自分という存在は危険と隣り合わせのものであったことを彼女は痛感しました。今回自分と関係して九名の者が理由はいかなるにせよ命を失ったのは事実でした。彼等が命を落としてまで成し遂げなければならない目標が自分であったことに恐怖を覚えました。

 自分とはいったい何者であろうか。

 彼女は自分に問いました。しかし答えは返って来ませんでした。全ては先生の死によって分からないものとなり、それは自分で見いださなくてはなりません。しかしながらこれまで先生にご教授頂いたことの中に全ての答えがあるような気もしました。今までお教えいただいたもものはこの町で一生を過ごすには余計なものばかりでした。それが逆に混乱をもたらしていたのですが、一人の旅人となった今持ち合わせるのはこの知識と技のみでした。こういうことを想定して先生は教育されていたのであろうかと彼女は思いました。

 これまでは目標がぼんやりとしたものでした。でもこの事件により成すべき事は逆にハッキリいたしました。すなわち生きて逃れること、メディカスという名の人物を訪ねること、敵の正体を知ること、自分は何者か探し当てること、そしてこの転身の技を破ることでした。

 あの魔法使いは最後にこれで逃れられないと言いました。確かにあの様な屈強な魔法使いが一人でも自分の前に現れたら、未熟な技しか持ち合わせていない自分ではいとも容易く仕留められてしまう事でしょう。戦うのでなく追ってを振り切り逃れることが今なし得る最善の手でした。追ってを有利にするため魔法使いは転身の技により自分の姿をこの様に変え遠くに逃れにくくしたのであろうと推察しました。でも必ず逃れて見せると彼女は思いました。


 西へ西へと彼女は進み町はどんどん遠ざかっていきました。どのくら経ったでしょうか背後のほうからパタパタと足音が聞こえてまいりました。闇の中に人の走る音。

 振り向くと彼女は警戒し剣に手をやりました。

「まってー」小さく声がしました。

(追っ手ではないのか?)

 彼女は警戒を少し緩めるとその足音の主を確かめようとその場に立ち止まりました。

 足音はどんどん大きくなり、やがて闇の中に白い人の姿が現れてきました。

「グレーティア待って!」

 聞き覚えのある声でした。

 その声の主を確かめようと月明かりに映しだされた姿を凝視していたことろ走るその姿はお昼に見たものとそっくりでした。

 まさか! 彼女は思いました。

 走って来た人物は彼女の所まで追いつくと、地面にへたばってしまいました。

肩で息をし動けない様子でした。

「プエラ。どうしたのこんな所で?」

 こんな夜道に少女が追いかけてくるとは予想しませんでした。

 プエラは立ち上がると噛みついたように言いました。

「だめぢゃないの!さっさと旅立っちゃつたら。私にも準備というものがあるのですからね」

 もの凄く怒っています。

「ご免、ご免。お別れしなくて。挨拶に来たんだよね」

 あの時、直ぐに店から去ったのは一度家に帰り、改めて別れの挨拶に来ようとしたので あると彼女は思いました。確かにさよならも言わずに去っていくのは失礼なことでした。

「何言っているの。さよならする訳ないでしょう。ついて行くのよワ・タ・シも」

 彼女は飛び上がらんばかりに驚きました。本当に恐ろしい娘でした。

「本気なの?」

「当たり前でしょう。私はあなたの守り人ですもの」

「ピクニックじゃないんだよ。危険が一杯。女の子がついて行く様な旅じゃないんだから」 するとプエラは鼻を鳴らしました。

「あら、私が娘と言うなら、私の目の前にいるの娘はなんなのかしら」

プエラが意地悪く言うと彼女は言葉に詰まってしまいました。

「なりたての新米女には十五年の女性としての経験をもつ先輩が必要でしょう」

「好きで成っていません!」

 よく見てみるとプエラの衣装は軽装ではありませんでした。背中には背嚢を背負い夜の寒さに耐えられるように外套を羽織っていました。挨拶だけなら、初夏のこの季節には不要なものでした。しかしスカート姿なので女性が旅をしているのが一目瞭然でした。

「旅の支度は十分よ。替えの服や食糧にお金準備したから」

「お金ってどうしたの」

「こっそりくすねて来ちゃった」

 プエラは舌を出しました。

「駄目だよそれは。それにご両親はご存じなの?」

「知らないけど大丈夫」

「どうして」

「書き置きしてきたの」

「君はあまり字書けなかったよね?」

「だから簡単にグレーティアについていきますと書いておいたわ」

 少女はあっけらかんとしています。

「それ駆け落ちと勘違いされない?」

 焦った様に彼女は言いました。

「そうかしら、それでもいいわ」

「よくありません」

 彼女はプエラに町に帰るように説得しますが少女はがんとして受け入れません。これは一度町に連れて帰らなければならないのかと頭を抱えていた時でした。二人の前に規則的に点滅し光る青い玉が現れて来たのでした。

 一変して彼女の顔が真剣なものに変わりました。

「追ってが来たようだ」

 彼女は先生を埋葬した後にその場所に罠を仕掛けていました。ここに誰かが侵入したら知らせるものでした。この青く点滅する玉は何者かが訪れことを知らせているのです。このような夜の時間に森を訪れる訪問者は敵としか考えられません。多分仲間の帰りが遅いので調べにきたのでしょう。そしてこの仕掛けた罠に敵も気がついたはずです。早く逃れなくてはと彼女は思いましたがプエラを家に帰さなくてはなりません。

「なにしているの! 逃げるのよ」

 無理矢理プエラは彼女の手をとると早足でひっばって行きました。こうして彼女はプエラを平和な町に帰す機会を失い、二人の少女の旅は始まったのでした。


 随分西に進みました。この道は岡を海岸沿いに走り隣町まで続いていましたが、二人はここで右の逸れ山道に向かって畑中の道を進みます。プエラは本当は帰るべき者でしたが一緒にいてくれることによって彼女は心なしか安心感をありました。一人で暗闇を歩むのと二人して進むのとは雲泥の差がありました。それは身勝手な考え方だと分かっていましたが、二人して旅が出来ることに感謝の念が湧いてきたのでした。この娘はどうしてこんなに尽くしてくれるのだろう。危険な旅だと分かっているはずだし、住み慣れた町をいとも簡単に離れ、しかも転身した身であるから恋愛の対象にもならないはずなのに。

 この北西へと向かう道は山へと向かう道でした。アグラチオ山はこの近辺では高い山でした。山向こうの町からマーレに最短で向かうときこの山道を使うと大変近いのです。しかし二人の目的地はその町ではなくアデベニオでしたので方向としては間違っており遠回りになってしまいます。途中で右に進路を変えビダ街道に出なくてはなりません。マーレの主要道を使い北に一直線で向かった方が早く目的地に到着するのは分かっていましたが敵に発見されてはそれで万事休すとなるのであえて探査の網にかからぬようこの道を選んだのでした。彼女はこの山越えの道を辿ってマーレより脱出しようとしたのでした。

 しかし初めてなもので道を見失う危険性も高く、あるいは道そのものが消えて無くなっているかもしれないのです。しかも山道で険しく労力の割には前進いたしません。運が悪いと踏み外し転落の危険性もあります。

 この様な悪条件に加えて逃避行のため夜通しで歩くのでなにが起こってもおかしくありませんでした。


 畑中の道を抜けましたここから山路と進むのですが、うっそうと繁った森は二人の前にはありませんでした。通常畑の外側は森で覆われているのですがここには木々がありません。と申しますのもこの一帯は牧草地帯でなだらかな斜面一杯に牛が放牧してあったからでした。そのため斜面には草が生い茂りところどころ大きな岩がその姿をあちらこちらに顔を覗かせていました。この一帯の斜面は自然にこの様な姿になっているのでなく人の手によって牧草地として作られたものであり、年に一度野焼きにてこの状態を維持しているのでした。大規模なな野焼きに火が広くこの辺りを焼き尽くすのです。ところどころその様子を思い描けるように木々が黒い姿で立っています。

 二人は整備された牧草地の道をどんどん登っていきます。ここまでは周囲の見晴らしが良く遠出で訪れたことがある道でした。しかし牧草地の端に差し掛かると草は伸び放題で行く手を阻まれたようになってきました。いよいよ本当に山道になってきました。

 二人は背丈ほどに延びた草をかき分け山道を登り始めました。踏みしめる足が砂の音に変わり、地面が小石ででこぼこになりました。しかしここはまだ草地であって二人は助かりました。もしここが森の中であれば月の光も遮られ真っ暗になるはずですが、草地なのでその葉を通し明るさを得ることができました。さらに小高い場所に立てば周囲が見渡せ道を見失うことも少なくなります。

 一生懸命歩きました。追ってから出来るだけ遠くに逃れなくてはならないのです。しかしその気持ちと裏腹になかなか先には進めませんでした。というのも旅の道具を背負っているのに加えて果てしなく続く山道が次第に二人の体力を奪っていったからです。以前であればグレーティアが荷物を引き受け鍛えられた足で先を急ぐこともできたはずなのでしたが今は二人とも女性なので限界がありました。時々休みながら体力の回復をはかり先に進みましたがその間隔もどんどん狭まり少し休んではまた歩くといった調子になりました。

 山の中腹まで登ってまいりました。昼間であれば広い大地に青い海の鮮やかな眺望ができたところでしたが、夜中のこと西にある上弦の月に照らされてぼんやりとその輪郭をなぞるだけでした。この中腹には遺跡がありました。伝えられるところによると聖ピルスがこの場所で修行をし天使の言葉を聞いたと言われ。熱心な信者の聖地の一つとなっていました。といっても有名な巡礼地ではないのでうち捨てられた聖地というべきものかもしれません。もちろんこの伝説そのものが地元のものが聖者の名前を勝手に当てはめこのような言い伝えを作ったというのが実状でこの遺跡そのものはその形が異質でしかもすいぶん昔から存在したようなのです。二人はこの遺跡の夜露を凌げそうなところを探すと疲れ果てて壁にもたれて座り込んでしまいました。

 プエラはほとほと疲れきってしまったようでした。もちろんグレーティアも同様でした。落ち着いた旅であったらゆっくり歩んだでしょうが、出来るだけ遠くにと焦ったためかなりの無理をしたようでした。これ以上体力を消耗してはこの先は進めなくなってしまう恐れもありましたのでここで体力の回復をはかるとしました。東にあった月ももう西にあり山陰に隠れていました。夜明けまでそう遠くないことでしょう。外套に包まれ肩を寄せ合って二人は眠りにはいりました。


 目覚めたとき東の空が明るくなっていました。東の山々からお日様が登ってまいりました。さわやかな朝の光を浴びて二人は大きく背伸びをいたしました。眼下には草原と大きく広がる森が見え、こんな高いところまで登ったのだと二人を感激させました。北に目やると三の岳と四の岳の間の峠が間近に迫り、あれをこれから越えていくのだ胸躍りました。

ここで二人は朝食を摂りました。それぞれ食糧は持参でしたが、プエラがパン屋だったためか長旅用の日持ちのいいものを持ってきていたので、そうでないグレーティアのから食することとしました。空腹も癒えると自分たちが一夜の宿としたこの遺跡のことが気になりました。今までこんな遠くに来たことがなかったので白い石で積み上げられた遺跡がもの珍しかったのです。

 二人が一夜を過ごし場所は遺跡入り口の隅洞窟状に窪んだ所でした。広くなったところは建物の土台らしき四角い礎と大半崩れてしまった壁、さらには円柱が残る程度でした。かっては見事な建物が立っていたのでしょうが今は草を覆われています。プエラが遺跡の奥を見上げてみると、夜には気がつきませんでしたが階段がさらに続き、突きだした岩肌になりやらあるのが分かりました。二人は面白がってその階段を駆け上がってみると、そこには岩山をくり抜いて立つ寺院らしきものがあったのです。岩で作られた建物は自分たちの知る様式ではなく異国のものに様に思えました。

 引き寄せるられるようにその建物に進んで行きくり抜かれた入り口を入ってみると、その中は不思議な文様のレリーフで一杯でした。そして東から登った太陽から放される光が入り口を通って一直線に延び遺跡の奥の何かを照らしたのでした。洞窟のなかに繰り広げられる光の遊技といえましょう。光の先にあるものは大きなレリーフの石版でした。

「なにかしらこれ」

 プエラは石版に触れてみました。ざらざらとした砂が指に付きました。

「いたずら者の被害を受けないなんて運がいいね」

 レリーフは汚れていましたものの破壊されたり傷が入ったところもありませんでした。

「これ何かしら」

 指し示す先には七つの頭を持つ竜の絵。そしてその反対側には相対するように双頭の鳥の絵がありました。

「ここを光が照らすように建てられるところをみると、なにか重要な意味があるんだろうね」

 でも二人にはレリーフの意味は分からないのでした。他にこの遺跡では珍しいものは見つからなかったので再び山越えの道を歩み初めました。


 峠を越えました。二人の前に北の大地が広がっていました。道は緩やかに下って森の中に消えていました。そのさきは大小さまざまな山が立ち上がり何処までも続きます。巨大なマグヌス山脈はここかれでは小さく雪を頂く姿がかほかの山々と区別が出来るくらいです。目的地はここからは見定めることは出来ません。幾重にも連なる山々の向こうにその地はあり、とてつもなく遠いということが分かりました。まだほんの手前の山を越えただけでした。

 二人は転がるように山の坂を下りました。それは登りと違って随分らくちんでした。勝手に足が動きどんどん先に進むのです。道はでこぼこし左右に蛇行を繰り返して、あまりふざけしすぎると足が止まらなく転げ落ちそうになるので必死に速度を殺さなければなりませんでした。止める度に伝わる振動。楽な筈の件が意外と疲れる事に気が付いたときは足がもつれそうになっていました。二人は足を止めて休むことにしました。しかしその疲れと引き替えに随分先まで進んだようでした。


 二人は休んでいると下の方から登ってくる人の姿がありました。彼女はこの山道で人に会わないことを願っていましたが、およそ道である以上無理な願いでした。男の人を通じて二人の情報が敵に知れることを恐れたのでした。しかしここで避けては余計に目立つので知らないふりをしようとしました。その男の人は二人に気が付くと挨拶をしてきました。

「あれ?あんたたち二人だけかね」

「はいそうです」

 プエラが答えました。

「嬢ちゃんと坊ちゃんの二人だけでこの山道を旅しているのかね」

「そうですけど」

 男の人はグレーティアがフードで顔を隠していたので男の子と思ったようでした。

「危ないなあ。途中追い剥ぎなんかも出てくるかもしれないよ。それで何処に行っているんだい」

「ベトーです」

 とっさに目的の方向とは別の町を言いました。

「遠いねえ。確かにマーレからこの道を使ったほうが早いけど平地を行くべきだったな」

「おじさんはどちらへ」

「どちらといっても、この先マーレの町しかないし俺は親戚のを訪ねにいくところさ。そうそうこのずーと先二つ向こうの村での話だけど怪物の話で持ちきりだせ」

「怪物?」

「ああ。でっかい狼みたいな奴らしくて。おっと。安心しなよ西の道じゃなくて東の道の話なんで、面白いから村で旅の話題として聞いてくるんだね」

 そう言うと男の人は道を登って行きました。

「聞いた? 怪物て」

 心配そうな顔をプエラはしました。

「分からない。でもあの魔法使いよりましかもしれない」

「怪物なのよ。保証ないじゃないの」

「とにかくその村で話を聞いてみよう」


 下りの山道は随分楽でした。登らなくてもいいというのはありましたが、なによりも昼なので辺りが見渡せたというの一番に理由でした。それに歩き詰めの体には森の木陰は気持ちがいいのでした。もうだいぶ平坦地まで降りてまいりました。山間の村が見えてまいりました。この村は一本道。夕暮れ時までには次の村まで行けそうです。

 山間の道を二人で歩いていたところ左手の崖の上から2,3人の男が此方を眺めているのが分かりました。村の男でしょうか。やがてその男達は森の中に消えて再び斜面を駆け下りてこちらに近づいて来ました。

 肩を振りながらにやけた顔をして二人の前に立ちました。

「君たち、こんな山の中で子供だけで危ないな。」

 一人が笑い顔を近づけました。

「坊主が、嬢ちゃんの護衛というわけか」

 男はフードの中を覗き込もうとしたので彼女は深く被りました。

「ちょいと俺達嬢ちゃん借りるからよ。お前静かにしてなよ」

 男達の狙いはプエラでした。

 男はプエラに詰め寄ろうとしたのですがフードを深く被った連れに邪魔されて思うようにいきません。男に怒りの顔が浮き出ました。

「この餓鬼、顔をみせやがれ」

 と男は彼女のフードを跳ね上げました。

出てきた顔に一瞬男はハッとしました。

「お前も女だったのか!しかもべっぴんときた。なるほどだから男の形をしていたのか」

「こりゃ俺達ついているぜ。その上玉俺にくれ」

 後ろから仲間が口を挟みます。

「ぬかせこんな上物、都でしかお目にかかれないぜ。おまえらはそっちの女で我慢しろ」

「それはないだろう。おいらにも拝ませてくれよ」

 男達は誰が獲るかでもめ始めました。

「どうでもいいが、先を急ぐので道を開けてくれないか」

 そう彼女が言うと男たちは獲物ほうを振り向きにたにた笑いました。

「馬鹿言え。逃すわけないじゃねえの」

 男達は一斉に襲いかかりました。

 その瞬間男達は彼女の姿を見失いました。一瞬にして彼女は横に回り込み剣の握りで一人目を打ち、反転して剣の鞘の先で二人目を打ち込み、三人目は手首を逆手にとって地面にしこたま叩きつけました。

 男達は痛みに耐えかねて地面に転がり呻いています。

「さすが、グレーティアかっこいい」

 プエラははしゃいでいます。

「さあ先を急ごう」

 プエラは苦しんでいる男達にこっそり恨みを込めて言いました。

「あんた達、よくも品定めしたわね。私だったら殺してたわよ。彼女に感謝しなさい」


 夕方近く二つ目の村に到着しました。山間の村で、僅かばかりの平野部分に二十棟ばかりの家が建っていました。山から下りる道はその村の建物の集中したところに向かっておりその建物群の周囲には作物畑がありました。耕作をしている人の姿が見受けられ、村の家々では夕飯の準備でしょうか煙が立ち上ていました。そしてその周囲を見渡せばうっそうとした山林が村を囲んでいました。村を向ける道はそのまま先に延び畑の切れる辺りから左右の分かれているようでした。それが問題の別れ道でした。

 この様な小さな村に宿泊するところなどありません。二人は何処かの軒先を借りれないか道を歩みながら村の人に声をかけようとしましたが誰もなかなか表に出てきません。遠くで子供達がはしゃぎながら土を蹴って走っていきました。道からは家の庭の様子が手を取るようにわかります。鶏が地面をつつきながらあっちそっちと向きをせわしなく歩んでいます。逆にに猫たちはじっとして固まった背筋をおもいっきり延ばすと、今日のお勤めは終わりましたと言わんばかりに家の中に消えていきました。

 二人が家々の様子をきょろきょろ窺っていると、ある一件の家から干からびた感じのお爺さんが出てきて自分の家を見ている二人に気が付きました。

「そこのお若いの二人だけかね」

 お爺さんは庭の垣の所までやってくると二人に話しかけました。

「はい二人だけです」

「こりゃ驚いた。大人はいないのかい?」

「はい、二人だけで山を越えて来ました」

「たいした者だね。子供達だけでここまでやって来るとは」

 二人が軒先についてどう切り出して良いか悩んでいたところお爺さんは、二人がなにを言いたにのか分かりました。

「そこの納屋だったら泊まっていいさ。そこから入んな」

 二人の顔が明るくなりました。

「有り難うごさいます!」

 二人はお爺さんの後についてまいりました。お爺さんは納屋の中を紹介するといろんな農具の隅に横になって休める場所を指し示しました。

「寒かったら藁を被るといい。煮炊きできるように竈もある。燃やす奴はそこの柴を使いな」

 納屋の隣には家畜小屋がありました。この家では母屋の中に牛を飼ってはいないようでした。お隣の牛を覗き込んでみると、大きな牛の顔が飛び込んできて口から涎を垂らしながらむしゃむや藁を食んでいました。少し怖い感じがしました。時々出す声は低い音がとても響き、辺りにいる鶏の声と重なって騒がしいかぎりです。

「お前達はこれから何処にいくのかな」

「ベトーです」

「おうそうか、それはよかった」

「なにが良かったんですか?」

「いやなに、これからカーボの町を目指しているのなら止めようと思ってな」

 山で出逢ったおじさんが言っていた話のようです。こんなに早く聞けるとは有り難いことでした。

「実はなここから右への道がカーボに行く道なんだが三つばかり村を過ぎた辺りに怪物が出没し、村人や旅人が襲われているらしい」

「どんな怪物なんですか?」

「牛みたいにでっかい狼らしい。耳がびんと立ち鼻が真っ直ぐで長くて太い牙がある頭で、全身は赤毛で覆われ黒い縞模様があるらしい。襲われた人は頭を食いちぎられていたらしい。怪物の名前はジェヴォーとか言っていたな」

 聞き覚えのある名前でした。その怪物はビタ街道西部の北に広がる広大な森「シルバ」に生息する怪物でした。この様な南の地まで南下しているとは不思議でした。群に何かがおこりこの地まで逃れて来たのでしょうか。しかしこれから行く方向にその怪物がいるとなるとよく考えて行動しなくてはなりません。

 二人が心配そうな顔をしたのでお爺さんはにっこり笑って

「なーに、お前さん達とは関係ない。それにあちらでは猟師や武芸者が怪物退治に乗りだしたらしい。銀弓の男だったかな。もうじき退治されるさ」

 と彼女等を安心させようとしました。


 夜になりました。ランプのない小屋で二人の顔は薪木の火に照らされていました。明暗をハッキリ分ける光は二人の正面だけが明るく背中は真っ暗で、壁に二人の影をくっくりと映しだしていました。赤く燃える木々から立ち上がった炎はゆらゆらと揺らめき二人の影も揺らしました。時折燃えさかる火の中からパチリと弾けるような音がします。

「ねえ、どうする」

 プエラは訊ねました。

 怪物のことでした。このままカーボに向かえば怪物に出くわします。魔法があるとはいえこれまで怪物相手に技をつかった事もなくどの程度太刀打ちできるのか全く分かりません。魔法使い相手には通用しませんでしたので威力はそれほど期待は出来ないことでしょう。なにからなにまで未知の経験でした。かといって西に進んでは遠回りになってしまいます。今成すべき事は早くアデベニオに到着することです。一旦西に進路をとりそれから東に戻っては追ってに待ち受けられてしまいます。しかも途中出逢ったものに行き先をベトーと伝えてきたので追っ手がその情報を得ればそちらに注意がいくのでベトーに向かうのは避けた方がいいと分かっていました。

 しかし一番肝心な、敵はどの程度情報を得ているのが全く読めませんでした。先生が全員の魔法使いを倒しているのであれば誰も彼女がそれだと分かることもないはずですし、あの場所に他にいたとは考えにくく未だ人物を特定出来ていないと考えた方がいいのかもしれませんでした。しかし一方で魔法使い達が何らかの方法で追跡する手段をもっている可能性を否定できませんでした。というのも先生は早くこの町から逃れよと言われましたとするならば敵は対象を特定できるということです。この様な思いの中やはり最短で目的地を目指さなくてはならないと彼女は思いました。

「カーボに向かうよ」

 彼女は揺らぐ炎をみて言いました。

「自信あるのね」

 すこし間が空きました。

「倒せると思う」

「ならいいけど」


「そうそうこの間先生に返しに行った魔法の本の話してくれない?」

 プエラがなんでそんなことを言い始めたの少し戸惑いました。自分も魔法について知るべきと思ったからでしょうか。確かに今度の怪物は魔法で倒さなくてはならない相手ではありました。

「理論書だから面白くないから。分かりやすく説明するね」

「いいわ、真面目に聴くから」

「魔法については世界の誕生から理解しなくてはならなんだよ」

「世界の誕生?」

 プエラは昔話を連想しました。

「そう、創世の秘密」

「私聞いたことがある」

「多分、知らないと思うよ。これは魔法使いの創世の神話。いわば秘密の部分だからね」

「ふーん。そんななの」

「もちろん、普通の民話にもその秘密は隠されているけど、普通の人に意味を理解はできないんだよ」

「秘密てことね」

「正確にはあまりにもはっきりしすぎて気が付かないと言った方がいいのかもしれない」

「でどういう創世なの」

 姿勢を正して彼女は語り始めました。

「簡単に説明するね。」

「世界の前、永遠のなか智慧高く慈悲深い神の御心がありました。神は世界を創造しようとご決心なされて文字と数と境によって印を刻み世界の創造が始まったのでした。空気が興り水で覆われ炎の御坐が配置され聖なる寺院は完成しました。神はその舌をもって空気を震わせ文字と数と境界で空間を創造し世界を定められました。これらのものから世界が細微にわたり創造され今見る世界となりました」

 プエラはなんと言えない表情をしました。あまりに簡略化した表現をしたためでしょう全く飲み込めていないようでした。

「もう少し具体的にいこうか」

「魔法使いの技はこの天地創造の技を用いてなされるんだ。但し神のは無からだけど、魔法使いは既にある法則を用いてなされる。これを喚起するのが言葉なんだ。天地が創造されたように言葉を通じて技が発動される。これを見てご覧」

 彼女が何事か呟くと、小さな氷の粒のように青白く輝くものがプエラの目の前に現れました。それはきらきら輝いて宝石のようでした。プエラは小さな光にうっとり見とれてしまいます。

「今魔法の言葉によってこれを呼び出した。光が粒子と波の二つの性質を持つように言葉というものは数という性質も持つのだよ。天地創造の神話の如くにね。今呼び出したものは言葉によってあるわけなんだ。一方数字でも表せる。この数字を変えてみよう」

 光る物体の中から言葉らしき文字が帯状に流れ出てきて、それはいつの間にか数の帯に変化しゆっくり渦を画きました。

 彼女がなにか呟くと光る物体は右に静かに移動いたしました。

「いまこの光るものの数字を書き換えて移動させたのだけど、もっと複雑な動きをさせてみよう」

 すると光る物体は静かに左に移動し、上に登り、下に降り蝶が舞うかのような優美な動きをしました。プエラの瞳に小さな光が写り込み少女は大はしゃぎでした。

「この様に魔法は言葉と数字によってなされる訳で数字を少し変えただけでもこの様な変化をみせる。但し言葉といっても肉声の言葉じゃなくてね。魂の言葉なんだよ。もちろん意識を統一させるため肉の言葉を発しはするんもののあまり関係ない。だから肉の言葉を聞いてまねしても無駄という訳なんだ。この魂の言葉にはレベルがある。レベルが高いほど天地創造つまり神の力に近くなるだけど、低レベル者は高いレベルの者の魂の言葉は聞き取れない。言葉はレベルに応じて違うんだよ。たとえばビルトス先生の魔法の言葉は僕には聞き取れない。上に行くに従って言葉は違うんだよ。まだまだ魔法使いとしては未熟者ということだね。また魂の空間の座標位置は意識の有りようによって決定される。東西南北どちらを肉体が見ても東を見ているかのようにね。だから魔法使いの世界は肉の目では捉えることの出来ない世界なんだ」

「この輝いているの綺麗。もっと出せないの?」

 プエラの瞳は光る物体に釘付けで、魔法の原理など関係ないようでした。仕方なく彼女は赤や緑や黄色様々な色合いを放す小さく光るものを登場させ空中を踊らせました。魔法の原理よりこちらの方がずっと楽しいようで、プエラの瞳はキラキラしていました。


 朝です、屋根のある所で藁に包まれ安心して寝ていたために少し寝坊致しました。本当に疲れていたみたいでした。お爺さんは随分早くからお仕事を初めていたらしく全く気が付きませんでした。追っ手の事を考えたらいつまでもここにのんびりは出来ませんでした。急いで支度を整えるとお爺さんにお礼を申し述べてから二人は先を急ぎました。

 村のはずれの分かれ道に立ちました。左に行けばベトー方面へ右に行けばガーポの怪物が出没するところに行きます。二人は右側の少し上りになった山道を選択いたしました。


 幾重にも蛇行を繰り返し道は山間を抜けていきます。あまりにも果てしなく同じ事の繰り返しに道が同じ所を何度も繰り返し走っているような錯覚を覚えました。そのようなことは無いのですがあまりにも単調な繰り返しに精神的にまいっていくのでした。旅は思い描くと簡単で、いざ実践すると辛く苦しく、その状況から抜けだすには自らの二本の足に頼らざるをえないのでした。プエラが足の痛みを訴えてきました。その場にとまり靴を脱ぎ調べてみると豆ができていました。これまで長旅はしたことが無くこすられてこの様になったのでした。それは彼女も同様でした。はき慣れた靴でもなく足にもう少しで豆が出来そうでした。手当をすると再び二人は道を急ぎました。豆もそのうち硬い皮膚ができると悩まされることもないでしょう。それまでの我慢でした。

 小さい岡を上ったり下ったり道は続いています、二人は自分たちがどちらに向かってあるいているのか分からなくなってきました。初めての道に森の中、目印のなるものは何もなくどちらを見ても同じような景色ばかりです。開けた土地に出ないものかと期待いたしましたが全くその気配もありません。随分歩いたというのに人と全く出会いません。やはり怪物騒ぎでこの道を通る旅人はいなくなっているせいなのでしょうか。村人がひょっこり現れでもしようなら感激で二人は抱きついたかも知れません。それにても次の村までどのくらいあるのでしょう。まだまだ日は高いのですがどんどん不安になってしまいます。


 森を歩いていると小高い丘の上からこちらと間隔を維持し付いてくるものに遭遇しました。それは狼の群でした。こちらにやって来るでもないし去ってしまうでもなく誠に気になる存在でした。此方が立ち止まり様子を窺うと、あちらも遠目から様子を窺っています。

何頭かの群が森の中を葉音をたてながら付いてくるのは気持ちよいものではありません。犬の様にしっぽを振ってクンクン言ってくれると気も休まるというものですが、歓迎しているようでもありません。

「ねえねえ、狼がずっとついてくるわ」

 森の中を移動する幾頭かの狼を指して気味悪そうにプエラはしました。

「襲ってくることはないよ」

「そうなの。人を襲うお話を聞いたことがあるのだけど」

「それは人肉の味を覚えた狼のことだね」

「いるってことじゃない」

 嫌そうに少女はしました。

「それは狼に限らず、犬や熊だって同じさ。何かの機会に味を覚えて狩りの対象とするんだよ」

「おっかない」

「でもそれは特殊なことだよ。戦争なんかで死体が放置され味を覚えてしまったとかね。大半はそうなった動物は猟師が殺しに行くのでいないけどね」

「じゃあれはなにしているの」

「あれはだね。自分たちの縄張りによそ者が侵入したので警戒して監視しているんだよ。縄張りを通過すると消えていなくなるさ」

「そうなんだ。この辺は狼の住処なんだ」

「そう言う面では人間のほうがたちが悪いけど」

 昨日の男達のことを指しているようでした。


 夕暮れを過ぎて少し暗くなったころ二人はやっと次の村に到着いたしました。隣の村とは随分離れていたようでした。まだまだここは山間の村であったので月明かりも期待できず洋灯で道を照らしながら二人は村に辿りついたのでした。真っ暗の中に家々の明かりが漏れています。もうこの時間では誰も外を出歩く人などいません。二人は勇気を振り絞って一件の家を訊ねました。中から出てきたのは恰幅のよい小母さんでした。小母さんは戸を叩く音がしたので何事かと戸口を開けてみると二人の子供が立っていたので吃驚しました。事情を知って小母さんは彼女等を中に招き入れました。知らない旅人が母屋に入ってほんとに良いのであろうかと彼女は躊躇しました。中にはいると夕餉の香りがあたりに立ちこめています。なかでは家族の方が何事かと此方を覗いています。二人は荷物を降ろしてご家族に挨拶しました。この時小母さんはさらに驚きました。若い女の子が二人して旅をしていたのですから。年頃の娘がこんな山道をやってくるだなんて信じられないことでした。すると小母さんは世話好きの奥さんなんでしょう二人にお説教を始めたのでした。それを聞いたお父さんは奥さんを押しとどめ二人を夕食に招待したのでした。

「二人はどちらに行くのかな」

 優しくおじさんは訊ねました。

「カーボの親戚を訊ねて行く予定です」

 小父さんは困った顔をしました。

「残念だけどここから引き返したほうがいいよ」

「どうしてですか?」

「二つ向こうの村の先に怪物が出るようになったんだ。儂等もあちらに行けずに困っているんだよ」

「それなら隣村で聞きました。でも猟師たちが退治している話でしたが」

 彼女は探りをいれました。

「そう簡単にいかないさ。あいては怪物、しかも一頭ではないんだ」

「何頭かいるのですか!」

「そうとも、猟師も恐れてなかなか上手くいかないらしい。今は腕に自信あるものが売名行為で退治に乗りだしたところだ。賞金も出ているらしい。そいういえば大斧の使い手でソシウスという男が退治を買って出たらしい。」

 彼女は初めから魔法の力で撃退するつもりだったのでそのような捕り物はどうでも良かったのですがここでは話を合わせました。

「では、もうすぐ通れるようになるんですね」

「それはどうかな。先のことになるのではないかな」

 すると奥さが口を挟んできました。

「あなた達、女の子二人でどうするの怪物がいるのよ。怖いのは怪物だけでなく道中には人攫いとかいっぱいいるのよ」

「最近の娘は強くなったものだ。そういや強い女がいるな。」

小父さんは思い出したように言いました。

「なんですのそれ」

 小母さんは自分のことを暗示しているのではないかと眉をつり上げました。

「首都フローレオの北にカプットて町がある。ここに女盗賊が出没するらしい。たいそう身軽な女らしくどんな所にも入り込み盗みを働くらしい。こいつは剣の腕もたいしたもので輸送車を襲い何十人の男達をなぎ倒しいずこかへ去っていったらしい」

「まあ、とんでもない女性ね。でもそのうち捕まるでしょう」

「ところでお前さんたちはどうする。まだ先にいくのかい」

 小父さんは心配そうに言いました。

「はい、私たちは先に行ってみようと思います。もしかしたら退治されて安全な道になっているかもしれませんし。そうでなかったら手前の村で待ちます」

「そうだなあ。同じ道を戻って変なのに出逢わないとは限らないしなあ」

 小父さんは納得したようでした。

 その日は二人はちゃんとして一室に泊めて頂き、翌日になると二人はそこを旅立ちました。別れ際小母さんは先の村で怪物が退治されてなく通れないようだったらこの家まで戻って来てくるようにと言いました。本当に親切な小母さんでした。


 教え頂いたところによると二つ向こうの村までは夕方までは着けるということでした。今度は先の見えない旅と違っておおよその村の位置がわかって彷徨っているという感じがしませんでした。しかし森の中なのでやはり似たような景色が延々と続いていることに変わりはありませでした。

 昼頃一つ目の村に到着しました。この村の周囲は今までの村より開墾されていて、森が迫ってくるという感じではありませんでした。道の横には小川が流れていて涼やかなせせらぎが聞こえてまいります。道は何本かの丸木で作られた丈夫そうな橋を渡って村の中へと続いていました。村の中はどの村とさほど代わり映えのいしないものでしたが、とある家に荷馬車を止めて話している人々を発見しました。家財道具を載せているようで引っ越しでもしているのではと思えました。二人がその横を通り過ぎようとした時呼び止める声がしました。

「あんた達、隣村に行くのかね?」

 呼び止められて二人は立ち止まりました。

「そうですが」

 離れた人に返事をしました。すると血相変えて小父さんがやってきたのでした。

「行っちゃ駄目だ」

 小父さんの顔は真剣でした。

「この先の村に怪物が出るんだ」

「そのことでしたら存じています。でも猟師さんたちが退治しているとか」

 小父さんはため息をつきました。

「猟師なんかで退治出来るものかね。相手は牛みたいにでっかい怪物なんだ。軍隊も出てきて捕り物になっているんだよ」

「そんな大がかりなんですか」

「そりゃそうさ、なんたってジェヴォーて怪物は大きいくせに素早いときた。しかも5頭もいるんだ」

「まだ随分さきにに出没しているとの話を聞きましたが」

「それは以前の話。奴ら五頭もいるもんでここら辺の鹿程度では腹が満たされないのだろうな、村を襲い始めたんだ。軍隊は町の方から圧力をかけるので山の方に怪物は追い込まれていると言う訳だ」

「では次の村にもう」

「ああ、俺達は危なくなったので逃げてきたという訳さ。すこし前までは森の中が捕り物の場だったが今では村が舞台さ。残った連中はどうなったことやら」

 彼女は話しを聞いて別のことが気になり始めました。怪物はもちろん最初から撃退するつもりだったのでなんの危機感の持ってはいなかったのですが、村が舞台となると話は別です。その村で公然と怪物を退治しまうと噂になってしまい逃避行の障害となってしまいます。怪物よりもっと恐ろしい魔法使い達に気づかれてしまうう可能性がありました。ここは出来れば密かに通過したいところでした。

「ソシウスという大男が村で陣取って軍隊ともに頑張っていたが」

 彼女はそこで閃きました。その男の影に隠れて倒そうと。

「小父さん有り難う、そのソシウスさんに会いに行ってきます」

 明るく微笑み会釈をすると彼女たちは足早に去っていきました。残された小父さんはせっかく忠告したのに聞き分けのない子供だと怒りました。


 やっと物語の始まりです。

主人公は日常の世界が破られ混沌とした世界に投げ出され彷徨い歩きます。

内容は一応の全体の設計はあるものの、かなり行き当たりばったりとなってしまいました、

特に書けば書くほど長くなるのは何故?

 頭の中に描いたのはスターヴォーズのルークが平和な日常を奪い去られ宇宙に旅立つシーンでした。これどうも神話の王道らしいですね。

ウラジミール・プロップ「昔話の形態学」をしっかり読んで構成を考えるというのがいいでしょうが、そんな時間はないのが現状です。

 物語が破綻しないで最後までいけるのでしょうか。ラストはあっても終盤の始め当たりが形になっていませんです。

 今回最初に人物の解説をいれてみました。

人の名前て覚えるてのは大変ですからね。

ただし全部の名前は公開しません。


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